5-1
いつもありがとうございます
◇◆◇◆ 5-1.
午前の移動をして、明人とマガトは近くの川に釣りに行っている。今日のお昼ご飯は二人の腕にかかっているのでぜひとも頑張っていただきたい。
私とシェイラはお留守番……じゃなくて食事の支度だ。最初の頃と比べると慣れたもので、多分、シェイラより手際はいい。
一人暮らし弁当女子(何歳まで女子を名乗っていいのかはおいておく)の面目躍如といったところか。手つきをみた感じ、シェイラは日常的に台所に立つ人ではないようだ。
「この世界の空気はとても綺麗ね」
手を止めて呟く。
排気ガスなんかが混じった空気に慣れた身には、つい深呼吸したくなるような清浄さだ。
「そうですか?」
「えぇ。私は好きよ」
言った直後、きらきらと何かが光った。
「あら。精霊のいたずらですわ」
シェイラにも見えていたのか、一瞬目を見張ってから眩しそうに目を細めた。
この光る現象に心当たりがあるのか。洗浄や召喚の魔法には慣れたつもりでいるけれど、やはりファンタジーな世界だ。
「初めてみたわ。よくあるの?」
「わたくしも話に聞くだけで見たのは初めてです」
「珍しい現象なのね。……アキにも見せたかったわ」
それはそうと、人それぞれの思惑はともかくとして、とても個人的な事情でこのタイミングで街につくのはとてもありがたい。
「そうだ。教えてほしいことがあるのだけど」
「なんでしょう?」
あえて今声をかけたのには理由がある。シンプルに男性には聞かれたくない話だからだ。
「そろそろやってきそうなんだけど、その……こちらの世界では、月のもの、で通じるかしら? それってどうしているの?」
うん、まぁ、要するにアレです。
ストレスで少しズレるかもと思っていたけれど、案外私の体は丈夫だったらしい。予定通りにやってきそうな気配だ。
重い人、軽い人、それぞれだけど、私の場合は事前に前触れてきなものがやってくる。重いかどうかは始まってみないとわからないけれど、身動きとれないほどではない。そこまでだと薬飲まないとやってられないよなぁ。
「ああ、はい」
最初は何のことかと首を傾げていたシェイラは苦笑した。よかった、通じたようだ。
おおっぴらに話すことでもないので、お互い微妙に誤魔化した表現でやりとりをした結果。……日本の生活が恋しくなりました。あれが普通で育った身としては、こちらの対応は微妙すぎる。考え方は同じだけど性能が違う。
「こまめに洗浄すれば大丈夫ですわ。わたくしも、ひどい時は頻繁に洗浄してますの」
表情の晴れない私を安心させるようにシェイラは微笑んだ。そりゃあ、まぁ確かに、ねぇ。あの魔法をかけてもらえればかなり快適だろうけれど、自分で好きなタイミングでかけられるシェイラと、私では条件が違う。
「小さな街ですので、すぐに出ようと思っていましたが、そういうことでしたら落ち着くまで滞在いたしましょう。もちろん殿方には伝えられませんから理由は何か考えますわ」
それから、とシェイラは続ける。
「宿の部屋はわたくしと同じにしましょう。その方が処置しやすいですし、何よりこの時期は女同士のほうが気が楽ですものね」
それはそう……かも?
ただ、明人はいい顔しないだろうな。
とはいえ、今回ばかりはシェイラの言葉の方に私は頷きたい。
「いいですわよね?」
笑顔で念押しされて、私は曖昧な笑みを浮かべる。是とも否とも答えられない。
「もしかして、アキトさんの反応を気にされていますの?」
「……そうね」
多分、当然のように『夫婦だから同じ部屋を』と主張するだろう。朝食の後にあんな会話をしたのだから尚更だ。
「ミィアさん。その……失礼なことを申し上げますが、どうかお許しくださいね。わたくしにはお二人の関係が随分と歪に見えます」
「歪?」
「えぇ。年が同じと聞いて信じられなかったのは見た目だけが原因ではりません」
女の外見はいくらでも変えられますものね、とシェイラは悪戯っぽく笑った。
……いくらでも、なのは元がいい人限定だと思います。それこそシェイラのような。
ある程度であれば変えられるのは同意だ。それこそ明人が言うように化粧で顔を作ればそれなりに誤魔化せる。
「アキトさんはまるであなたの主であるように振る舞っていますわ」
え?
「確かにわたくしたちの世界でも妻は夫をたてるものです。でも、アキトさんのやり方は行き過ぎですわ。お二人がいらした世界の夫婦は妻は隷属するものですの?」
何を言い出すのだ。
「違うわ。それにアキが主のようにだとか隷属なんて誤解よ。そんな人じゃないわ」
思ってもないことを言われた混乱でうまく言葉が出てこない。
「ですがミィアさんの意見はきかず、アキトさんだけで物事を決めているじゃありませんか」
「それは私が頼りないからで……。第一アキは私をとても大事にしてくれているわ。見ていてそれぐらい分かるでしょう?」
まるで明人がすごく横暴な人のように言われて、不快だった。
そりゃあ時々命令口調で話したりするけれど、嫌がることは無理強いしたりしない。あれだけ私を想ってくれる明人がこんな言われようするのは嫌だった。それも隷属だなんて。ありえない。
「自分の所有物を大切にするのは当然ですもの」
所有物。
私は思わず絶句した。
「でもミィアさんは違うと仰るんですね」
「そうよ。絶対に、違うわ」
力を込めて断言する。
「ああ、そうだわ。さっきの話ですわ」
「えっと……何が?」
何がさっきの話なのだろう。急に、いいことを思いついたと笑みを浮かべるシェイラについていけない。
「街ではわたくしと同じ部屋にしましょうというお話です。わたくしが誤解しているのであれば、アキトさんはミィアさんの希望を叶えるはずです。そうでしょう?」
「そう……かもね?」
だよね?
「では宿の件はミィアさんからお願いしてみてくださいね。アキトさんが頷いたらわたくしも自分が勘違いしていたと納得できますわ。もちろん、わたくしも援護いたします」
いやいや援護とかじゃなくてね?
「それともわたくしの考えが正しいと認めます?」
「認めないわ」
「では決まりですわね」
晴れやかな表情のシェイラとは裏腹に、私には「どうしてこうなった」という疑問ばかりが残った。
なんか、狐に化かされた気分。




