※ 代償3
明人は南野から聞いた渡り人と招き人についての話をそのまま鵜呑みにはしなかった。もちろん南野のことは信用しているが、全てを知っているとは限らないからだ。
マガトに幾ばくかの硬貨を借り、屋台で買い物をするついでに雑談をよそおって聞きたい話を聞き出す。コミュニケーション能力の高い明人にとっては別段難しいことではなかった。
そうして分かったのは、渡り人は「珍しいけれど、時々いる存在」として受け入れられていること。法律を守って一国民として暮らす分には問題がないらしい。最初に法律や一般常識を教えられ、職の斡旋も受けるというのだから待遇は悪くないようだ。
逆に招き人については「よく分からない、自分たちとは縁遠い」という印象を持っているようだ。物語の主役級としてはよく登場するが、それだけだ。渡り人と比べて絶対数が少なく、基本的に上流階級に保護されるためらしい。むしろ関わらないほうがいい、とすら考えられている。理由は簡単で、好かれたらいいけれど嫌われたら大変だから。
何故大変なのかを聞いた時、明人はこの世界に悪態をついた。
明人は、つい先日まで異世界にとばされるなどという異常事態をさほど悪くとらえてはいなかった。何せ二五年、四半世紀分の想いが叶ったきっかけでもあったのだ。悪い印象など持ちようはない。
シェイラの言動に引っかかる部分もあるが、世話になっているのは事実だし、彼女が何かする度に美弥が示す明人への好意はとても嬉しいものだったので、排除する気はおきなかった。たまに美弥の言動が可愛すぎて理性が暴走しそうになるのが難点といえば難点だろうか。
だが、美弥がおかれた状況を知ってしまった今となっては、そうも言っていられない。
招き人の力を、美弥が抱えきれるとは思えないし、抱えさせたくもなかった。
ではどうすればいいか。
手段が何もない、とは思えなかったし思いたくもない。
現に自分がいれば美弥の力は発揮されない。
そこが手掛かりになりそうな予感はあるものの、予感どまりだ。
必ず何かあるはずなのだ。だがその何かにたどり着けずにいた。
「ごめん、俺では力になれない」
南野は心底申し訳ないという表情で言った。
「工藤には恩があるから知ってることなら教えるし、出来ることならする。でも知らないことや出来ないことは……」
「分かってる。こうして相談に乗ってもらえるだけでありがたいよ」
大いに焦っているが、焦りのまま行動したところで碌な結果にならないことは分かっている。焦る時ほど一拍おいて落ち着かなくてはいけない。
「あー……それでさ、すごく言いづらいんだけど、協力してほしいことがあって」
「無理だ」
明人は即答する。
心の余裕もないし、時間的にもいつまでここにいるかも定かではないのだ。
「だよなぁ……。協力してくれたら、大介が帰った方法をもっと詳しく教えるとかでも無理だよな?」
一瞬だけ、解決法が見つからなければ美弥だけ帰すのも有りかと考えた。しかし、すぐに却下する。せっかくここまでこぎつけたのに、忘れられるなんて耐えられない。
最後の手段にはなるだろうが、本当に最後だ。
「一人だけだろ。それじゃ意味がないんだ」
明人の素っ気ない態度に南野はうなだれる。
「あーそっか……でもなぁ……このタイミングで工藤以外で頼める相手も」
ぶつぶつと呟いた南野は、その場で土下座した。
「おいっ」
さすがに明人も焦る。
話があるといって南野の部屋に連れてこられたので人目にはつかないのがまだ救いか。
「工藤の今の状況や気持ちが分かる、とは俺には言えない。奥さんが招き人なんだっけ? だとしたら抱えてるのは俺よりずっと重くて大きい。でも俺には最後のチャンスなんだ。だから、頼む!」
「……とりあえず、話だけは聞く。聞くから普通に座ってくれ」
「俺と大介で皇太子サマにサッカー教えたって言ったの覚えてる?」
「覚えてるよ」
基本、一度聞いたことは忘れないのが明人だ。
「そしたらさー、妙に気に入っちゃって。サッカーっぽい競技を作って広めたんだよ。三人制の少人数サッカー、かな? 俺がいたせいかキーパーも有」
「……それで?」
なんとなく先が読めた明人は続きを促す。
「もうすぐその大会が王都であるから一緒に出てほしい」
「理由は」
「優勝賞品の指輪をもって彼女にプロポーズしたい」
明人は大きくため息をついた。
「……モノでしか釣れない女はやめとけ」
「顔でつれる奴はいいよな!?」
「顔なんかでつれる女はもっとやめとけ」
「つれる奴は言うこと違うよな……」
「第一本命がつれなきゃ意味ないだろ」
「え、そうなの? って、俺はそういうのじゃないから!」
では何なのか。
