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8-2

◇◆◇◆ 8-2.


 自分でもびっくりするぐらいに、明人が見つけてきた方法を実行する事に、不安がなかった。

 話を聞く限り、理屈だけの確立で、テストが本番みたいなものなのに。悪く言えば人体実験だ。少しぐらい、大丈夫かな? と心配したって良さそうなのに、笑っちゃうぐらいに、何もなかった。



 明人と再会した日は、宿で過ごした。ここの費用は一体どうなっているのかと気になる小市民な私だけど、明人は「経費みたいなものだから気にしなくていい」と告げた。ここがランク的にビジネスホテル的なところなら気にならないんだけど、高級ホテル相当だからなぁ。

 翌日。明人が連絡をとっていたらしく、魔法騎士団からの迎えが宿にやってきた。ほぼ全ての時間一緒にいたのに、いつの間に……。

 余談だけど、宿には私の着替えが準備してあった。聞いたら明人が「似合いそうなものを選んだ」といっていた。……サイズがあってたのは、魔法騎士団から情報がいってたからよね……? さすがに目視でサイズを把握したとか言わないよね? 怖くて聞けない。

 そんな着替えのなかから、「これがいいんじゃないか」と渡されたものに着替えた。淡いピンクのワンピースっぽい服は、確かに似合ったけれども私では選ばないだろうなぁ。色が、若い。

「……今のお前の外見年齢覚えてるか?」

 明人には呆れられたけど、どうしても、長年染みついた感覚が黒やベージュ、グレイを選んでしまうのだ。

「精神年齢も一緒に覚えてるのよ」

 あともう数年たてば、もっと濃いピンクが着れるかな。そう言ったら「今でも着れる」と呆れ気味に返された。着るだけならサイズさえあえばなんでも着れるけれど、それが似合うかとか色んな問題があるんだってば。




 連れていかれた先は、魔法騎士団の建物で、しかも私が借りていた部屋だった。なじみのある場所に、ほっとする。多分、わざとこの部屋を選んでくれたのだろう。

 その場に立ち会ったのは、団長さん、マガト、シェイラ、そして知らない男性だった。

 フードで顔を隠した怪しい風体の人が皇太子と紹介されたときには、信じられなくて明人に疑いの眼差しを向けてしまった。

「えっと……」

 皇太子ってもっときらびやかじゃないの? こんな黒一色のロープで顔まで隠すような人は、単なる不審者なのでは。それに護衛の人もいないし。あ、でもそれは団長さんたちが相当するか。

