※ 代償6
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「渡り人は命の危険があった時にその衝撃を逃がすために世界を渡ってきた者、だったな。だが命の危険がある者全員がそうなるはずがない。だったら元の世界に事故死はなくなる」
事故死という概念すらあやしくなってしまうが、勿論そんなことはない。
命の危険がある、というのは最低条件だと明人は認識していた。実際に渡り人となる条件は分からないが、最終的には『偶然』『運』という言葉で片付けられるのだろう。
「……まあ、それはそうだよね。全員が全員やってこられたら、こちらは渡り人だらけになってしまう。今はこの国全体でみて十人いるかいないかだったかな? 報告を聞く限り、全員が同じ世界からきたとも考えられない」
「俺の事故と同時に、美弥、つまり俺の嫁がこの世界に招かれてもいた。これは推測だが、美弥が元の世界から消えようとしている時に触れていたのが俺が渡ってきた原因だ」
詳細を聞きたそうな素振りはあえて無視した。
「話を聞く限り、美弥と従来の招き人を比べて違う点が二つある。一つは、世界を渡った時にあるものが半減したこと」
あるものとは、年齢である。
明人の記憶から導き出した二人の今の体年齢を足すと、日本での美弥の年齢となる。明人は知らないが、世界を渡る際に体が若返った例は他にない。
「あるものって?」
「それは俺の口からは言えない」
透には若返ったと告げたが、元の年齢に関する話は、勝手に話せない。別にそこまで気にしなくてもいいじゃないかと明人は思うのだが、女性の年齢へのこだわりは理解できないので、そっとしておくことにした。男が下手に言及したところで碌な結果にならないのは、身にしみて分かっている。
「そして、俺が近くにいるとあいつの招き人としての力が発動しないこと」
「それに加えて、家族がいないはずの招き人が、夫婦でやってきたことかな。さっき君が言ったことだよ。だから三点」
「……いや、うん、まあそれは」
「まだ書類が整っていなかったとかそういう状態?」
「まあそんなところ」
日本では実質家族のようなものだったし、明人は絶対に手にいれるつもりではいたけれど、美弥の認識ではただの従兄妹だった。だから親戚ではあるけれど、夫婦ではなかった。明人が美弥に恋愛感情を抱いているなんてかけらほども想像されていなかったので、書類云々以前の問題だが、言葉を濁した。
「ふぅん。まあいいけど。じゃあ二点のままってことで」
幸い、グスティからの追及はなかった。
「その二点の原因として考えられるのは、美弥がこの世界に『招かれた』時に、俺が干渉したんだと思う」
「干渉?」
グスティが小さく首を傾げる。
「美弥だけがこの世界に招かれたところを、最低条件を満たす俺が触れていたことで、一人分の枠に俺がねじこんで二人でやってきたんだ。だから、俺の存在が少なからず影響を与えている。……と、俺は推測した」
三十五年生きた美弥の分を分けあった形になるので、十八歳の明人と、十七歳の美弥になった。あくまでも体だけの話で、記憶などが失われていないのは幸運だったと今になって実感出来た。だが、あの時は美弥を手放す選択肢などとれなかった。
「おもしろいね」
実感をこめて、グスティは呟く。
「でもそれと、招き人の力をなくすのはどう繋がるのかな」
試すように、グスティは問う。
「干渉は一度きりのものではない。現に、力が発動しないという影響は今も続いている。そこを利用して、招き人の力をなくすことが出来るんじゃないか。渡り人を……高木を元の世界に帰らせたお前なら、可能だと俺は考えている」
一晩考えさせてくれ、というのがグスティの返事だった。考えるというよりは、情報の裏付けをとるための時間だろう。明人の言葉通りなら招き人が現れており、保護もされているはずだ。グスティはそちらからの情報も確認する必要がある。
分かっていて、明人は受け入れた。
裏付けなら存分にとればいいと考えたからだ。美弥側から確認をしたところで、結論は同じなのだから。
第一今すぐこの場で結論を出せといったところで、無理なものは無理で、拗れるだけだ。
