4-5
◇◆◇◆ 4-5.
マガト先生の魔法講座?
……おかしい。何か変なスイッチを押してしまったんだろうか。
マガトが水を得た魚のように、生き生きと話し続けている。
魔力は人によって違っているから目印になるんですよー俺は色が違って見えますけど、匂いや波動で判断する人もいますねーとか教えてくれる。
「個体差があるので、魔法を使う際の目印になります。例えば召還する時、俺はこことは違う世界を見て、自分の印をつけたところを目指します。目印がないと迷って、現実世界に帰ってこれないので注意が必要ですね。それから」
つないだままの手をぎゅっと握って、明人の注意を促す。
「ねぇ、どうするの?」
これ、とマガトを見る。
「この手のタイプは満足するまで止まらないだろ。聞き流すしか」
「今後、魔法の説明はマガトがするって言ってたわよね……」
「……ああ」
うっかりスイッチ押しちゃうとこうなるのか。
自称魔法馬鹿は伊達ではない。
私たちにとっての救世主はシェイラだった。
「何をやってるんです」
呆れ果てた声がかけられたとき、心底助かったと思った。
そうして始まった四人での旅は、二人の頃とは比べようもなく快適だった。
馬車だから自分の脚で歩かなくていい。食事は三食温かいものが食べられる。二~三時間に一度は休憩が入るので座りっぱなしでお尻や腰が痛くなりすぎたりしない。汚れは洗浄してもらえる。道中も休憩中も雑談のなかでこの世界のことを教えてもらえて、質問には(答えられることなら)丁寧に回答がもらえる。着替えなど足りないものがあれば召喚で取り寄せてくれる。
……文句を言えば罰があたるような好待遇だ。
だからといって与えすぎたりはしない。
食事は旅の最中だから焼くか煮るかの二択で凝ったものは作れない。私は手伝うことで、この世界の調味料とか保存食について知ることが出来た。醤油も味噌も、コンソメキューブもないのが凄く不便です。
明人はマガトに簡単な体術を教わって、筋がいいと褒められている。そのためか夜の見張りが分担されるようになった。
何か仕事を割り振ることでただの客人待遇にはされていない。そのほうがこちらの気が楽になるのでありがたい。
彼らとはずっと一緒にいるわけじゃなくて、いずれ別れる立場だ。
先立つものさえあれば旅をするのに必要なものが何かがなんとなく分かってきたので、二人だけで準備することも可能だろう。
必要な知識を与えるという作業を、きっちり行ってくれているのだ。
文句のつけようなど、あるはずがない。
今日で三日目になるけれど、座学でこの世界の知識はそれなりに増えた。もおうすぐ街に到着するので実感するだろうということだった。
まず、時間の概念。時計のように時刻を刻むものはないらしい。街では一日六回、鐘が鳴らされるのでそれを目安に動いているらしい。起床を促す一の鐘、午前の始業を知らせる二の鐘、昼休み開始を告げる三の鐘、昼休み終了を告げる四の鐘、終業を告げる五の鐘、夜になる六の鐘。始業とかは役所の時間なので民間の時間は多少前後するということだった。
次にお金の種類。ここでは紙幣はなく貨幣のみだという。銅貨、銀貨、金貨、白金貨の順に価値があがっていくという。王都で平民の男性が一カ月暮らすのに金貨三枚必要というのが一つの目安として教えられた。金貨までは実物を見せてくれたけど、どれも百円硬貨ぐらいの大きさだった。ちなみに百枚で次の貨幣一枚に相当するのだけど、お釣りとか持ち運びが大変なので都市が中間の貨幣(大銅貨、大銀貨、大金貨)を作っているらしい。両替には手数料をとるので……うん、まぁなんていうか、必要だけどいい商売だよね……。金融業の手数料は必須とはいえ。
そして宗教は多神教だけど、魔法の存在を認めていないのでこの国ではあまり浸透していないのだとか。ただし平民の間ではそれなりに信仰されているらしい。
こんな風に、この世界で暮らす人なら当たり前に知っていることを、嫌がらず丁寧に教えてくれる。
だから感謝こそすれ、不満はない。
……ただ、どうしようもなく閉塞感があるだけだ。
寝る時、私とシェイラが幌馬車の中で、明人とマガトは外にテントみたいなものをはって、夜を明かす。
