6-4
◇◆◇◆ 6-4.
たかが小説と侮ってはいけない。
寓話ほど風刺や教訓がこめられていなくても、案外大事なことが書かれているものだ。特に私のように、この世界についてよく分かっていない身としてはおおいに参考になる。
ましてや、今回求めた中には渡り人や招き人が出てくる話がある。
読めば読むほど、決して彼らが私に語ることはない実態が見えてきた。
隊長さんは「招き人が好むものを精霊は祝福する」と言った。それは間違いないけれど、全てではなかった。
好むものを祝福するなら、逆は? 厭うものについては?
その答えは、悲恋ものの話でとりわけ書かれていた。
厭うものには災いを、と。
読んでいるのはあくまでも小説。創作であることは念頭におきつつも、違う作者、異なる傾向の話で共通していることはある程度この国の常識と考えていいただろう。
それらを拾い上げていけば見えてくるものもある。
マイナス感情を言葉にしたときの影響。プラス効果の価値。そして招き人の利用方法。
まったく「精神的な傀儡」「優雅な奴隷」とはよく言ったものだと感心してしまった。
「要するに道具なのよね」
部屋にひきこもり中なので、今は一人だ。考えをまとめがてら呟く。
道具を管理するのが国や自治体であれば、天災をなくすだけで随分効果があるのは、少し考えれば分かることだ。
たとえば川に橋をかけても氾濫ですぐに落ちたら損害が大きい。再び架けるにしても費用や時間がかかるし、架けるのを諦めたら流通が滞る。
でも招き人が好意的な間は天災がない、あるいは少ない。
橋は架けたら強度不足とか人災でもないかぎり、耐用年数分はもつ。それだけで随分違うだろう。
それに、氾濫も洪水も雪崩も地震もおきなければ、治世は随分助かるはずだ。
加えて天候が安定すれば農作物の収穫量もあがる。
いいことづくめですね。はい。
逆に悪意が向いた場合はこの逆だ。天災や天候不順。あれ、天候不順も天災か。とにかく天災。そんなのが発生したらどうなるかなんて考えたくもない。
「……何これ怖い」
ここまで考えて、ぞくりとした。
そりゃあ放置しないし、無理強いもしないだろう。
監視なしに市井に歩かれたら怖いし、だからといって下手な手をうって悪感情もたれてもまずい。誰にでも分かることだ。
「キーワードが言葉なのは救いかなぁ」
一人暮らしをしていると、独り言って増えますよね。……じゃなくて。
あれが好き、これが嫌いと思うだけではなにも影響はおきない。ちかちかする光がでるのが、何か言った時だけだから確かだろう。
助かった。だって怖いじゃない。うっかり「あれ嫌い」と思うだけで災害発生させるとか。人間兵器どころの騒ぎじゃない。多分そのレベルだったら保護じゃなくて抹殺されてるだろう。
「あとは心がどれだけこもっているか?」
これについては、まぁそうだろうな、と。
うっかり「私これ嫌い」といっただけで大地震を発生させられたらたまったものじゃない。大災害が起きるのはそれなりの何かがあったときでないと困る。ある小説には悪意を向けられた人の災いとして「足の小指をぶつけやすくなる」というのが書かれていた。それは地味にキツイ。
そう考えると、シェイラもティアも、よく話しかけてくるよねと感心する。特にシェイラは、明人についても言いたい放題だったし……。
さて。こんな物騒な道具をどうやって使うか。
簡単だ。
好意をもたせればいい。恋愛感情でも尊敬でも友情でもなんでもいい。とにかく好意。
特に恋愛感情だといいのかもしれない。恋は盲目というぐらいだし。
好意あるいは悪意を向ける先をそうと気づかせずにコントロールするから「精神的な傀儡」。贅沢はさせても自由は与えないから「優雅な奴隷」。
考えた人のセンスに脱帽だ。もしかしたら、過去の招き人本人が考えたものかもしれない。
毎日団長さんが会いにくるのも、道具を手にいれるためだろう。
もし私がただの十代の女の子だったら。もし私に明人がいなければ。