「招き人である以外は、ごく普通の女性らしいな」
翌日の会談は、グスティが持っている屋敷で行われた。王宮で生活しているが、様々な調査や実験をするには向いておらず、いくつか屋敷を持っているのだという。さすが皇太子は規模が違う、と明人は感心した。
メンバーは、グスティと明人の他にマガトもいた。マガトまで呼ばれているのが意外だったが、考えてみれば明人と美弥の双方を知る数少ない人物だから当然ともいえた。
前置きもなにもなく、グスティは切り出す。
手元の書類は美弥に関する調査結果だろう。
「容姿も能力も、特に秀でたところはないそうだが。強いてあげれば年齢のわりに落ち着きがあると」
「……なあ、誰がその評価をくだしたのか、後で教えてくれないか」
否定は出来ないが、そう言われてしまうとなんだか腑に落ちない。
「関わったもの全員の意見だ。非常におとなしい性格で、従順。招き人としては最高の性質だとも」
「……」
それはコントロールしやすいという意味か。明人は感情を表に出さないようにつとめた。
「この女性が招き人であることは確認されている。そして夫がいると公言しているとも」
「それが俺だ」
「そのようだな」
グスティは小さく頷いてから、明人を見据えた。
「アキトの提案にとても心惹かれてるのは事実だ。一研究家としては、魅力的すぎる。けれど、やろうとしていることには賛成できない」
「……理由は?」
ここまで強く拒否されるのは予想外だった。
「招き人であれば、それなりの贅沢も提供されよう。生活の保証もされる。だが招き人でない、ただの渡り人になればそれも難しい」
「俺がいるから問題ない」
「アキトの意志で、特別な存在とされる招き人を、ただの渡り人にひきずりおろすと。それは傲慢ではないか」
グスティの言葉は糾弾と呼んでいいほど鋭かったが、それを聞いた明人は満足そうだった。単なる興味で飛びつかず、相手のことを想う言動は好ましい。
「一般論なら、その通りだな。だが俺は美弥のことを本人以上に知っている。あいつは『特別』を好まない」
理由はわかっている。
美弥は両親の事故の後、『特別』可哀想な者として見られた。中学時代にはそんな特別は望んでいない、『普通』に両親に生きていてほしかったと、瞳の前で泣いている姿を見かけたこともある。それは明人に恋愛感情を抱くクラスメイトから『美弥ちゃんは特別かわいそうだから工藤君と一緒に暮らしていても仕方ないんだよね』と言われたからだが、そこまでは明人も知らなかった。
第一、特別を厭わない人間であれば、もっと早くに明人の手に堕ちたはずだ。特別注目されたくない、と頑なであったから、ここまでくることになった。日本にいた時に美弥を手に入れていたら、少なくとも孤独な人間である招き人としてこの世界には来ていない。
「グスティが納得するために必要なら本人に意思確認ぐらいはしてみればいい」
「仮にそうだとしてもだ。国からすれば、招き人がいるにも関わらず、その力を手放すなど考えられない」
潔いまでの利用発言は、不思議と怒りは感じなかった。
この反対意見は想定内だ。説得内容も考えてある。
「発想をかえてみてはどうだ。美弥から力をなくすのではなく、抜き取って独立させると」
グスティは何かいいかけて、だが黙り込んだ。
「元は美弥のものだから、所有権は美弥にある。だが第一交渉相手とするぐらいは口添えをしよう。交渉が成立するかどうかはそちら次第だ。悪い取引ではないだろう? 美弥は得体のしれない力を手放せる、国は招き人の機嫌をとらなくても力を使える可能性がある」
「我々に寄越すとは言わないのだな」
「元々美弥の力で、分離は俺の影響を利用している。確かにあんたの協力無しには出来ないが、研究心を満足出来るから充分だろ」
第一、と明人は言葉を続ける。
「さっきのあんたの台紙じゃないが、ただの渡り人になった後を考えたら、軍資金はあったほうがいいだろう。せいぜい高値で買い取ってやってくれ。ずっと保護し続けるよりは、安くつくはずだ」
美弥が手元に置きたがる可能性はないと、明人は判断していた。
