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セブンス  作者: 三嶋 与夢
お金大好きで恐妻家な四代目
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シャノン・サークライ

 ――朝。


 シャノンは眠いのを我慢して上半身を起こす。


 以前は遅くまで眠っていても、優しかった姉が起こしてくれた。食事も用意され、シャノンが食べやすいように調理されていたのだ。


 そうして姉が学園に向かうと、後は一人でノンビリと過ごす。


 昼の用意もされているので、お腹が空けばそれを食べれば良かった。


 夜になれば、また姉が世話をしてくれる。


 何度か使用人がいた事もあったが、シャノンの瞳――魔眼の能力を試していたら、逃げ出してしまった。


 いや、追い出したのである。


 そんなシャノンの新しい日常は――。


「おぅ……もう起きないと」


 ベッドから出たくないのに、朝早くから起床するのは怖い先生がいるからだ。


 着替えて台所に向かう。


 目の見えないシャノンだが、他の感覚が鋭くなっていた。


 同時に、目が見えないという点をスキルが補っているのである。


 そうした特殊なスキルを持つシャノンは、人の気持ちを魔力の揺らぎなどで判断していた。


 魔眼はシャノンに、人の目には見えない魔力の流れを見せている。


 それに触れ、操る術を身に付けたシャノン……しかし。


「遅いですよ、シャノンちゃん」


 台所に向かうと、既に料理の準備をしている女性がいた。


 ノウェムだ。


「す、すみません」


 寝起きの気分はかなり最悪である。なのに、無理をして起きても遅かったと言われる。


 今までの生活が嘘のような環境は、こうして台所から始まるのだ。


「顔を洗ってきてください。それが終わったらお皿を出して。あとは……いえ、その前にライエル様とポヨポヨさんの様子を見てきてくださいね」


 少し前まで、台所はノウェムとポヨポヨが動き回る光景が普通だった。しかし、今のポヨポヨはライエルと共に屋敷の倉庫で寝泊まりをしている。


 朝から金属を削り、溶かすような事を繰り返していた。


 時折、激しく口論をしているのも耳にしている。


「あいつら……寝ているわよ」


 シャノンは瞳の能力を使い、ライエルとポヨポヨの状態を見る。台所からでも調べることが出来るのは、瞳の能力が高いからだろう。


 好きな情報だけを選び、そして見ることが出来た。


 すると、ノウェムが言う。


 普段からまったく揺るがないノウェムの魔力は、よく見ればとても高密度であった。普通に見ていると気が付かないが、明らかに異常である。


 シャノンは、それまでそのような人間を見たことがなかった。


「なら、二人を起こしてきてください。手や顔も洗うように伝えてくださいね」


 ノウェムは調理を続ける。


 シャノンにとって、勝てないと思わせた人間は三人だ。


 一人は姉であるミランダ。


 もう一人はノウェム。


 そして、最後の一人はパーティーで出会ったセレスだ。


 そんな逆らえない三人の一人に命令されれば、今のシャノンは従うしかない。


「……分かったわよ」


 台所から出て庭に出るドアを目指し、シャノンはそこから外に出た。


 朝日を眩しいとは感じないが、それでも天気が良いのは理解できた。


 人と見ているものが違うといっても、シャノンの目は映像で見るよりも多くの情報を見ることができる。


 倉庫へと向かうと、そこにはガラクタがそこら中に転がっていた。


 ライエルは木箱を横に並べ、その上に横になっている。


 毛布をかぶっているが、はだけていた。


 ポヨポヨは『すりーぷもーど』という状態で、立ったまま目を閉じていた。二人とも、黒い煤のようなもので汚れている。


 シャノンは倉庫内に置かれた、大きな箱を見るのだった。


 四本足。


 それに車輪が近くに転がっている。馬車を作っているのかと思っていたが、見ている限りでは違う様だ。


「何よ、このガラクタ……こんな物を何日もかけて作っているの?」


 冒険者であるはずのライエルは、今では図書館や学園に通っては戻ってきてはポヨポヨと何かを作っていた。


 図書館へはクラーラに会いに。


 学園へはダミアンの研究室に。


 小さい頃に遊んだ記憶のあるアリアは、朝からどこかに出かけて指導を受けていた。


 姉であるミランダも、学園を卒業してからは、私塾に通って冒険者が身に付けるトラップ関係の技能を得るために私塾へと通っていた。


 ノウェムは、必要なさそうなのに魔法の訓練をしている。


 三人とも、自分を磨くために動いている。


 そんな中でライエルだけは――。


「や、やめろ……ベストライエルはそれじゃない……」


(……ベストライエル、って何よ? こいつ、ナルシストなんじゃない)


 夢の中でうなされているようだった。


 胸元が開き、そこから青い宝石が見える。


(六つの光が見える。ライエルの中にも別の光が見える)


