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5-4

◇◆◇◆ 5-4.


 シェイラいわく『小さい』とはいえ街。異世界にやってきて初めての集落……を、私は殆どみることなく終えることになりそうだ。

 ええ、私が悪いんですとも。

 予定通りの体調不良だけならまだ良かったのに、宿についたら倒れてしまったのだ。

 歩きながらいつもより体が重いなぁと感じた後、意識がブラックアウトして、気付いたらベッドで寝ていた。


 お医者さんの見立てだと、疲労による発熱だと言われたそうだ。

 明人いわく、慣れない環境、移動による負担、精神的負荷がストレスとなっているタイミングで、宿というある意味落ち着いて休めるところについたので緊張が緩んだのだろうということだった。もちろん、月に一度のあれと重なったのも大きいだろう。さすがにこれについては明人は言及しなかった。出来ないか。

「受験生は風邪ひかないって言うだろ。その逆みたいなもんだ」

 分かるような、分からないような。

 受験生って、そもそも何年前でしたっけね。そう考えるとなんだかおかしい。

 明人は部屋の入り口壁近くに背中を預けて立っている。もっと近くにいてくれたほうが嬉しいのにな。もしかして、あの最中は色々気になるから部屋を別にしたいと言ったから気遣ってくれてるんだろうか。

 部屋は結局、予定通り女性部屋、男性部屋でとったようだ。枕元にはシェイラが座っている。少し前に洗浄の魔法をかけてくれたようで、寝汗でべたつくこともなく快適な状態を保てている。起きてすぐに渡してくれた水がありがたかった。

「デスマ中はおちおち体調不良で倒れてられないだろ」

 受験より身近な表現にたとえなおされたけど、嫌なことを思い出させないでほしい。

 デスマはデスマーチの略で、要するに納期前に徹夜とかで必死になって仕上げることを言う。一応頭脳労働なんだから、徹夜なんてしたら思考力落ちて生産性落ちるんじゃない? という指摘は正しいのだけど、なかなか現実はうまくいかない。……上がもっと計画的に進めてくれたらいいのだけど、色んなしがらみがあるからなぁ。難しい。

「うちのチームはそうそうデスマになりません」

 なぜなら保守が多いから。新規開発の多い明人のチームとは事情が違う。って今となっては遠い出来事だ。みんなどうしているだろうか。

「そういう問題じゃない」

「分かってるわよ。……心配かけてごめんなさい」

 明人の表情も声も固いのは、それだけ心配かけたからだ。いや、過去形じゃない。目が覚めたから安心出来るってものじゃないだろう。現在進行形で心配をかけている。

「シェイラも、ありがとう」

 彼女には思うところがない訳じゃない。というかたくさんある。でもそれとこれとは別で、してくれた事にはお礼は言うべきだし、言いたい。

「驚きましたわ。しっかり休んでくださいね」

「そうさせてもらうわ」

 そうそう倒れてられない。無理をしてもいい結果にならないので、せっかくだから休ませてもらおう。

 正直なところ、やっちゃったなぁ、と思っている。いい大人なんだから自己管理ぐらいしっかりしないといけないのに、何やってるんだろう。色々あって大変なんだからという言い訳は、同じ境遇の……いや、私というお荷物を抱えているより大変な明人が平然としてるので成り立たない。

 私は明人に頼れるけれど、明人は私に頼れない。頼っていいよと言いたいけれど、支えられるだけのものを持っていないから。基礎体力が違うとはいったところで、どう見ても負荷がかかっているのは明人だった。