「……だがまあ、方法論すら確定してない以上、無意味な話だな」
「確かにな。……方法か。これは難しいな……。いや、その」
いつの間にか明人のペースで話がすすみ、実施する方向で検討していることに気づいたグスティが咳払いをしてごまかした。
グスティとて皇太子として教育を受け、また、政務も執り行っている身だ。交渉事には慣れているし、それなりに自信もある。明人の実年齢以上の役人と渡りあっても、思う通りに物事を動かしてきた実績もある。
それが今回はどうも上手くいかない。
理由は簡単で、明人の存在や語る内容がグスティの好奇心を刺激してやまないのだ。招き人ほどではなくても渡り人も希少だ。それがこちらの知的好奇心を満足させてくれるだけの才気ある人間となるとさらに希少で、かつ、招き人と干渉する存在ともなれば、ただの招き人よりよほど希有な存在だ。
「俺といると、美弥の力が発現しないことは昨日話したよな。その裏付けはとれたか?」
「そういう記述はあったな」
グスティはマガトに確認の視線を向ける。問われたマガトは、明人の発言に誤りはないと頷く。
「それで?」
「以前にマガトから聞いたが、今の魔法には治癒に関するものはないそうだな」
「残念ながらね」
グスティは苦い表情で頷いた。
「俺の見たてだと、美弥から力を抜き取る方法の応用で、病気の簡単な治療程度は可能になるぞ」
「……は?」
マガトとグスティは二人揃って呆けた。
「俺、魔法を新しく作ることの難しさも教えましたよね!?」
悲鳴のようなマガトの言葉に、グスティは頷く。
この場はグスティが最上位の立場のため、物事に頓着しないマガトとはいえ発言は求められた時だけとしていたのだ。それすら忘れて声をあげるマガトを、グスティは咎めようともしない。
「要するに定義だろ。『照明』だったら、明るさの程度と範囲、この世界との馴染み方。ものによっては制限もか。それをどこだったかに登録すると」
「どこじゃなくて、始まりの魔法書です! 全ての魔法は、国で管理する始まりの魔法書に登録しなければ、使えるようにはなりません。登録されていない魔法は、実験所などのごく限られた場所でしか使えないのですから」
「あー、そうそう、それ」
その始まりの魔法書は、相当前の招き人がもたらしたものだということも覚えているが、明人からすれば厨二病くさいので、あまり自分で口にしたい単語ではなかった。それを言いだすと『魔法』と真顔で言うのもなんだか微妙なのだが、そこは諦めることにした。日本には郷に入れば郷に従えという言葉だってあるじゃないかと。
「特に世界との馴染み方が難しくて、一番新しい魔法が登録されたのは十年前です。それだけ困難なんですよ!?」
「マガトはいつか新しい魔法を登録するのが夢だと語ってたな。いい事尽くしじゃないか。俺は希望を、マガトは夢を叶える。皇太子様は自国の利益が増す」
「だからそれが難しいと言ってるんです!」
「難しいから諦めるような軟弱者はいらない」
マガトは黙りこんだ。
「なあ皇太子様。二十日間でいい。俺に賭けてみないか。マガトが無理なら他に誰か、口が堅くて魔法に詳しい人材と、実験所を時々使えるように手配してくれたらいい。あんたなら可能だろ」
「……人材の条件と、可能だと思う根拠を詳しく」
「人材は、最初から『無理だ』と決めつけたりしない奴。そして自分で使える使えないはともかくとして、今登録されている魔法に詳しいこと、ぐらいかな」
「根拠は」
「俺の存在。今回の例外事項はすべて俺が起因だ。だから、解決だって俺が出来る。……というのが、自信の根拠」
足を組んで、悠然と明人は断言する。その様子は、皇太子と並んでも遜色のないものだった。
「そして理論としては、同じものを集める魔法を想定している」
「……同じもの?」
「美弥が全て持つはずだった招き人の力の一部が、俺のなかにある。それと同じものだけを集めるでも召喚でもいいが、美弥から取り出すんだ。理屈としては可能だろう?」
「……召喚の応用、ですか」
「そういやマガトは召喚が出来たよな」
「召喚は、事前に自分の魔力を登録した場所にあるものを持ってくる魔法です。違うものではありませんか」
