2-7
力強い明人の言葉。
ああ、明人はそうするだろう。宣言通り、一回りもふた周りも人間的に大きくなって、より魅力的になるのだ。
私はそれを見ているだけ。
「……そうね、アキなら出来るわ」
私の心境としては『諦め』が一番近い。
全くつながりのない赤の他人ならともかく、従兄妹であるがゆえに、スペックの差を見せつけられると辛い。
なんで私は同じように出来ないんだって凹んでしまう。でも、どれだけ頑張ったところで、私が明人に追いつく事なんて出来ないと知り尽くしている諦め。
また繰り返すのか。
そう考えて、自分の思い違いに気づいた。
繰り返しじゃない。もっとキツイ。
当時は距離を置いて、みないフリをした。
でも今回は無理だ。
今朝、傍にいてとお願いしたのは私で、これまで以上にと返したのは明人だ。
明人は、私との約束を違えたことはないし、今更「やっぱりいいです」と言ったところであれだけ弱いところを見せた後だから受け入れてはくれないだろう。それに右も左も分からないこの場所で、一人で生きていけるとは思えない。
「何言ってるんだ。美弥もだよ」
ですよねー。明人ならそう言うよねぇ。
「無理」
即答すると明人は少し眉をしかめた。
「私にアキと同じようになんて、出来る訳ないでしょ」
自分で言うのも情けないけど。
「同じことをしろだなんて誰も言ってない」
明人は私の前に立った。座った私と視線をあわせるため、腰を屈める。俯いてそらそうとしても、顎をとらえられて叶わない。
……明人の視線が、怖い。
真摯で、私の弱さを、逃げを許してくれない。
「俺は俺だし、美弥は美弥だ。出来ることが違って当然だ。そうだろう?」
「えぇ……そうね」
当然のことだから頷くことが出来た。
それでも緊張で声が掠れる。
「俺のコピーなんて求めてない。俺に必要なのは、美弥だ」
このシチュエーションでこれはズルイ。
必要、だなんて。
「やめてよ。私なんてただの足手まといだわ」
「まさか。美弥をそんな風に思ったことなんて一度もない」
「アキはなくても、周りはみんな、」
「俺以外の奴のことなんか、気にするな」
思わず絶句した。
「……横暴」
睨みつけたのに、明人は小さく笑った。
「あのな。俺はずっと後悔してたんだ」
いきなり何を語り出すのか。
第一、明人に後悔だなんて言葉は似合わない。
「俺が負担になってることは知ってた。それでも、吹っ切れて欲しくて待ち続けた。待つのも限界近くて気が狂いそうにもなってた。それでも待ち続けて、こんな年になって。吹っ切れてほしいのは俺の望みで、待つのを選んだのは自分だから、誰かのせいにするつもりはないけれど、後悔してた。でも、今更待つ以外の選択肢はとれなくなってた」
誰が、何を吹っ切るのを待ち続けているのか。
明人は語らなかったけれど、この展開ではいくらなんでも分かる。
私だ。
私が、周囲の不釣り合いだという意見を吹っ切って明人の傍にいるのを選択するのを、待ち続けたのだろう。
「だから、やり直せる今は、もう待たない」
「……なんでそこまで……私なんかに……」
そんなこと望んでも頼んでもいないと突っぱねることはしたくないし、出来なかった。
嬉しくないといえば嘘になる。
……でも何故だろう。無性に逃げたくなるのは。
「好きだから。ずっと昔から、愛してる」
ここに来てからの明人の言動のおかしさが、その一言で辻褄があう。
でも、さすがに信じられるものではない。
ずっと昔って言うけれど、過去に何人も彼女いたでしょう、という話ではなくて。明人と私だなんて、一度たりとも考えたことのないことだから、思考がついていかない。
「家族としてなら、私も、アキが好きよ」
この辺りなら、理解の範疇だ。だからこういう事にしておきましょうと、言外に告げる。
「家族愛じゃない。恋愛感情としてだ」
けれど(予想通りだけど)明人はあっさりと否定した。
