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4-2

◇◆◇◆ 4-2.


 この世界には時折異世界(ここではないどこか、とマガトは表現した)から人が訪れるらしい。

 そうした人々は『渡り人』と呼ばれ、新しい知識をもたらす存在として受け入れられている。

 渡り人というのは『世界を渡ってきた人』という意味だろう。そのままだけど、分かりやすいのは多分いいことだ。

 そんな渡り人の中で特別な扱いを受ける存在がある。

 それは、マガトいわく神殿だというあの建物に現れた渡り人で、それ以外の場所に現れた渡り人と区別をつけるため『招き人』と呼ぶそうだ。

 国にとって大事な存在だから迎えにきたのがマガトとその仲間だという。

 迎えにきたら、誰かがいた痕跡はあるのに姿が見えないので慌てて手分けして周囲を捜索したので今は一人だけど、三人で行動しているのだとか。

 招き人は国にとって大切な客人で、せいいっぱいのもてなしをするからどうか一緒に来てほしい、というのがマガトの話だった。



 なんというか、現実味のない話で、さようでございますか、としか言いようがない。

 とりあえず「違う世界から来ました」といっても頭のおかしい人にならずにすむのと、言葉が通じるのは喜ばしい発見と言えるだろうか。

 明人の反応はと横をみると、頭痛をこらえるように眉間をもみほぐしていた。

「マガトと言ったな。わざとか?」

「はい?」

 マガトはきょとんとした。……私も明人が何を言いたいのか分からない。

「話が長い割に要点が、というか、肝心な情報がことごとく抜けている。意図してやったにしてはお粗末だし、素なら説明能力が残念すぎやしないか」

 明人サン。この人とは初対面ですよ。何でそんなに辛辣なの。怒らせるのは得策じゃないと思いますが。いや怒る気配は皆無だけど。

 ……なんて、本人目の前にして言えるはずもなく。ついでにお粗末あるいは残念な説明に気づかなかった私にまで攻撃力があるので地味にダメージでかい。

「……肝心な情報、とは何でしょうか」

 説明能力が残念なほうだったらしい。

 あと、私も知りたいです。

「まず『招き人』というのは何を招くんだ。何かを招いて国益になるから、大事な存在なんだろう?」

 ああ、そうか。渡り人が世界を渡ってきた人という意味なら、招き人は文字通り招く人だ。もしくは招かれた人? 確かに何故招き人とやらが大切な存在なのかという説明はなかった。

「次にどうやって俺たちがそうだと判断した? 確かに俺たちはお前の言うところの渡り人なのだろう。服装からして全く違うのだから、渡り人と判断することはおかしくない。だがあえて招き人と判断する材料も示さずに言われても、詐欺にしか思えない」

 おっしゃる通りでございます。

「第一迎えにってどうやってだ。何故いると判断できる。そしてどうやって来た。これらの提示もなく来いといわれてついていく阿呆がどこにいるんだ」

 すみません、異世界だしそんなものかなで納得しそうになってました……。

 いやほんと、一人じゃなくて良かったよね、私!

「あ。そ、そうですね……申し訳ありません。まずは……」

 その時、不思議な現象が起きた。

 小さな竜巻みたいな突風が、マガトの隣に発生したのだ。風にあおられてよろける私を明人が支えてくれる。

 直後、誰もいなかったはずのそこに女性の姿があった。

「その質問にはわたくしが答えます」





 羨望する気すらおこさせない、ただ感嘆するだけの美人というのに初めて会った。明人の周りには容姿端麗な人が多いけれど、過去の彼女たちでもこれほどの美人はいなかった。

 美女というほど大人になっておらず、美少女というには違和感がある。少女から大人になる途中の危うい魅力のある彼女には、同性であっても思わず視線がすいよせられる。出るところは出て、引っ込むところは引っ込むというプロポーションも見事だ。

 日本で道を歩いていたら、確実に全員が振り返るだろう。

「誰だ」

 ……違った。

 明人は自分が美形だから他人の美醜に興味がないのだろうか。これだけの美人に対してうさんくさげな視線を向けて無感動に問うだけだった。

「シェイラ・ウォルコットと申します。マガトの同僚ですわ。この馬鹿がどうも失礼いたしました」

 鈴をころがすような声ってこういうのかと聞きほれていたら、微妙に毒がまじっていて驚いた。

「今現れたばかりのように見えたが、盗み聞きしていたのか」

 現れ方へは言及なし?

「まあ。盗み聞きなんて人聞きの悪いことを仰らないでください。声を届ける道具を介していただけですわ。あまりにも説明がなってなくて、慌てて駆けつけた次第ですの」

 シェイラの発言に毒があるのはいつものことなのか、マガトは特に気にした様子もない。

 というか、許可なく道具で会話を聞いてたっていうのは盗み聞きじゃないのか。

「それで? 答えてくれるんだろ」

「招き人とは何か、何故貴方がたをそう判断したのか、どうやって迎えにこれたのか。質問はこの三点でしたわよね」

 シンプルに言うと、そうですね。

「まず、招き人とは何か。これは現時点ではお答え出来ません。いずれはお伝え出来ますが、今は無理です」

 次に、とシェイラは笑顔で言葉を続ける。

「どのように判断したのか。これについてはマガトの先走りです。貴方がたの二人ともが、あるいはどちらかが招き人であるという確証は得られておりません。状況からその可能性がとても高いのは事実ですが」

