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◇◆◇◆ 7-4
「ああそうだ。招き人から力を抜きとる研究だ」
明人がイルクートに話をふると、団長さんが止める間もなく頷いた。
「この世界のことを分かっていない者が持つにはあまりにも危険な力だ。主導を我らに渡すだけの理性があればまだしも、今回のように愚かな選択をするものが持っていてよいものではない」
……ああ、この人、駄目な人だ。
いや、言ってることは全く理解できなくもないよ? 私だってそんな力いらないし、なくしてくれるなら大歓迎ですよ。でもそれを理性だの愚かだの言ってはいけない。思うのは自由だけど、本人を目の前にして言うイルクートのほうが余程愚かだ。
それに要約すると「その力を自分たちに使わせろ」でしかない。団長さんからはあったこちらへの気遣いがなく、完全に道具としてみなしている。
この発言で私がイルクートに悪印象をもってそういう発言をするという可能性を考えてないのだろうなぁ。万一そういうことがあれば「これだから愚かな」とか言ってきそうだ。
要するに清々しいほどに馬鹿なんだなと分かると、怒る気もおきない。むしろ明人がイルクートをどうするのかに興味がわいた。
団長さんを見ると、諦めモードで静観を決め込んでいる。もしかして手を焼いているのでこの機会に排除出来たらいいなぁとか思ってませんか。
「なるほど。まあ招き人のなかには犯罪者予備軍もいるでしょうしね」
明人は作り笑顔で頷く。
「なんだ渡り人のわりに話が分かるじゃないか。そう、だから研究は正当なものだ」
「どのように研究を?」
イルクートが語ったのは、最初は真っ当な内容だった。
招き人が力を発動する時の魔力の動きの測定や、あの光のサンプリングなど。招き人が不在の間はこちらへ来る前兆である印が現れるシステムの研究をしているそうだ。
無理強いが出来ないので進捗が悪いんだとか、先代(?)の招き人は男性であまり協力的でなかったとか(イルクートいわく、招き人は年若い女が一番扱いやすくていいらしい)、数年間招き人が現れなかったので研究が殆ど進まないだとか、愚痴を延々と聞かされたのは閉口するけれど明人は驚くべき忍耐で「ほう」「そのような考えが」「それで?」など相槌をうって口を滑らかにさせる。一切同意していないところがポイントですね。
団長さんと私は呆れ半分興味半分で、黙ってお茶を飲む。あ、このお茶菓子美味しい。
話を聞いてくれる人がこれまでいなかったのか、興がのったイルクートは段々と語ってはいけない部分まで口を滑らす。
つまり人体実験だ。
といっても招き人はしばらくいなかったので、招き人への実験ではない。逆で、渡り人に精霊の力を付与することで招き人へ変質が可能なのではないか、と。
招き人がいないなら作ってしまえばいいじゃない、という理屈だそうだ。
もっともそれは今の法律では許されておらず、上の(つまり団長さんの)許可も出ないので隠れて個人的にやっていることだ、けれどこれが実用化された暁には自分は高く評価され自分が団長になるので問題ないと語り始めた時には心底馬鹿だと思った。あなたの隣にいるのはその団長さんですよ……。
何かの我慢大会のような話が終わったのはとてもいい笑顔で明人が「つまり」と切り出した時だった。
「お前は犯罪者だ」
「な……っ」
「いやここまで見事に喋ってくれるとは思わなかった。予想以上に愚かで助かった」
深いため息が、話を聞き続けた苦行を物語っている。
「なんのことだ!」
「いや堂々と法律違反を自慢げに語ったじゃないか。なあ、団長さん。聞いたよな?」
一気に明人の口調が砕けている。それを気にした風もなく団長さんは頷いた。
「……ああ。そして、通信の魔法具は正常に作動している。こちらの声の届け先は団の控室だが、使者殿が持ち込んだものは?」
「勿論、俺の契約相手、皇太子の元だよ」
イルクートの顔が絶望に染まった。
「この場であんな話をしてただですむと思っていたのか? 馬鹿馬鹿しい」
多分話を熱心に聞いてくれる人がいなくて鬱屈していたのだろう。やばいところを語り始める前ぐらいから、明人しか見えていなかった。
「団の規律違反、命令違反、そして国の法律違反。軽く見積もっても死罪は免れまい。公爵家の権力を使おうにも皇太子が相手では難しいだろうな」
「隊員については充分に調査するようにとの伝言だ。進んで協力したもの、強制されたものの見極めは怠るなと」
「無論」
