君の物語を始めよう
――ファンバイユ王家が使用している屋敷。
貸し与えられた部屋で、ノウェムはライエルの側で看病をしている。
眠っているライエルは、治療魔法で傷は消えていた。
しかし、体力を消耗して魔力も少なかったのか、未だに目を覚まさないでいる。
ライエルの側で、モニカは魔力の消費を抑えるためにスリープモードになっていた。立ちながら眠っている状態のモニカは、ノウェムがライエルの看病をするのを渋っていた。
だが、ノウェム以上に治療魔法を使用出来る者がいないのも事実であり、モニカはライエルの魔力で動いている。
自分が世話を出来ない状況だったので、ライエルの回復を優先していた。
部屋にはクラーラが入ってくる。
「宿屋の荷物を回収しました。ミランダさんが言うには、監視されているようです」
アリアやエヴァも怪我をしているので休んでいる。
ノウェムはクラーラに笑顔を向けて。
「そうですか。ありがとうございます。クラーラさんも休んでおいてください」
クラーラはノウェムを見ていた。
疑っていると言うよりも、心配している。
「昨日からずっと看病していますよね? ノウェムさんも休まないと」
首を横に振るノウェムは、ライエルを見ていた。
「ライエル様がいつ起きるか分かりませんので」
クラーラは、ライエルとノウェムを交互に見てから最後にモニカに視線を向ける。
そして、セレスとの戦闘を聞いて未だに信じられない様子だった。
「モニカさんとアリアさんが負けたと聞いた時、ライエルさんの妹さんを見て、私は負けても仕方がないと思いました……ノウェムさん、あの人と戦って勝てたんですか?」
ノウェムとセレスが、まるで対等に交渉していたのをクラーラは覚えているのだろう。
セレスが警戒するほどに、ノウェムは強いのではないか?
そう思ったはずだ。
だが、実際は違う。
「いえ、私が戦っても負けていましたよ」
クラーラはモニカを見ながら言う。
「ライエルさんでも手も足も出なかった。それに、モニカさんでも傷一つ付けることが出来ない。本当にそんな人がいたんですね」
ノウェムはクラーラに説明する。
「昔はセレス様も普通の女の子でした。少し気弱で、ライエル様の影に隠れて……」
それは今から七年近く前の事だった。
(私が気付いた時には、もう手遅れでした)
止めることが出来ていたならば、などとノウェムは何度も考えた。
だが、止めることが出来なかったおかげで、ノウェムはライエルと婚約出来たのだ。
(皮肉ですね。セプテムのおかげというのは)
男爵家であるフォクスズ家は、古くからウォルト家を支えてきた家柄である。
二代前のウォルト家の当主が、フォクスズ家を男爵家に陞爵させてもその関係は続いていた。
フォクスズ家の次女であるノウェムも、ウォルト家の屋敷に何度も出向いている。
ライエルとの婚約が決まってからも、何度もウォルト家に足を運んでいた。
(先代様も気付いていましたね。だから、ライエル様にウォルト家の宝が受け継がれた……やはり、ウォルト家を受け継ぐべきはライエル様なのでしょうね)
セレスがどれだけ優秀でも、あの性格ではウォルト家を維持するなど絶対に出来ない。
それは、ウォルト家と共に生きてきたフォクスズ家にとっても、納得出来ない事であった。
「……セレスさんでしたか? 信じられませんね。神々しい感じまでしましたよ。昔からそうではなかったんですか?」
ノウェムは、クラーラに苦笑いをする。
「なんと言えば良いのか。でも……本当のことを話す時が来たのかも知れませんね。もっと後になってから告げるはずだったんですけど」
ノウェムは、そう言ってライエルの頬に手を触れるのだった。
――宝玉内。
『わしは悪くないですよ! だって、宝玉のことだってライエルが使用者となって目覚めたから理解出来たんです! 妻が持っていた段階では、ただの“黄色の玉”だとしか思いませんよ!』
七代目が、四人の責めるような視線に必死に言い訳をしている。
