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6-1

いつもありがとうございます

◇◆◇◆ 6-1.


「はあ? 招き人が夫婦でやってきた? んな訳ないだろ。お前何年ここで働いてるんだ」

 シェイラに強い口調で言い放ったのは四〇に手が届こうかという男性だった。シェイラの所属する魔法騎士団の隊長さんだと紹介された人だ。オジサンではなくオッサンという表現がとてもしっくりくる叩きあげ風と言えば伝わるだろうか。

 リアルの私の年に近いのはシェイラではなくこの男性だから、私は「おばさん」なんだよなぁと思いだすことが出来た。なんだかんだ若い体に馴染んで、明人と恋愛っぽいことをしていたので気持ちまで若返ったような錯覚があったけれど、私の本質はこちらに近いはずだ。

 あと、この世界にきて会った初めての「美形でない人」だ。シェイラは美人だし、マガトは黙ってさえいればどこの王子様かってぐらいに整っている。明人については今さらだ。でもこの人は違う。醜くはないけれど、とりたてて人目をひくほどじゃない、普通の容貌。……なんか落ち着くと言ったらこの人に失礼だろうか。

「三年ですわ、隊長。耄碌したなら早く退いてくださいませ。部下が迷惑いたしますの。第一、今頃何を仰っていますの。わたくし、毎日報告しておりました」

 私はシェイラの一歩後ろに立っているので表情は見えない。でも声とか雰囲気はとても冷たい。

 叩きあげの中間管理職とエリート部下の反目の例として飾っておきたいレベルで分かりやすい。

「そんなもん知るか。紙の報告なんざ見る訳ないだろ。ちゃんと口頭でも報告しろっていつも言ってるのを守らないお前が悪い」

「御冗談を。わたくし、外部での任務中でしたのよ。そう長い間離れられませんし、そもそもわたくしが報告にきた時いつもいないじゃありませんか」

「来るのが遅いんだよ。五の鐘まではちゃんと仕事してるぞ」

 机の上に足を投げ出して「ちゃんと仕事してる」というこの説得力が素晴らしい。

「威張っていうことではありません」

 日本にいた頃を思い出す。惰性で仕事をする上司の下に居たころ、やる気あふれる同僚が常に苛立ってこんな会話をしていたなぁ。給料分は働いてるんだから文句つけるなという上司と、もっとやれるんだからやれと訴える同僚のどちらの言い分もわかる。ただどちらが正しいかの前に職場の雰囲気を悪くするのはやめてほしかった。違うグループに異動したときはほっとしたものだ。

「時間外にまで仕事しなきゃ終わらない無能こそ威張ってんじゃねーよ」

「上司が無能な分、部下が大変なのです。御自覚なさってはいかが」

 平行線だ。

 ……ところで私はどうすればいいのでしょうか。





 朝になって街を出た私たちは二手に分かれた。

 私とシェイラ、明人とマガトだ。シェイラが連れて移動できるのは一人だけなのでマガトは置いていかれるらしい。明人の行動的にマガトがいていいのだろうかと疑問をもったけれど明人が当然って顔をしてるので気にしないことにした。

「では、参りましょう」

 街道を少し進んで人目がなくなった辺りで、シェイラが手を差し出した。

 この手をとると、明人がいない場所へ行く。

 ここが日本なら別に構いはしない。「じゃあ気をつけてね」と笑顔で手を振れる。日本ならたとえ旅先であろうと勝手の分かる場所だ。地図をみればどこにいるか分かるし、公共交通機関を使えば帰宅も出来る。でもここは外国ですらない。

 やはり不安で怖いけれど、明人がそれを望んだのだ。

 大丈夫。すぐに会える。だって明人がそう言ったのだ。

 今はそうすべきだと、明人が判断したのだ。

 私に出来るのは明人を信じることぐらいなんだから、一時の不安ぐらい受け入れようじゃないか。ここで嫌だと言いだせばそれこそお前何歳だよって話になる。

「えぇ」

 シェイラの手をとる。

「目を閉じてください」

 言われた通りにする。エレベーターに乗った時のような浮揚感。

「もう大丈夫ですわ」

 シェイラの言葉に目を開けると、見知らぬ場所に立っていた。さっきまで外にいたのが信じられない。石造りだろう建物のなかにいた。

「ここはわたくしたち魔法騎士団の詰め所です。帰還場所はここなんですの」

「……そう」

 小さな部屋だから、周りには誰もいない。でも部屋の外には人がいて活動している、そんな気配が伝わってきた。

「気は進みませんが、隊長に会っていただきます。誤解なさらないでくださいね。わたくしが会わせたい上司は隊長ではありません。団長です。ですが一応隊長にも顔を見せておかない訳にはまいりませんの」

「隊長も団長も、私にとっては知らない人だからどちらでもいいわ」

 魔法騎士『団』だから一番偉い人が団長なんだろう。その下にいくつか隊があって……といったところか。団長を部長、隊長を課長と考えておけばいいのだろう。

 近くに明人がいないのは不思議な感じがした。この世界にきてからずっと一緒だったから。

 でも、声の届く場所に明人がいないと実感すると、腹が据わった。頼れるのは自分だけだから、己でどうにかするしかないのだ。




 そんな流れで連れてこられたのが、ここだ。多分隊長さんの執務部屋だろう。他に人がいない。

「とりあえずお前は黙ってろ。後ろのあんた」

 平行線な会話を打ち切ったのは隊長だった。

 めんどくさそうに手をふってシェイラを黙らせると私に声をかけた。

「あんたが招き人だと部下は言っているが、間違いないのか」

「そもそも招き人という存在が何かを聞いてないので、そうなのかと問われても困ります。夫とシェイラがそうだというだけで、自覚なんてありません」

 今さらな話だけど、そもそも「招き人って何」なのか、聞いてないんだよねぇ。

「はあ? お前何やってんだ」

「……少し説明が漏れていただけですわ」

 さすがにシェイラもバツが悪そうだ。

「それを怠慢っていうんだよ覚えとけ」

「……」

「あーー、もう」

 隊長さんは頭をがしがしとかいた。

「シェイラ、どこか部屋とってこい。この時間なら会議室でも応接室でもあいてるだろ。どこでもいい」

「何を……」

「部下のしりぬぐいは上司の仕事だろ。説明するに決まってんだろうが。ここで立たせたままって訳にもいかんし」

「説明ならわたくしが!」

「今の流れで任せられるとでも思ったか」

 シェイラはぐっと手を握った。

「同席のみ許す。分かったらとっとと手配してこい」

「……分かりました」

 シェイラは悔しそうに言って、部屋を出て行った。扉があけたままなのは、外聞を気にしてのことだろう。

「部下がすまなかったな」

 私は部外者なので、話し方はあらたまった。

 今さらだけど。

「助けられた部分があるのは事実です」

 明人とあのまま二人だけでいたら、遅かれ早かれ限界は来ていた。

 性格的に微妙なところはあっても、シェイラとマガトに会って、助かったのは事実だった。それは忘れてはいけない。

「そうか」

 とだけ言って、隊長さんは手元の書類に視線を向けた。


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