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2-6

◇◆◇◆ 2-6.



 背後から足音がしたので振り返ったら、明人だった。

 いや、この場に明人でない存在が現れたらかなり驚くんだけど。

 それにしても明人とエコバッグの組み合わせって、違和感しかない……。渡した当人が思っちゃいけないんだろうけど、言ってはいないのでセーフということにしておこう。

「おかえりなさい」

「ん、ただいま」

 声をかけると、明人は表情を綻ばせた。

「いい事あったの?」

 見るからに楽しそうだったので、何かあったのかと問うと、「別に」と上機嫌で返された。じゃあなんでそんなに楽しそうなの……。これ以上は聞いても答えてくれそうもないから追求しないけど。

「ああ、でも、そこそこ収穫はあった。確認しといて。俺は手を洗ってくるから」

 エコバッグを受け取る。ずっしりとした重みが、明人の言葉が嘘でないと告げていた。

 中を見ると、朝に食べた林檎のほかには苺があった。季節感どこへ行った……。ハウス栽培でもなければ苺と林檎って収穫時期違うよね。こんなところで異世界実感とか。

「難しい顔して、どうした?」

 戻ってきた明人は首をかしげた。

「林檎と苺が同じ時期に収穫っておかしいよね」

「……そうだっけ?」

 え、気づいてなかったの?

「林檎は秋の果物だし、苺は春でしょ」

「あー……俺そういうの疎いから」

 明人の意外な弱点だ。他に私の知ってる明人の弱点は、酒に弱い、料理が出来ないぐらいだけど。

「苺はハウス栽培とかで冬でもよく出回ってるから、季節感分からなくなっても仕方ないかもね」

 クリスマスケーキに苺はお約束だし、品種によっては夏に収穫される林檎もあるしね。でも林檎と苺の季節は重ならない。少なくても日本では。

「そもそもここに四季があるのかも分からないし」

「そりゃそうだ」

「灼熱だったり酷寒じゃなかったのは幸いだと思うわ」

 この格好で過ごせる気候なのはありがたい。

 そう言うと、明人も確かにと頷いた。

「成果を見せてもらってもいいか?」

「……う、うん」

 明人は私の隣に腰掛けて、カードを手に取る。いや、カードと言っても元はメモ帳だからぺらいんだけどね。

 無言で眺められると怖いのよ! と言いたいけど言えない私は小心者だ。

「あの、本当に思いついたままというか、推敲なしのだから、その……」

 耐えきれず、明人の腕をひいた。

「そう頼んだのは俺だから、分かってるよ」

 頼んだというか、指示したじゃなかっただろうか。

「……これは?」

 示されたカードに書かれたのは『成長』だった。

「あ、それは……」

 明人の手から奪い取ろうとしたら、よけられた。

「最後のほうに書いたやつで。作ったカード分だけとにかく埋めようって……」

 見せる前に確認すればよかった。あからさまに関係ない。

「あのね、さっき小説読んでたでしょ。それがまぁ要するに主人公の成長物語で。だから、ええと」

 言い訳とも説明ともつかない言葉をつらねる。

「……間違いだから、返して」

「嫌」

 はい?

 何あっさり拒絶してくれてるの。

「アキ?」

「いいんじゃないか。これ、必要だと思うぞ」

「んな訳ないでしょ」

 冷静になって欲しい。

「他の見てると、美弥もすぐに帰れるとは考えてないだろう?」

「そりゃまあ……。一日以上経過して、何も進展ないし」

 それですぐに帰れる方法見つかりましたメデタシメデタシになると考えられるほど楽観的にはなれない。

「だったら最初から長期戦のつもりでじっくりいけばいい」

「言うのは簡単だけどね」

「ああ。俺たちはまだスタートラインにも立っていない状態だ。サッカーでいえば選手入場すらしていない」

 ……別にサッカーにたとえてくれなくていいのだけど。私にとっては明人が高校時代にやってたスポーツぐらいの認識なんだから。喩えられても正直よく分からない。

「でも試合に出る権利はある」

 権利っていうか、強制参加っていうか……。

「昔、うちの高校が全国大会いって、二回戦で三位の高校にボロ負けしたことあっただろ」

「あったわねぇ。それがどうかした?」

 今、必要な話題だろうか。脈絡が分からなくて首をかしげる。

 明人が言う試合はよく覚えている。全国大会出場が快挙になるチームと、優勝をねらうチームは違うのだと突きつけられた試合だった。ただしどちらも私からすると雲の上なのだけど。

「個人の力も、チームの力も、何もかも負けた試合で、俺も含めたみんなが、しばらく何も考えられないぐらい凹んでたんだ」

「……はあ」

「周りも手のひら返しで、キツイ事言うやつらが多くって」

「そうだったかしら?」

 一部の女子生徒が『打ちひしがれる工藤クンも素敵。慰めてあげたい』と盛り上がってた記憶ならあるのだけど。

「でも、美弥は、違ってて。あの場に立てるのは誇れることじゃないのかって言ったんだよ。目の覚める思いだった」

 ……さっぱり覚えてない。

「失望でも侮蔑でも同情でもない言葉をくれたのは……態度が変わらなかったのは美弥を含めて数人だけだった。だから、美弥のあの言葉がどれだけ嬉しかったか」

 冷や汗が背中をつたう。ヤバイ。本当に記憶にない。

 明人がその記憶を大事にしてるのが伝わってくるだけに、焦る。

「……ごめん……全く記憶にございません……」

 素直に白状する。

「アキの記憶が美化されすぎなんじゃない? それか人違い」

「サッカー部のOB会でその話題が出たことあるから間違ってないよ」

 ひー。

 私の知らないところでそんな事が。

 むしろ覚えてないことが申し訳ない。

「なんかごめん」

「それだけ本音だったってことだろ」

 明人はなんでもないことのように言って、笑った。

 本音っていうか、一試合負けただけであって、すごいことに変わりはないのになぁと思っていたんだろう。覚えてないけど。多分。

「で、話を戻すけど。今の状況は不可抗力であっても、誰でも体験できることじゃないだろ」

「……そりゃまあそうだけど……」

 よくあったら困る。

「だったら何か、得るものの一つや二つあったっていいはずだ。というか、訳も分からずこんなところに放り込まれたんだし、何も無しじゃやってられない。おあつらえむきに若返らせられたんだ。成長ぐらいしてやろうじゃないか。そうだろう?」


20150920 優勝校→三位の高校 に修正。代償の内容と違っていました。

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