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4-3

◇◆◇◆ 4-3.


 実際のところ、私たちに選択肢はないに等しい。

 彼らの要請を受け入れず二人だけで移動をするのは自殺行為だ。そして要請の内容は無茶なものでもなく。

 呼称がやたらとファンタジーな魔法騎士団とやらの実力は分からないけれど名前の通り魔法が使えて騎士なのだろう。事実シェイラの登場の仕方は魔法を使ったとしか思えない。おそらくあれが転移の術なのだろう。

 私たちを有無を言わせず、力ずくで思い通りに出来るだけの能力があるはずだ。

 それをしないのはなぜか。あたかも私たちの意思で行動を共にする選択をしたような形をとったのは。

「大人の事情だろ」

 明人が身も蓋もない表現をした。

「提案を受けて検討した結果受け入れた、って過程を経た事実があればいいんだ。そうすれば強制したことにならない」

「ああ、なるほど」

 招き人には強制出来ないと言っていた。私たちにその招き人である可能性がある以上、詭弁でも強制した事実を残せないか。

「そういう形式って大事よね」

「お話が早くて助かります」

 シェイラは、ふふふと笑う。

「お若いとそういったのを忌避する、潔癖な方も多いですから」

 いや私たち若くないし。

 本音と建前が大事なのは社会人経験を経てよく理解していますとも。でもこのセリフで確信がとれた。やはり私たちは見た目相当の年齢と思われている。

 なんでだろう。確かに体は若いようだ。川で水にふれたときは、肌のはじき方が違うのも分かった。でも、表情には経験って出るよね? 最初、明人が若返ってるのに気付かなかったのはそれがある。積んできた経験が顔に出てるから、寝顔を見るまで分からなかった。まさか若返ってるなんて考えもしなかったのもあるけど。

「ついでにこちらからの要求を受け入れてくれたら、もっと形が整うと思わないか?」

「なんでしょう」

「隠しても仕方ないから素直に言うが、俺たちの世界に魔法なんてものはない。だから、それを使う時は事前に説明が欲しい。あんたらにとってはあって当然かもしれないがこっちからすれば何をされているかも分からない、得体のしれない行動だ。不安に思って当然だろう?」

「……あまり不安に感じられていないようですが」

 シェイラはあまり乗り気じゃないようだ。

「では言葉を取り繕うのをやめて、率直に信用できないと言おうか」

 明人の言葉はひんやりと冷たかった。

「例えば、さっきも言ったように俺たちは夫婦だ。人に聞かれたくない会話や行動があって当然だろ。それを隠れてやっているつもりでも、聞かれたり、見られたりしているかもしれないのは不愉快だ」

「こちらとしても見聞きしたくありませんわ」

 他人のあれやそれは、勝手にやってくれ、というところだろうか。気持ちは分かる。

「それ以外でも、なにをされているか分からないのは御免だね。例えば……そうだな。携帯の充電、まだ大丈夫か?」

 いきなり話をふられて焦った。

「え、うん。まだ平気」

「じゃあカメラで景色をとってくれ」

「いいけど……」

 何に使うの?

 分からないなりに言われた通りの作業をして、携帯を明人に渡した。

「これを見てくれ」

 といって、携帯をシェイラに放り投げた。ちょっと、それ私の携帯なんですけど! 思わず睨むと「ごめん」とだけ言われた。後で文句を言わなければ。

「カメラという機能で、一部範囲に見えているものを記録させたものだ。写真という。こういうのはこの世界にあるか?」

「……ありません。絵画として残すのはありますがここまで精緻では……」

 だろうな、と明人は呟いた。

「魔法でなら可能か?」

「いいえ」

「で、だ。今は景色しか写していないが、人物像も撮ることが……範囲に含めることができる。そして一度撮ったものは意識して消さない限りずっと残る。なあ、あんた、自分が写ったこれが、勝手に残されるのってどう思う? その後どういうい扱いされるかは持ち主の一存で決まるんだ。今はわざと撮るところを見せたが、いつ、どこで、どういう条件が整えば撮るか分かるか?」

「……」

 実際はここでは充電できないからもうすぐ見れなくなるんだろうなとか、まあいろいろあるけれど。

 何されているか分からないのが怖いというのは伝わるだろう。

「おっしゃりたいことは分かりました。えぇ、そうですね……正直自分のシャシン……とやらが勝手に残されるのは不愉快です」

 これだけの容姿だから、勝手に懸想されての苦労があっておかしくない。そういう人の手に渡ったら……と考えると、気持ち悪いとか不愉快になる。

 シェイラはちゃんと携帯を返してくれた。彼女からすれば得体のしれないものだろうに、とりあげないことで私のなかの彼女の評価があがる。返却方法が投げてだったのは、明人のせいだろう。

 ただし、とシェイラは言葉を続けた。

「わたくしたちの任務は魔法が使える前提です。それを全て事前に説明して、となると滞ります。というか、無理です」

「では範囲を限定すればいいのか」

「どのように?」

 双方の主張を述べて落としどころを見つけていく作業中。私は静かにしているのが一番だろう。

「おれたちに直接関わるものは事前に説明および承諾を、それ以外はあとで教えてくれ。一日分まとめてでも構わない」

 明人サン。今、しれっと承諾増やしませんでした?

