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3-1

いつもありがとうございます

◇◆◇◆ 3-1.


 明人の提案で私たちはカードを「目標」「疑問/課題」「必要なもの」にわけた。必要なものは重要度の高低をつけたので、実質、四つのグループが作られたことになる。

 もちろん、私があげた分だけではなく、明人の考えも追加されている。あと、「着替え」と「ここでの衣装」のように意味が同じだったり似ているものは一つにまとめられた。

 目標は「日本に帰る」「(それまでの)生活基盤を築く」となった。(「成長」も残されたままだけど無視だ、無視。)

 疑問・課題では、目標と関連が高いものが残った。「どうすれば帰れるのか」は、日本に帰ると対だし、「言葉は通じるか」「どのような生活が可能なのか」「稼ぎ方」「どこに住人はいるか」などは、生活基盤を築くための課題だ。

 必要なものは一番意見がわかれた。

 「飲食物」「着替」「移動手段」あたりは重要度高にすんなりとカテゴライズされた。あと、明人が「貨幣」と「現地知識」を追加した。なるほど、言われてみれば大事だ。

 予想外だったのは「水周り」と「調理器具」は”必要”だけど、重要度は高くないと判断されたこと。

 でも……。

「ものすごく、重要よ」

 基本、明人の意見には頷くけれど、ここは譲れない。ものすごく、切実に、必要としているからだ。

「あるといいな系だろ。ないと死ぬとか生活出来ないものじゃ」

「人として生きていくのに、とても大事なものです」

 言葉を遮ってにっこり笑顔つきで断言すると、明人は固まった。若干腰がひけているのは気のせいじゃない。

 明人も一人暮らししているのに、どうしてこうなんだろう。男女差……ではないよねぇ。

「あのね、水周りってなんのことだと思ってる?」

「水道だろ。そりゃ水は大事だけど、それは飲食物のなかに入ってるし」

 やっぱりそうか。

「そうじゃなくて。水道もそうだけど、要するに化粧室とお風呂よ」

「……」

 明人は意表をつかれた表情で黙り込んだ。

 特に化粧室は男性以上に女には切実な問題なのだ。日本のトイレは優秀だと実感する。ふつうは海外旅行で実感するものらしいけれど、旅行は国内オンリーなので今実感した。異世界で実感とかおかしいだろうと自分でも思う。それはさておき、ウオシュレットが懐かしい。

 こっちに来てからシャワーすら浴びていないので、髪も躰もベタベタしている。下着だって洗いたい。洗いたいけど替えがないので無理だし……。

「温泉とか贅沢言わなくても、せめてシャワーぐらい浴びたいなって思わない?」

「……近くに川があるから、水浴びぐらいは出来るかなっていうかごめん」

 女は男ほど気軽に出来ません。どんな痴女だ。

 明人は途中で気づいたらしく、潔く頭をさげた。

 さすがにトイレを例に出すのははばかられたので、ここで気づいてくれて良かったです。

「ね? 人として生きるのに、とっても大事でしょ」

「ああ」

 人として、最低限の身だしなみとか清潔感は保っておきたいところだ。

 しかし何故明人は気づかないのだろう。案外、生活感ないよなぁ。どうやって暮らしているのか……。普段は清潔感抜群の好青年(まだ中年ではないはず)なのに。不思議だわ。

「あともうひとつの調理器具だけど」

 こっちが重要度低いと明人が判断するのはまだわかる。だって明人って、自炊は殆どしない。ポット、電子レンジ、トースターは使っていても、ガスコンロを使用してるところは見たことがない。その割にうちのより使い勝手がいいのが腑に落ちないのは余談だ。住む部屋の広さ快適さの違いは、即ち収入の差。

「そっちも、分かった」

「……ホントに?」

 めんどくさいから頷いておこう的な反応に見えるんですけど。別にね、それでもいいのよ。多少の認識のズレがあるのは当然なんだし。

「俺にとっては宝の持ち腐れというかただの荷物だけど、お前が持っていれば、有意義なものだよな」

「うん。この機会に覚えたら?」

「なんで? 美弥が俺のために料理してくれた方が嬉しいし、おいしいだろ」

 あれ、避けたはずの話題に戻りかけてる?

