5-6
◇◆◇◆ 5-6.
「そうだ」
あっさりと明人は頷いた。
そんな明人をじっと見つめる。根負けしたのは私だった。
「分かった」
小さくため息をつく。
「……いいのか?」
質問や不満の一つもなく受け入れたのが意外だったのか、明人は首を傾げた。
「子供じゃないんだから、四六時中一緒じゃなきゃ嫌なんて言えないしね。期間限定なんでしょう? 留守番ぐらいするわ」
そんなものじゃないのは分かってる。本音を言えば嫌だし不安だし怖い。でもそんなことを言っていたら前に進めない。
「少しぐらい駄々こねてくれたほうが嬉しいな」
我が儘すぎませんかね。こっちは言わないよう努力してるのに。
「いつも言ってるじゃない。アキは私との約束を破らない。一人にしないって約束してくれたんだから、そのために必要な事なんでしょ。それぐらい分かるわ」
明人は嬉しいような、でも喜びきれないような、複雑な表情になった。
「それ俺が言おうと思ってたんだけど」
だから何だというのか。
「昔からなんでもかんでも出来るのはアキなのよ。勉強もスポーツも、見聞きしたものの理解も。でも昔はともかく今は、一つだけアキよりも私のほうが出来ることがあるの。分かる?」
「料理とか?」
「ああ、それもあるけど……昔からだから当てはまらないわよ。それも含めてじゃあ二つ……いえお酒は私のほうが強いから三つか。案外あるわね」
「……」
なんともいえない表情で明人は黙りこんだ。
「あのね。何があってもアキを信じることよ。アキ自身が言ったじゃない。不安になるようなことを聞いたりするかもしれないけど何があっても信じろって」
ベッドに腰掛けたまま、目の前に立つ明人に手を伸ばす。
「自分で言いだしたことなのに不安なのね。だったらアキ以上に私がアキを信じてあげる。勝算があるっていうアキを信じるわ。私の心配しなくてすむ分一人のほうが動きやすいんでしょう? 私は大丈夫。でもあまり待たせすぎないでね」
結局動くのは、行動するのは明人なのだ。
そこの分担は分けてくれない。
私に求めるのは安全な場所で待つことだけ。それについて悔しい気持ちはあるけれど、明人が求めるのがそれなら、まずは待つことをまっとうしようと思う。そして、待ちながら出来ることも探すつもりだ。何かあるはずなのだ。
「……俺、一生お前に勝てそうもねーな」
よく分からないけれど、勝ち負けの問題じゃないでしょうに。
「惚れさせたもの勝ちだから? でもそれだったらお互い様よねぇ」
明人が一人で何かしようとしてるとはいえ、シェイラたちにどう説明しようというのか。
その疑問は、夜にとけた。
「もう結論は出ているのだろう?」
夕食は終えたけれど寝るにはまだ早い時間、こっちの部屋にやってきた明人がそうシェイラに問うた。
明人の背広のボタンがとれかかっていたので、手持ちのソーイングセットでつけなおしていたところだった。要するに暇してました。だって本読むにしても日本から持ってきた二冊しかないから大概読み飽きたし、シェイラと話が弾むわけでもない。手持無沙汰になるのだ。
話が長くなりそうな気がしたので、糸の始末をして片付ける。
「なんのお話でしょうか」
「この旅は俺たちの二人とも、あるいはどちらかが『招き人』とかいう存在かどうかを見極めるのが目的だったな。その結論だ」
シェイラが部屋に居る時、明人は定位置といわんばかりに入口近くの壁に背中を預けて立つ。今もその体勢になった。
「いきなりどうなさいましたの。夜分に女性の部屋にきて、不作法ですわ」
「美弥がそれだ」
あしらおうとするシェイラを相手にもせず、明人は断言した。
「隠すつもりならもうちょっとうまくやるんだな。いきなり俺への態度が変わり過ぎて分かりやすかったぞ」
「……あら。そうでしたか。まあ隠すつもりもありませんでしたが。そうですわ。ミィアさん……いえ、ミィア様が招き人ですわ」
あっさりとシェイラは頷いた。
「それで、今日気付いたばかりでもないでしょうに、いきなりどうなさいましたの」
「そろそろ出発しようかという話が出たからな」
明人は私を見てから視線をシェイラに戻す。
「俺はこれ以上美弥に旅を続けさせたくない。美弥一人なら旅を終わらせることが出来るはずだ。だから、頼む」
そういって、明人はシェイラに頭をさげた。
「……何を企んでいますの。ミィア様が倒れた時は絶対に他人に渡さないという様子でしたのに、あっさり手放すなんておかしいですわ」
他人に渡さない様子って、一体何をしたの……?
