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馬鹿な、と叫んだのは隊長さんその二だった。
「それは我々が長年研究していることだ。我ら以上に研究の進んでいるところなどありえない。それを作業段階にこぎつけているなどと、信じられることではない! 絵空事もたいがいにしろ!」
怒鳴られたのは明人だけれども、反射的に体を竦めた。日本に居た頃、客先から理不尽なクレームを受けたことが少しだけどあるので、多少の慣れはあるとけれど男性の怒鳴り声は向けられて愉快なものではない。めざとく気づいた明人は手を握ってくれた。それだけで落ち着くので私は単純なつくりをしている。
「あれが総意ですか?」
明人は、視線を一瞬だけ後方に向けてから団長さんに問う。あれ、という口調にさりげなく侮蔑を含ませながら。器用ですね。
「……いいや。部下の教育がなっていなくて申し訳ない」
苦々しい表情で団長さんは頭をさげた。
明人が一般人であれば許される(あるいは団長さんも同意したかもしれない)発言だけれど、今の明人はここの後ろだてでもある皇太子の使者という立場だ。頭ごなしに信じられないだの絵空事だのと言っていい相手ではないのだ。
「君に発言を許した記憶はない。黙っていられないのなら下がりなさい」
「しかし!」
この団長さんが、この人を隊長に据えている理由が分からない。自組織のトップに頭を下げさせたのが自分だと分かっているのだろうか。言い募るあたり分かってないんだろうなぁ。その程度の人を隊長にし、さらにこの場に居させるのは何故だろうか。事情があったりするのかな。苦い顔をしているので思惑があって、という線はなさそうだ。
「せっかくなら会話に参加してもらってはいかがでしょう。後から言われるよりも、この場で本音を聞いたほうが手間が少ない」
え、何を言い出すの。
慌てて明人の横顔を見上げると、自信たっぷりの笑みをうかべていた。
「せっかくの申し出だが」
「ぜひ」
断りかける団長さんに、明人は重ねて要請した。
……何を考えているのだろう。これだけ喧嘩腰の人がまじって、ちゃんとした会話が成立すると思えない。いや、団長さんがいるからそこまでにはならないと見越しているのだろうか。
「……では厚意に甘えて」
失礼な発言をしたのは魔法騎士団側なので、ここまで言われて明人の要請を断ることは出来ないのだろう。苦い表情で団長さんは頷いた。
「ああ、その前に。一度休憩いれさせてもらえますか」
明人はちらりと私に視線を向けた。……化粧直しさせてくれるの?
「そうだな」
明人の意図を察したのだろう。団長さんは、苦笑した。同じ苦い表情でも、隊長さんその二に向けるのとは違って、柔らかかった。
ではありがたくと席をたつ。寝起きしている部屋まで戻ればどうにかなるだけの物がそろっている。……正しくは揃えてもらっている。
「許すんじゃなかったんですか」
けれど部屋を出てすぐにシェイラに声をかけられて立ち止まった。
「許すけど、いっさい怒らないとは言ってないわ」
詭弁なのは分かっている。頭で考えたことなんて吹き飛んだのだから仕方ない……はず。
「とりあえずこちらへ」
「ありがとう。……そんなにひどい?」
「処置がよかったので、そこまでではありませんわ」
シェイラは小さく笑った。そこまでではないけれど、ある程度ではあるのね……。うん、分かってた。
「相変わらず、あの男は過保護ですのね。ミィア様が気にしているからわざわざ中断までさせて」
否定出来ないので苦笑するしかなかった。
「中の会話、聞こえているの?」
「えぇ。声のみですが届いております。机の上に魔法具がございましたでしょう?」
思い返せば、確かにあった。それも二つ。魔法騎士団側と明人がそれぞれ用意したのだろう。
「じゃあお互い了承の上なのね」
堂々と出しているぐらいなのだから。
「このような場では当然の行為です」
「それもそうね」
だからあっさり教えてくれたのだろう。
「……今から言うのは、ただの独り言ですので、忘れてくださって結構です」
化粧を直しながら、シェイラは耳元で囁いた。
「あの男が参加を促したのは、わがくしが所属しているのとは別の隊の隊長でイルクートといいます。あの男は団長に次ぐ名家の出身ですが、それゆえに選民思想が強いのです。今は副団長が王都にいないこともあって大きな顔をしていますわ。失礼な発言も多いでしょうがあれを総意と思わないでください」
「……そんなこと言っていいの?」
何故あの場にいたのかが分かった気がした。明人が取り入るべき相手かどうか判断しようとしたのだろう。隊長職にあるのなら周りが諌めるのは難しく、また明人の前でいざこざを表に出せないからしれっとあの場におさまったのだろう。そして明人が渡り人、つまり平民と分かって横柄な態度になった。
「ですから独り言です。わたくしはよくイルクートをはじめあちらの隊員に『女のくせに出しゃばって』と言われていますから、思うところがありますの」
シェイラはにっこりと笑った。けど目が笑っていない。
いつもの隊長さんは口は悪いけれど「女」をあげつらいはしなかった。でもあの人はするのか。
ここの世界では、社会はやはり男性主体だという。働く女性は平民が多く、貴族で働く女性はここ魔法騎士団が大半なのだとか。以前にシェイラから「わたくしたちに居場所をくれた団長はすばらしい方なのです」と語られたことがあるのでよく覚えている。
「私たちのいた世界でも、そういう人はたくさんいたわ」
対応も慣れるとまではいかないけれど、ある程度経験はある。一番マシな対応は、相手にしない、だ。反論しようが傷つこうが、何かしらの反応を見せるとより言ってくるのがああいう手合いだから。
「どこでも同じですのね。さあ、これで大丈夫です」
応接室に戻った私をみて、明人は苦笑した。
「綺麗にしてもらったじゃないか」
「シェイラの腕がいいのよ」
キレイは作るもの、というキャッチフレーズが思い出される。
「別に素顔でも俺は気にしないけど?」
「二人きりならね」
今更すっぴんを見せるのをためらう間柄ではない。高校時代はほぼ素顔だったし、そうでなくても家にいる間はほとんど化粧なしで過ごしていたので、見られることは慣れている。
だけど、それは明人だけだ。第三者がいるなら、きちんと化粧をするのは当然のこと。ある意味女の戦闘服なのだから。
明人の隣に腰掛けて正面を見ると、団長さんとイルクートは既に揃っていた。私が一番遅かったらしい。
「では再開しましょうか。まず研究、という話でしたが」