ノウェムの話もそうだが、セレスとの一件を考えるにどうしても七代目に不満が募っていた。
全員が、七代目の責任はないと理解はしている。
嫁が持ち込んだ財産を奪い、破壊するなど普通は許されない。
こうした状況にならなければ、逆に七代目がその事で責められただろう。
三代目はどうにもならないと分かっていても、七代目を責める。
『アグリッサの子孫でゼノア……その子が持っていた玉が、僕たちと同じような宝玉だったのを気付くのは難しい。でも、大事に保管していたなら理由を聞くべきだったね』
七代目は反論する。
『我々のように、スキルだけでなく感情や記憶まで記録されているのに気付け、とでも? こうなった責任の一端はあるとしても、予想などできません。それに、ゼノアとて一族の娘が管理しているものとしか……』
四代目が、これまでの情報をまとめる。
『七代目の妻も知らなかった、という事かな? それをセレスが起こした……どうしてセレスが宝玉を持っているのか気になるけど、それよりも建設的な話をしましょうか。もう、十分に七代目にもあたりましたから』
七代目が握り拳を作り、円卓を叩く。
『分かっていてこのような事に時間を割くとは……この鬼畜共!』
六代目が難しい表情をして発言をする。
全員がそれに耳を傾けていた。
『結果から言えば、ライエルの判断は正しかった。逃げれば追いつかれていたでしょう。最悪、逃げた場合……ライエルはノウェムたちを巻き込まないために、人の少ない場所に逃げ込んだ可能性もある』
三代目が頷きつつ。
『そうなると死んでいたね。実力が足りないとか、そういうものじゃないよね。アレはもう次元が違う。ここにいる面子でも、全盛期でどこまで戦えたか……』
この場にいる全員が、三十代前後の姿をしている。
彼らの全盛期の姿だ。
そして、そんなウォルト家の歴代当主たちの気持ちを、七代目が口にする。
『無理ですな。多少の抵抗はできますが、勝つのは無理です』
六代目が七代目の後に言う。
『そんな敵に挑んだライエルの行動は、褒められませんが……』
六代目の後に続いたのは、四代目だった。
『結果的には正しかった、と。まぁ、運はありますね。ライエルはそういった運を持っている』
五代目が。
『それでも足りない。ライエルはセレスには勝てないだろうな』
三代目も。
『勝てないだろうね……今のままでは』
全員の意見は一致していた――。
――ファンバイユの屋敷では、ノウェムがみなに囲まれていた。
セレスとの戦いから二日目の夕方である。
ライエルが回復したのか、モニカも起動していた。
怪我をしたアリアも部屋に来ており、ミランダはシャノンを連れている。
クラーラは微妙な空気にオロオロとしていた。
「……聞きたいことですか?」
みなを代表して質問したのは、ミランダである。
以前からノウェムを警戒しており、今回の一件で問い詰めることにしたのだろう。
パーティー解散も覚悟しているミランダは、ベッドの上で横になるライエルを一度だけ見た。
そして――。
「そうよ。聞かせて欲しいのは、あのライエルの妹との関係よ。それから、前から不自然に思っていたのよね。あんた、なんで私たちをライエルの側に置くの? それも勧めているわよね? 普通は逆じゃない?」
ミランダが不思議に思っているのは、ノウェムの行動だ。
ライエルを大事にしているのは理解出来るし、そして想われている。
それなのに、ノウェムはライエルのハーレムを拡大しようとすらしている。
普通なら、他者の介入などお断りする立場だろう。
ノウェムは困った表情をしていた。
そして、ゆっくりと説明する。
「……私の実家は、ライエル様の実家を支え続けてきた家になります。もう二百年以上もそういった関係が続いており、王家などよりもウォルト家に忠誠を誓っている、などと言われることもありますね」
ミランダもその話を知っていた。
ウォルト家は良くも悪くも大きくなり続けた家だ。
家臣団との繋がりが強固であり、男爵家とも古くからの付き合いで助け合ってきた珍しい家でもある。
