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4-6

◇◆◇◆ 4-6.



 いつになくスッキリ爽快な目覚めを迎えたわけだけど、状況を認識してからは一気にパニックになった。

「どんな顔して出て行けばいいか分からない……」

 シェイラは気配に敏いし、見張りの交代のときに私の姿が幌馬車にないことに気付いただろう。

 マガトはテントに入っていく私の姿を見ていてもおかしくはない。

 そもそも夜中に騒ぎが起きなかったということは確実に気付かれているということで。

 二人とも知っているはずなのだけど……別に疾しいことは何もしてないのだけど、でもやっぱりどんな顔をしてテントから出て行けばいいのか分からない。大事なことだから二回言いました。

「別に普通でいいだろ」

 何悩んでるんだぐらいの簡単さで言われてもねぇ。

「普通ってどんなのだったかしら」

「……」



 明人に半ば無理やり連れ出され……というかテントが撤収されて。朝食の場では、あえて何も触れられなかった。ただ、食事が終わってから、シェイラが「お話があります」と切り出した。

「招き人だった場合、貴族と同等の立場が与えられます。渡り人でも、我が国の民としての地位が保証されます。そして、そのどちらの場合でも、女性から男性の寝室に忍び込むことは恥ずべき行為となります」

 ええ、ええ、そうでしょうとも。

 シェイラも言いづらいことなのだろう。口調が普段より固い。

「分かってます」

 私だって自分の行動に後からびっくりというか恥ずかしいというか。

「だが俺たちは夫婦だぞ。夫婦が寝室を共にするのはおかしいことじゃないはずだ」

 分かってるからこの話は早く終わって! という私の願いを無視して、明人が口を挟んだ。

「そのことですが……もうすぐ小さいですが街に着きます。そこでお願いがあります」

 シェイラは一度言葉を切って、明人と私を見た。

「お二人が夫婦ではないとふるまっていただきたいのです」

 明人が全身を強張らせるのが分かった。

「断る」

 理由も聞かず、即答だった。私も気持ちは同じだけど、何故そんなことを? という疑問もあった。

「貴方がたの為なのです」

 それを聞いた明人は失笑する。

「そういう奴の大半は、自分の利益のためだ」

「アキ、」

 一方的に喧嘩ごなしな態度をいさめようと、手を握った。

「嫌なのは私も一緒だけど、理由ぐらい聞いてもいいんじゃないかしら。ね?」

「そうですわね。理由もなくお願い出来るようなことではありませんでした」

 明人が話を聞くことを了承する前にシェイラは話しだす。

「街では、わたくしたちは平民の旅人を装います。魔法騎士団の立場を公にするとよからぬ輩を呼びこみますの。ここまではよろしいでしょうか」

「……ああ」

「お二人の元の世界のしきたりは存じ上げませんが、我が国では平民はそれほど年が離れてないもの同士が夫婦になります。一切いないわけではありませんがそれなりに事情がある場合が殆どですわね。貴族の場合は政略結婚がありますので一概にとは言えませんが」

 ……うん?

「お年については伺っておりませんが、それでも十歳近くは離れていらっしゃるのでしょう?」

 ええ?

「失礼ですがミィアさんは十六か十七歳ぐらいでしょう? 我が国では十五で大人とみなされますので結婚もできますが……お若い方が、年離れた方に嫁ぐのは、よほどの無理強いがあったと思われるのが常です」

 ……。

「……あー……一応言っておくが、俺たち、同い年だからな。学年って考え方はないだろうけど、せいぜい半年しか違わないから」

 明人は毒気を抜かれた……むしろ面白がる顔をして言った。

「え?」

 ぎぎぎ、と擬音がしそうな動きで、シェイラは視線を明人から私にうつす。あからさまに「嘘でしょう!?」と言っているのだけど……。

「アキが言っているのは事実よ」

「まさか……」

 シェイラは絶句した。

「ちなみに、アキトさんが老けて見えるのか、ミィアさんが若く見えるのか、どっちなんですか?」

 ……うん。マガト。あなたが空気を読まない言動をすることはよく分かった。

 この場でこの質問をする勇気だけは認めてもいい……かもしれない。

「さぁ、どちらかしらね」

 明人には勝手に言うなと視線で告げる。肩をすくめたので了解は得られただろう。学生時代ならいざ知らず、社会に出てそれなりの年数がたっているので、女性の年齢問題に男性が口を出すめんどくささを知っているのだろう。