 ……シェイラは一瞬だけマガトを冷たい視線でみた。

 さっきマガトが明人の迫力に負けなかった理由がわかった。きっと日常的にシェイラからこんな視線を向けられているのだろう。要するに慣れだ。

「最後はお答え出来ます。招き人が現れる前、我が国にある印が出ます。それを見て、わたくしたちが神殿に向かうことになっています。わたくしたち魔法騎士団でしたら転移の術が使える者がいるので、すぐに向かうことが出来るんですのよ」

 ああファンタジー。

「ただ、不思議でして。本来、印が出てから招き人が現れるのは数日猶予があるはずなのです。ですから、印を確認してから神殿に向かえば、現れるのをお待ち出来る。それなのに、既に現れた後で、姿は見えなかった。ましてや二人というのも初めてです」

 シェイラは表情を読ませない笑みを浮かべて言った。

 こっちがシェイラとマガトを観察しているように、私たちも観察されているのだ。

「招き人をお迎えするのがわたくしたちの任務ですので、判断がつけられないのは、正直困っていますの」

 交渉相手は明人であると判断したのか、シェイラはまっすぐに明人を見た。

「助けてくださいません?」

 これほどの美人からのお願いだ。たいがいの男性ならすぐに頷いただろう。でも明人は胡散臭そうな表情のまま「内容による」と返した。

「少なくても渡り人であることは確かですよね」

「ああ」

「渡り人が求めるのは、知識、金銭、身分、職。こんなところでしょうか」

「……そうだな」

 あれ? 大事なことが抜けてるよね。元の世界に帰る方法。それを気付かない明人じゃないので、故意に抜けたままにしているのだろうか。だとすれば私が言うとまずいよね。

「求めるだけ、というわけにはいきませんが、ある程度提供をいたしましょう。渡り人も希有な存在ですもの。保護の優先度は低くありません。一般的な保護よりも優遇することをお約束いたします。そのかわり、」

 シェイラは首をかしげた。

「わたくしたちと一緒に王都へ行き、上司と会ってください」

「会うだけでいいのか」

 明人の問いにシェイラはくすりと笑った。

「招き人に強制は出来ませんもの。可能性が高い方にはお願いするしかありませんわ。確実に交渉の席についていただく保証があれば十分です。もともとわたくしたちの任務はお連れすることですし」

 あとは上司がどうにかする、ってことだろうか。

「旅の間必要なものはすべてこちらで用意いたします。悪い取引ではないと思うのですが、いかがでしょう」

 シェイラの言うとおり、悪くはない。むしろすごくいい。でも、いいだけに、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。

「旅って……転移の術とやらですぐ行けるんじゃないのか? あまり妻に大変な思いをさせたくない」

 つ、妻って! あ、そういえば妻って言うって話はあった。明人の気持ちを知る前の話だから随分と昔におもえる。あの時「設定」と言ったら凹んだ理由が今なら分かる。でも当時に分かるはずがないので許してほしい。

「奥様……なのですか」

 あなたなんかが?

 被害妄想かもしれない。でも向けられた表情がそう告げている気がして、一歩引きそうになる。でもぐっとこらえた。

 明人は私を認めていると言った。私に自信を持てと言った。

 明人の気持ちを受け入れたんだから、私だって少しずつ努力していかないといけない。自分なんかと殻に閉じこもっていたら駄目だ。

「そうです」

 隣の明人が、ふっと笑った気配がした。思わず見上げると「よく出来ました」的に頭を撫でられた。

「だから二人なのかもしれませんね」

 シェイラはあっさりと言って、話題を終わらせた。

「それで、移動手段についてはどうなんだ」

 忘れるところでした。

「王都に着く前に、招き人かどうかの判断を行う必要があります。また、違った場合に必要な知識をお伝えする時間も必要でしょう。ですので、転移の術は使いません。極力不自由かけないよう配慮はいたします」

「一つ確認したいのだけど……」

 明人の邪魔になるかな? と思ったけど、気になることがあったので口を挟んだ。

「何かしら?」

 あれ? 何か引っかかった。

「どちらか一人が招き人であると判断された場合でも、私たちは一緒にいられるの?」

「それは上と話してもらうところかしら。わたくしでは判断出来ないわ」

 分かった。話し方だ。明人と私では、態度が違う。

 明人へは同格の相手として、私は目下の相手として接されている。

 このへんは慣れだ。明人の近くにいると、下にみられるのは珍しくない。

 それにシェイラは、私が目的の存在の可能性もあるからか、見下している態度はとっていない。どちらかといえば……年下に見られている、ような? そういえばシェイラって何歳なんだろう。実年齢より確実に下なのは当然として、今の私より少し上のように見えるけれど……。

 考え込む私に、シェイラは何か察したのか、ふわりと笑ってみせた。ただし目は笑っていない。


 女同士って、たまにテレパシーが通じることがある。

 会話なしで、視線だけで互いに考えていることが伝わるのだ。

 シェイラからのメッセージは簡単だ。「年齢の話はするな」

 うん、まあ、こっちとしても外見と中身が違う以上年の話は好ましくない。その提案にのろうじゃないか。

 にっこりと笑みを返すと、シェイラは満足そうに頷いた。

「……おまえら何やってんだ」

 明人のツッコミは、二人そろって無視しておいた。

 ちなみにマガトは空気と化している。シェイラが会話をしている間は口を開かない、そう決めているように見えた。きっと長年の経験がものを言っているのだろう。


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