「ねえ、アキと二人にしてもらえる?」

 シェイラに頼むと、あまりよろしくない、という反応をされた。

「しっかり休んでくださいと申し上げたばかりじゃありませんか」

「別に何もしないから」

 休めないような、疲れるようなことしませんよ!? と焦ったら「当然です」と冷たく返された。若干、明人の視線も冷たいようなのは……気のせいだろう。うん。

「本当はまだ寝ていたほうがいいんですのよ?」

「ずっと寝てたんだから、しばらくは眠れないわ。でももう少ししたら、ちゃんと寝るから。お願い」

 体の芯が重い感じは依然としてある。完全に回復したからもう大丈夫! とは到底言いきれないし、言う気もおきない体調だ。

「……仕方ないですね。でも少しだけですよ」

 そう言って、シェイラは「念の為」と言って洗浄をしてから腰を上げた。




「こっち来てよ」

 上半身を起こして明人を手招く。

「いいのか?」

「うん」

 あ、やっぱり気遣ってくれてたんだ。

 広い部屋ではないけれど、明人は大股で歩いて数歩でベッド脇までやってきた。それだけ気が急いてた証拠だろう。

「ごめんね」

「何が」

「心配かけて。怖かったでしょう?」

 明人は両手で私の顔を包み込むようにして、「ああ」と頷いた。その手は温かくて優しい。

「心臓がとまるかと思った」

 逆の立場だったら私もそうなるだろう。

 みっともなく取り乱していたかもしれない。

「アキは大丈夫? 疲れの出る時期だから気をつけてね」

「……分かってるよ」

あまり分かってなさそうだ。

「私、どれぐらい寝てたの?」

「三日」

 え、そんなに? 端的な回答に驚いた。

「一度半分起きたような状態になったからスープは飲ませたし、都度水は与えてたから脱水症状は起こしてないはずだ」

「うん。そこは大丈夫だけど……水ってどうやって?」

 私、意識なかったんだよね?

「口移し」

「……そ、そう」

 顔が赤くなるのが分かった。

「コップからじゃ全然飲んでくれないし、他に方法なかったんだよ」

「ううん、ありがとう。……多分私でもそうしてた」

 確実に水を飲んでもらえる方法があれば、実行しない理由はない。それに明人だったら嫌じゃない。問題はその場に誰がいたかだ。

「ちゃんと、美弥はSOS出してたのにな」

 ぼそりと明人は呟く。

「そうだった?」

「前に夜這いにきた時、息が詰まるって言ってたじゃないか」

 ああ、あれね。夜這い。うん、自分でも夜這いって言ったけど。改めて言われると照れる。

「次からはもっと早くに行くって言ったのにね。……まだ大丈夫っていうか、こんな倒れるなんて思ってもなくて」

 だから明人は何も悪くない。私が自己管理できなかったのが悪いのだ。

「一息ついたのがきっかけだからな」

 対処するのが難しいのは明人も分かっている。それでも、まだ尚自分を責めるのだ。

「ねえ。私を置いてどこかへ行かないでね」

 ふと、そんな言葉が口をついてでた。

 明人がふらりといなくなりそうな不安が押し寄せてきたのだ。

「行く訳ないだろ」

 即答に一息つける。でも不安は完全にはなくならない。

 明人は自分で抱え込みすぎる。そりゃあ私は当てにならないけど。でも私でも持てる程度の荷物ですら全部自分で持とうとするのだ。今まではそのハイスペックぶりで問題なくカバーしていたけれど、関わる人が増えて、とりまく問題も未知のものばかり。しかも明人流で言うならこの世界は勝手の分からない「アウェー」だ。明人一人では到底無理になっている。

 倒れたばかりの私が「少しは私にも持たせて」といったところで任せてくれるはずもないのだけど……無力さが悔しい。

 このままだと私が倒れたように、いつか明人にも限界がくる。その前に私がしっかりしないと。

「そう、よね。一人にしないって一番最初に約束してくれたものね。アキは私との約束は絶対守ってくれるもの」

 だから大丈夫。そう自分に言い聞かせる。

 今、不安がってどうするのだ。つい先日明人を信じるといったばかりなのに。情けない。

「今の俺じゃ、美弥の力になれない。なんの助けもなれない。むしろ邪魔だって言われても離さないって」

「……それ誰かに言われたの?」

「いや。俺の被害妄想。まあ、もしかしたら数日ぐらいは一人にさせるかもな」

 明人は冗談めかして笑った。

 でもそう思わせる言動をした人がいるはずだ。可能性が高いのはシェイラ?

「それはそうと腹減ってないか?」

 露骨なまでの話題転換。数日って? と追及したかったのを防がれてしまった。何か考えていて、まだ私には話せないのか。

「うーん……よく分からない。食欲はないかなぁ」

「食えるようなら、一口でもいいから食っとけ。スープ一口でもいい」

「そうね。後でお願いするわ」

 夏バテと一緒で、食欲がないからといって食べずにいるのは体によくない。食を楽しむのではなく栄養補給と割り切ってでも、何か口にするべきだ。



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