普通、近隣とはもめ事が多いのが貴族だ。
血縁関係でもなく、利害関係でもないそんなウォルト家に従っているフォクスズ家は、貴族の中でも異色である。
その気になれば、フォクスズ家は何度もウォルト家を乗っ取る事が出来たはずだ。
まるでウォルト家を王家としているかのような存在が、フォクスズ家である。
「調べたから理解しているわ。それに、有名でもあったからすぐに知ることができた。それで、どうしてセレスではなく、ライエルに付き従っているの?」
ミランダはノウェムを警戒し、腰には短剣を装備している。
(ライエルでも勝てないセレスが、ノウェムには警戒していた……実力を隠しているとは思ったけど、そこまでとは思えない。どういうことかしらね)
自分の目を信じるなら、ノウェムは実力を隠している。
しかし、セレスほどの化け物かと言われると、ミランダにはそうとは思えなかった。
「……元婚約者、という答えでは納得しないのでしょうね」
ノウェムは全てを話すつもりなのか、姿勢を正す。
「みなさんも見たとおりです。今のセレス様は異常です。それも、周囲すら自分の思うとおりにしてしまう。かつてのアグリッサのように」
クラーラが、理解していない面子に説明する。
主にアリアを見ていた。
「三百年以上前に傾国の美女、魔女などと恐れられた王妃です。その美しさで周囲を魅了し、バンセイムの前にあった国を崩壊させた人物です」
アリアは、視線を泳がせながら。
「そ、そう言えば聞いたことがあるような……」
ミランダは額に手を当てながら。
(絶対に知らなかったわね)
呆れつつも、ノウェムの説明を聞く。
「……ライエル様も、セレス様もその方の血を引いております」
モニカを除いた全員が驚いている。
呆れながら、モニカは言う。
「血縁者ぐらいいるでしょうに。何を驚くんですか? 魔法を使う血は尊いと、残してきたのが貴族と聞いていますよ」
アリアは、モニカに言い返した。
「極悪人の血縁者なんて、根絶やしにされるわよ! 生き残って辺境で名を上げたのがウォルト家、ってこと!」
ノウェムは首を横に振る。
「先代の妻に迎えたお方が、アグリッサの血を引いておいでだったのです。ついでに言えば、当時の反乱を主導した家の娘ですね。侯爵家の方でした」
シャノンがアワアワと口をパクパクさせていた。
ミランダはここまで来ると、本当にセレスがそのアグリッサの生まれ変わりでないかと思えてくる。
それだけ、今のセントラルは異常だった。
「セレスがそのアグリッサの生まれ変わりなのかしら? 血縁者だから、そうなったとでも言いたいの?」
ノウェムはそれも否定する。
「関係ありません。問題はセレス様の持っていた黄色の玉にあります」
全員の視線が、ライエルの近くにおかれている青い玉に向いた。アリアだけは、自分の赤い玉を見ている。
「あの玉を持った時から、セレス様は変わられました。私は、それに気が付きセレス様と交渉したのです。ライエル様には手を出さないように、と」
クラーラが、ノウェムに言う。
「よく交渉出来ましたね?」
「……その時はまだ力が弱かったのだと思いますよ」
(何か隠しているわね)
ミランダは直感でそう思ったが、ノウェムは次の話をする。
「私はそれからライエル様を見守っていました。そして、ウォルト家を追い出されたと知るとすぐについて行くことに……ライエル様が、ハーレムを望んでいないのも知っています。バンセイムから逃げ出したいと思っているのも知っています」
それならどうして――。
そう言おうとしたミランダに、ノウェムはみなに謝罪する。
「申し訳なかったと思っています。ですが、もしもセレス様を止められる人がいるとすれば……それはライエル様であると、私は考えました」
つまり、ノウェムは――。
「だから、いつか立ち上がるかも知れないライエル様のために、セレス様に抵抗出来る女性を優先して集める事にしました。男性では異性であるセレス様に、簡単に魅了されてしまいますから」