「残念ながら事実」

「……し、失礼いたしました」

 慌てて教えられた礼をとると、気にするなというように軽く手をふられた。

 ただ、表情が見えなくても観察されているのは分かった。そしてすぐに「普通だな」と判断されたのも。

 明人から紹介された相手からはよくある流れだった。決して愉快ではないのだけど、これが皇太子なのかという驚きのほうが勝って、あまり気にならなかった。

 そうして始まった実験? の最初は「今の私」が招き人である確認だった。

 明人がいる場では発現しないこと、そしていない場では発現すること。それらの実証は、皇太子への説明と、記録を兼ねている。

「本当にいいのだね?」

 最後の確認とばかりに問うてくるのは、団長さんだ。

 検証のため、明人がいないタイミングなのは、きっとわざとだ。私が明人に強制されているのではないかと考えているのだろう。

「はい。全く問題ありません」

 即答すると、団長さんは諦めたようにため息をついた。

「そんなにも普通がいい?」

 そう声をかけたのは、離れた場所に座っている皇太子だった。

 今いるのは私が借りていた時の来客スペースなのだけど、皇太子はわざわざ椅子を一脚、離れた場所に移動させて全体を眺めている。

 最初みたときは「え、この人が?」と疑問だったけれど、動作は実に堂々としていて(というか偉そうで)、なるほどと思わされた。

「はい」

「だったら、アキトを選ぶのはおかしいね」

 フードをかぶったままだから相変わらず表情は見えない。声音から判断するしかなく、この人は立場上、感情を表に出さないよう教育されている。

 でも、長年の経験で分かる。

 普通であり、普通を望む私に、明人はふさわしくない。身の程をわきまえて引けばいいと思っている事を。

 妙に濃密な一カ月を過ごした明人を見ていた皇太子が、明人を気に入らないはずがない。そういう人はえてして明人の隣に立つ女性にもそれなりのものを求めるのだ。

 自分が認めた明人には、やはり認められるだけの女性を、と。

 もうね、この経験値だけは誰にも負けないから。

 今までなら、「そうですね、おかしいですね。じゃあ私はこれで」と去っていったけれど、もうそれは出来ないし、したくない。

 皇太子が男性であることに感謝をした。面と向かってこの手のセリフを言って来たのが、明人を慕う女性だったら、もっと腰がひけていた自覚がある。へたれでごめんなさい。

「そうですね。実際、その理由で、私はずっとあの人を避けていましたから」

 え? というように、シェイラが私を見た。こちらに来てからの私たちしか知らなければ、さぞ意外だろう。シェイラと旅をしている時に、夜、明人のところに忍んだりしたしね……。当時の私ってば大胆だな。それだけ追い詰められていたのだろう、と他人事のように思ってしまう。

「君だけを元の世界に帰らせる事も、もっと君に似合う男性を紹介することもできるよ。望むだけ『普通』の生活を送らせてあげよう」

 こういう人たちってどうして言うこと同じなのかな。

 だから私から明人を解放しろ、と。

「おそれながら申し上げます。無理です」

 他人からすればなけなしの、私にとってはありったけの根性をかき集めて、笑顔で断言した。

「どうして?」

「どうしてもです」

 こんなところまで一緒に来た明人が今さら私を諦めるはずがないとか、そもそも私が明人無しの人生を過ごせないとか、全部ひっくるめての『無理』だ。

「強いてあげれば、あの人が私がいいという言葉が全てだからですね。私は平凡で、普通で、つまらない女です。誰に言われるまでもなく、自覚がありますし、自分でもそれを望んでます。不釣り合いですね」

 明人に相応しい女性は、何かしようという時に隣に立てる能力のある人か、横にいて見劣りしないだけの美貌をもつ人、あるいは必要なものを手配出来るだけの権力や地位のある人だろうか。能力も外見も地位も何もない私ではない。

「でもようやく吹っ切れました。不釣り合い、だから何、です」

 団長さんとシェイラからは呆気にとられたような、皇太子からは面白がる視線が向けられた。

「あの人の言葉以上に私にとって価値のあるものはありませんから」

 そもそも自分を肯定してくれる言葉の時点でありがたいのだ。

 よく考えると「工藤明人から離れろ」という人って、明人以上に私に対し強制力があると思い込んでるのよねぇ。明人はそれを望んでいないのにそうしろというのは、自分の希望のほうが明人よりも価値があるという本音が隠されている。言った本人に自覚はないだろう。気付いている人間のほうが稀のはずだ。

 私を快く思っていない(あるいは興味のない)人の言葉と、愛情をくれる明人の言葉。どちらをとるかなんて考える方がおかしい。……こちらに来るまで気付かなかった私が言えた事でもないけどね。

 今回は皇太子だから、意見が通って当然の立場の人だけど。外からきた私にとって、優先すべきが明人なのにかわりはない。

「ああ、そう」

 それきり興味を失ったように皇太子は黙りこんだ。納得してくれた、ってことかしら。あるいは諦めたか。

 いずれにせよ、これ以上言われなくてほっとした。吹っ切れたは嘘じゃないけれど、問答するのは楽しいことじゃない。

「どうした?」

 明人が案内役のマガトと共に戻ってきたのはそんなタイミングだった。

 微妙な沈黙を不思議そうに室内を見渡す。

「検証はうまくいったんだろう?」

「えぇ、問題なかったわ」

 二度手間を避けるため、マガトが声を届ける魔法具を持っていたので、「明人がいない状態」の確認は無事に終わったのは伝え済みだ。

「美弥に何か変なこと言ったのか」

 明人は私の隣に立ちながら、責めるように皇太子に問うた。

「変かどうかはともかく、会話はしたよ」

 明人の視線が私に向けられたので、頷く。

「別に普通の会話よ」

 明人を評価する人と私の間に発生する、普通の会話だ。これまでと違うのは(私としては)ちゃんと受けて立ったことぐらいだ。

「早く終わらせてしまいましょう」

 


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