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◇◆◇◆ 5-5.
その後二日間、私は部屋から出してもらえなかった。正確には宿から、か。起きれるようになってからの食事は宿一階の食堂で食べたし、化粧室も男女別とはいえ共用なので部屋の外だから。
せっかくなのだから少しは街を歩いてみたいと言ったのに、シェイラと明人の二人にとめられてしまった。この二人の意見が一致すると覆すのは無理だ。過保護すぎると思います。少しは体を動かす必要があるのに。
二人のうちのどちらかが部屋にいるので退屈はしないけれど体はなまる。
少しぐらいいいんじゃないかなーとお伺いをたてた時に、無表情の明人から淡々と倒れた時の心境を聞かされたので断念した。無表情なのが余計に怖かったです。ごめんなさい私が悪かったですと全面降伏して以降は大人しくしている。体がなまる、については明人が室内で出来る軽いストレッチを教えてくれた。
外出は無理でも部屋の窓から外の様子は見れる。見た結果、中世ヨーロッパのようだ、という感想をもった。
道路は大きなところは石畳だし、建物は石と木で出来ている。あと雰囲気がアジアとかじゃなくてヨーロッパっぽいのだ。中世どころか現代ヨーロッパすら行ったことはないので完全にイメージだけど。
多分道行く人の姿かたちが影響している。日本人のような黒髪は殆ど見かけず、茶髪や金髪が一番多い。顔立ちも彫りが深いので、私なんかは幼く見えるんだろう。基本、日本人は海外では若く見られやすいというし。
そして、電気がない。
かわりに魔法が生活を支えているようだ。
考えてみれば、洗浄の魔法一つで色々カバー出来る。掃除機、洗濯機、食洗器、お風呂、などなど。これら全てをカバーというか上位互換といえるだろう。部屋に落ちたゴミから家具の埃までキレイにできる魔法だから、掃除機以上の役割だ。
シェイラや明人から聞いたのを総合すると、他にも電灯のかわりになる「照明」や、エアコン相当の「空調」なんかが民間に浸透しているとシェイラが言っていた。二人とも苦手分野なので、台所関連についてはよく分からないと教えてくれなかった。
そのかわり電車や車といった公共交通機関の発達は遅れているので、基本は馬車の移動になるのだとか。
明人は転移で移動できる貴族の優位性を保ちたいがために云々と考察を述べていた。なんとなく言いたいことは分かるけど。
明人は「電気がないわりに生活は不便ではない」と言っていて、私も同意だ。
やはり清潔を保てるのが大きい。それっぽいと感じた中世ヨーロッパの衛生事情を考えると、ありがたい限りだ。
現代文明に頼り切った私たちにとって完全に快適にとは到底言えないけれど、覚悟していたほどの生活水準ではなかった。
その理由は、魔法……正確には魔法を込めたという魔法具の存在にある。要するに、家電品のかわりで当たり前のように使われているらしかった。
魔法を使える人の大半は貴族なので、魔法具を作成できるのは貴族階級に産まれた人になる。
マガトは「貴族の三男とかの跡継ぎになれない人にとっては生活の糧になるありがたい仕事」とのほほんと評していたけれど、どの魔法を普及させるかをコントロール出来るとか、生活必需品の魔法具の供給を握っているというのは、貴族イコール支配階級の優位性を大きく保つ要因になっているのだろう。……と主に明人が語った。
「例えば、マガトが持っていた声を届けるというやつがあっただろ」
今、部屋にいるのは明人だ。
ついでにストレッチの補助をしてくれているのだけど……体が痛い。
「もう少しいけるだろ」
いわゆる立位体前屈で手が床に着かない私を見て、若干呆れている。
「い、痛いっ」
ぐ、と力を込めて押されたので、悲鳴をあげる。すぐに緩めてくれたので助かった。
「……体硬過ぎねーか?」
「悪かったわねっ」
運動神経抜群で体育会系の男性を基本に考えないでいただきたい。こっちは図書館入り浸りだった運動なにそれ美味しいのな文系です。
「いきなりは無理だけど少しずつ柔軟していこうな」
「今さら? これで生きてきたんだからいいわよこれで」
「今だから、だよ」
こつんと軽くおでこを叩かれた。ああ、そうか。十代の体だから、まだやり直しはきくのか。
「やけに柔軟にこだわるわね。何かあるの? 健康にすごくいいとか?」
「硬いより柔らかいほうがいいに決まってるだろ」
「それはそうだけど……」
代謝あがるんだっけ? それは筋肉か。あれ? どっち? 代謝あがると太りにくくなるのはよく覚えている。
「柔らかいと色んな体位が出来るだろ」
「すみません、今後についてはじっくり改めて考えさせてください!」
本気で引いた。
「まあ冗談はおいといて」
冗談!? 今の本気だったでしょう? とツッコミたいけど頷かれても怖いので出来ない。
「俺がここで見た範囲だと、通信関係の道具は普及していない。都市と都市をつなぐレベルのものはあるような話は聞いたけど民間レベルではない」
しれっと話を戻された。
「声を届けるのはマガトが持ってたんだし、作れない訳じゃないんだろう。便利なんだからあれば普及するはずだから、作れないじゃなくて作ってない、と考えられる。移動関係のは多分作れないんだろうけどな。あればあいつらが持ってるだろうし。その分移動手段の開発を制限してる。制限とまでいかなくても開発に注力していない」
ええと、つまり。
「情報入手に関するものは作成や普及を制限してるって言いたい?」
「正解」
よく出来ましたと頭を撫でられた。こうやって明人が子供扱いするのでより私が幼く見られるのでは?