右も左も分からない土地で、あれほどの人が自分を気にかけてくれたら舞い上がってすぐに好きになっちゃうんだろうなぁ。今は恋愛をほのめかす言動は見えないけれど、こっちの気持ちが傾いたらすぐさま仕留めに(?)かかってくるのは予測出来た。なんというか、恋愛に関しては明人より団長さんのほうがうまい気がする。明人って、明さんたちとの約束守って手を出さなかったりと案外、恋愛は下手だよね。
シェイラが明人を悪く言ったのは、明人から気持ちを逸らさせるためだろう。団長さんが私を手に入れたがるからその前準備の一環としてやっていたはずだ。多少シェイラ本人に悪意が向けられようと、最終的に団長さんが私という道具を得られればいい。そう考えてそうなぐらい心酔してるのが私にもわかる。
「……アキに会いたいな……」
明人と一緒にいればこんな力は発現しない。なにを言っても大丈夫だ。
そういう意味で明人に会いたいのも事実だけど、何よりも「大丈夫だ」と言ってほしかった。本当に大丈夫かどうかじゃなくて、安心させてほしい。いいや、そんな言葉はなくてもいい。ただいつもどおりぎゅっと抱きしめてくれたら、どれだけ幸せだろうか。
早く、会いたい。
ここに来てからの私は、自分でいうのもなんだけど結構従順だと思う。
出された食事や、提供される衣類からきっとこれを褒めてほしいんだろうなと分かったので、七割ぐらいその通りの言葉を出した。マイナス効果に気づいてからは、そういった発言はしないよう心底気をつけた。
効果を知って声に出せるほど、私の神経は図太くない。プラス効果なら悪いことはないので言えるのだけどねぇ。
何故大人しく従っているかというと、それが明人の望みだからだ。
安全なところで待つ。
そのためには、警戒されないよう、完全にコントロール出来なくてもほどほどに利用できる人間だと思わせたほうがいい。あと、思惑はどうであれ世話になっているのだからお礼はしたい。
そうやって、都合のいい人間でありつづけた甲斐あって小説を持ってきてもらうのに限界はあるので、図書館を利用したいという申し出は受諾された。ただし魔法騎士団の図書室のみで、閲覧エリアは限定されるけど十分だ。
その図書室にはほぼ毎日入り浸っている。監視役の団員さんはつきあわされて迷惑そうだけど、ごめんなさい。すごく楽しいです。
当然というか魔法関連の書籍が充実していて、とても興味深い。誰かが持ち込んだのか、料理のレシピ集もあって「これなら明人が好きそう」とか考えるのも楽しかった。
「まさか声をかけても気づかれないとは思わなかった」
目の前で隊長さんが苦笑している。初日に会った、シェイラと仲が悪かった男性だ。
すっかり本を読みふけっていたら、隊長さんに声をかけられたのに気づかなかったらしい。
「すみません」
隊長さんの背後で監視役の団員は苦笑している。そりゃそうだろうと分かるので、ひたすら恐縮するしかない。
「驚かせてすまなかったな」
声をかけても気づかないので、隊長さんは肩に手をおいて存在を伝えてきたのだ。
私からするといきなり触られたので、びっくりして悲鳴がでてしまった。それでこの展開だ。
ちなみに監視係は離れた場所にいるのだけど、悲鳴を聞きつけて駆け寄ってきた。隊長さんが事情を説明したので普通に話せば声が聞こえるかどうかという距離までさがっていった。
「いえ……気づかなかったのは私なので。何かご用でしたか」
通勤電車で本を読んで、気づいたら下車駅をすぎていた経験は多々ある身だ。たくさん本に囲まれてつい。
「おもしろい事をしていると聞いたからな」
「……おもしろい事?」
何かしただろうか。
「物語、というのは盲点だった」
「……」
監視係に聞かれないよう抑えられた声に、私は動きがとまった。
「我々は武骨な男が多いからな。恋物語など読んだことがない人間が殆どだ。男女が好きだ嫌いだと言いあっているような話だろうという思い込みはあっても、実際に何が書かれているかは知りもしなかった。妻に言われるまで女はそういうのが好きだからなで終わっていたぐらいだ」