「すぐに受け入れられるとは考えてない。そこまでご都合主義じゃないからな」
ご都合主義といえば、この展開だ。
ある日いきなり異世界きました、若返ってました、イケメンのハイスペック従兄が一緒でした、愛してるって言われました。
……こんな小説読んだら、ご都合主義にもほどがあるでしょうと呆れる自信がある。いや小説だから、お約束展開で楽しめるかもしれない。でもあくまでも小説だったらの話で、我が身の出来事として考えると、ありえない。
「だけど、諦めるつもりは毛頭ない。全力で、美弥をおとしにかかってるから覚悟しろよ」
そんな色気だだもれな表情で宣言しないでください。しかも現在進行形とか。
何が厄介って、ここにきてからのアレやコレで、かなりぐらついてる自覚があることだ。明人は私をただの従兄妹としか思っていない、こんな気持ちは裏切りに等しいと自戒していたのに。それが出来なくなってしまった。
どうしよう。
……あれ? 別にどうもしなくていいのかしら? このまま流されても……いや、でもさすがに明人の嫁が私じゃ明さんや瞳さんに申し訳ないし……。何よりも、明人に気持ちが傾きかけているから尚更、私は明人に不釣り合いだと思う。
「話を戻していいか?」
混乱する私に、明人が声をかけた。
「あ、うん……」
混乱させたのあなたなんですけどね!
何事もなかったように隣に座られると腹がたつのは何故だろう。
「前から思ってたことだけど。美弥はもっと自分に自信もてよ」
「アキが近くにいたら無理だってば」
「その俺が認めてるのに?」
「そんな台詞初めて聞いたわよ」
「じゃあもう大丈夫だな」
そんな訳ないでしょうが。
「俺が認めてるから。必要としてるから。だから自分に自信をもつことが、ここでの成長目標な」
「何勝手に決めてるのよ」
「じゃあ他に何かあるのか?」
「ないけど!」
「腹減ってイライラしてるんだな。これでも食べとけ」
苺(と思われる果物)を口に押しつけられた。
何するのよ、と文句は言えなかった。
口を開いたタイミングだったので、つい食べてしまったからだ。……ちょっと酸っぱいけど、美味しい。多分空腹が調味料状態。……じゃなくて。
「どんな味?」
「……っ」
答えることは出来なかった。
苺を食べていたから。……ではない。明人が口づけてきたからだ。舌、はいってきてる!
「は……っ、あ、ん……っ」
ヤバイ。
明人の舌が、私の咥内を好き勝手に蹂躙する。口の中なのにこんなに気持ちいいなんて、知らない。
漏れる声が甘ったるくて、自分の声だなんて信じられない。
何も考えられなくて頭がぼうっとしてくる。
「……甘いな」
ようやく解放された時には息も絶え絶えになっていた。座っていてよかった。体に力が入らないので、立てない。立つどころか、明人に腰を支えられてないと、座っているだけでも怪しい。
「酸っぱかったわよ……」
躰の奥の疼きには全力で気づかないフリをする。
「そっか。じゃあ美弥の味だな」
唇についた果肉をなめとる仕草が艶めかしい。うっかり見ちゃったじゃないの。
「な……っ」
何恥ずかしいことを、しれっと言うのか。
信じられない。
長年の想い(が私に対する恋情というのはひとまずおいておく)を告げたことで、開き直ったらしい。清々しいまでに色気過剰のエロ魔神と化している。誰かこの男をとめてくれないものか。
っていうか私の味ってなんだろう。私は食べ物じゃない。いや違う意味で美味しくいただかれそうな勢いではあるけれど……いやいや私なんて美味しくないでしょう。もっとスタイルのいい女性ならともかく。
……いや、考えたら負けだ。何との勝負かはさっぱり分からないけれど。
うん。落ち着こう。
「それはそうと。話を戻すんでしょ。続きを確認しましょう」
「……そうくるか」
舌打ちが聞こえた気がしたけれど、スルーを決め込んだ。
私は、まだ、明人への答えを持っていない。