――自分たちを、ライエルがセレスと戦うための駒にしようと集めていたのである。
それを知って、アリアが部屋を出て行く。
クラーラは、そんなアリアを追って部屋を出て行った。
ミランダも、シャノンを連れて部屋を出て行く。
その様子を、ノウェムは黙ってみていた。
「行くわよ、シャノン」
「え、でも……」
シャノンがライエルを見ていたが、ミランダは無理矢理部屋の外へと連れ出した。
外に出ると、廊下の曲がり角で薄いピンク色の髪をした女性が慌てて逃げていくのが確認できたが、黙っていることにする――。
目を覚ますと、そこは宝玉内だった。
「……ここにいると言うことは、生きていると思って良いんですよね?」
周囲では円卓を囲んで椅子に座るご先祖様たちの姿があり、俺は今がどういう状況なのかを知るために聞こうとするのだが――。
『ライエル』
三代目が真剣な声で、俺を見ていた。
周囲も普段の態度とは違って真剣そのものだ。
俺は返事をした。
「はい?」
『色々と聞きたいこともあるだろうし、ライエルも言いたいことがあるだろう。けど、僕たちの結論から言わせて貰う』
全員の意見をまとめていたのか、俺はご先祖様たちの意見を聞くことにした。
三代目が告げた。
『一刻も早くバンセイムから逃げ出して貰うよ。もう、二度とセレスとは関わっては駄目だ。ウォルト家とも、ね』
俺はその言葉に息を呑む。
四代目、そして六代目に七代目は、俺に領地をついで欲しいという事を言っていた。
三代目や五代目は、俺次第だと言っていた。
そんな五人が、今は領地など関係なくただ逃げろ、と言うのである。
四代目が続ける。
『出来るだけ遠くが良いね。海を越えるのもいいだろう。そこでついてきてくれる面子と、静かに暮らすといいよ。大丈夫、開拓して領主になるなら俺たちが助言出来る。三代目はそういった事も得意だし、俺は色々と金の稼ぎ方を教えよう』
五代目は。
『試行錯誤の期間が減る分、十年から二十年で安定した地盤が作れるぞ。ま、場所にもよるんだろうが、下手な場所は避ければいいからな』
六代目も頷いている。
『遠い異国の地で、ウォルト家を再び立ち上げる。男として、これぐらいやってみろ』
七代目は。
『その国の方針ややり方もあるだろうが、再び領主になる事も不可能ではあるまい。実力を付けるために、名のある傭兵団を組織して仕官してもいいのでないか? わしらのスキルを使用すれば、すぐに有名になれるぞ。お前の代で男爵とて夢ではない!』
笑顔で励ましてくれる七代目をきっかけに、周囲は俺の今後の話で盛り上がっている。
三代目は。
『迷宮を五つくらい攻略すれば、冒険者としては一流じゃないかな? 十は攻略して、どこか安定している国で領地でも貰おうよ』
四代目が。
『少し周囲とギスギスしている国が良くないですか? 武力を欲しがっていますから、ライエルなら好条件で貴族になれる可能性がありますよ』
五代目は。
『戦争ばかりも嫌になるぞ。むしろ、内政手腕が問われるところで良くないか? ある程度の規模なら助言も出来るからな』
六代目が。
『そういうところは生え抜きが大事にされますし、ここはある程度は戦のある国を……』
七代目が。
『わしらの力で勝利に貢献できて、手頃な国があるといいのですがね。人手不足で内政屋が少なければ、そのまま上に頼りにされます。適度に勝利に貢献し、適度にその後は内政で活躍する……なに、これだけの面子がいれば、十分に可能ですよ』
俺は笑い合うご先祖様たちを前にして、俯いて謝罪する。
「すみません……それはできません」
すると、周囲が静かになった。先程までの和気あいあいとした雰囲気は微塵もなく、全員が真剣な表情で俺を見ている。
三代目が、口を開いた。
『それはどういう意味かな? まさか、セレスと戦うとか言わないよね?』
「戦います。俺は、セレスと戦います」
三代目を真っ直ぐ見る。
しかし、ご先祖様たちは反対のようだ。
三代目が俺の説得に入る。
