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※ 執着2

 明人が気付いて真っ先にしたのは美弥の姿を探すことだった。

 ここは何処だとか、あれからどうなったという当たり前の疑問が浮かんだのは見知らぬ建物の傍で美弥が倒れているのを見つけた後だった。

 駆け寄ると、気絶した後に急に動いたことで軽い眩暈を感じたが、気になどしていられない。土の上に投げ出されていた明人とは違って、美弥は石畳の上で意識を失っていた。

「美弥!」

 声をかけても目が覚める気配はない。だが目立った外傷はなく、呼吸も安定しているし、表情も苦しそうではない。気絶しているというよりは眠っているという表現がしっくりくる様子に一息つけた。目を覚ますまで油断は禁物だが、ひとまず安心していいようだ。

 特大のため息をついて、明人はあたりを見渡した。

「……なんだここ」

 突き抜けるような青空の下、明人は途方に暮れた。




 人の気配も何もないのに建物だけはある。見渡す限り他の建造物がない中、ぽつりと建っている様子は疑問しか生まない。

 建物の中を確認して、安全なら移動したいところだが、未だ意識のない美弥を一人にしていくのは嫌だった。かといって安全の確保されていない段階で運び込める訳もなく。

 仕方なく建物の影になる場所へ移動するにとどめた。

 何もしていなくても日光を浴び続けるのは体力を消耗する。明人は学生時代の部活動を通じて知っていた。

 冬などの冷え込む季節ならともかく、この陽気なら日陰のほうが体に負担は少ないと判断したのだ。

「……?」

 運ぶために抱えあげた時、明人は自分と美弥の両方に違和感をもった。

 意識のない人間は重いものだ。自分の筋力と、外見から推察する美弥の体重から予想した負荷がかからない。勿論羽のように軽いとは到底言えないが。

 重力の関係だろうか。あるいは……と、明人は抱きあげたままで至近距離にある美弥の顔をまじまじと見る。長年見続けた顔だが、これだけ近くで凝視出来る機会なんてない。

「若い……よな?」

 後に顔で年齢をあててドン引きされるのだが、今は寝顔ということもあって確実に若くなっていることぐらいしか分からない。

 常に周囲を警戒するような普段と違い、瞼を閉じている今はとても無防備だ。明人はもっと眺めていたい欲求もあったが、当初の目的どおり日陰に移動させるとおろした。いわゆる『お姫様抱っこ』をしていたので、最中に美弥が目を覚ますと驚きで叫んだり暴れられたりすると危険だからだった。

 もっともその心配は杞憂で、陽がのぼり、そして傾くまで美弥が目を覚ますことはなかった。

 その間、やきもきしながら過ごす時間はとても長く感じられた。

 美弥の姿を視界にいれられる範囲で動きまわっても、たいした情報は得られなかった。

 分かったのは

  全く見覚えのない場所であること

  人の姿も気配もないこと

  建造物はあるものの、現代建築ではないこと

 この事態を引き起こすきっかけになったと思われる(それ以外考えられない)あの出来事がなければ、気がふれたと思ってしまいそうだった。



 やがて美弥が目覚めた後会話をして、例の出来ごとが記憶にないと分かった。いたずらに不安をあおるつもりもないので、思い出すまでは詳しく語らないことを明人は決めた。

 明人は、美弥が思うほど自分が褒められた人間でないことはよく分かっている。だけど、いや、だからこそ、美弥にだけは誠実であると決めている。決して嘘などつかないし、裏切らない。ただそれは全てを語るとは同義ではない。

 自分に出来る方法で守る。体だけじゃなくて心も。





------


 中学にあがると、同じ学校に通うようになった。だがクラスが同じになることもなく、またサッカー部で活躍する明人と、時間をみつけては図書館に通う美弥とでは行動が重ならず時折姿を見かける程度だった。

 己の恋情を自覚した明人はそれで満足とはいかなくても、ある程度良しとしていたのは、余裕があったからだ。

 何せまだ中学生。好きな相手とはいえ異性と四六時中一緒にいるよりも仲間と騒いでいるのが楽しいお年頃だ。それに美弥は人見知りをするので特に親しい異性がいないし、目立つタイプでもないので男子が気になる相手として名前をあげることもない。

 ライバルらしいライバルもいないし、なんというか改めて自覚すると照れのようなものがあった。

 物ごころつく前から知ってる相手だ。もし親にバレたら何を言われることやら。そう考えると、現状で満足してしまうのだった。


 そうも言っていられなくなったのは、美弥の両親の事故があったからだ。

 まだ義務教育すら終わっていない美弥の身の振り方はすんなりとは決まらなかった。当面、父方の祖父母が美弥の家に泊まり込んでいるが、ずっと続くことでないのは誰もが分かっていた。

「美弥ちゃんをうちで引き取ろうと思う」

 そう明が告げたのは、葬儀が終わった翌日だった。夕食を終えた後に瞳と明人に告げられる。瞳に驚いた素振りがないので、先に話は聞いていたのだろう。だからこの話は明人にむけられたものだった。

「最初はどちらかの祖父母にという話だったんだが、うちのほうだと県外になってしまうし、美佳子さんの方は体の悪いおじいさんがいるので難しいという話だ」

 美佳子は美弥の母親の名前だ。

「この時期に、知ってる人が殆どいないところへ行くのも大変だからねぇ」

 瞳が補足するように呟く。

「うちなら昔から付き合いもあるし、中学もかわらなくてすむだろう。ただ、お前も何か言われたりするだろうし、嫌なら今のうちに言ってくれ。勿論今すぐ返事しろとは言わない。そう時間はないが、一晩ぐらいはゆっくり考えたほうがいい」