「まあ、状況に変化があった時に見直していけばいいわよね」

「…………そうだな」

 強引に話を戻すと、ため息まじりに同意された。

 気づけば降り出していたようで、雨が屋根をたたく音が聞こえた。多分少し前から降っていたのだろうけれど、気づいたのは話が一段落ついた今だった。

 この部屋に窓はないので雨が降るようすは見れないけれど、空気中には雨のにおいがしている……ような気がする。

 雨音には鎮静作用があるようで、一段落ついたこともあって二人そろって黙り込む。

 お互い、口数の多いタイプではない。いくら気心がしれてるからといってずっと会話が続くものでもなかった。

 それに、明人との間にある静寂は、苦痛じゃない。むしろ下手な会話をするよりも居心地がいい。

 ほんの少し手を伸ばせば届く場所にいる距離は、いつでも触れられる安心感があって好き。

 そんな状況で私が考えるのは明人から告げられた気持ちについてだ。


 近くにいて居心地がいいとか安心できると思っておいて勝手なのだけど、身も蓋もない表現をしてしまえば、私は明人の気持ちを持て余している。

 私なんかのどこがいいかサッパリ分からないし、どう考えても不釣り合いだと思う。でも、それが明人の気持ちを受け入れない理由にはならない。……いや、してはいけないのだと頭では分かっている。

 これまでの関係を壊す覚悟のうえで告げられた言葉なのだから、私も真剣に考えないと明人に悪い。


 でも、怖い。


 これまで二十年以上続いてきた関係がかわるのが怖い。

 今の外見はともかく、中身はアラフォーだ。

 ずっと長い間当たり前だったことが変わるのを簡単に受け入れられる精神の柔軟性なんてとっくに失っている。ましてや、自分以上に私への影響が(良くも悪くも)大きい明人とのことなのだから。

 意味はともかくとして私のなかにおける明人の割合はとても大きい。両親、明さん、瞳さん、明人で大半が占められている。一番混沌としているのは明人に対してだ。他の四人に関しては親子の情とか尊敬で色づけされている。

 でも明人に対しては。

 大切な家族だ。それは確実。だから好き。でもそれだけじゃない。近くにいると否応なしに劣等感を味あわされる。第一、ここで頷くのって、卑怯じゃない? 現状一人じゃどうしようもないのだ。明人におんぶに抱っこ状態で頼るしかないんだから、より自分が楽するために利用してるようなものじゃないか。


 どうしよう。

 どうすればいいのだろう。

 いっそ強引に命じてくれればいいのに。

 ずっと一緒にいてやるから明人のモノになれと言ってくれたら、悩まず私を明け渡せるのに。

「あまり考えすぎるなよ」

 呆れ半分、なだめ半分の声がかけられた。

 横を見ると明人は苦笑しながら私の頭を撫でる。

「というか、こっちを意識しながらため息つかないでくれ。凹むぞ」

「えーっと……そんなことしてた?」

「してた」

 断言されてしまった。

 ……うん、まぁ、それは嫌だろう。

「ごめん。完全に無意識」

 無意識レベルでため息つくのも微妙だからフォローになってないと気づいたのは、言い終わってからだった。どうしよう。

「相談ぐらいのるけど?」

 苦笑が深くなったので、明人だって気づいているだろうにスルーしてくれた上にこの言葉だ。分かってたけど、明人っていい人だよね。この際だ、甘えてしまう。

「ありがとう。あのね、どうしていいか分からなくて」

 喋りながら思考をまとめる。といっても殆どまとまらないので、思いつくままに話すしかないんだけど。

「アキのことは家族だと思ってたから。家族として好きだし尊敬してるけど、恋愛対象ではなかったのね。でも、家族とはキスしないでしょう? それなのにアキとのは全然嫌じゃなかったのよ」

 むしろ触れるだけなら自分からしたぐらいだ。

「ここに来てからのアキの言動にドキドキしてるのも事実だし」

 自制が必要なぐらいだったのだ。

「でも、それって、ただの吊り橋効果とか、状況に流されてるだけじゃないかしら。もしくは楽するために利用してるとか。アキと同じだけの気持ちも覚悟もないのって失礼だと思うし……。第一、今までと関係がかわるのは……怖いの」

 怖いと告げるのは、少し躊躇った。

「ねえ、私、どうしたらいいと思う? って、聞いてるの?」

 相づちすらないと気付いたのは今だった。明人はなぜか固まっている。

「アキ?」

「……いや、まさか本当に相談されるとは思わなかった……」

 名前を呼ぶと再起動した。そして、大きなため息。

「え、でも相談にのるって言ってくれたのは……」

「それは俺だけど。でも悩みの原因にバカ正直に言うとか普通思わないだろ」

 ……言われてみれば、そうかもしれない。

 告白したらどうしたらいいか分からないと言われたら、いくら明人だって困るだろう。

「……ごめんなさい」


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