『ライエルはウォルト家を追い出されたんだよ。むしろ、これは幸運と言っていいだろうね。それに、話の流れからすれば、今度はウォルト家だけじゃない。国が……バンセイムが相手という事になる』
四代目が、眼鏡を人差し指で位置を正した。眼鏡が光ると、俺の現状を説明する。
『スキルが人より多く使えても、ライエルには人手が足りない。それも国家規模で、だよ。ノウェム、アリア、ミランダ、シャノン、クラーラ、モニカ……これだけでバンセイムに勝てると思っているのかな? 個人や少数では国に勝てないよ』
俺は首を横に振る。
「勝てません。理解しているつもりです」
五代目が言う。
『ライエル、そういうのは戦うとは言わないんだ。ただの自殺行為だ。セレスに大事なものを貶されたから復讐か? ハッキリ言うぞ、お前の選択は間違っている。誰もが笑うぞ、馬鹿な奴だ、ってな!』
俺は、それでも首を横に振る。
「それでも、俺はセレスと戦います。分かったんです。このままだと、セレスは止まりません。何千、何万、もしかしたら何百万と人が死にます」
六代目が、俺の意見を訂正する。
『違うな。何千万単位だ。アレはそれくらいやる。そして、セレスには時間もある。それだけの犠牲は出るだろうな』
俺はそれを聞いて顔を上げる。
宝玉内の天井など、今まで見たことがなかった。
天井も円卓と同じで中央に青い大きな丸い石が埋め込まれていた。天井は高く、その周りには二十三個の青く小さな宝石が周りに配置されている。
スキルの数なのだろう。
二つしかない部分は、きっと俺のスキルである。
「俺は、セレスに復讐したい気持ちも、両親に認められたいという気持ちもあります。でも、それ以上に……このまま放置すれば、沢山の命があいつの気分次第で……」
七代目が、俺の意見を普段とは違って冷淡に切り捨てる。
『勘違いするな。規模が大きくなるだけで、セレスが行なわなくとも戦争は起きる、そして現にどこかで起きている。非道な行いは各地で起きている。それがセレスによって引き起こされたか、されないか、そして規模の違いだけだ』
四代目が、俺を呆れたように見ている。
『綺麗事もいいよ。だけどさ、それは周囲の大事な人を守れるようになってから言いなよ。スキルが使えて、多少は人より優秀なだけなんだよ。ノウェムちゃんたちに守られたライエルが、他の人を守れるのかな?』
俺は全員の言葉を聞いたが、それでもセレスは自分でどうにかしなければならない。そう思った。
現実の見えていない子供の考えというのは、理解していた。
それでも――。
「ここで俺が逃げ出せば、ウォルト家は未来永劫悪として語り継がれます」
三代目は鼻で笑った。
『だから何? 結構だよ。僕たちがセレスを止めてくれと頼んだかな? ハッキリ言えば、ライエルが生き残れば血は繋がる。それで十分だけどね』
「積み重ねてきたものが、全部……駄目になります!」
四代目は、淡々と。
『過去にこだわりすぎだね。良いじゃないか。一から始めれば。初代もこだわっていなかったよね? 過去よりも現在。未来よりも現在に生きないとね』
「全部放置しろ、と? これから罪もなく、セレスに殺される人を見捨てて、俺には幸せな暮らしを送れと? 俺はそこまで図太くないんですよ!」
五代目は。
『何を偉そうに。誰がお前に責任を持てといった? 責任っていうのはな、権利を得た奴が持つんだよ。つまりだ……今のウォルト家の当主とバンセイムの王が持つべきで、お前が背負う権利はないんだよ。自惚れ、って言葉を知っているか?』
「俺が領地を継ぐことを希望したのは、ご先祖様たちです。今更方向転換ですか?」
六代目が俺を睨み付ける。
『そうだ。アレは危険すぎる。正しい判断だろう? ライエルでは勝てないと、この場の全員が判断した』
「……正しい判断、ってなんですか? 俺の考えは間違っていますか? セレスを止めるのが、そんなにいけないことですか!」
叫ぶような俺に、七代目が言う。