そうだろう。だからこそ、あえて私は恋愛小説とリクエストを出したのだ。
いつかは気付かれると分かっていた。その前に知りたいことを読みとれたので良かった。
「知りたいことは分かったか」
「……推測混じりですが」
「そうか」
「聞けば教えてくれましたか?」
さてな、と隊長さんは呟いた。
「少なくても俺は言わないだろうな」
それは相手に武器を渡すようなものだから? 貴族が多いとはいえ、魔法騎士団を名乗るからには戦闘集団なのだろう。声をかけられても気付かないほど何かに没頭することもなければ、完全に手に入れていない道具に武器を渡すほど甘くはないはずだ。
「そうですか。……ところで、御結婚されてたんですね」
「は? そりゃするだろう。もう四〇だぞ」
あ、やっぱり四〇歳なのか。年上ですね。
突然の話題転換に腰がひけた様子をみせた。え、だって、そりゃあ食いつくでしょう。
やっぱりこの人って、他にないタイプだ。既婚者で、リアル年齢より年上で、何より普通の人。すごく話しやすい。
「俺の話なんざどうでもいい」
あ、逃げられた。
「そういうあんたは何歳なんだ」
「……私がいた世界では女性に年齢を聞くものではなかったんですが。それに、シェイラと年齢についてはお互い触れないでいようと合意を得てます」
時々、せっかく明人と年齢設定決めたんだから、話しちゃっていいんじゃないかとも思うけどね。
「あ? 何やってんだお前ら。シェイラなら二十一のはずだが」
「……」
あっさり女の年齢バラすとか!
「……隊長さんって、結婚の申し出は奥様からでしょう?」
「なんで知ってるんだ!」
言ってからしまったという顔をする隊長さん。
「女心分かってなさすぎです」
「あんな複雑怪奇なもの分かってたまるか」
「女性に年齢を聞くのも、他人に勝手に話すのもやめたほうがいいですよとだけはお伝えします」
「で、あんたは?」
やけにこだわるなぁ。まあ言いづらい年齢設定ではないので伝えるのは構わない。
「十七です」
と、明人と決めた。精神年齢はアラフォーだ。
「本当か?」
うさんくさそうに見られた。
「そう見えませんか」
シェイラにはとても若く見られ扱われたんだけど。
「見えなくはない。ただ、言動が一致しない。それぐらいの年齢なら、あの団長に迫られて落ちないのはおかしいだろう」
「最初に言いませんでしたか。私には夫がいますと」
「今は離れているだろう」
「私には夫のほうがいい男なんです。第一迫られてなんかいません」
そう言いきると、信じられない、という眼差しを向けられた。
どっちに対して?
「あの忙しい団長が毎日会いにきてるよな?」
あ、後者か。
「日ごろどれだけ多忙なのかは存じ上げませんが、様子を確認してるだけでしょう。監督責任とかそういうものでは?」
「……笑顔を向けられているよな?」
「団長職にあるような方だったら、職務上必要な仮面の一つでしょう」
少なくとも心底嬉しそうな笑顔を向けられたことはない。
「…………優しい言葉をかけられているよな?」
「誰彼となく喧嘩を売るような方ではないようですね」
「………………贈り物をしたいと示唆されただろう?」
「生活に必要なものなら確認されましたね」
隊長さんは黙りこんだ。
「シェイラの報告がなければ夫は架空の人間だと思うところだ」
そんなこと言われましても……。
「夫とやらがどうやってあんたと結婚まで持ちこめたかをむしろ知りたい」
それはですね。四半世紀ほど熟成させたあげくに、異世界にやってくるという非常事態のなかで告白されたからです。なんて言えないけれど。
「隊長さんのお話を聞いていると、私がものすごく鈍感な人間だと言われている気がします」
「気のせいじゃないぞ」
えー、そうかなぁ?
隊長さん、既婚者でした。そして団長さんは部下(=隊長さん)に同情されてます。




