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6-5

◇◆◇◆ 6-5.


 隊長さんと図書室で会ってから、行動に制限がかかるんだろうなという予想に反して、何も変化はなかった。

 相変わらず団長さんは連日やってくる。

「普通の少女に見えて、案外あなたは手強いな」

 少女……うん……少女……誰かに謝りたい衝動にかられたけれど必死で隠す。

「なんのことでしょうか」

 団長さんのものにならないことか、あるいは裏をかいて情報を得たことか。

「さてね」

 私から提供する話題はないので、団長さんが黙りこむと場がもたない。ティアがいれてくれた紅茶を飲んで誤魔化しているけれど、ずっと続けられる方法でもなく。……話がないなら帰ってくれないだろうか。

「怖くはないのかい」

 団長さんは、何が、とは言わなかった。

 視線をやると、困ったような、心配するような。そういう予想外の表情があった。初めて団長さんの素の感情に接して……動揺した。

「……怖いに決まってます」

 思わず本音がもれる。

「知らないところで、知らない人たちに囲まれて、得体のしれない力があって。うっかり冗談も言えないのよ。下手なことは言えない、何を言えば正しいのかが分からない。これで怖くなかったらおかしいわ」

「だからね。あなたを私に明け渡せば、その負担をすべて受け取るよ」

 さらりと、なんでもないことのように言われた。

「何も怖いことをさせようなんて考えちゃいない。安心して私の望むとおりにすればいい。そうすれば、仮に間違っていたとしてもその責任はすべて私にある。あなたが怯える必要はない」

 これは、ダメだ。

「体一つでやってきたあなたは、決して強くはない。それに対して私には地位も権力も力もある。あなたを引き受ける強さぐらいあるさ」

 これ以上聞いてはいけない。

「……やめてください」

 過去の招き人たちが、どうしてあんな言われ方をするような生き方をするのか、分かった気がする。

 えー、なんか知らない世界にきて不思議な力もらっちゃった。私凄い! と、はっちゃける時期はあるかもしれない。でも一瞬でも怖いと思わない人はいないだろう。そのタイミングでこんな甘言を囁かれたら。

 ……己を明け渡す弱さを責める人は、自分が災害の引き金を持ち続ける怖さを知らないのだ。好きとか嫌いといった感情を持たない道具になるのは幸せだろうなとすら思える恐怖を。

 この恐怖に勝てる人は過去にもいただろう。でも、勝てない人も多かったに違いない。そして私は勝てない、弱いほうに属する。

「あなたがここにきてもうすぐ一月になる。団員同様、身内も同然と考えているのだよ。もちろんあなたの力は魅力的だ。私には団員を始め守るべきものがたくさんあり、あなたの力があれば守りやすくなる。でもそれだけじゃない。身内が怖がっていたら、助けたいと思うのは当然だろう? ましてや私には助けるだけの力があるのだから」

 シェイラが心酔するのも、隊長さんがついていくのも分かる。何なのこの人の包容力……。

「……それでも私はアキの……夫のものです」

 一瞬たりとも心が揺れなかったといえば大嘘になる。

 でも、左手の薬指が視界にはいった。いつかここに明人のものだと印をつけたいと言って噛まれた場所。当然噛み痕なんてもう残ってない。でも、記憶には残っている。

 それが私を踏みとどまらせた。

「今の待遇には感謝しています。助けたいと言っていただけて嬉しいです。でも、ごめんなさい」

 座ったままだけど頭をさげる。

 打算だけで手に入れたいと言われたほうがよほど良かった。罪悪感をもたなくてすんだのに。

「何も分からないこの世界で、最初から、ただの私を求めてくれたのが夫なんです。何が起きるか分からない状況で、自分のことだけでも精いっぱいのはずなのに私を最優先で気遣ってくれた人が、団長さんとは違う方法で私を助けようとしてくれています。そんな夫を信じて待てないような人間にはなりたくない」