『正しいな。正しすぎて反吐が出る。では、お前の自由にしろ。今後は一切の助言も協力もしない。死にたがりに構うほど、わしらもお人好しではないからな』
領主として生きてきた歴代の当主たちは、それぞれがそれぞれのやり方で領地を守り、発展させてきた。
綺麗事ばかりでは生きていけないと、俺などより十分に理解しているはずだ。
「……俺は世間知らずです」
三代目が頷く。
『そうだね。ついでに馬鹿だ』
「セレスにも勝てなかった」
『勝てる人間が本当にいるのか疑問だけどね』
「ノウェムがいなかったら、ここまで来られなかった」
『そのノウェムちゃんも、色々と裏では考えていたようだよ? 未だに信じているのかな? もしかしたら、セレスと繋がりがあったかも知れないよ。いや、こうしている間にも、セレスにライエルの近況を報告して楽しんでいたかも知れないね』
「……黙れ」
『なんだって? 僕たちに何を言ったのかな?』
脅すような低い声は、飄々とした三代目が王を殴り飛ばした時のような怒気を孕んでいた。
背筋に嫌な汗が流れるのを感じたが――。
【負けんなよ】
【頑張れよ】
――初代と二代目の言葉を思い出す。
(スキルがなんだ、弱いからなんだ? そんなの知ってんだよ! でも、ここで立ち上がらなかったら、俺は一生セレスの影に怯えて生きるのか? あの人たちに認めて貰ったのに、俺はそんな人生を送れと……ふざけんじゃねーよ!)
「……ふざけんな」
『あ?』
三代目や周囲にいる歴代当主が、俺が震え上がるような視線をぶつけてくる。
俺などよりも修羅場をくぐり、そして決断してきた猛者たちだ。
十五歳――もうすぐ十六歳になる俺のようなガキなど、歴代当主からすれば世間知らずのガキでしかないのだろう。
分かっている。
分かっているが。
「ふざけんなって言ったんだよ! 知るかよ! 手を貸さない? 助言もしない? スキルも駄目? 好きにしろよ! もう初代と二代目のスキルは俺のものだ! 俺の応用スキル【コネクション】も発現した! 助けない? だったらなんだよ! 俺が決めて、俺が実行するんだ! 宝玉の中で見ていろ、俺は必ずやり遂げる……反対されようが、拒絶されようが、もう決めたんだ。俺は、セレスと戦う!」
俺の言葉を聞いて、三代目が頭をかく。
そして、四代目は眼鏡を外してレンズを磨き始めた。
五代目は天井を見て額に手を当てている。
六代目は深い溜息を吐いていた。
七代目は、目元を指で押さえている。
全員を代表し、三代目が立ち上がると拍手をする。
『合格だ。もっとも、これからの行動全てはライエルの責任になる。僕たちも助言はしよう。今まで以上に協力もする』
「……どういう事ですか?」
眼鏡をかけ直した四代目が、静かに説明する。
『そう怒るなよ。少し試しただけなんだ。それにね、俺たちに不安がないわけじゃない。国との戦争なんて経験ないんだよ。しかも今のバンセイムは大国だ』
三代目が、俺を見ながら笑う。
『ここからは僕たちが経験した事がない領域だ。敵は散々大きくしてやったウォルト家にバンセイム王国……それに引き替え、ライエルは少しのお金と仲間は十名にも満たない。ここから戦えるようにするだけでも正攻法で何十年とかかるんだよ』
五代目が言う。
『そんな時間はかけられない。本当に……死んだ後も大きな悩みが次から次に出てくる。だが、それでいい。お前もウォルト家の男だよ』
六代目が笑う。
『そうだな! ライエル、お前は歴代当主たちが経験した事のない戦いをする事になる。楽しいぞ! 敵は強敵、セレスは怪物……挑むだけでも大変だ!』
七代目が、少しだけ涙目だった。
『わしも力を貸そう。セレスを止められる者がいるとすれば、それはきっとお前だろう。他の者に譲るな。ウォルト家が……いや、お前の手でセレスを止めてやりなさい』
俺がポカーンとしていると、歴代当主が立ち上がる。
俺を見ながら、三代目が両手を大きく広げた。
『さぁ、ここから僕たちの――いや、ライエルの戦いを始めよう。ウォルト家でも僕たちでもない、君自身の物語を始める時が来た』




