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8-1

いつもありがとうございます。

◇◆◇◆ 8-1.


「……」

 一ヶ月の間に明人が何をしていたのか聞いた最初の感想が「無茶苦茶だ」だった私はひどい人間だろうか。あと、なんだか頭痛がするのだけど……?

「ねえ、今の話を聞いて『私のためにそこまでしてくれてありがとう』の前に、引いちゃう私っておかしいのかな……」

 ありがとうとか嬉しいとかの前に、なぜそこまでする、という困惑のほうが先に立つ。

「……俺は俺のためにやったことだし。感謝されたくてやったわけじゃないから、いいけど」

 とかいいつつ、少し不機嫌そうなところが可愛い。って私の思考回路がお花畑だ。飽和状態で馬鹿になっている。落ち着け私。

 明人が私の髪を指に巻き付けるのを好きにさせながら、考える。でもやっぱり『どうしてこうなった』になるのよねぇ。

「ある日いきなり、男女が別世界にとばされました。女はその世界に呼ばれた特別な力を持つ者で、男は一緒にいたために巻き込まれてきてしまいました。別世界で気持ちを通わせた二人は、けれど女に力があるままでは平穏な生活が出来ないのでどうにかしようと努力することにしました」

「……うん?」

 物語のあらすじ風に、おかれた状況を述べると、明人は「いきなりどうした?」という視線を向けた。

「ここまではいいよね?」

「まあ、間違ってはないな」

 間違いでもないし、何よりストーリー的にもおかしくない。本屋に行って探せば、片手で足りない数の話が出てくるようなありふれた内容だ。いや、本屋まで行く必要もない。ネット小説でもたくさん見かけるだろう。

「二人は別行動することになりました。その間、女はある組織の保護及び監視下で勉強をしつつ、本を読んだりお茶をしたりと引きこもっていました。男はある大会に出場し、優勝するほどの活躍をしたうえで国の世継ぎと交誼を結び、助力を得ました。男が求める女の力をなくす方法は未知の方法でしたが、最終的には関わった人たちを巻き込んで、一ヶ月で目的を達成しました。……うーん……」

 どう考えても後半がおかしい。

 そもそもストーリー的に「二人は協力して云々」となるべきではないだろうか。協力? 何ソレおいしいのレベルで、私は何もしていない。動いているのは見事に明人だけだ。

 あと一ヶ月ってなんだ。期間短すぎるでしょう。

「……登場人物が私たちっていうことを考えずにみると、とてもおかしいわ。後半がものすごく破綻してるもの。男しか動いてないわ」

 女、つまり私はただの引きこもりだ。

「だから?」

「でも、男がアキで、女が私だったら、納得なのよねぇ……」

 遠い目をしてため息をつく。

「アキって、本当に、どこにいても特別ね。最初の役割は、そこそこ珍しい渡り人だったのに、気づいたら他に例のない特別な人になってる。主人公体質って言うのかしら? そして私はどこでも普通だわ」

 苦笑まじりに告げると、明人は少し眉間にしわをよせた。

「謙遜でも自虐でもなく、心の底からの疑問なのだけど。どうして私なの? 見ての通り、どこまでいっても平凡で、普通の女よ」

 特別なはずの招き人ですら、『平凡な招き人』になるのはいっそ一つの才能ではないだろうか。全く自慢できないけど。

 問うと、明人は私を抱き寄せた。明人の肩に私の額が当たる体勢、明人が表情を私に見せたくない時の体勢だ。

「俺は、美弥が評価してくれているほど大層な人間じゃない」

 頭から背中へ。撫でるように手を滑らせながら明人は言う。ため息まじりと言っていいぐらいの声。

「少しばかり記憶力があって、器用で、体が動かせる程度には人より優れてるかもしれないが、それだけだ」

 いやいやいや、それだけって明人サン。あなたね。

「器用貧乏と言ってもいいだろう。俺より賢い奴も、体が動くやつも、上には上がたくさんいる」

 下を見るよりは上を見るほうが健全だとは思うけれど、そもそもの立ち位置が明人と私では全然違う。私からすれば、明人は上の人だ。

「結構、弱いよ」

 反射的に顔をあげようとして、でも頭を抱え込むようにおさえつけられたので叶わなかった。

「そんなことないわ」

 だから言葉で告げる。

 明人が弱かったら、他の人は、私はいったいどうなのだ。立つ瀬がないので、そんなこと言わないでほしい。

「そんな事ないって見えたらなら、それは美弥のおかげだ」

「……私、何もしてないわ」

 負担になった記憶はあるけれど、力になった事なんてないよね。特に日本では。

 家族三人の生活に突然入り込んで(これは、まぁ、明人の希望だったらしいけれど)、作ってもらえるはずだったお弁当が私のせいで無かったりとか、進学するつもりのなかった私が大学に合格するよう勉強を見てくれたりとか、就職の際にはアドバイスくれたりとか。うん。やっぱり、お荷物だよねぇ。

「俺が弱ってる時はいつでも救ってくれた」

「……記憶にございません」

 いや、マジで。

 明人の勘違いとかじゃないの?

