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5-2

◇◆◇◆ 5-2.



 やがて明人たちが戻ってきたのでこの話題は終わってしまった。

 すごく、もやもやする。

「どうした?」

「うん……ちょっとね」

 明人が気づいてくれてもこの場で答えられるはずもなく。曖昧に誤魔化すと不審そうな視線を向けられた。

「魚、どうだった?」

「そこそこ。頼んでいいか」

 分かりやすく話題をかえたら、あわせてくれた。すっかり食料をいれる袋と化したエコバッグを持ち上げてみせた。

「任せて。塩焼き用でいいのよね」

 瞳さんに仕込まれたので、川魚ぐらい捌けますとも。捌くっていうか、この場合は内蔵とエラと顎をとるぐらいだけど。

 内蔵をとったあとはお腹部分を水洗いしたいので結局川まで戻り、マガトにナイフを借りて焼ける状態までもっていく。

 キャンプとかなら串うちして焼くと楽しいのかもしれないけど、道具もないしで単に網で焼くだけだ。



 焼き加減に満足のいく出来で、ほくほくで食べていたらシェイラが食事中に爆弾を投げ込んできた。ちなみにここの食事はナイフとフォークだから、焼き魚を食べるにはなんというか違和感がある。

「ミィアさんからアキトさんにお願いがあるそうですわ」

「そうなのか?」

 なんだ? と視線を向けられて、困った。

「あるけど……うん、後でね」

 今話すと食事がまずくなりそうな気がする。

 といってもまだ食べてるのは私だけか。明人もマガトも私の倍食べているのに早いなぁ。食べ方も綺麗なので、食べ散らかしてもいない。いいことだ。案外マガトは育ちがいいのかもしれない。そういえば魔法を使えるのは貴族が殆どと言ってたっけ。マガトもシェイラも貴族だから、マナーは躾けられているのだろう。

「あのね、」

 みんなより遅れながらもなんとか食べ終わってから、明人に切り出す。

「街についたら宿をとるでしょう? その部屋なんだけど、今寝てる時みたいに男性と女性で分かれるのがいいかなって話になって」

 さすがにマガトのいる場であれがどうのと言えない。

「……おまえさ、今朝の話覚えてる?」

 呆れたのか、明人の声が低くなる。

「ちゃんと覚えてるわよ。だから、その、」

 明人と二人きりだったらいっそ言ってしまえるのに!

 どう伝えたものかと悩んでいると明人の気配が不穏になっていくのが分かった。

「アキトさん、そう怒ってはミィアさんが可哀想ですわ。こんなに萎縮なさって」

「……萎縮?」

 明人が手を強く握りこんだのが見えた。爪が食い込んでいる。痛くないはずがない。

「アキ、違うから」

 慌てて告げても手の力は弱くならない。

「ご不快ですわよね。申し訳ありません。でも先ほど、アキトさんはまるでミィアさんが御自分の意のままにならないから怒っているように見えましたわ。わたくしたち、アキトさんがミィアさんを隷属させているようだとお話していたんですの」

