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◇◆◇◆ 8-3.
イメージとしては「体内にある特定要素を体外に排出する」だという。
私の場合は『招き人の力』が特定要素になる。
医療行為への応用は考えているけれどそのものではないので『招き人の力』というウィルスが体内にあるわけではない。あくまでもイメージとして考えるように言われた。
ウィルスだろうとイメージだろうと、意図せず己の一部になり馴染んでいるものをとらえるのは難しい。というか不可能だ。
「そこで俺の出番だ」
一度明人から説明は受けていたし、団長さんたちもマガトから話は聞いているはずだ。だけど、念のため、この場にいる全員の確認を兼ねてのおさらいをする。
「俺には美弥の力が一部ある。それを目印にするんだ」
だから分かりませんってば。
「といっても、分からないものは分からないので、そこはツールの方でカバーする」
ツールというのは、魔法のこと。
明人は『魔法』と言いたくないらしい。内面は四十近い大人が真顔で「魔法が」とか言いづらいよね……。この世界では現実なので認めてはいるのだけれど、開き直りきれてないといったところかしら。気持ちは分からないでもない。
「日本に居た頃の美弥と、今の美弥の差分すべてをなくすと困るだろう。だから渡り人程度の差分は残しておかないといけないんだ」
それが何故かは宿で説明を受けた。
二つの理由があって、一つは言葉。もう一つは体質だ。
言葉については今さら言うまでもない。いくら文字を覚えたからといって、いきなり話せなくなると困る。会話が出来るのは明人だけ、他の人とは筆談オンリーというのは不自由だ。
そしてもう一つの体質は、ここが日本と全く同じ環境とは考えられないけれど不自由なく過ごせているのは、知らないうちに調整されているからだろうという推測を前提としている。
例えば空気の成分。窒素が一番多くて次に酸素、だっけ。明人はもう少し詳しい数字を言っていたけれど忘れた(何故そんなことまで覚えているのかしら……)。とにかく、そういう構成が地球とここで全く同じという可能性はゼロではないけれど、多分違うだろうと。それに地球上だって平地と高地では後者のほうが空気が薄く、何メートル以上だったかは忘れたけれども高い山に登って酸欠状態になると高山病になる。それと同じようなことが世界が違うところで発生しないというのは考えにくい。でもそういう事例はないのだと言う。何故か。それは世界を渡る時に、こちらの世界にあわせて体質を調整されているからではないか。あと、病原菌への耐性とかも。
説明されたとき、言葉はともかく体質のほうは全く思いついてもいなかったので、その発想にびっくりした。一拍おいてから感心した。
いや、だって、呼吸出来て、若返った分体が軽くなったり回復早かったりする違いはあってもそれ以上の違和感もなく、切り傷ぐらいなら普通に治る環境で「体が調整された」とか思いつかない。特に問題なく行動出来て良かったなぁぐらいだ。
絶対に私に悪影響を出さない、マイナスになることはしないという明人の執念にも似た何かを感じた。愛されてるとか大切にされてるなの前に、ただただ感心する。ありがとうございます。
「あまり難しく考える必要はないんだ。普通の渡り人の透と、ちょっと招き人の混じった俺との差分が、招き人分だ。そこを特定したら、あとは美弥から同じものを集めるだけでいい」
やはり透さんには後で菓子折りを持って挨拶に行くべきだろう。
「最初に聞いた時にも疑問だったんだけど、同じものを集めるんじゃなくて、差分を抽出するのは駄目なの?」
「危険が大きいんだ」
明人の説明は、こうだった。
仮に渡り人として調整された分をA、招き人の力をBとする。(隊長さんの話だと招き人と渡り人は違うものだ。それを指摘するとこの場合は調整されているのに代わりはないので同じと考えていいと明人は言った。よく分からないけれど、そういうものかと納得しておく。)
日本での南野透+A=今の南野透。日本での工藤明人+A+B(小)=今の工藤明人。同様に日本での工藤美弥+A+B=今の私。
明人たちの方法は、B(小)を目印に私のなかからB部分を抽出する。
私が聞いた方法は、今の私と今の工藤明人の差分がBの大部分になって抽出できるのでは。いや、明人にこだわらず、今の南野透との差分だったらBそのものでは、というもの。だって、明人と透さんの差分が招き人分なんでしょう? 差分を求められるんだったら、と考えてもおかしくはないと思う。
だけど明人は危険だという。何故危険かというと、ABでない部分、つまり透さんと明人の差は小さいけれど、私と二人の差が大きいそうだ。何が違うって性別が違うといわれたら「あ、そうですね」としか言いようがない。もっといえば、今の体でいけば透さんと明人は年齢もそう離れてもいない。それに比べて私はといえば、年齢は明人と同じでも、性別という大きな違いがある。単純に差分を求めた時の危険が大きいのは、説明されてみれば当然と言えた。
「はい、分かりました」
いい子の返事をすると、よく出来ました的に頭を撫でられた。お約束のようにシェイラからの視線が生温かい。
えっと、私たち、同い年だよね……。そりゃ理解力とか全然違うけど!