「これ以上は、協力してくれる奴にしか言えないな。マガトには無理なんだろう?」
明人はにやりと笑って、分かりやすく挑発をする。皇太子が「悪党」と呟いたのを、マガトは聞いていなかったし明人は聞いていないフリをした。
「無理じゃありません。ええ、やりますとも。僕の名誉にかけて、この件で無理とはもういいません」
言っちゃったよこの子、という顔を皇太子が見せた。
「殿下、自分がやります。どうか許可を」
「……うん、いいけどね。まだ私はアキトに協力するとは一言もいってないのだけど……やるしかないんだよね……まあ興味あるからいいけどね……」
二十日間、という時間の制約のなかで、明人が提示した方法を実用にこぎつけるまでには、とても苦労があった。
苦労なんて言葉で片付けてはマガトが泣き出すレベルで、とても大変だった。日本でいうところの「デスマーチ」に相当するだろう。
「アキトさん、もう五の鐘が鳴りましたよ! 今日の作業はここまでで……」
「何言ってるんだ。まだ六の鐘がなってないじゃないか」
デスマーチ中は、定時のチャイムが鳴って思うことは「今日はあと六時間は作業できるな」である。間違えても「そろそろ帰ろう」ではない。定時というのは終電の一つ前ぐらいの電車に乗れる時間である。
「もう無」
「名誉にかけて無理とは言わないんだったか」
皇太子は「なるほどあの会話はこのためだったか」と納得した。一応、マガトは将来自分がおさめる国の国民で、自身が支援する魔法騎士団の団員でもある。少しは助けることにした。
「……あまり働かせすぎるのは良くないよ」
「大丈夫。人間ってのは案外頑丈に出来てるんだ。それに潰してしまっては人手がなくなることぐらい理解している。それに頭を使う作業だから、徹夜なんてさせないし、三日後に終日休息とする予定だ」
翻訳すると限界一歩手前までならこき使っても大丈夫、である。明人としては、徹夜させないだけ良心的だとすら思っていた。単に三食睡眠を正しくとらないでいると効率が落ちるというのも理由ではあるが。
「ていうか、君、元気だよね!?」
「慣れてるからな」
しれっと答える明人に、皇太子はもう何も言うまいと思った。
これでマガトだけが大変ならともかく、最も働いているのが明人なのだ。
ここまで過酷になった理由は、ぶっつけ本番に近いため、一切の妥協を明人が許さなかったからだ。ほんの少しの疑問、違和感を放置することなく、原因を探し出し解決していく。
最初はマガトが唯一の戦力ともいえたが、マガトを憐れんだ皇太子が助力し、最後には理論的部分は明人が解決するようになっていた。「魔法を使えない人が何故……」と遠い目をするマガトの肩を、皇太子がぽん、と叩いて慰める様子は、一日数回見られる光景となった。
文献をあされば大抵のことは書いてあるので、文字を覚えた明人が戦力になるのは当然の流れだったが、魔法に関する本を読んで理解できるのは魔法を使えるものだけ、という思い込みのあるマガト達にはきわめて異色にみえた。
考えうる限り美弥が被る危険をなくす明人の執念に、途中から雑事を手伝うようになった(皇太子に引っ張り込まれたともいう)透を含めた三人は諦めと尊敬と感動すら覚え始めていた。単に完成間近でハイテンションになっていただけだろう。
これなら大丈夫と明人が判断する段階にまでこぎつけた時は、四人で前祝いとして祝杯をあげた。一刻も早くと急く気持ちが明人にはあったが、相当無理をさせた自覚はあるので、これぐらいは付き合うべきだと割り切ってもいた。
そのなかでマガトから「一生ついていきます」と言われた明人が「いらん」と即答したり、マガトと皇太子が戦友のように打ち解けて魔法について語り合い始めたりと、なかなかカオスな宴となった。
翌日、結局マガトと徹夜で語り合った皇太子と今後の流れや、魔法騎士団にいる困った存在の排除などを話し合い、明人が単身魔法騎士団に向かったのだった。
長々とお付き合いくださいましてありがとうございました。最後駆け足となりましたが代償はここで終わり、次回は美弥視点に戻ります。
代償の意味は序盤に透が言った事です。