「彼女って皇太子サマのとこで働いてる侍女なんだよ。妄想じゃなくてちゃんと両想い! だから、つれるつれないって段階は過ぎてるから! ただ彼女の親御さんに挨拶に行ったら追い返されてさぁ……。どうしようって悩んでたら皇太子サマが一度だけチャンスをやるって言ってくれたんだ。大会の優勝賞品に指輪をいれておくからそれをもって行けと。それがあれば皇太子公認扱いになるから親だって許すしかないだろうって。元々俺に不満があるんじゃなくて娘を嫁に出したくないからって理由で反対されてたからなあ」
明人との会話で日本を吹っ切れたようなことを言っていたが、それはそれ、これはこれで求婚するような彼女をつくっていたらしい。
相手の親への挨拶、という部分で、自分と美弥が日本に帰ってもそれらしい緊張はないだろうなと、明人は苦笑した。美弥の両親の墓参りに一緒にいったり、明人の両親に報告はするだろうが、それぐらいだ。今さら明人の両親が反対などするはずもない。むしろ遅いと怒られるぐらいだ。最初に制限つけたのはそっちだろうと文句を言いたいところだ。
「ただ、三人制とはいえ団体競技だから俺一人が頑張っても勝てないんだ」
明人は首を傾げた。
「広めて二年ぐらいだろ。お前がいて勝てないぐらいレベル高いのか?」
「技術はそんなでもない。中学生の県大会レベルかなぁ。ただこっちの人って騎士とかの普段から戦うために体を鍛えてる人が多いから基礎体力とか反射神経がハンパない」
「なるほど」
「それに、俺、キーパーだからな? ゴール守るのは得意だけど、ゴール奪うのは専門外なんだよ!」
「……そういえばそうだったな」
守るだけでは勝てないものだ。
「工藤がいれば攻撃まかせて俺は守備に専念できるからありがたい」
「いや、俺に高木レベルを求められても困るからな? 技術がないとは言わないけれど、ほどほどだから」
「充分だって。それにお前上手かったよ。自信もてって」
明人がサッカーを本格的にしていたのは高校時代までだ。大学以降は趣味にとどめている。そう言おうとしたが、今の体は高校時代のものだった。多分少し練習をすれば勘は取り戻せる。
「あ、そうだ。結果がどうであっても協力してくれたら、皇太子サマにつなぎをとれる。大介が帰った方法を考えた本人だから、工藤の力になれるんじゃないか」
それは魅力的な提案だった。
「俺はつなぎを取るだけしか出来ないけど、大介の消息を知ってるといえば確実に釣れる。方法を考えて実行した本人だから、その後が気にならない訳ないだろ」
「……そうだろうな」
交渉材料はある。そして、勘でしかないが、この街で明人がどう足掻いたところでこれ以上有益な選択肢が出てこないだろうという確信もあった。
「本当は、工藤にはたくさん恩があるから、何もなくてもつなぎぐらい取るべきなんだけど……逃せないチャンスで、いつもの仲間が怪我して今からメンバー探すのも難しいから」
明人ならサッカー経験者なので、こちらのボールに慣れれば確実に戦力になると語った。
なりふり構わず一人の女性を求める気持ちは分かるだけに、責める気にはなれない明人だった。
「貸し一つな」
思えば南野の提案は渡りに船とも言えた。
明人がこの街で出来ることはもうない。そして接点をもてる相手のなかで、高木を日本に帰らせた実績のある人間(それが皇太子という立場ある人間なのが何故だとは思うが)は考えられるなかでベストだ。高木が使った方法を『実験』といったように、基本、渡り人や招き人が元の世界に帰った実績はないらしい。表に出てこないだけかもしれないが。
もし駄目だった場合でも、最悪の場合は美弥だけでも帰らせる選択肢がとれるのは今のうちだけだった。
問題は、確実に美弥と別行動となることだ。
ここに来てからずっと一緒にいたのを分かれるのは辛いし、再会の保証がないため怖くもある。単純に、毎日顔を見て声を聞いていたのがなくなるのも寂しい。
また、美弥を招き人でなくするための行動をシェイラが容認するとは考えられないため秘密裏に行わなければいけない。何かしら理由をつけて別行動すべきだろう。
美弥にこれ以上旅の負担をかけたくないであれば、本心でもあるので通じるだろうか。実際、宿で倒れた時には心臓がとまるかと思った。
別行動をとってもマガトの監視はつくだろうが、本人の性質、つまり魔法馬鹿のところを突けばどうにでもなる。あの手の人間を取り込むのはそう難しくはない。
「え、じゃあ」
「妻に説明して了承もらえたらだけどな」
唯一、美弥への説明は気持ちが重かった。(尚、美弥に多少の葛藤はありながらも、ごねることなく頷かれたので明人が微妙な気持ちになったのは別の話だ。)




