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◇◆◇◆ 7-5
「お呼びですか?」
能天気なまでに何も考えてない様子で部屋に入ってきたのは、マガトだった。
「アキトさん、お疲れ様です。さすがでしたね! 殿下は笑い転げてましたよ。これ、殿下から預かってきました。二人分の市民証です。ちゃんと世帯登録してありますからね。ミィアさんもお久しぶりです」
「久しぶりね……」
「……ああ。ありがとう」
明人はなんとも言えない表情で運転免許証サイズのカードを受け取った。無言で一枚を私に手渡す。
皇太子ってどういう人なの。笑い転げてたって何?
「マガト。お前は何か言うことはないのか」
「団長お久しぶりです。ちゃんと任務を果たしましたよ」
マガトに尻尾が見える。偉いでしょ褒めて褒めてって飼い主にアピールする尻尾が。
「ほう。どのような任務を果たしたのか分かりやすく説明してくれないか」
対する団長さんは氷点下の態度だ。
なんとなく、明人と二人で経過を見守る。今は口出ししてはいけない空気だった。
「別行動になってから自分の任務はアキトさんの保護になりましたので、それをまっとうしました」
ものは言いよう。ではなく、マガトは心底それが正しいと信じている。まあそれ自体は間違いじゃないよね。
「途中で報告すべき事項があっただろう」
「えーっと?」
「アキト殿が殿下と接点を持った時点で何故報告しない」
「団長には黙ってたほうが面白いからといって殿下から止められていました。しがない平団員なので王族命令には逆らえません」
ひどい理由だ。
「……お前の上官は誰だったかな」
「アゲート隊長です」
明人をちらりと見ると、視線があった。明人は「何を言っても無駄だ」とばかりに小さく首を横にふる。
団長さんは、王族命令があっても上官に報告ぐらいしろという意味で誰だったかと聞いているのに全く通じていない。
マガトとシェイラが同じ隊に所属しているならアゲートというのがいつもの隊長さんの名前だろう。
「そうか」
深々とため息をつく団長さんに思わず同情する。
「殿下とアキトさん凄いですよ! アキトさんはぜひ我が団に勧誘すべきです。たとえ本人が魔法を使えなくてもあれだけ応用がきくなら問題ありませんって! 魔術だって新しい見地から利用方法の提案が」
マガトの熱弁を、団長さんは手を軽く振ってとめさせた。
というかですね。明人サン、あなた何やってるんですか? じとっと見上げると、視線をそらされた。
「その話は後で聞こう。それで、渡り人の帰還方法と、招き人から力を抜く方法があるというのは本当か」
「まだ理論ですが本当ですよ。正しく言えば、招き人ではなくミィアさんですね」
「マガト」
語り始めようとするマガトを明人が制した。
「お前が話す分には構わないが、後にしてくれ。今日のところは用件も済んだし美弥を連れて早く帰りたい」
当たり前のように言われる『帰る』の言葉が嬉しい。
「そちらはそちらで話があるように、こっちだって話があるんだ」
「待て。帰るとはどこにだ」
「とりあえずは皇太子が手配した宿に滞在している。『銀の鳥亭』という宿だが知っているか?」
「……ああ、そこなら警備もしっかりしていて問題はない。馬車を手配させよう」
「助かるよ」
なんというか、頭がついていかない。
明人と再会してから聞いた話があまりに盛り沢山すぎて、処理しきれないのだ。
こちらの世界で明人と夫婦になり、明人が帰る方法と力をなくす方法を持ってきた。文字にすると簡単なように思えるけれど実際は全然簡単じゃない。どちらの方法も、団長さんたちが長年研究して解決していなかったものだという。……うん、やっぱり非常識。物語でいけば一冊かけて解決するようなことじゃないの?