 考えるって何をだろう、と明人はぼんやりと思った。

「うちじゃなかったら、美弥は遠くへ行く?」

「そうだ」

 嫌だ、と咄嗟に思った。



 事故の一報を受けたのは授業中だった。明人は親戚とはいえ、事故の連絡を受ける立場ではない。だが美弥のクラスと合同授業中だったため、知ることが出来たのだ。

 慌てて病院へ向かう美弥に同行を許されたのは、教師が身内がいたほうがいいだろうと判断したからだ。平日ということで一番近くにいる親戚である明人の両親が勤め先から駆け付けるにも時間がかかる。

 だが、明人はなんの力にもなれなかった。慰めの言葉をかけることも、落ち着かせることも、ましてや様々な手続きを行うことも、何一つ出来なかった。かけるべき言葉もなくただ横にいるだけしか出来なかった。どんな言葉をかけても、正しいと思えなかった。

 明人にとっても衝撃だったのだ。当時はまだ中学生。どちらの祖父母も健在で、身近な人の死に直面したことはない。少し前に笑って会話をした相手が、不意にいなくなるのは、現実味がなくて怖い。理不尽だとすら思えた。

 やがて最初にかけつけたのは瞳だった。

「瞳さん……!」

 ようやく縋れる相手がきたことで、気持ちの糸が切れた美弥は、瞳にしがみつき声をあげて泣いた。その時ようやく、自分の隣では茫然としていて涙すら見せていなかったと気付いた。

「遅くなってごめんね。明人もついててくれてありがとう」

「俺は別に……何も……」

 何も出来なかった。

 身近な人の死と、美弥と一緒にいながら何も出来なかった自分が悔しくて、手を強く握る。手のひらに爪が食い込む痛みが妙にリアルだった。



 美弥が遠くへ……県外に行けばそれだけ縁も薄れる。

 このまま、何も出来ないまま、離れてしまうのは絶対に嫌だと明人は思った。幸いというには不謹慎だが、親から引き取る話が出された。

 だから、離れなくてすむ選択肢はある。

「うちに引き取るって、どうやって?」

「そりゃあ養子にするんだよ」

 養子。ということは、兄妹になるということだ。

 それも嫌だと明人は思う。

「うちで引き取るのは賛成。だけど、養子は嫌だ」

 どういうことだと明に問われ、明人は考えをまとめるように黙りこんだ。

 告げたらもう後にはひけなくなる。数日前の明人ならその覚悟はなかったが、病院でかみしめた無力感が気持ちを固めさせた。

「俺、美弥が好きだから。いつか結婚したい」

 は? と両親が固まった。

「今家族になったら、美弥は絶対俺のことそういう対象にみてくれないから、せめて従兄妹のままでいたいんだ」

 明人なりに決意をこめた言葉は、明から「ふざけるな」と一喝された。

 こんな時に不謹慎だと激怒する父と、でも一生にかかわる話なんだから考えた結果だという明人。片方が邪な感情を持つ年頃の二人を一つ屋根の下で暮らさせるなんて出来るかと言われれば、自分からは絶対に手を出さないと反論をし……平行線の話題は、瞳が「まずは一晩落ち着いて考えなさい」ととりなすことで終わった。

 でも一晩考えたところで結果は同じだった。

 翌日の家族会議でも平行線のままだった。

「……明人がそういう気持ちなら、うちで引き取るのは諦めよう」

 と明が疲れた顔で言った時には焦った。

「あの人見知りする美弥を、一人で放り出すなんて」

「親父たちがいるだろ」

「でも年に数回会うだけじゃないか。それよりうちのほうがよく来てたし、学校も変わらないからいいはずだ」

 明もそれは分かっている。分かっているからこそ、引き取ろうと提案したのだ。

 必死に、祖父母の元へ行かせるのは美弥のためにならないと説得する。明人の気持ちさえなければそうしたい明たちなので、それには反論がない。

「それに、今の美弥から、たとえ書類上でも両親を奪うのって違うんじゃないか」

 どうすれば望む結果になるか。一晩必死に考えた説得文句がこれだった。

 反応から手ごたえを得て、明人は必死に、自分からは絶対に手を出さないと訴える。

 やがて折れたのは両親のほうだった。

「もちろん本人がどうしたいかが一番だけど」

 と前置きしたうえで、何かあれば家から放り出すと宣言され、ようやく受け入れられた。



 この時から、明人は特に意識して自分の実力をあげはじめた。

 今まではそこそこの努力である程度出来ていたのだが、それでは何かあっても美弥の力になれないと痛感したからだ。

 自分から行動は出来ないけれど何かあれば守れるだけの知識を、あるいは立場を求めた結果、美弥から距離をとられる事になったのを両親は複雑な表情で眺めていた。



話には全く影響ありませんが、二人が住んでるところは具体的には決めてないけれど、首都圏ではないですね。二人が通った高校は公立なので、そうすると「高校サッカーで全国大会に出るのが目標のチーム」が勝ち上がるに合致しなくなります。

東京や神奈川は公立より私立で力いれてる学校が多いし、千葉は二強が全国レベルだし、埼玉はそれなりに強いチームがひしめきあってるイメージ。戦力が分散してるので全国上位は難しくてもそこそこ勝ち進めそう。

同じ理由でサッカー王国静岡でもないよなぁ。

……高校サッカーはあまり見ないので、あくまでもイメージですが。そして当時じゃなくて現在の戦力分布で語ってますが。

とりあえず、どこかの地方都市ってことで。

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