といっても私以外の三人は交代で見張りをしている。最初は私も、と手をあげたのだけど、見張りに必要なだけの能力がないし(気配りが足りないということかしら……)何より一番体力がないのが私なので、しっかり寝て回復につとめて欲しいと三人から言われた。昼間は基本座っているだけだし体力も何もと思ったけれど、馬車に揺られるだけは地味に消耗するのでありがたく休ませてもらっている。決して脚を引っ張りたいわけじゃないのだ。
疲れているのに目がさえて寝つけずにいると、外で見張りを交代している気配がした。
今日は明人、マガト、シェイラの順で見張りをしている。だから、マガトが外にいて明人がテントに一人でいるということ。
「……」
頭の回転が鈍ってるのが分かる。
でも、今、明人は一人でいると思うと、どうしてもじっとしていられなかった。
なるべくシェイラを起こさないように、そっと幌馬車を抜け出した。
「アキ」
小さく声をかけてテントの中に入る。
「……っ、どうしたんだ」
明人が素で驚く顔はけっこうレアだ。
「ちょっと夜這いに、なんてね」
「は?」
「もちろん、冗談だけど」
このなかは初めて入ったので、ついきょろきょろと見てしまう。基本寝るための場所だから、高さは立てない程度しかない。
「疲れてるのにごめんね」
明人は横になって寝ようとしてるところだったのだ。
「美弥ならいつでも歓迎するさ」
上半身を起こした明人に手招きされたので、すぐ隣までいく。歩いていけないので、中腰で移動するのは案外骨がおれた。
「最近、二人きりになれてなかったから……アキが足りなくて」
「お前さ、さすがに今は手を出せないって分かっててそれ言ってる?」
「なんのこと?」
「……もういい」
よく分かりません。
でも明人がぎゅっと抱きしめてくれたのでいいや。追及はしないでおこう。
「………………すっげー生殺し」
何か呟いたけれど、うまく聞き取れなかった。
「ごめん、何?」
「この旅が終わって落ち着けたら教えるよ」
「……なんか碌でもない内容な気がするから、遠慮しときます」
二人同時に笑った。
体の力が抜けて、明人に身を委ねる。重くて申し訳ないけど、きっとそんな文句は言わないから大目にみてもらおう。
「あのね。こんなこと言っちゃいけないのは分かってるんだけど、息が詰まりそうになるの」
明人の手が頭を撫でる。私はしがみつくように、明人の背に腕をまわした。
「美弥は人見知りなところがあるからな。四六時中、ほぼ初対面の相手と過ごすのはストレスだろう。なかなか気遣ってやれなくてごめんな」
あまり大きな声で話せないので、小声でのやりとりになる。いつもより低い、少し掠れた声は私の体に沁みこむようにして行きわたる。
「ううん。私が弱いだけだから。アキだって大変なの分かってるし、大丈夫」
「またあの夢みるようになったのか?」
「見ないわ。少し気が張ってるのかしら、あまり熟睡もしてないし。やっぱり隣で、他人が寝起きしてるとどうしてもね」
両親が生きている頃も一人っ子だったので小学校高学年からは自分の部屋をもらって寝起きしていた。明さんたちに引き取られてからも一人部屋だったし、今では一人暮らしをしている。すぐ近くで誰かがいる環境にはどうしても慣れない。
「アキなら安心できるんだけど……」
「あまり安心ばかりされても微妙だなぁ」
わざと冗談めかして明人は言う。だから、それもそうねと軽く返せる。
「ねぇ。名前呼んで?」
「……美弥」
明人が呼ぶ私の名前は、錨だ。
マガトやシェイラは私をミィアと呼ぶ。でもそれは私の名前じゃない。違う名前で呼ばれる度に、それは誰だと問いたくなる衝動にかられることがある。
両親が私のためにたくさん考えてくれた最初の贈り物は、ミィアなんて名前じゃない。
私が私でなくなる不安は、明人が名前を呼ぶたびに落ち着く。
だから、私を私に繋ぎとめてくれる錨なのだ。
「もう一回」
「美弥。愛してるよ」
額に、頬に、鼻に。触れるだけのくすぐったい口付けをあちこちに落としながら明人は囁く。
「次からはもっと早くに俺のとこに来いよ」
「うん。そうするわ」
さっきまではどう頑張っても訪れなかった眠気がやってきた。
「ねえ……」
もう一度、名前を呼んで。その願いを言葉にする前に、優しい眠りのなかにおちた。