「そのへんのコントロールは大事だし、より正確で新しい情報を入手したものが優位にたつのはどの世界も同じだろう」
通信や転移の魔法があれば、鮮度の高い情報を伝達・共有するのが容易になる。
「そうやってコントロールしながらも民間には生活必需品の道具を安定供給して、それなりの統治をしていれば不満もたまらないだろう。話を聞いた分では、内乱もよその国との戦争も、大きなものは近年は起きてない」
だが、と明人は表情を引き締めた。
「そこに一石を投じかねないのが渡り人と呼んでいる、よそから来た人間になるんだ」
示されたのでベッドを椅子がわりに腰掛ける。
「この国は王族がいて、貴族がいて、平民がいるだろう。そこに例えば地球の……そうだな、アメリカでも日本でもいいけど、そこからやってきた人間が『すべての人間は平等だ』と唱えてまわればどうなると思う?」
「政治が安定してるんだったら、あまり相手にされないんじゃないの」
なんだかんだ言って、変革はエネルギーがいるものだ。今に不満がなければ変えたいと思う人は少ないんじゃないだろうか。
「そうだろうな。だが、聞かされたタイミングが身分差を理由とした不満を持つときだったら? 貴族と平民の恋愛でも、平民が貴族に無礼を働いたとかで処罰されたでもなんでもいい」
その二つを同列にあげるあたり情緒が不足してませんかね。
「……受け入れちゃうかもね」
「今のところ統治は安定してるようだけど、未来永劫安定した政治なんて考えられない。貴族間の権力闘争だってあるだろうし、王族の継承者問題だってある。大なり小なり不安定になる時期はどうしたって存在する。そのタイミングで問題起こされちゃたまらんだろうな」
「そうね」
明人の言ってることは分かるけれど、何のためにそれを言っているのかが分からなくて混乱する。
目的はなんだろう。
「渡り人がやってくるのはある意味自然現象だからコントロールできない。どんな思想の元に育って、どんな政治が普通なのか受け入れる側も選べないんだ。祖国で革命に失敗した奴がきてここで成し遂げようとするかもしれない。だが、無条件に排斥するには、全員でなくても有用な知識や力を持っている人間も少なくないから惜しい。だったら取り込んでしまえというのがこの国の政策だ。取り込む事で国力もあがるし、反乱要素も少なくなる。さっき美弥が言ったとおり、今に不満がなければ変えたいと思う奴は少ないからな。不満がない程度の待遇を与えておけば、それを覆してまでの政治的主張をするやつは少ない。そこまでしても体制を揺るがすような存在なら排除すればいい」
「アキ、」
「時代には時代にあった正義が存在する。どの時代でも通じる正しさなんて机上の空論でしかない。現に俺とマガトたちの正義は異なる」
「ねえ、ちょっと待ってよ。何を言い出すの」
「俺にとっての正義は、美弥と俺が共に幸せでいれることだ」
狂信的な様子がかけらもなく、落ち着いて語っているのが逆に怖い。
「招き人は、精神的な傀儡、優雅な奴隷だと聞いた」
盗み聞きを警戒しているのだろう。耳元で私がかろうじて聞き取れる程度の音量で囁かれた。
言われたことが理解できなくて、思考も体も硬直する。
「それが本当で、美弥がそれだというなら俺は絶対に許せない」
「ど……どうしようというつもりなの」
「別に大それたことをするつもりはない。そこまでの力も責任感もないからな」
力は……あるんじゃないかな。求心力という何よりの力が。
「二人で帰るか、美弥がそれでなくなればいいんだ」
「……なるほど」
いつしか、この世界にいることに慣れていたらしい。
そして渡り人とか招き人とかという存在を「そういうもの」として受け入れていた。なりすましでもなく、違うものにするなんて、考えもしなかった。
「だからその方法を探してくる」
「は!?」
探して、くる?
「数日ぐらい一人にするかもって言ったの覚えてるか」
「覚えてるわよ勿論」
ついこの間の発言なのだから。しかも追及させずに有耶無耶にされた発言だ。
「数日よりちょっと伸びるかも。許してくれるか」
「許すもなにも……話が見えないわ」
嘘だ。
明人の考えている全てのことは到底分からないけれど、何をしようとしてるのかぐらいは分かる。
「俺が言ってることが正しいのかは分からない。ただ考えだけは伝えておいた。どう判断するかは美弥の自由だ。俺と正反対の意見があるなら、それでいい」
だから。
「このタイミングでっていうのは正直気にくわない。不安もある。でも今なら勝算があるんだ」
言われる前に自分から言葉にする。
「つまり私を置いてどこかに行くのね」