 明人はいつだって私との約束は守ってくれる。

「団長さんの仰る通り、私は弱い人間です。そんな私が自信をもってこれだけは出来ると言えるのが、夫を信じること。ただそれだけだから、私を差し上げることは出来ません」

 明人が私のものと同じように、私は明人のものだ。

 明人が私のために動いてくれている間に、勝手に私を誰かに明け渡すなんて酷い裏切りは出来ない。

「なるほど」

 顔をあげなさいと言われたので、そのとおりにする。

 団長さんは苦笑まじりの表情だった。

「少なくても、私は……いや我々は嫌われてはないのだね?」

「もちろんです。感謝しかありません」

「シェイラは少し思い込みが激しいところがあるから、不用意な発言はなかったかい」

「……助けてもらいました」

 否定しなかったので、団長さんも察するところがあったらしい。苦笑が深まった。

「それならいい。招き人に嫌われたら大変だからね」

 冗談めかして言われた。

「嫌うだなんてそんな! むしろ好きですよ。あ、恋愛的な意味じゃなくてですが」

 好きに反応して、きらきらとした光が舞う。

 今までで一番の華やかさにびっくりして動きがとまった。

「心がこもっていたからだよ」

 ここに来て、望まれた通りに言葉を発していた時は、半ば義務だった。今は違うから輝きが増しているのか。

 最近は「キラキラじゃなくてチカチカ」と感じていた光が、素直に綺麗だと思える。

「これで我々魔法騎士団は、しばらくは安泰だ。収支的にはこちらが得しているから、あなたは気兼ねなく残りの日々を過ごしてくれたらいい」

 私に罪悪感を持たせないための発言と分かった。いや、しばらく安泰なのは事実だろうけど。

「ありがとうございます」




 宿以来の、月一のあれがやってきたので、普段以上に本を読みながら部屋で過ごす日々となった。

 図書室から適当な本をみつくろって届けてくれるのはシェイラで、そのまま話し相手兼監視役となっている。今も机の上に図書室から借りてきた本と、お茶セットがのっている。

「まったく、信じられませんわ」

 そう言いながらもこまめに洗浄をかけてくれる。明人への態度があれなので「いい人」ととは言いづらいけれど、悪い人ではない。彼女は彼女なりの主義主張にのっとって行動しているだけだ。

「何が?」

 彼女とちゃんと話すのも久しぶりだ。

「団長よりあんな男を選ぶなんて」

 背後でティアも大きく頷いている。って、ティア、あなたは明人に会ったことないよね?

「わたくしたちの団長は素敵な方でしょう?」

「そうね」

「でしたら、何故」

「色々な理由はあるけれど……一番は、アキが求めてくれたのはただの私で、団長さんは招き人の私だったから、かしら。あとは順番っていったらおかしいけれど。シェイラたちに会った時には、私はアキのものだったから他は考えられないっていうか」

 明人と団長さんとでは、出発点も目的とするところも異なる。

 どちらも正しいのだろう。ただ私が選んだのは明人だったというだけだ。

「それはそうと、私、あなたに謝らなくちゃいけないことがあって」

「……何かしら」

「隊長さんからシェイラの年齢聞かされちゃったの」

「……………………」

 沈黙が怖い。

 おそるおそる表情を確認すると、微笑みを浮かべているのに目が笑ってなくて怖さが倍増だ。

「あら、そうでしたの」

「ええと……ご、ごめんなさい?」

「ミィア様が謝罪なさる必要はありませんわ。あれが勝手にお伝えしたのでしょう」

 あれって、隊長さんのことだよね? 隊長さんってシェイラの上司だよね?

「わたくしだけ知られているのは不公平ですわね。ミィア様は?」

「じ、十七です」

 明人とそういうことにしようと決めたから十七と言ってるけれど、伝えるたびに罪悪感がある。これ詐欺じゃない? せめて二十五ぐらいにしとくべきだった。……いずれにせよ詐欺か。

「……ミィア様がその御年齢なのは分かりますけれど、あの男がそれはないでしょう」

 隊長さんには私も疑われたけれどね……。

 ところで明人とシェイラって、お互いに名前呼ばないよね……なんでだろう。

「誕生日の関係で、アキは十八よ」

「それでもありえません」

「……まぁ私たちにも色々あるのよ」

 追及されても困るので強引に話を終わらせた。

「そろそろ一月ですわね」

 年齢の話は続けたくはなかったのだろう。シェイラはあっさりと話をかえてくれた。

「あの男は本当に来るのでしょうか」

「来るわ」

 自信をもって断言する。

「では遅れてきた場合、わたくし、あの男を詰っておきますわね」

「……多少の遅れは誤差の範疇だから許してあげて」

 思わず引きつった笑いが出てしまう。

 それに対し、シェイラはにっこり笑った。

「まぁ。許すのはミィア様の役割ではありませんか。ですから、わたくしはミィア様の分まで詰ってさしあげますわ」

「ええと……」

 分かりづらいツンデレ?

「来るといいですわね」

「そうね……ありがとう」

 シェイラが可愛いなと思った。




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