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6-3

◇◆◇◆ 6-3.


 続いて会った団長という人は、なんというか異次元の人だった。

 シェイラいわく、爵位持ちで(侯爵様なのだとか)、二十代半ばだけど未婚で(女子的に多分ここ重要)、魔法騎士団で一番強くて(魔法だけとか剣だけとなるとまた別らしい)、美丈夫で(私見ですが明人のほうが上でした)、部下の面倒見もよく性格もすばらしい、まさに理想の男性なのだそうだ。

 忙しい人だから面会時間は短く、外見と表向きの性格ぐらいしか分からなかったけれど、まあその通りの人なんだろうなと感じた。

 ただあまりにもパーフェクトすぎて、同じ人間と思えない。出来れば近づきたくない人種だった。

 かつての明人に対するのと似ている。

 劣等感を刺激されるし、常に周囲から見られる人だから一緒にいると必要以上に視線にさらされる。それも嫉妬や羨望といったおなじみの視線だ。

 だから「シェイラさんにはとてもお世話になりました」とシェイラをよいしょした面会が終わった時には義務を果たせたと心底ほっとしたものだ。


 そう思った時期が私にもありました。

 ……忙しい人なんですよね? 面会の義務はもう果たしたよね?

 どうしてほぼ毎日、会いにくるのでしょうか。姿見せてくれなくても、明人が迎えにくるまではほどほどに利用されてあげますから来るのはやめてください。



 私が滞在しているのは、魔法騎士団の建物のなかにある客室だ。団長さんの指示で、魔法騎士団の客人という扱いになっている。

 騎士団ときくと良く言えば大変男らしい、言葉を飾らずに言えば学生時代の体育会系部室を連想したのだけれど、『魔法』騎士団は貴族が多いため建物も立派だし、中も清潔だ。魔法を使える人の大半が貴族というだけはある。シェイラに言わせると団員がつれてくる使用人がいるので余所よりも手入れが行き届いているのだとか。

 だから私が借りている部屋はとても快適だ。シーツは朝出しておけば毎日交換してくれるし、食事も部屋まで運んでくれる。簡易キッチンみたいな設備もあるので、お茶をいれるのも可能だ。化粧室もある。浴室はないけれど、洗浄の魔法具が常備されているので清潔さを保てる。団長さんのような来客をむかえるエリアと寝室などのプライベートエリアも分かれている。

 文句のつけようなどない素晴らしい環境だ。

 ただし自由はない。

 分かりやすい拘束ではなく世話をやくという名目の監視だ。部屋の中では一人になれるけれど、一歩外に出ようものなら必ず誰かがついてくる。

 明人が言っていた「優雅な奴隷」の意味がなんとなく分かってきたけれど、気づいていないフリをする。今の私は利用しやすい小娘(……を自称するのは実年齢を考えるとちょっとどころかかなり気まずいのだけど)と思わせておきたかった。




 それはともかくとして、とにかくここは魔法騎士団の建物のなかにある。区画も階も別とはいえ、団長さんや隊長さんの執務室もあれば、団員たちの訓練所もある。

 ということは、関係者は仕事の合間に来やすい、らしい。

「……お忙しい方だとうかがっていたのですが」

 直訳すると、だから来ないでほしいなのだけど、ストレートに言う度胸のない日本人です。

 一対一でお茶をしているのは、団長さんだ。といっても、お茶をいれてくれたメイドさんがそのまま部屋にとどまっているので室内に二人きりという状況ではない。

「少し時間があいたんだ」

 安心させるように笑顔を浮かべて団長さん(名前は忘れた)が言う。

「何か足りないものはないか。あればなんなりと言ってほしい」

「十分お世話になっています」

 だから放っておいてほしい。

 団長さんが来た後は、いろんな人が用事を作ってやってくるのが大変なんです。一番引いたのは、使ったティーカップをすかさず回収していったメイドさんだろうか。きっと今も手ぐすねひいて待っているはずだ。

