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◇◆◇◆ 8-4.
最初と同じ行動をして、ようやく私は普通の人間になったことが確認できた。意外なほど、シェイラがそれを喜んでくれた。しつこいけれど、明人への言動については今でも思うところはあれど、根は悪い子じゃないのよねぇ。単に私の世話をやかなくてすむのが嬉しいだけかもしれないけど……さすがにそれは悪意ある解釈すぎるだろう。私がひねくれ過ぎている。
それにしても明人が離れている時に、私がどんな言葉を告げても何も起こらないと分かった時の安心感といったら! 戻ってきた明人も、一安心といった表情を浮かべていた。
ちなみに、外に出した先の魔法具が作動するかどうかはこれから検証が必要なのだという。その検証が終わるまでは完了とは言えないそうだ。それはそうだろう。でも私の主な出番はここまでだ。
「これは私が引き取りたいんだけどいいかな? 対価は何が欲しい?」
手のひらで濃黄の石をころがしながら皇太子が問う。
それはさっきまで私の一部だった力を取り込んだ魔法具だと思うと不思議な気持ちがした。
「美弥、どうする」
「え、私?」
明人に促されてびっくりした。
てっきり皇太子が問いかける先は明人だとばかり。
「それは美弥のだろ。他に誰がいるんだ」
少し呆れた声に返すより、皇太子の表情を確認する。こっちもやはり呆れていた。
「でも、それに移す方法はアキ達が……」
一番尽力したのは誰かというと、少なくても私ではない。
だから私のと言われても、ねぇ。同意を求めたくて団長さんとシェイラをみても、苦笑するばかりで頷いてはくれなかった。皆さんいい人ばかりですね。
「ええと……引き取る、と言われましても。まだそれの検証も終わっていませんよね? 失敗かもしれないものに対価だなんて」
価値が定まっていないのに、無茶だ。
皇太子は、小さくため息をついた。それはまるで「分かってないね」と言われたようで、少し体が竦んだ。明人は気付いただろうけれど、特に何も反応はしなかったから、自分で頑張れということだろう。
「失敗なら失敗で、一つの成果だよ」
失敗は成功の父だったか。そういう意味?
「とにかく、成功だろうが失敗だろうが、私はこれに価値を見出している。だから『平穏に』これを手に入れたい」
説明を放棄された。
平穏にを強調されたのは、、皇太子という立場上、その気になればどうとでも出来るということだろう。今の私はただの人だ。マイナス感情を向けられたところで実害はない。
それをしない理由は二つ推測できる。
一つは、皇太子は別段狭量ではないということ。私に手放す意思がある以上、無理やり取り上げるのは下策だ。
もうひとつは、明人の存在。
そんなことをしたら、明人は皇太子を見限る。惜しいと思える程度には明人のことを評価しているはずだ。なんといっても、明人は人たらしの天才なのだから。卓越した能力を見せたのは、私には勿体ない人物だとも言われたことからも分かる。
私が悲しいぐらいに普通で一般人なのは十分に伝わっているだろう。そんな私が要求する程度のものは、きっと皇太子にとって端金とまではいかなくても、さほど負担にもならないはず。その程度のものを惜しんで、明人からの信頼を失うほど愚かな行動をするような人ではないと思う。仮に私の要求が過剰だったら、その時に調整すればいい話だ。
「そういうことでしたら」
手放すことに異議はない。むしろ押し付けたいぐらいだ。まあ買い取ってくれるというならありがたく頂けるものは頂きますが。私たちの今後のために必要だしね。……何もなくても、明人がいればどうにかしそうな気もするけれど(多分気のせいじゃない)、だからといって出来ることがあるなら、やらない理由にはならない。
「どの程度の価値があるか分かりませんから、ひとまず要望をお伝えさせてください。そのうえで適正価格かどうか判断いただければ」
「いいだろう」
昨日、明人と話をした結果を告げる。最初、明人は私の好きにすればいいと言ったけれども、二人で暮らすためのものを得たいのだから、そうもいかない。相談という形をとって一緒に考えた。
単純にお金をもらうよりも必要なものが私たちにはある。
まず、住むところ。出来ればここ、王都がいい。何故ならこの国の中心だけあって色々揃っているだろうし、余所者が多くいるだろうから。小さな村や町といった、元からのコミュニティがしっかり確立しているところに新参者が入るのは難しいし、私はそういった密接なお付き合いが苦手だ。であれば、地域密着なんて単語とは一番縁遠いだろうここがいい。
住居に付随した生活に必要なもの一式。日本でいえば家具とか家電だ。こちらでは家電ではなく、魔法具になる。要するにすぐに生活が出来るだけのものが欲しい。というか必要だ。必要というなら、当面の生活費もだけど。
お金はともかく不動産や金額の大きなものは、ふらりとお店にいったところで、いいものを出してもらえない。だから紹介が欲しいのだ。
立場については、先に明人が手配していた。戸籍みたいなものを二人分作ってあるので、正式にこの国に所属する渡り人になっている。何故作ってあるかというと、無いと婚姻届が出せないから、という理由だった。時々明人の情熱の向かう先がおかしい気がする。
望みすぎだろうから、削るとしたらどこかなと考えつつも言い終えると、皇太子は不思議そうに首をかしげた。
