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6-2

◇◆◇◆ 6-2.



「渡り人は違う世界からきた人間のことを言う。これは知っているか」

 こじんまりとした応接室っぽいところに案内された。正面に座った隊長さんは、私の前にシェイラがお茶を置いたのを見てから話し始めた。そのシェイラは隣に座るのではなく、後ろに立っている。

「聞きました」

「招き人はその渡り人の中でも特別な存在。そう言われているが、俺からすると根本的に違う」

「え?」

 シェイラたちから聞いた話と少し違う。

「違う世界からきた人間である点では同じだが、他は全然違うんだ」

 多分後ろでシェイラが何か言いたそうな反応をしてるんだろう。それを手をふって黙らせる隊長さん。仕種が一々めんどくさそうだ。

「ここ魔法騎士団は渡り人や招き人の管轄だから、記録や話を聞く機会が多い。だから世間一般で言われていることより正しい」

「……ではどう違うと」

「渡り人は、事故でやってきた者だ。どうも直前に命にかかわる何かに巻き込まれていたケースが多いらしい。心当たりは……あるようだな」

 明人は、トラックが突っ込んできたと言っていた。それは命にかかわる何かだろう。

「その衝撃を吸収しようとした結果、こっちの世界に渡ってきたから、渡り人だ」

 なるほど。

「じゃあ招き人はというと、別になんてことない日常を送っているなか、気付いたらここにいたって話が殆どだな。なんで来たかっていうと、この世界そのものが、あるいは精霊が招いたからだと言われている。だから招き人だ」

「え……?」

 でも私は明人と一緒に帰っている途中で。明人が事故にあった以上隣にいた私だって……。

「特徴としては家族がいない人間ばかりだそうだ。勝手に連れてくるだけあって家族がいる相手は避けているか、あるいは縁薄い相手でないと意図的に元の世界から切り離せないのだろうというのが専門家たちの意見だ。だから夫婦でというのはありえないんだ」

 ああそうか。

 明人が夫婦と言いだしたのはこっちに来てから。明人に恋愛感情を持ったのもこの世界でだ。

 シェイラたち相手に私たちは夫婦だと連呼していたので忘れがちだけど、互いの気持ちを確認しあってるけれど、正式に夫婦になってはいない。指輪の交換も、籍も、親への報告もしてないし式もあげてない。どれも全て異世界だから出来ないんだけど、ただ夫婦だと言っているだけなのだ。体の関係なんて口付けどまりだし。……精神的繋がりは深いつもりでいるから忘れがちだけど、現状ってまだ夫婦『設定』なんだなぁ……。

 そして家族。家族の定義次第だけど、両親は他界していて兄妹姉妹はいない、明さんたちの養子でもなくましてや工藤家を出て一人暮らしをしている。この状況は、感情を無視して条件だけをあてはめていけば、家族がいないに該当するんじゃないか。

 明さんも瞳さんも、そして明人も家族同然だと思っていただけに、なんだかショックだ。

 でも、納得はできる。

「まあその辺は、状況証拠からの推察だな。一番違うのは、招き人には世界から祝福が与えられる。精霊の加護とも呼ばれているが」

 隊長さんの視線が背後のシェイラにむけられる。

「わたくしが同席している場で一度発現しています」

 振り返ると、シェイラはにっこり笑った。

「精霊の悪戯と申し上げた時のことですわ」

 あれか。やはり明人の推測は当たっている。

「何かがキラキラしてたやつね」

「そうだ。あれはただ目に楽しいだけの現象ではない。招き人が好むものを精霊は祝福する。その祝福量が多ければ多いほど煌びやかになるらしいな」

「その祝福とやらがあると何が違うの」

「対象について世界が優しくなる。優しくなるというのは、例えば天災が起きない、天候に恵まれるといったことだ」

「……それだけ?」

 正直、拍子抜けした。

 こういうパターンのお約束といってはなんだけれど、小説や漫画、ゲームでは「何かすることがあるから呼ばれた」流れが多い。ゲームだと「勇者として魔王を倒せ」が鉄板だろうか。私自身はゲームはしないけれど、電車の広告や、テレビのCMなんかを目にすることは多い。

 空気がきれい、ご飯が美味しい、魔法って凄いのね。そう思うだけでいいの?

 明人があんなこと言うものだから、一体何をさせられるのかと。

「ああ。たったそれだけだ。難しくはないだろう?」

 一瞬、場の温度が下がった。でも気のせいだったらしく、すぐに何事もなく元通りになっている。なんだったんだろう?

「……そう……かもね?」

 素直に頷けなかったのは、明人の言葉があったからだ。確か「精神的な傀儡」と「優雅な奴隷」だったよね。

 傀儡も奴隷も、穏やかな単語じゃない。

「では見せてくれ」

「え?」

 なんてことないように言われた意味が分からなかった。

「俺はまだ何も見てないから、信じる信じない以前の問題だ。部下がそうだといい連れてきたので説明はしたが、立場上、自分の目で見て確認する必要がある。ああ、あんたもまだ自覚ないんだったな。だったら丁度いい。一緒に確認してみようじゃないか」

「……どうしろと」

 確認、って。どうやって。

「茶は好きか」

「はあ……それなりに」

 コーヒーよりは紅茶派です。一番好きなのは日本茶だけど。急須でいれた緑茶を飲む時のほっこり感は日本人でよかったと思える瞬間だ。

「じゃあそれ飲んで感想聞かせてくれ」

 それ、と示されたのはシェイラが出してくれたお茶だった。少し冷めているので飲みやすいとも言える。一口飲むと、喉が渇いていたんだなと実感した。緊張していたことに今頃気付く。

 味は紅茶だった。ストレートで飲むのが美味しい、すっきりした味わいの紅茶は、私の好みだ。

「……美味しい、です」

 あ。

 目の前をきらきらした光が舞う。今は昼だけど、夜の暗い中でみたら綺麗だろうな。

 どうせなら明人と見たい。って前回もそう思ったんだっけと、己のワンパターンな思考に苦笑する。

「なるほど」

 低い声が聞こえて我にかえる。のんびり見とれている場合じゃなかった。

「シェイラ、彼女の身支度を。団長と面会出来るよう手配してくる」

「……団長にはわたくしが」

「阿呆。女の準備を俺にさせるつもりか」

「……」

「面会にはお前が連れていくといい」

「分かりました」

 私に関することのはずなのに、私を無視して話が進められている。

「ミィア様、まいりましょう」

 でも最初から分かってたことだ。シェイラは私本人に興味はない。意識してないだろうけれど、彼女にとって私はただの駒なのだ。それも、操りやすい駒。何故なら彼女の見ている私は、明人の言う通りに動く姿だから。



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