「教師たちについてはどうだろうか」

 問われているのは、礼儀作法やこの国の歴史、文字といった、貴族たちが身につけている教養の家庭教師たちのことだ。

 旅の間シェイラから教えてもらったのは、平民として街で暮らすのに必要な知識たちだという。この国は階級社会なので、貴族と平民では身につけるべき知識が違う。私は招き人で、貴族と同じ扱いになるから身につけたほうがいいと薦められた。特にすることもないし、特に礼儀作法と文字は覚えて損はないのでありがたく教えてもらっている。

「皆様とても丁寧に教えてくださってます」

「あなたのことを褒めていたよ。聞く耳をもったとても熱心な生徒だと」

 教える大変さは身にしみてわかっていますから。

 社会人経験も二桁年数になると、後輩の教育の経験もある。これがまた大変なんだよねぇ。分からないと言えなくて理解したフリをしたり、自分は大学で勉強してきたから大丈夫なんて根拠のない自信をもってる人もいたりで。

 だから教わる立場の時は、分からないのに分かったフリをせずに、ちゃんと分からないと告げること。特にどこが分からないかを明確にすることを心がけた。それだけで教えやすくなるはずだ。

 内心苦笑したのは、決して「物覚えがいい生徒」とは言われないことだ。

 明人なら一を聞いて十を知るぐらいは可能かもしれないけれど、私は十を聞いても二、三しか覚えられない。熱心ではあっても優秀ではないのは自分でよく分かっている。

「ありがとうございます」

 特に文字を覚えるのは苦労した。

 私の意識では日本語で会話をしている。けれどこの国の言語は日本語ではなかった。

 会話が成立しているのは、この世界にやってきたときに自動翻訳機能が付加されるためらしい。なぜかは分からないけれど、渡り人や招き人で会話が通じない人はいないのだとか。

 当然、文字も異なる。実際マガトのもっていた魔法に関する書物は読めなかった。自動翻訳機能は読み書きまでは対応してくれないそうだ。

 日本語とは違って英語に近い体系で文字の種類はさほど多くはない。せいぜい三〇種類ぐらいだ。

 文法も単語も一から覚えなくてはいけない。学生時代、英語すら満足に身に付かなかった人間としてはハードルが高い。そんな私が、半月という短期間である程度の読み書きが出来るようになったのは、時間がたっぷりあったのと、会話が問題ないからだった。

 最初は童話を、次に小説を音読してもらい、書いてある内容を日本語で書きとめておく。あとは元の文章と日本語を照らしあわせていけばなんとなく分かるようになっていった。あとは自分で文章を書いて、教師の人に「これはこういう文章のつもりです」と言えば、間違っているところを添削してくれるので、上達も早かった。……と、思う。少なくても私にしては早かったはずだ。時間がたっぷりあったのと、マンツーマン指導だからこそだろう。もしかしたら、会話で日本語を聞いているつもりでこちらの言語を無意識下で聞いているのが英語のリスニング教材の役割を果たして覚えやすくなっているのかもしれない。

「もっと希望を出してくれていいのだよ」

 団長さんは鷹揚な笑みを浮かべて言った。

「ではお言葉に甘えて……もっと小説を読みたいのです。お願い出来ますか?」

 この世界にも本はある。歴史書などの実用的なものが多いけれど、娯楽小説も少なからず発行されている。

 文字を覚えるときに取り寄せてもらったものは当然読み終わっているので新しいものを、というのが希望だ。

「小説?」

 予想外のリクエストだったようで、困惑された。

「はい。ご存じのとおり、私は社交的な性格ではありません。元の世界でもよく本を読んでいたのですが。いけませんか?」

 これは本当。

「何冊か読みましたが、こちらのお話もおもしろいですね」

 視界の端で光がちかちかする。

 最初はキラキラすると思えた光景も、回数をこなすうちにチカチカにかわってきた。

 慣れと気持ちの問題だろう。発現するたびに自分がおかしな存在になったのを突き付けられて嫌になる。私は特別な存在になりたいわけじゃない。普通の庶民Cぐらいの立場で大人しくしていたい。

「いや。問題はないよ」

 読書だったら部屋からでないので監視もしやすいしね?