「他に誰か、疑問点はあるか?」
「いや、大丈夫だよ」
「わたくしもです」
明人が室内を見渡すも、団長さんもシェイラも、疑問はないようだった。皇太子とマガトは当事者だから今さら疑問が出るはずもない。
「じゃあ始めるか。マガト」
「はい」
洗浄の魔法をかけてもらう時のように、マガトが私に触れる。ただしその手には何か持っていた。
「これはアキトさんにあった招き人の力を魔法具に込めたものです。ここにミィアさんの分も集めます」
なるほど。
……ん? ちょっと待って。
「それって今作ったものじゃないわよね? だったらもうアキには招き人の力は残ってないってこと? でも最初の検証は成功したし……」
あれ? どういうこと?
「全部じゃなくて一部だから。終わったら回収するよ」
混乱していたら、明人が説明してくれた。すみませんね、一々疑問が多くて。
「では始めますねー」
なんというか、変な感じだった。
嫌な感じはしない。むしろ温かく思えるのは、明人だった一部を利用しているからだろう。
同じ部分、つまり招き人の部分だけではなくもっとたくさんの『私』がそれに惹かれて集まろうとしているのが分かった。
なんだそれ。
どれだけ明人が好きなのと呆れもしたけれど、まあそんなものでしょうと納得している自分もいた。
ただ、これは目的から考えると望ましいものではない。そんな感じのことをマガトが明人に告げると、明人が私を抱きしめた。
そうすると、元明人だったものと、明人本人では、当然後者のほうが愛しいので、ちゃんと招き人部分だけを集めることが出来た。なんとなくだけど、自分でもそれが分かった。
いざそれを私から分離して魔法具に込める時だけ、ものすごく違和感があった。
「……っ」
自分の一部を引き剥がすのだから、当然か。でも思わず明人にしがみついて、背中に爪をたてる。
その時間が長かったのか短かったのかは分からない。
なんだか自分のことだけど他人のことのように、どこか薄い布一枚隔てた先の出来事、あるいはテレビのなかの出来事のように感じていた。だからか、マガトと明人の会話は内容もなんとなくわかるけれど、音として認識出来ていない。
「終わったぞ」
意識のピントがあったのは、耳元で明人が終わりを告げた時だった。
「大丈夫か?」
自分では意識のピントがあったと思ってたけれど、傍から見るとぼんやりしていたらしい。心配そうな眼差しが向けられていた。
「うん。平気」
答えると、明人はほっとしたように息をついた。
むしろ私が明人に大丈夫かと問いたい。服越しだし、爪はさほど伸びてなかったけれど、手加減なく爪をたてたよね……。
「痛かった?」
私が明人に聞こうとしたことを、誰かが私に聞いてきたからびっくりした。
ああそうだ。ここは二人の場じゃない。この声は皇太子だ。
「い、痛くはない、です」
慌てて明人から離れる。いつまでも明人に抱きついているのは、大人としていただけない態度だ。
「言葉も通じるね。体に異常とかはない?」
「違和感はありました」
どこまでが異常なのかと悩みつつ、感じた通りに答える。
「へぇ。本当に、いらない力だったんだねぇ」
どういうことだろう?
「未練があれば、無理やり引き剥がすから痛みというか苦痛あるはずなんだよ」
いつの間にかフードをとっていたので、皇太子の顔をはじめて見た。なんというか……普通? 王子様系ではなかったけれど、為政者の風格はあった。その方が正しいか。
「これ。最初は薄い黄色だったけれど、今は濃くなってるでしょう。ちゃんと成功したって事だよ」
「それは良かったです」
他にどう言えと?
「成功と断言する前に検証が必要だろう」
会話を持て余していたら、横から明人が会話に入ってきたので助かった。
「美弥にはもう厄介な力がないことが最優先の確認事項。そしてソレに力が移った事の確認が次か」
「厄介って……アキト、君ね。一応私たちにとってはとても大事な力なんだよ」
呆れたように明人に言う皇太子の様子は、私に対するより気安い。それだけ明人を気に入っている証左だった。
「個人の感想だよ」
どこかで聞いたような事を、悪びれずに明人は言った。




