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5-3

◇◆◇◆ 5-3.



 シェイラたちと旅をする条件のなかに、無断で私たちの会話を見聞きしないというのがあった。

 その約束がどこまで守られるのかは微妙なところだ。やっていないことの証明は難しいからね。

 明人が書面での交付を求めたら「渡り人は会話は問題なくても文字は読めないので意味がありません」と拒否されてしまった。マガトの持っていた魔法について書いた本を見せてもらっても、確かに字は読めなかった。これはこれで問題だから、早急に解決する必要があるのだけど、とりあえずおいておく。

 約束が守られているなら問題はない。もし守られていないとすれば……ここまでの会話を聞いていたら途中で嫌になったりしてくれないだろうかと、ちょっぴり期待している。他人のこういう会話って、聞かされると食傷気味になるよね……。仮に聞かれていた場合、どの程度の声量までカバー出来るか分からないのでなるべく声をおとして会話する。

「……」

 明人は頭の切り替えをするためか、数秒黙りこんだ。

「美弥が招き人ってやつだと判断したんだろう。確かに急だが……何かあったか。今朝の会話か? あれだけで? 不自然だな」

 考えをまとめるように、明人は呟いた。

「私が? アキじゃないの?」

「そうと考えるのが自然だ。俺がそうなら、その俺を貶めるようなあんな言い方しないだろう。それにどちらかであるなら美弥だと思ってたから、納得できる」

 前半は納得、後半は微妙だ。

「だって昔から特別なのはアキだったじゃない。私はその他大勢の一人でしかないわ」

 明人は顔をあげて、まっすぐ私を見た。至近距離で見る顔は心臓に悪い。

 ドキドキする私を、明人はそっと抱きしめた。地面に直接座る明人に乗っかるような体勢になってしまって、どうしていいのか分からず固まる。あと、この姿勢は腹筋が辛いです。少しはこらえていたのだけどすぐに力尽きた。

「招き人はあの建物に現れると言ってただろ。俺が気付いたのは敷地外の地面の上、お前は敷地内の石畳の上だった。あの建物に現れるという条件を満たしているのは美弥だ」

 耳元で、まるで睦言のように囁かれる。でも内容は……。

「そうだったの……」

 私はそのあたりは寝ていたので、一切記憶にない。

「僅かな距離の差だったからあまり気にとめていなかったんだけどな。それはそうと、俺とマガトが不在の間に何があったか、教えてくれ」

「……愉快な話じゃないわよ」

「あの女が何で判断したのか知りたいんだ。快不快の問題じゃない」

 もしこの様子を肉眼じゃなく何らかの方法で見ていたら。ただのラブシーンにしか思えないだろう。言い終わった明人が私の耳朶を噛んだのはラブシーン擬態のためのはず。きっと。変な声が出そうになって焦ったじゃないの。

「ええとね、」

 明人が必要としてるのは私の主観のはいった情報じゃない。なるべく客観的に、勝手に情報を削ぎ落したりせずにシェイラと二人でかわした会話を思い出しながら話す。ところどころ、抱きしめる腕に力がはいるところがあったけど仕方ない。改めて思い出すと、シェイラの発言の数々は腹立たしい。私の明人に対して随分好き勝手言ってくれたものだ。

「怪しいのは最初のやつだな」

 聞き終わった明人はそう断言した。

「最初のって?」

「精霊の悪戯とかいうやつだ。珍しいはずなのに流して、しかも食事中にも一切話題に出さないのが逆に不自然だ。マガトが迂闊な反応しないようにしたんだろう。あと、そこが起点と考えれば後の会話での言われようも納得がいく。実際にあの女がそう思っているかじゃなくて、そういう考えを美弥に植え付けたかったんじゃないか」

 確かにあっさり会話が流れたので、ファンタジーな世界だしそんなものかと思った。私ってもしかして誘導されやすい? でも明人のマイナスイメージは断固受け付けてないので大丈夫なはず。

「意味も効果も分からないが、なんらかの意味があるんだろう。それこそ招き人ってやつでないと起こせない現象なんじゃないか。だから話には聞いていたが見るのは初めてなんだろう。嘘じゃないな」

「イマイチ納得できないけど、その前提で話を進めてくれて大丈夫よ」

 やっぱり特別なのは明人としか思えないけれど、示される推論はすべて尤もだ。覆すだけの根拠を提示できない以上、明人の推測を正と考えていいだろう。納得は出来ないけど理解は出来る。