「協力に感謝する」
「いや、こちらの管理不行届だ。感謝するのはこちらのほうだ」
団長さんが指をならすといきなり現れた縄が放心するイルクートを拘束する。魔法の一種だろう。怖いんですけど。
「捕縛という魔法だ。犯罪者であることが確認された相手にしか使用できないから安心していい」
そんな私に気付いた団長さんが説明してくれた。
続いて室内に三人の団員が入ってきて、イルクートを連れていった。
その三人に団長さんはいくつか指示を出していた。イルクート個人でなく隊単位での行いだから、他のメンバーの扱いについてのようだ。
「お前と奴が席をはずしている間に、皇太子からのもう一つの書類を渡したんだよ。そこには奴の所業と捕まえること、逆らえば同罪で団全体を罪に問うことが書いてあったんだ。不在なら適当な理由をつけて呼び出してもらう必要があったが最初から居てくれて助かったな。ああ、最初に実験と言ったのはあいつを油断させるためだ。悪かったな」
なるほど。明人と団長さんの間では化粧直しをしている間で話がついていたらしい。だから団長さんは無言で話を聞いていたのか。
「別にそれぐらい、どうでもいいけど」
今回の明人の行動は、団長さんと私が口を挟んで、というよりも存在していることを思い出させた時点で破綻するので黙り続けなくてはいけなかった。私は明人が何かしようとしているのが分かるので黙っていられたけれど何故身内が暴走するのを団長さんが止めないのか謎だった。
「イルクートの単独行動だ。罪のない他の団員まで巻き込む必要はないから、逆らう理由もない。……しかしミィア殿に聞かせる必要はあったのか」
「自分が関わることだ。何も知らせないでいる方がまずい」
「危機感を持たせたかったと? だが上手くいったからいいが何の打ち合わせもなく進めるべきではない」
「美弥なら大丈夫だよ。そっちが考えるほど美弥は子供じゃない」
なあ、と話をふられて、私は頷いた。中身アラフォーだしね。
求められる役割が話を聞くだけであるのは明人の態度から伝わってきた。あれだけあからさまに「何か企んでます!」という時に、私が口を挟むべきじゃない。何か言うべきタイミングではしかるべき合図があるはずだ。
言わなくても私には通じると明人が無条件で向けてくれる信頼が嬉しい。
「ただ、後でいいから事情は話してほしいけど」
「もちろん。全部お前には話すさ」
髪をくしゃりと乱されて、つい唇をとがらせると、笑われた。
そんな笑顔一つで、懐柔されてしまう私は本当に単純だ。
「君は殿下を契約相手と言ったな。どういうことだ」
「そのままだ。俺と美弥は二人でこちらの世界にやってきた。シェイラとマガトに会い、その後美弥はシェイラと、俺はマガトと行動した。そこまでは知っているか」
「ああ。報告は受けている」
マガトって懐かしい名前だなぁ。今どうしているのだろうか。
「別行動をとった理由は、美弥の体調を考えてと、招き人なんて意味の分からない力を抜き取る方法、あるいは元の世界へ帰る方法を見つけるためだ」
うん。そうでしたね。何かシェイラが賭けがどうのと言っていた記憶があるけれど、結局私が選ぶのは明人だから、明人の勝ちでいいのかしら。まあ明人は相手にした様子もなかったけれど。あれだけ言わせればいい待遇を受けられるだろうと見越していたのだから。
「どちらの方法も過去に多くの者が探究して、成果を得られていないことだ」
「あるよ」
あっさりと明人は言い放った。
「元の世界へ帰る方法も、力を抜きとる方法も、ある。抜き取る方法は理論だけでまだ実践出来てないけどな」
「なんだと」
団長さんは血相をかえた。
「自分たちがすべてを知っていると思わないほうがいい。一番知識はあるかもしれないが、全てではない」
明人は唇を歪めて笑った。どこか自嘲するような笑みは、どきりとするほど綺麗だった。
「まあ最後まで聞けよ。別行動を提案する前、俺は街で知り合いに会った」
「は?」
大人しく聞くつもりでいた私だけど、思わず声をあげた。
「アキ……ごめんなさい、私、あなたの言っている意味がよく分からないわ」
「どこが?」
「どこがって全てよ! だって、ここは私たちが生まれ育った世界じゃないのよ? 地元に帰ったら同級生に会ったとか、電車に乗っていたら取引先の人に会ったとかなら分かるけれど、異世界で知り合いに会うなんて現実的じゃないわ」
私の主張は正しいはずだ。
「天文学的に低い確率だけど、ありえない訳じゃない。街を歩いていたら向こうから声をかけてきたんだ。どう見ても日本人だったし、俺の名前も高校名も言いあてたぞ」