「例えば、普通には聞こえない距離の会話を聞いたり、部屋の中の様子をみたりといった行為は直接になる。この場合は道具をつかおうが、魔法で姿を隠して近づいていようが、どちらも該当する。ここまではいいな?」

 明人サン。今、しれっと道具増やしませんでした?

「俺たちの普段の様子を見て分かったことを上司とやらに魔法でもなんでもつかって連絡するのは該当しない。こんな感じでどうだ」

「あら。報告は貴方がたに関することですのに、構いませんの?」

 意外そうにシェイラは首を傾げた。

「そりゃあ事後報告は欲しいけどな。仕事の報告まで制限するのはやりすぎだろう。俺たちだって、教えてもらった話を二人で話し合ったりするのに、そっちは一方的に嫌だとか言えないしな。違う可能性もある以上、なんでも頼みを聞いてもらえるなんて思ってはいない。あと、さっきの例じゃないけど、元の世界から持ち込んだものを使用する際は一言あるようにするさ」

 明人は肩をすくめた。

「もちろん、この条件が最後まで守られた場合、こちらの希望に対して誠意ある対応をとってもらえたと、あんたの上司に話させてもらう」

 シェイラはたっぷり悩んだ後、頷いた。

「分かりました。その要望を受けましょう。魔法についての説明は主にマガトが行いますね」

 完全に他人事として聞いていただろうマガトから「ええ!?」という悲鳴があがった。





「悪党」

 あの後、「ではこれから一緒に王都まで向かいましょう」と話がまとまり、こちらの自己紹介をした後、シェイラは準備があるといって去っていった。

 マガトは「私は転移の術は使えないのです。そのかわり召還が出来ます。しばらくの間、必要な物資をとりよせますので、くつろいでお待ちください」といって自分の世界に入っていった。

 ようやく二人で話し合いをすることが出来る。

 念のため姿は見えるけれど普通の声での会話は聞こえない距離をとってから、開口一番、そう言った。

「どこがだよ」

 心当たりありまくりな表情で言われてもねぇ。

「途中で条件追加してるし、最初から全部聞くつもりもなかったでしょう」

 明人がやったことは、つまり、こうだ。

 とてもお腹をすかせた人がいる。その人に向かって林檎を一つ一万円でどうですかと持ちかける。一万円は高いというので、では大サービスで半額にしましょう、といって林檎一つを五千円で売りつける。そんな行為だ。

「最初に提示するのは無理めの要求ってのは基本だろ」

 そうだけど。

「自分に自信も、上昇欲もありそうだったからそのへんもくすぐってみただけだし」

 上司への報告云々というやつだろう。

「まあ、あれだ。年季の差だな」

 思わずシェイラに同情した私は悪くないと思う。

「別に美弥の不利益になるわけじゃないからいいだろ」

「不利益どころか、利益なのはわかってるんだけど」

 でも言いたい。悪党、と。

「実際問題、どこまで正直に話すかわからないけどな」

「……まぁね」

「でも言質をとっておくにこしたことはない。あとで契約書についても確認しとくか」

「もうこの件については、全面的にお任せします」

 私が口を出さないほうがいい気がしてきた。

「任されるけど、気になることがあれば言ってくれてかまわないぞ」

「あ、そうだ。気になることで思い出したんだけど、なんで求めるものの中に、元の世界に帰る方法をいれなかったの?」

 明人は私の髪を指にまきつけながら小さく笑った。

「引き留めたい存在に帰る方法を聞かれて素直にこたえると思うか?」

「……思わない」

 聞いても無駄だから言わなかったのか。

「ねぇ……髪、洗ってないから汚いわよ?」

 そう言ったのは、明人が指にまきつけた髪に口づけるような仕草を見せたからだ。

「お互い様だから気にしない」

 いや、気にするところだと思います。

「二人旅じゃなくなるのが寂しいな」

「……」

 明人の表情が本当に残念そうだったので言葉につまる。

「ずっと二人きりなんて思ってもなかったけど。いざ他人の介入があると、ちょっと微妙。おまけに男もいるし」

 髪をはなしたその手で、顎をすくった。

「だから慰めて」

 慰めるってなんだ、と言おうとしたところで、キスされた。

「み、られて……っ」

「大丈夫。こっち見てないから」

 合間にそう言われたり、安心するよう背中をなでられたところで……辺りに遮蔽物がほとんどない平地で、他者がいるのがわかった状態で堂々とラブシーンを繰り広げられるほど私は神経が太くない。

「あのね……アキヒトさん。提案というかお願いがあるのだけど」

 息もたえだえにされてから、ようやく解放された私はすがりついたまま懇願する。

「うん?」

「日本人の倫理感、持ち続けましょうね……」

 盗みや暴力はふるわない、も重要だけど。こっちは意識するまでもなく当然のことだ。そうじゃなくて、言いたいのはただ一つ。人前でイチャつくのはやめましょう。

「……善処する」

 そんな政治家みたいな回答いりません。



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