「手放すなんて誰が言った。せいぜい一カ月かそこら預けるだけだ」
明人は苛立たしげに私の前まで歩いてきた。そして、ぐい、と腕を引っ張って立ち上がらせる。
「美弥は俺のだ」
断言してから、私の唇に自分のそれを重ねた。キスというほど甘くもなく、どこか荒々しい仕種は本気で明人が苛立っているのを伝えてきた。いつもより性急な口付けは息苦しい。
「ちゃんと返してもらう。でも、もう倒れるところは見たくないし、無理もさせたくないんだ。最初の建物に迎えにきたといったお前たちなら、美弥一人なら旅をせずに目的地まで連れていけるんだろう」
「……旅を終わらせるであって、やめる、とは仰らないのですね」
「そういう契約だからな」
シェイラたちと共に王都へ行き、人と会う。その対価として道中にこの世界の知識を教えてもらったり、食べ物や衣服、必要な魔法を施してもらって便宜を図ってもらう。
対価は受け取っているので、目的地へ行かない、会わないというのは契約違反になる。
「別にこちらが悪くないのに、瑕疵を作る必要ないだろ」
直訳すると、付け入る隙を与えたくない、だ。
だいぶ明人の本音翻訳機能が性能アップしてきた。
「良い心がけですわ」
……シェイラが思うほどいい心がけじゃないと思いますよ?
「それで、連れていくことは出来るのか?」
「出来ますが、あなたに返すつもりはありません。あなたに一体何が出来ますの。ミィア様に不自由ない生活を送っていただけるのはわたくしたちの元にいるときです」
「選ぶのは美弥だ」
シェイラの挑発に明人は動じない。
大いに贔屓目があるのは認めよう。惚れた欲目だ仕方ない。
でも思ってしまうのだ。
明人とシェイラでは勝負にならないよねって。もちろん明人の圧勝だ。
そして、そんな明人は私の男なのだ。そう考えるとぞくぞくした。
嬉しくて。……怖くて。
私はいつまで隣に立ち続けられるだろうか。
「分かりました。その勝負、受けてたちましょう」
シェイラの一言で思考から引き戻された。
「……勝負?」
何故そんな言葉が出てくるのか理解が出来ない。
しかし二人揃って私の困惑をスルーしている。シェイラはある意味明人しか見ていなくて、明人は分かってスルーしているよね……。
「わたくしが、ミィア様の目をさましてみせます」
「はぁ?」
自信たっぷりで何いってんのこの人。意味が分からない。
「ミィア様。わたくしが、この国の素晴らしいところをお見せしますわ。次にこの男と会う時には、わたくしたちを選んでいただけるように」
明人の腕の中にいる私の手をとってシェイラは訴える。
いやそれ無理だから。だってあなたは『工藤美弥』に用はないでしょ。そう言いかけた私を明人が制する。このまま転がしておけと。そう視線で伝えられた。いつの間に私たちはテレパシーが通じるようになったのだろう。
そうね。このままだったら、私は衣食住に不自由することなく過ごした後に明人と再会出来る流れだものね。明人はそうしたいよね。一度離れた場合、ちゃんと再会出来るかが問題だけど、この流れならドヤ顔でシェイラが再会させるだろう。私は頑なに拒否するのでもなく、言質をとらせるでもなく過ごしていれば良さそうだ。
しかし……明人は凄いんだけど、思い通りになったのは明人が凄いんじゃなくて、シェイラが残念なだけかもしれない。きっと今まで出来ただけに、思い通りに動かせない明人が気に食わなくて反発して……転がされてるんだろうなぁ。御愁傷様。