 聞いた瞬間、やられた、と思った。

「それを言ったのは貴女だけでしょう!?」

 でも、なんで? なんでいきなりシェイラは明人を攻撃するようなことを言いだすの? いや、今はそれより明人だ。

「アキ、あのね」

 話を聞いてと横を見ると、隠してるけど傷ついているのが分かった。

 何。

 これは何なの。

 どうしてシェイラが明人を傷つけるの。

 どうして明人は傷つくの。







 ……腹が立つ。




「……」

 怒りの衝動にまかせて、立ち上がり幌馬車のなかにある私の荷物から目的のものを取り出す。

「ミィアさん?」

 呼び止めるようなシェイラの声は無視する。

「アキだけ、来て。あなたたちは来ないで。来たら怒るから」

 もう怒ってるじゃないかというツッコミは受け付けません。

 洗浄ですぐに終わるとはいえ食事の後かたづけだっていつもは手伝っているけれど今日は知ったことか。

 掴んだ明人の腕を引っ張って歩く。

 明人は無言ながら好きにさせてくれた。

 多少大声を出しても届かない距離まで私たちは無言で歩く。さすがに姿を隠せる場所はなかったけど、いいや。見たければ見ればいいのだ。

「部屋の件はね。アキが嫌がるの、ちゃんと分かってるの。でも事情があって。事情をちゃんと話す気はあったんだけどあんな風に話し始められちゃったから……」

 明人の顔は見ずに一気にしゃべる。

「事情って何」

 返ってくる明人の声は固い。

 ええと、それはですね。

 理由を話さないと明人が納得しないのは分かっているので話す気はあるのだけど、なんか雰囲気的に話しづらい。もっと和やかな時に雑談に紛れて言いたかったのに……。

「言えないなら無理に話す必要はない」

 小さく息をついてから発せられた明人の声は穏やかだった。取り繕っているのでもなく、自然だ。

「美弥が嫌がることはしたくない」

 この言葉が、背中を押した。いいや、言ってしまえ。元々話すつもりではいたんだ。

「もうすぐあれなの」

「うん? あれってどれだ?」

 全く心当たりがないのだろう。素で聞いてる声だった。

「女にだけ月イチでやってくるやつ」

 男性はぴんとこなくて仕方ないよね。

 私たちに体の関係があって「最近こないの……」とかだったらすぐ分かるだろうけど、まだそういう関係ではない。

「あー……分かった」

 ちらりと横を見たら耳のあたりが赤くなっていた。反応がかわいいなと思うゆとりが出てきたので深呼吸する。

 話は、まだ始めたばかりだ。このあたりで少し落ち着かないと。

「日本にいればともかく、ここじゃ勝手も分からないし、気になるから。ちょっと……ね」

「ああ、うん。分かった。俺には分からないから美弥がそう言うならそうだっていうのは分かった。部屋の件は受け入れる。でも何かあればすぐに俺に言ってほしいけど……言えることと言えないことがあるか」

 いつもより明人の発言が早口で意味不明だ。

「ねえ、混乱っていうか照れてる? こういうのって照れられるとこっちも恥ずかしいから普通に流してほしいんだけど」

 過去の彼女たちはどうしていたんだろう。

「鋭意努力する」

 うん。ぜひそうしてください。

「それはそうとね」

 腕を掴んだままだったのではなして、正面に移動した。ようやく視線をあわせる。

「私、今、けっこうアキに対しても怒ってるの」





「……は?」

「どうしてか分かる?」

「いや、サッパリ分からん。自分でいうのもなんだが、今はむしろ俺が傷つけられた場面じゃなかったか?」

「そう。それよ」

 さっぱり分からん、と明人は繰り返した。

「アキはどうして傷ついたの?」

「……」

 思い出したのだろう。明人は一瞬不快そうに顔をしかめた。それでも答えてくれる。

「何度も言ったけど、俺は美弥が嫌がることはしたくはないし、幸せにしたいんだよ。それを萎縮とか隷属だの言われて気分がいいわけないだろ」

「どうしてよ。私には、他の人の言うことなんて気にするなって言ったくせに。なんで言った本人のアキは気にするの」

 まだ移動を始める前。明人が従兄から好きな人へかわる時の会話だ。

 明人は意表を突かれた表情で黙りこんだ。

「私のこと好きって言ったのに、どうして他の女の言葉に感情揺さぶられてるの」

 わざと(としか思えない)誤解させるようなことを言ったシェイラにも腹は立った。同時に、告げた意味で明人にも腹が立ったのだ。理不尽な言いがかりだと分かってはいる。

「……あー……ちょっといいか」

「何よ」

 明人はなんともいえない表情で右手をあげた。

「もしかして、それ、嫉妬って言う?」

「そうよ。悪い?」

 即答すると明人はあげていた右手で口元を覆った。

「悪くない。むしろ嬉しい」

 言ってからその場にしゃがみこむ。えっと……嬉しい、なの? なんで?