「ありがとうございます。読みたいのは恋愛小説なので、皆さんに相談しますね」





「ミィア様は、団長が苦手なんですか?」

 団長さんが部屋から去って、思わず安堵のため息をついていたら、メイドのティアが話しかけてきた。彼女は私のところに顔を出すメイドの中で一番若く社交的なので今みたいに話しかけてくれる。

 ティアは抜け目なく団長さんが使っていたティーカップは私が使ったのとは別の扱いにしている。それはあなたのコレクションになるのでしょうかとは怖くて聞けない。備品扱いだからメイドが横領したりはしないよね? 団長さんが使ったティーカップを再び目にすることはないけれど、違うと信じたい。……順番で買い取っているという噂なんて聞いていませんとも。あれは教えてくれたティアでないメイドの作り話に違いない。きっと……多分。

「そうね」

 頷くと、信じられない、という眼差しを向けられた。

 この魔法騎士団で働く人は、団員もメイドも、とにかく全員が団長さんをとても崇拝している。組織としてはトップを中心に一丸となっているので悪くない姿なのだろうけれど……正直なところ押しつけないでほしいと思う。

「どうしてですか?」

「素晴らしい人だとは思うけれどね」

 外見も能力も、素晴らしいのは事実だろう。

「でも凄すぎて、ああいう人は遠くから眺めたり、物語で読むのがいいと思わない?」

 これはこれで嘘ではないけれど、本音は違う。

 私には明人がいるので、他の男性は「すごいね」とは思っても惚れこんだりはありえない。まあ明人のことは言ってないけど。

 それに、一緒にいると微妙に明人を連想させるのだ。

 ハイスペックなところ、周囲に信望者がたくさんいるところ、一緒にいると嫉妬や羨望にさらされるところ。

 でも、明人とは全く違う。

 ハイスペックなところは、まあ同じだろう。二人とももって生まれた能力もあるけどそれを伸ばしたのは彼らの努力の賜物だ。なんの努力もせず楽々と身につけたわけではないはずだ。

 だけど他は違う。明人の場合は勝手に人が集まってきているだけだ。でも団長さんは自分の魅力を分かっていて人を集めている。そして利用している。

 やはり明人のほうが好きだなぁと思うのだ。この場合の好きは恋愛感情ではなく、人として尊敬出来る、が近い。

「あー、なんとなく分かります」

 恐れ多いっていうか、緊張しますよねーと力強く頷かれた。

「それに招き人というだけでほぼ毎日顔を出してくれるのも申し訳ないわ。招き人でなければ御縁のない方だから気おくれするし」

 これは自衛のための牽制だ。女社会における噂の伝達速度をなめてはいけない。少しでも私が団長さんが会いにきてくれるのを当然と受け取る素振りがあれば一気に広まっていくだろう。

 そんなことはない、身の程ぐらい分かっていますよ利用価値があるから来てくれているだけだよね、というアピールは事あるごとにしておかなくては。

 特に女性は理解と感情は別なので大事。明人の近くで過ごした学生時代の経験がいきている。

 今なら明人のために戦えるけれど、こっちを利用する気しかない団長さん関連では逃げる選択肢しかないのだ。

「というわけで、お勧めの小説を教えて? 親近感がわくから渡り人や招き人が出てくる話も入っていると嬉しいわ。どうせなら幸せな話から悲しいのまで色々あると楽しめるかしら」

「だったら、いいのがいくつかありますよ。そうですねぇ」

 なにが「という訳」なのかは自分でも分かってないけれど、ティアはうまく誘導されてくれた。

 いくつかタイトルをあげるのを聞きながら、利用してごめんねと心の中で手をあわせた。



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