「ということで、何も問題はないでしょう?」

 そうか私だけが肉体年齢相応に見られていたのか。そうと分かると、腑に落ちたことがある。

 初対面以降、シェイラの明人への態度と私へのそれが異なることが、多くはないけれどあった。明人は対等な相手、私は格下と思われているようなのだ。

 嘲りでもないし、別に私と明人を同列に扱えなんてだいそれたことは思ってもない。害もないからそういうものかと受け取っていた。

 私と明人に能力差があって扱いに差があるのは当たり前の人生を送ってきたのだ。はっきり言って今さらだ。

 ただ、彼女……シェイラの求める人物が私である可能性もあるのに何故だろうという疑問はあった。仮に私だとすれば(あるいは二人共であれば)彼女のプラスにはならないし、そうと分かっていて表に出すような人に見えないから不思議だったのだ。

 ……単に年下に見られていただけか。

 格下じゃなくて年下。

 対等ではなく導き育てる相手。

 ……あ、なんかものすごく納得した。同時にショックでもあった。

「いえ、事実がどうという問題ではなく、そう見えることが問題ですの」

 持ち直したシェイラは小さく首を横にふる。

「……ねえ、私ってそんなに幼く見える?」

 思わず明人に尋ねた。

「いや、こんなもんだろ」

 今の体なら。言外にそう告げた明人は興味深そうに私を注視する。

「女って若く見られたいものだろ? なんでそんなに嫌そうなんだ?」

「若く見えると幼く見えるは別だからよ」

 条件が同じはずの明人はそうでないのに。

 顔には、その人が生きてきた経歴というか経験というか。ある種の積み重ねがどうしたって出るものだ。現に明人が若返っていることにしばらく私は気付かなかった。それはそれでどうかと今では思うけれど、さておき。

 体が若返っても、中身は変わっていない。でも外見相当にしか見られないのは、私の生きざまが薄っぺらであることを突き付けられているようだった。何も積み重ねてないから、肉体相応にしか見られない。

 胸をはって、私はちゃんと生きてきたと言えるだけのものは何もない。目先の楽な方、示される方に流されるだけの生き方だと分かっているから仕方ないのだけど。

 ……こういう形で突き付けられると、やはりショックだ。

「そういうものか?」

「そういうものよ。……私はね」

「ふぅん。しかしまぁ犯罪に見られるのは面白くないよな」

 あまり納得してないけど追及する気もない明人の言葉に、シェイラが我が意をえたりと言わんばかりに頷いた。

「そうですわよね? ですから」

「顔作れば?」

 それをしれっと無視して、明人が私に言った。

「今はほぼ素顔だろ。化粧すれば少しは違うさ」

「あー……まあ、ねぇ」

 そういう問題じゃないんだけど……。

 当面の問題は確かに化粧で解決できるだろう。でもそれって、根本解決じゃないし、やっぱり楽な方に流されるだけなんじゃあ?

 洗浄の魔法では化粧落としもされるし、日本から持ってきた化粧品は量が限られている。何より今は高校生だ。今さら感もあるのですっぴんでもいいかな、と開き直ってしまっていた。でも少しずつこの世界の化粧道具に慣れていくべきだよねぇ。

 街についたらその辺探してみよう。あとは収入源が問題か。

「しかし……」

「俺たちが夫婦であることに、何か不都合でもあるのか」

 納得しないシェイラに、明人は言った。

 思わずといった態で黙りこんだので、きっと正解なのだろう。ただ、不都合の内訳は分からない。

「現状について感謝はしているが、大人しく利用されてやるほど寛大じゃないんだ」

 ゆったりと、低めの声で言い聞かせる。シェイラが納得するかどうかに、きっと明人は興味がない。ただ宣言しているだけだ。

 今の生活は、全面的にシェイラたちに依存している。分かっていてそれでも宣言するだけの明人の強さが眩しい。私一人なら、きっと何も言えない。

「無駄なことに労力を注ぎこまないほうが賢明だぞ」

「……仰っていることがよく分かりませんわ」

「それならそれでいい」

 あっさりと明人は矛を収めた。

「そろそろ出発したほうがいいんじゃないか」

 何事もなかったかのように、明人は言った。全ては明人の手の上で転がされているような錯覚を覚えた。






 きっと明人には、私よりもたくさんの物事が見えている。元からこの世界の住人であるシェイラやマガトよりも多いだろう。

 未だに招き人というのが何か分からない。

 わざわざ探して、歓待するような人だから、何かに優れている人なんだろう。

 シェイラもマガトも、何か手掛かりを得たのか、あるいはまだ模索している最中なのか何も言わない。


 でも、明人なんだろうな。


 昔から『特別』なのは明人だった。

 世界がかわったところで変わりはないだろう。

 いずれシェイラ達も明人が探している人だと気付く。そして……そして、どうなるのだろう。


 今のままだと私は明人に依存するだけだ。明人は文句一つ言わないし、実際、嫌だとも思わないだろう。でもそれでいいのだろうか。

 分からないことだらけだった。



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