「……信じられない……」
「気持ちは分かるけれど、今は信じてくれ。その前提で話を続けるが、いいな?」
同意を求めた先は団長さんだった。
「とりあえず最後まで聞かせてもらおう」
「その知り合いは、俺が探すものを知ると提案してきた。あることに力を貸せば、元の世界に帰る方法を教えると。他にも渡り人や招き人の実態なんかを教えてくれたのもあいつだった」
一度言葉をきって、明人はお茶を一口飲んだ。うん、話し続けると喉が乾くよね。こっちは呆気にとられるばかりですが。
招き人の穏やかでない呼び方を明人に教えたのはその人ですか、そうですか。
「ただその方法では帰れるのは一人だけだった。同じ時期に同じ世界から複数人がやってきた場合、一人がここに残ることで残りを帰す方法だったからな。それでは意味がない。そう告げると、では皇太子につなぎをとると言われた。あいつの言う帰る方法を提案したのは皇太子だったそうだ。俺はあいつが帰した奴らの消息を知っている。つまり帰った先がどうなっているかを知っているんだ。帰した本人としては気になるところだろうから興味を持つだろうと。そして力を抜きとる方法についても何か考えがあるかもしれないと」
……と、とりあえず、団長さんの言う通り最後まで聞こう。うん。皇太子サマって何者なのとかあるけれど。
「勘だが、あいつの申し出を受けるのが解決策になるとおもったので、あいつに協力することにした。力を貸して欲しいと言われた内容は俺には出来ることで、別に犯罪でもなかったしな。ただ、それをマガトが気付いた。まあ同じ部屋で寝起きしていて、訪ねてくる相手がいたら気付くだろうな」
……最後まで。最後までとにかく聞こう。
「だからマガトを巻き込んで行動することにした。俺が知りたいことは、マガトにとっても興味があることだったようでな。皇太子と伝手が出来るかもとかには全く興味を示さない辺りがあいつらしいな。ああ、でも皇太子とマガトは妙に意気投合して、徹夜で酒飲み明かしてたな。魔法理論がどうのとか、ここまで語り合える相手は初めてだとか泣きが入り始めたあたりで俺は離脱したけど」
……魔法馬鹿、とどこか自慢げに言ってたっけ。
そう。マガトを巻き込んだので、別行動をとるときにマガトも残ることを当然としていたのか。当時の謎がとけました。ってもう何をどうコメントしていいものやら。とりあえず明人サン。今の体は未成年だから飲酒はいけないと思いマス。私だって飲んでいいなら美味しいお酒飲みたいよ!
「ああ、話がそれたな。帰り方の新しい理論は構築出来ないと言われた。だが抜き取る方法については条件付きで協力するといわれお互い利害関係を調整したんだ。たとえばイルクートといったか。あいつのやっていることは、皇太子は気付いてはいたが証拠がなかった。だが放置すればいずれ発覚し、後ろだてである皇太子の汚点につながるので早めに処罰したいなど、皇太子側にも利点はあったからな」
明人は小さく肩をすくめた。
「契約内容はシンプルだ。俺はイルクートの悪事を表沙汰にするのに手を貸す。また、皇太子が提案した帰還方法の結末を教える。俺が受けるのは美弥から力を抜きとる方法の考案と、美弥の身柄を引き取り二人で暮らすだけの環境を整えること。これらに必要なものをすべて皇太子が準備するというだけだ」
だけ、って。
「分かったか?」
明人が確認しても、団長さんも私も無言だった。
何から言っていいか分からない。
「……マガトは今どこにいる」
最初に口を開いたのは団長さんだった。
「戻っているはずだが。呼べば来るんじゃないか」
「そうか。……呼べ」
魔法具を通して声が届いているだろう先に命じた。その声が冷え冷えとしていたのは気のせいじゃない。
「…………詳しいことはあとで教えてくれるのよね?」
「ああ」
「じゃあ今はそれでいいわ。正直、アキがやったことじゃなかったら信じられない内容だけど。アキって非常識だものね。仕方ないわ」
「非常識って、お前なぁ」
「だって、そりゃあ勝算あるって言ってたけど、普通一カ月でここまで出来るなんて思わないわよ。驚くの通り越してあきれてるわ」
ハイスペックだと思ってたけど、それを越えている。非常識、もしくは変態だ。さすがに変態って言うのは悪いから非常識にとどめておこう。
「あ、でも感謝はしてるからね? 私のためにありがとう」
素直な感想だったけれど、明人がやさぐれかけたので慌ててフォローした。




