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8-5

◇◆◇◆ 8-5.


 五日後に今日と同じように宿まで迎えがくることを確認して、解散となった。私たちは行きと同じように馬車で送り届けてもらった。

「あのさ、」

 備え付けの冷蔵庫もどき(魔法具かと聞いたら魔術具と返された。その違いが分からない)から冷たい飲み物を出して、コップに注ぐ。それをもって、ソファに座る明人のところに戻ると、手招きされた。

「何?」

 明人の分はテーブルに、私のは一口飲んでからテーブルに置く。

 ソファは三人ぐらいがゆとりをもって座れる大きさ(のものが普通に部屋にある宿ってどうなの!?)だったので隣に座る。

 日本にいた頃の半分ぐらいの間をあけて座ったら、あっという間に詰められた。いや、うん。別に構わないけど。

「他意がないのも、何も意図していないのも、無意識なのも、分かってる。無我夢中だったんだよな」

 ……何が?

 妙にマジメな顔で話を始められて、困惑する。

「絶対にするな、とは言わないし言えない。でも出来れば人前でのアレはやめないか。日本人の倫理観を持ち続けようって言ったのお前だよな」

「確かにそれは私だけど、何の事を言われてるのかサッパリ分からないわ」

 クエスチョンマークが増えるだけの発言に、首を傾げる。

「背中に爪」

 ああ、あれか。

「ごめんなさい。痛かった……よね」

 手元に視線をおとして自分の爪を確認する。さほど伸びてはないけれど、手加減なく爪をたてたのだ。痛くないはずがない。そりゃあ嫌よねぇ。

「傷ついてないか確認するから、前緩めてから後ろ向いてくれる?」

 背中は自分では見れないから。

 上からのぞき込めるようにソファに膝立ちに……なろうとして、止められた。

「あのな。あれ、やってる時にすることだから」

「アキが何を言いたいのか分からないわ。もうちょっと分かりやすく言ってくれない? やってるって何を?」

 『やる』と『する』を重ねていうのは日本語的におかしくないですかね。

 ……うん? やる?

 ………………。

 …………………………。

 ……………………………………。

 ………………………………………………。

「……ごめん今気付いた」

 何故最初に気付かなかったのか私! 分かりやすくもなにも、明人はわりと直接的に言っている。

 羞恥で顔が赤くなるのが分かった。

 慌てて距離をとる。といってもソファの上だから限度はあるけど。ていうか明人の顔が見れません。視線をテーブルの上のコップに向ける。

「いや、別にね? カマトトぶるつもりなんてこれっぽっちもなかったのよ! そういう記述の小説ぐらい読んだことあるし! ただあまりにも我が身に御縁がなさすぎて思いつかなかっただけで。だから、その……」

 経験ないからね。でもアラフォーにもなって知りませんとか言うつもりは全くない。そんなこと言うアラフォーがいたら怖い。純粋培養通り越してホラーだ。

「うん、そうね。人前でやることじゃないよね。ちょっと連想するものがアレだものね。恥ずかしいっていうか恥知らずっていうか……とにかくごめんなさい!」

 自覚してなかった私はともかくとして、連想してしまった明人が恥ずかしかっただろう。見せられた側も微妙だっただろうなぁ……いやまあ状況が状況だから仕方ないと思ってくれはしないだろうか。駄目かしら。

 相変わらず明人の顔は見れないままだけど、とにかく頭は下げる。

「俺としては恥ずかしいじゃなくて、勿体ないから嫌なんだけど? 美弥のそういう顔も仕種も、俺だけが知っていればいいんだよ」

 ぐい、と引き寄せられる。

 明人のほうを見れないままだったので、完全に不意打ちだった。

「つきましては美弥サンがこれまで御縁のなかったソウイウ事を、経験してみませんかね。ソウイウコトしている時には好きなだけどうぞ」

「は? え?」

 なんでいきなり口調かわるのっていうか内容!?

「嫌ならしないけど」

 両手首をとらえられて、ソファに押し倒される。しないと言ってる人の行動ではない。

 至近距離で見る明人の顔は、いつも以上に迫力というか色気があって、心拍数があがる。少し辛そうに眉をよせた様子とか、卑怯だと言いたくなるぐらいだ。

「一応さ、ここ、ホテルのスイート相当だよな? それならいいんだっけ」

 明人の気持ちを受け入れた後に暴走された時の会話を引っ張り出される。

 ホテルのスイートなんてバブルなことは言わないから、せめてシャワーを浴びてからベッドの上でと言ったのだ。あの時は数日お風呂に入ってなかったし、場所はいつ他人がくるか分からないかという状況だったのでさすがにそこで初体験は嫌だという主張をしただけだった。本気でスイート相当を準備されるとは。言った本人、すっかり忘れてました。

「だ、って……昨日とかそんな素振りなかったし」

 豪華な部屋ではあるけれど、ベッドは一つしかない部屋だ。まあそのベッドも、キングサイズより大きいんじゃないかという豪華さだったので二人どころか四人ぐらい余裕で寝れそうだけど。

 でも、久しぶりに会って、一緒に寝るのだから何かそれらしいものがあるのかしらと内心ドキドキしていたのだ。けれど、あっけない程何もなかった。普通に「おやすみ」といって就寝しただけ。

 だから。

 別にいいのかなって。

 ほんの少し寂しく感じたのは事実だけど、欲望を発散するよりも穏やかに労わりあう関係もある意味私たちらしいのではないかと思っていたのに。

 何この展開。

 とっても欲望向けられてます。

「美弥の状況が落ち着くまではと必死で自制してたんだよ」

「全然そんなふうに見えなかったわ」

 そうか、と明人は苦笑した。

「……手、はなして?」

 お願いすると、明人は一拍おいてから手だけじゃなくて、私の上からはなれた。ああ、誤解させてしまったな。

 この場面でも、私が嫌がることはしないという言葉を守ろうとする明人が好きだなって思った。明人の気持ちに応えるものを、私は持っている。差し出すのは嫌じゃない、というか私自身の欲ですらある。全く怖くないと言えば嘘になるけれど、それ以上に明人をもっと手に入れたかった。

 手をはなしてと言ったのは、受け入れるのではなく、差し出したかったからだ。

 受動ではなく能動で。

「せめてベッドで」

 明人の上着の裾を掴む。

「お手柔らかにお願いいたします」

 覚悟は決めたつもりだけど、恥ずかしくてやはり顔は見れなかった。










 十代の体力と三十代のねちっこさは、混ぜるな危険だった。

 手加減はどこに? 死ぬかと思いました。



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