「それだけ?」
そういえばこの人、皇太子だった。いや忘れてないけど。
要求しすぎかと思っていたのに、逆に少ないぐらいの反応をされてため息が出た。
「早く手配出来るのところだと、私が持っている屋敷が二、三余っているからあげようか。そこならいつ行っても暮らせるように全部そろってるし、下働きも料理人もいるから名義変更だけですむし問題ないよ」
やめてください。金持ちはスケールが違いすぎて眩暈がしてきた。
「普通の、平民が住むところがいいです。そんな貴族様みたいな暮らしは望んでません」
私の反応が何かツボにはいったのか、明人は笑いをこらえていた。何が面白いのか。
「貴族様っていうか、俺たち、末端で名前だけだけど、一応貴族だぞ」
「え?」
明人の言葉に驚いた。
「あの大会のMVP賞品だとさ」
めんどくさそうに説明される。
こっちの世界にはMVPという単語はないだろうから、それらしい単語に変換されているのだろう。一番活躍したと判断されるほどの働きを見せたのか……。ちょっと見たかったかも、なんてこの場では言わないけれど。
「爵位としては一番下の男爵。ただし領地や役職もないから義務は発生しない。だから年金は最低限の金貨一〇〇枚とか言ってたかな。まあ一種の名誉職みたいなもんだ。俺がもらったやつだけど、結婚したからお前もだな」
以前、王都で平民の男性が一カ月暮らすのに金貨三枚必要というのが一つの目安として教えられた。仮に一家四人とすると金貨八枚が必要と考えていいだろう。こちらの世界は一カ月三〇日で一二カ月で一年だから、八枚×一二カ月で、年に九六枚が必要となる。平民と貴族では必要なお金が当然違ってくるから、年一〇〇枚というのは「贅沢をしなければ普通に一家が暮らせる」額になるだろう。多分だけど、仮にも爵位を与えた相手が生活に困窮することない額として設定されている。実際には貴族となるとお付き合いがあったりするのでもっと必要な額はあがるけれどそこは稼いでどうにかしろという事だろう。
それはさておき、二人で慎ましく暮らす分には充分すぎる額だ。
でも問題はそこじゃない。
「聞いてないんだけど?」
「悪い、忘れてた」
「忘れてたって……」
「嫌なら返上するぞ?」
「……それはアキが自分の力で手にいれたものだから、自分で判断してちょうだい」
私が口出ししていいことではない。
明人にとって、忘れていたぐらい、どうでもいいものだとしても、だ。
「返上なんてせずに持っていてくれないかな。アキトの言うとおり名誉職みたいなものだけど、一応私が授けたものだから返上されると面倒なんだ。一応ね『私のお気に入り』っていう印みたいなものなんだ」
一応、を連続して使われる。面子とかそういうものだろうか。気に入った相手に袖にされた、みたいな?
「だとさ」
「そう……」
なんだか疲れてしまった。
結局、価値観の違いすぎる私と皇太子を見かねた団長さんが間に入って、いくつか候補の家を見つけてくれることになった。その中から好きに選んでいいのだと。当初の要望通り家具とかも好きに揃えるように言われた。
そこまで要望を通されるとは太っ腹過ぎませんかねと思ったけれど、団長さんにまで「多くを望まないのだね」と言われたので金銭感覚が違うのだと理解した。諦めた。それもそうか。団長さんだって侯爵様なのだから。団長さんの感覚は皇太子寄りだ。
庶民感覚、大事。忘れないようにしよう。
分不相応な暮らしをするつもりはないけれど、周りが周りだとうっかり流されてしまいそうだ。そうなったら大変なのは自分だ。
候補については、隊長さんを関わらせてくれるそうなので、ひとまず安心しておく。私が知る中で、あの人が一番一般人だ。あの叩きあげな雰囲気は、(失礼だけど)元の身分が高いとは到底思えない。だからこそ頼りたい。
「候補を見つけるのに五日ほどいただきます」
皇太子は、自分の関わる話はすんだとばかりに、引き上げていった。忙しい人なのだろう。そのわりにマガトを連れていってたし、二人の表情が新しいオモチャを手にした子供のようだったのは、気付かないことにした。
団長さんは誰かに呼ばれて出て行った。
結果的に、実務的な話はシェイラとかわすことになった。
「一度見てから決めてください。その後必要に応じて内装など手直しが入ったりする場合がありますので、実際に住めるようになるまでは時間がかかる見込みです。場所によって期間はかわります」
「分かった」
明人が頷く。
「それまでの間は、今いらっしゃいます宿でお過ごしください」
「もう少し普通の部屋でいいのだけど……」
悲しいまでに庶民すぎて、高級宿は緊張してしまう。私と明人の育ちに大差はないのに、明人は自然体で過ごしているのが謎だ。最終的には自分に自信があるかないか、だろう。
「では、ミィア様はこちらで過ごされますか?」
シェイラはにっこり笑って提案してきた。
「アキト様は不自由ないようですからミィア様だけ。わたくしだけでなくティアも歓迎いたしますわ」
よく会話をした女性の名前を出されてほっこり懐かしい気持ちになる。
「二人一緒でないなら、遠慮するわ」
シェイラも本気の提案ではないだろう。ただの明人への嫌がらせだ。だから私も気軽に返せる。
「残念ですわ。お気持ちが変わりましたら、いつでも仰ってください」
「機会があればね」
「……あるわけないだろ」
ぼそっと呟かれた明人の言葉は、二人揃ってスルーした。