「その時の出来事を、もう一度、詳しく」

 必死に思い出しながら話した内容を聞いて、明人はしばらく黙りこんだ。その間の手つきが不穏です。意味深に腰を撫でないでください。

「……褒めたか、好き、あたりがキーワードかな」

「でもこっちに来て初めて言うセリフじゃないわ」

 褒めるなら明人がとってきてくれた果物は美味しいって言ったし、好きがキーワードなら何度明人に告げたか分からない。

「……完全に消去法による推測だが、俺が近くにいると発動しないんじゃないか」

 言われてみれば、明人との間に距離があったのは、建物にいるときに一人で食べ物を調達に行ってもらった時と、今朝ぐらいだ。

「あの女もそう考えたから、美弥の傍から俺を排除する言動を強くしたんだろう。元々夫婦扱いを表にしないような伏線もはっていたけど、あれほど明確じゃなかった。さっきのは明らかに俺を切り捨てていたな」

「排除しようとしてるのは分かるわ。明人の傍から私をどけようとする人の言動はとてもよく知ってるの」

 キツイ言葉で、あるいは取り繕ったような優しい言葉で。男女問わず色んな人がいた。いちいち私ごときを相手にしに来なくていいのにと当時は思っていたけど……明人の気持ちに気づいていたんだろうなぁ。

「……それで昔は言われるがまま俺から距離をとってたよな」

「ごめんなさい」

「今は、どうする?」

 分かってるくせに聞いてくる明人は意地悪だ。

「嫌よ。大人しく離れてなんかあげない。引き離そうとするなら抗うだけよ」

 合格、と言うように明人は私の髪をすいた。

「ただ、これまでと違って勝手が分からないの。私はどうしたらいい?」

「美弥に腹芸は無理だから、無理にやろうとしなくていいからな。慣れないことするより出来ることをしてくれ」

 だからその出来ることって何? って話なんだけど。

「何があっても俺を信じていてくれ。不安にさせる言動をするかもしれないし、聞かされるかもしれない。でも俺は美弥を裏切らない」

 なんだそんなこと、と思う反面、何があっても信じるのが難しいのも分かっている。世の中、不可抗力とか不測の事態は発生するものだ。

 でも。

「それなら大丈夫。アキはずっと昔から私には誠実だったもの。信じられるわ」

 自然と私たちは唇をあわせた。





「そうだ。これ、アキが持ってて」

 荷物から取り出した後持ち続けていたものを明人に押しつける。

「……鍵?」

 渡したものを確認した明人は小さく呟いた。

「私が両親と一緒に暮らしてた家の鍵なの。鍵は取り換えるから持ってていいって言われたから、お守りとしてずっと大切にしてた。こっちの世界に持ってきたなかで一番大事なものよ」

 明人は息をのんで黙った。

 形見はたくさんある。母が使っていたアクセサリーとか着物とか、今は使わなくてもいつかは的な感じで私のものになった。でも持ち歩くものじゃないので今暮らしている部屋だったり工藤家に置いてあるのだ。

 だから、今の私の手元にある両親関係のものは、これだけだ。

「他人にとってはもう役に立たない金属でしかないけど、私がどれだけ大事にしてるかはアキは知ってるでしょう。預けるという行為が、アキを信頼する気持ちの証にならない?」

「物がなくても美弥を信じられる。これは二度と同じものは手に入らないお前の大事なものなんだから、自分で持ってたほうがいいんじゃないか」

 お守りなんだろう、と続けられる。

 私にとってこの鍵がどれだけ価値あるものか分かってくれている明人は預けるに足る相手だ。今まで明人が私に与えてくれたものを考えると、返せるのはこの鍵が一番適切だと思う。

「いいの。いくら私はアキを信じてるって言っても、どうしても気持ちは揺れるものでしょう。一切、全く、不安を感じないのは人間なんだからありえないと思うの。でも少しでも減らせる方法があるんだったら、実行したい」

 返してくれようとしてる明人だって、物として実体がある『鍵』が与える安心感そのものは否定していない。

「私、ずっとアキから与えられるだけだったから、何か返したい。もしトラブルで失くしたとしたら……泣くかもしれない。でもかわりにアキが私の帰る場所になってくれたら許すわ」

「今でもそのつもりなんだけど。お前、俺以外のどこに帰るつもりなんだよ」

「じゃあ問題ないわね。……お守りだから、大事なものだから、だからこそアキに持っていてほしいの。お願い。それにあげる訳じゃないから。一時預けるだけよ。落ち着いたら、返してね」

「……ありがとう」

 明人の声は今にも泣きそうだったので、私は苦笑するしかなかった。

「じゃあそろそろ戻りましょうか。あまり話しこんでいても不審がられるわ」

「……ああ、そうだな」

 頷いたくせに、明人はなかなか抱擁をといてくれなかった。



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