「そうかもな。美弥の言動で、俺が勝手に救われた気持ちになっただけだから」

 あっさり肯定された。

「でも、美弥のおかげで俺が救われたって感じたのは事実なんだ。こっちに来てから話した事あっただろ。高校の時試合に負けて凹んでた時の話とか」

「あー……そういえば聞いた……ような気がする」

「普段は自分から近づいてこないのに、なぜか俺が弱ってる時は近寄ってくるんだよなぁ。お前は猫かって思ったこともある」

 明人はくつりと笑った。

 昔飼っていたミケ(三毛猫ではなく黒猫)は、体調が悪かったり落ち込んでいたりすると、するりと近寄ってきて、時には一緒に寝たりしてくれた。夏場にくっつかれて暑かったりとかもしたけれど、ミケなりに労ってくれた行動だったので嬉しかった。明人はそのミケの行動を思い出して言ってるんだろう。

 違うのは、私には明人が弱ってるなんてさっぱり分からなかったことだ。さっき言った試合に負けて、というのは確かにショック受けてたのは分かるけれど、他に何かあったかと考えても心当たりがない。

「美弥に自覚なんてなくていいよ。自然体で、本音で、接してくれたら俺は勝手に救われてるから。そうしたら、美弥が凄いって言ってくれるような俺でいられるんだ。ある意味、美弥が俺を守ってくれる」

 俺が今の俺なのは、美弥のおかげだ。

 耳元でそう囁かれて、思わず身じろぐ。やばいって。嬉しい。体の奥底からゾクゾクする。どうしよう。

「美弥は普通がいいんだろ。だったら美弥の分まで俺が特別になっておく。だから美弥は望むまま普通でいてくれ。俺はそんな美弥が好きだ」

 この、男は。

「別行動をとる前に、信じてるって言ってくれただろ。あれにも助けられた。日本にいたころだと仕事が疲れて大変だった時にばったり遭遇して飯作ってくれたりとか。他にもたくさん、言われたら『ああ、俺はこうして欲しかったのか』って思えることがたくさんあった。ってことで、答えになってるか?」

「え、あ、うん」

 慌てて頷く。

「分かった。ものすごくよく分かったら、これ以上言ってくれなくていいです」

「なんで?」

 分かってて聞いてるでしょう?

 あなたは本当の私を知らないのよ、なんて言う余地もなく私のことを理解していて、それでも、こんな私がいいと言ってくれる嬉しさを。ありのままの自分を肯定してくれる手を二度と手放せないことを。もう明人なしの人生なんて歩めないことを。

 少なからず心の奥底にあった『私なんかのどこがいいの』が解消された。その理由が、素の私が明人の助けになっていた、だなんて。

 もう、本当にダメだ。

 とっくの昔にダメにはなっていたけれど、決定打というか再確認させられた。

「俺にとって美弥は、異世界なんてふざけた所まで追いかけて、世界の常識をねじ曲げてでも必要な存在だよ。美弥が手に入ったから、今だって少しも後悔していない」

「だから、分かったってば!」

 雁字搦めにされる。

「ええと、その、透さんっていうのは、今二十歳ぐらいの方なのよね?」

 体を起こして、少し明人から距離をとる。でないとすがりついて、ぐずぐずに溶かされてしまいそうだった。

「うん? まあそうだけど」

 このタイミングで他の男の名前を出すのかと明人の表情が告げていたけど、とりあえず無視だ。

「後で菓子折り持って行って『うちの人がご迷惑おかけしました』ってご挨拶にいかなきゃ……。マガトと皇太子様……にはさすがに伺えないわよねぇ」

 皇太子という立場にある方に会うのも大変なのに、菓子折りっていったいなにをもっていけばいいのか。透さんという同郷の人だったら「つまらないものですが」で通じるだろうけれど。……若い人だけど通じるよね?

「いらないだろ。それに、迷惑って」

「だって、最後のほうひどかったじゃない」

 明人の主観だし、すべての出来事や会話を話されたとは考えていない。そんなの無理だ。だから主な出来事の抜粋だっとしても、ラストがかなりの強行軍だったことはよく伝わってきた。

「慣れてない相手だから手加減したけど?」

「そういう問題じゃないわ」

 ……あれ? そういう問題なのかしら? なんだかよくわからなくなってきた。

「まあ全ては、あれがうまく行くかだよな」

 ごもっともだけど。

「アキが大丈夫って判断したんでしょう。だったらきっと大丈夫よ」

 私に関することで明人が妥協するとも思えない。だったら大丈夫なのだ。



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