「すっげー嬉しい」

 そんな、繰り返さなくても……。

 手招きされたので、あわせて私もしゃがむ。

「大丈夫?」

「嬉しすぎてヤバイ」

「……変なの」

 明人がこんな……ここまでの反応をするなんて予想外すぎて戸惑う。嫉妬って、もっと面倒で嫌な感情のはずよね?

「喜んでいただいているところ申し訳ないんだけど。自分でも知らなかったんだけどね。私って、嫉妬なんて言葉が可愛いぐらい独占欲強いめんどくさい女だったみたい」

「……どういう風に」

 なんだかなぁ。あまりにも予想外の明人の反応に毒気を抜かれてしまった。

 もっと感情的に言うと予想してた気持ちを、何故か淡々と言葉にする自分が妙におかしい。

「あのね。シェイラに、アキが私のことを所有物みたいに扱ってるって言われてすごく嫌だったの。でも考えてみたら完全に間違いではないのよね。だって私はアキのもので、アキは私のものだから。そうでしょう?」

「ああ」

 明人はうつむいたまま顔をあげようともしない。

 口元を覆ったままなので明人の声もくぐもっていて、感情がよく伝わってこない。

「でもそれはシェイラが言うようなモノ扱いじゃないのよ。アキが私の意志や感情なんてどうでもいい、自分のモノになればいいって考える人だったら、とっくの昔に押し倒されて美味しくいただかれてるはずだしね」

 第一、ここにきてからの先の見えない状況で、あれだけ思いやってくれた明人の気持ちを疑ってたら、どれだけ人間不信なんだって話だ。

「他にはアキが勝手に物事決めているとも言われたけれど、私たちの間に信頼関係があるから問題ないのよ。アキは私たちにとっていいと思われる道を探してくれてるって知ってるもの。それを分かってない人にああだこうだ言われたくなんて、ない」

 しかも一方的に明人が悪いように言われるなんて。

「話がそれたけど、とにかく、私がアキのなのと同じようにアキは私のなんだから、他の人の言葉で勝手に傷ついたりしちゃ嫌なの。ね? 好意向けるのが嫌ってレベルですらないのよ。ひどい独占欲でしょ」

「お前は俺を殺す気か」

 いやさすがに独占欲で死にはしないはず。

「呆れた? でも年齢イコール彼氏いない歴なアラフォー口説いたんだから諦めて受け止めて頂戴。今さら返品なんて受け付けません」

 日本では恋愛感情なんてもってなかったのに、どうしてここまで。

 自分で自分に呆れてる。

 だから明人が私に呆れたって不思議じゃない。呆れられても、嫌われなければかまわない。

「呆れるどころか、死ぬほど嬉しい。ていうか嬉しすぎてどうしていいのか分からん」

「私にはアキの反応が意味不明だわ」

 さっきから言葉の半分ぐらいが嬉しいとかヤバイとかになってるけど、大丈夫かしら。いい加減顔をあげてほしいものだけど。

「とにかく、お願いだから勝手に傷つかないでね」

 いつまでも話しこんでいられないので話を本題に戻す。

「というわけで、怒ってた理由、分かった?」

「分かった。……なあ、俺も同じだけ束縛していいか?」

「どうぞご自由に? そもそも最初に言いだしたのはアキだしね」

 そうしたいって気持ちは許可制じゃないので、事前申告は不要です。第一ダメって言ったところで気持ちは制御できるものじゃない。0と1でコントロールできる機械じゃない。

 さて、この話はここまでで充分。次は……

「そのまま聞いてね。……ところで、どうしてシェイラはいきなりこんな行動に出たとアキは思う?」

 声を低めて、問うた。



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