「明日すぐにとは言えないが、数日のうちに連絡はする。美弥から力を抜く時には、立ち会うだろう?」
「いいのか」
「どのみち皇太子とマガトは呼ばなくてはいけないんだ。一人や二人なら増えたところで構わない。出来れば美弥が慣れている女を誰か加えてほしい」
「考慮しよう」
多分シェイラだろう。
「ところで……ミィア殿はそれでいいのかい?」
不意に団長さんに話をふられて、困惑する。
「いいのか、とは何をでしょう」
「私たちはあなたから力を抜く作業……これが実現するというのはいささか信じがたいが、とにかくその行為をしようとしている。私たちが研究をしていたのは、万一のためであり招き人から力を取り上げるためではない。その力は恐るべきものでもあるが、同時にあなたを守るものでもある。あなたの同意無しで、進める訳にはいかない」
守る、の中には待遇の良さも含まれているのだろう。渡り人は平民待遇で、招き人は貴族待遇という事からも分かる。力のない招き人は、渡り人と変わりがない。
「私には不要な力ですから、可能なら今すぐ放り出したいぐらいです。なんの問題もありません。それに、アキが守ってくれますから大丈夫です。そうよね?」
同意を求めると当然って顔をして明人は頷いた。
「それなら良い」
納得しきれない様子ながらも団長さんは引き下がった。
「これは私からの頼みだが、ミィア殿を一人にしないでもらいたい」
「それは当然だが」
「警護をつけるという意味ではない。アキト殿が必ず傍にいてほしいという意味だ」
「……つまり力を発揮させるな、と」
「そうだ。他者に知られれば利用されるだけだからその対策でもあるし、我らの知らない場所での発動は遠慮してもらいたい」
「…………確約はしないが、善処はする」
よろしく頼むと団長さんは言った。
とりあえず滞在している、という宿……といったら失礼なレベルの高級ホテルっぽいところに連れてこられた。正確には建物の前まで馬車(旅で使っていた幌馬車ではなく、もっと立派なやつだ)だった。明人は当然って顔をしていたけれど、私は落ち着かないことこのうえない。
馬車を降りる時に手を差し出されたのをとった後ずっと手をつないでいるのも落ち着かない一因だ。
特に女性からの視線が気になる。明人の相手が私ってどういうこと、というお馴染みの視線だ。
「俺以外の奴は気にするなって言っただろ」
私が怖気づいたのに気付いた明人が耳元で囁く。
シェイラは明人に好意を持っていなかったので気にならなかったのだなと今なら分かる。邪魔はされたけれど、嫉妬はされなかった。でも今は嫉妬されている。この違いは大きい。
「……うん。分かってる」
明人の手を振りほどいて、私たちただの知人です、ってフリをしたい衝動にかられたのは、長年の習性によるものだ。そんな衝動を抑えて、逆に手を握る力を強くする。
今度は、ここでは、もう明人の手をはなしたりしない。
私の決意が伝わったのか、明人の目じりが柔らかくなった。
「落ち着いたらちゃんとした住居を探したいんだけどな」
「……そ、そうね……」
受付で鍵を受け取った明人の呟きに同意する。ここは住むところじゃない。
「あのね……来てくれてありがとう」
「ああ。っていうか話は部屋に入るまで待ってくれ」
明人の反応は素っ気ない。
……私一人が、久しぶりに会えて、泣いて、喜んで盛り上がってるだけなの? もう少し何かあっても、言ってくれてもいいじゃない。ワガママと分かっていても、ついそんなことを思ってしまう。
いやいやそんなことはないはず。だって、繋いだ手は力強く温かい。だから何か訳があるはずだ。そう自分に言い聞かせる。
「……分かったわ」
明人だって疲れているものね。仕方ないか。でも、残念、ぐらいは思ってもいいよね?
「この部屋だ」
「……お邪魔します?」
なんて言って入ればいいんだろうと悩んでいたら、明人に室内にひきずりこまれた。
「ちょっと! 何す……」
抗議の声は途中で消えた。
「美弥……」
ずるい。
卑怯だ。
なんでそんな声で、縋りつくように抱きしめるの。
道中のもやもやした気持ちとか、見事に吹き飛んだ。
「アキ、どうしたの?」
ここが扉の前だとか、全く気にならないといったら嘘になるけれど、言うつもりはない。それぐらい明人の声は切なかった。
「一ヶ月も会えなくて気が狂いそうだった」
「……うん」
「すぐ傍にいるのに、抱きしめるのも口付けも出来ないとかどんな拷問かと思った」
「…………うん」
「ちゃんと抱きしめてるって実感したいから、もう少しこのままでいさせてくれ」
「………………うん」
いつもは私の背中を明人が撫でてくれるけれど、今日は逆だ。再会直後に号泣した分だけ私のほうが落ち着いているから、明人の背中を何度も撫でる。
「大丈夫よ。私はここにいるから。アキの……明人の腕の中にいるから大丈夫」
愛称じゃなくて名前を呼ぶと、抱きしめる力が強くなって少し苦しい。
「お前、このタイミングでそれは……っ」
扉に押しつけれて、そのまま口づけられる。
「ん……っ」
角度を変えて、何度も、咥内のすべてを征服しようとするような口づけは苦しくて、でも気持ちがいい。
頭がぼうっとして、なにも考えられなくなる。自分の喘ぎ声すらどこか遠い。
それなのに意識を保っているのは明人のせいだった。
一ヶ月の空白を埋めるように触れる指の、体の体温を少しも逃したくないと思う。名前を呼ぶ声を聞き逃したくなんてない。
明人も私も、互いの存在に餓えていた。
我慢は体に悪いよね、というお話です(多分違う)。