 アリアの玉と同じとは思えない、ライエルの青い玉――。


 そこには六つの光が見えた。


 一つはライエルの中で光っており、なじんでいる様子だった。


「……や、やめて……もう、しないから」


 うなされているライエルの鼻をつまむシャノン。


 すると、ライエルが苦しそうにもがきだして飛び起きる。


「俺のせいじゃない!」


 そんな事を言って飛び起きたライエルは、ゼーハーと言いながら呼吸をしている。


 周囲を見渡すと何故か凄く安心した様子だった。


 すると、青い玉の中でいくつかの光が動き始める。


 ライエルが額を手で押さえ、シャノンを見てきた。


「……なんで普通に起こさない」


「え? 最初は声をかけて起こそうとしたわよ」


 平気で嘘を言うシャノンに対し、いつの間にか起きていたポヨポヨが言う。


「嘘ですね。私とチキン野郎の愛の結晶をガラクタ呼ばわりしていました。ついでに声なんかかけていません」


 キリッ、とした表情で言うポヨポヨだが、鼻の辺りが黒くなっている。


「……あんたたち、顔と手を洗ってきなさいよ。ノウェムが待っているわよ」


 すると、ライエルは言う。


「朝食か? 今日は何かな」


 起き上がって倉庫を後にするライエルは、朝食のメニューが気になるようだ。


 対してポヨポヨは――。


「あの女狐! 私の聖域を汚すなどと!! チキン野郎、朝食は私が――」


「いや、ノウェムの朝食を食うよ。というか、オートマトンが寝坊とか……あの三体を見習えよ」


 三体とは、ダミアンのところでメイドをしているオートマトンたちの事である。


 シャノンもそれは聞いていたのだが、ポヨポヨが過剰に反応する。


「特別機であるこの私を量産機と比べないでください! 聞いていますか? ちゃんと聞いてくれないと泣きますよ! ウザいくらいに泣きますよ!」


「……もう、十分にウザいです」


 笑顔でウザいというライエルに、ポヨポヨは「その笑顔が憎い!」などと言って興奮している様子だった。


(古代人は何を考えてこんなオートマトンを作ったのかしら)


 ライエルと細い糸で繋がっているポヨポヨは、ライエルの魔力が体に流れていた。その流れは、明らかに人とは違っている。


 いや、似てはいたが、明確に違いがあった。


 屋敷へと向かう二人は、口では罵りあいながらも仲は良さそうである。


 シャノンは倉庫の扉を閉めると、体を今まであまり動かしていないので重く感じるのだった。


 そうして屋敷に入ろうとすると、アリアが玄関から飛び出していた。


「ヤバい。怒られる! 遅刻はライラさんの拳骨がー!!」


 パンにハムやら野菜を挟んだサンドイッチをくわえて、アリアは髪を手櫛で整えて服装や装備を確認して飛び出していった。


 最近では擦り傷や打ち身が多くなり、風呂に入るとまるでオッサンのように「あ~、体にしみる~」などと声を出していた。


 屋敷に来た当初よりも、男性化が進んでいる様子だった。


 なのに、ライエルの前では猫をかぶっている。


 それが知られているのを聞けば、きっと本人は顔を赤くして戸惑うだろう。


 以前は武門の家に生まれたことを理由に、槍を振り回すお転婆な少女といった感じだった。


 しかし、今は女戦士という印象が強い。


 ここしばらくで、だいぶその傾向が強くなっている。指導を受け、自分を磨いているのだろうが、女として何かを失わないかシャノンなりに心配をしていた。


(居間のソファーに下着姿で寝ているの、ライエルに見られたのを教えるべきかしら? というか、どこに向かっているの?)


 段々と道を踏み外しているように見えるアリアに対し、今度は準備を済ませたミランダが玄関から出てくる。


「あら、シャノン。まだそんなところにいたの? ノウェムのお手伝いから逃げたと思ったら、そんなとことにいたんだ」


 ニヤニヤとしている姉を見る。


 学園の制服を着ていない。スカートに上着を羽織ったラフな恰好だ。


 鞄を持っているが、中にはトラップ関係に使用する道具が入っている。


 以前は優しく母のようだったのに、今では黒い部分が出てきてシャノンに厳しくなっていた。


 ただ、今はそれよりも――。


「……わ、忘れてた!」


 ノウェムにライエルたちを呼ぶように言われていたのだが、そのまま庭でゆっくりしてしまっていた。


 すぐに屋敷へと入ると、ミランダが言う。


「今日も頑張るのよ! お昼過ぎには戻るから」


 そう言われても、今のシャノンには台所で待っているノウェムの方が最優先だ。


 台所に戻ると、ノウェムはポヨポヨをスルーしながら、ライエルの朝食の準備を終えて食べている姿を見ている。


「この女狐! その役目は私の物です!」


「美味しいですか、ライエル様」


「美味しいよ」


 ほのぼのとしているのに、ノウェムはシャノンに気が付くと笑みを向けてきた。


 感情の乱れはない。むしろ、ライエルと話している時よりも穏やかだ。穏やかすぎて、逆に恐ろしい。


 乱れがないのである。普通、人は――オートマトンのポヨポヨですら、乱れが発生する。なのに、ノウェムはそれがない。


 気が付いた時、シャノンはそれが凄く恐ろしかった。


 本能的に危険と感じたのである。


「シャノンちゃん」


「は、はい!」


「先に顔と手を洗ってきなさい。朝食を食べたら、後片付けから始めますよ」


 怒ってはいない。


 だが、シャノンにはそれが恐ろしかった。


 そんな時だ。


「あ、今日はダミアンのところに寄るけど、そのまま図書館にも行くからお昼はいいや。外で食べるよ。ポヨポヨは……」


「むろん、チキン野郎のお供ですよ。あの眼鏡の女がチキン野郎の貞操に手を出さないように見張らないと」


 ライエルがポヨポヨを見た後に、ノウェムに顔を向けて言う。


「今日はダミアンに連れてくるように言われてないし、置いていくからこき使っていいよ」


「ご主人様あぁぁぁ! でも、命令には逆らえない!」


 元気なポヨポヨは、嬉しいのか悲しいのか読み取れない魔力の揺らぎをしていた。


 ライエルは普通だ。微妙に揺らぎがある。


 そして、ノウェムも本当に少しだけ揺らいでいた。


「分かりました。夕飯の希望はありますか?」


 ライエルが夕飯について悩み始めると、またしても青い玉の光が動き始める。まるで、ライエルに語りかけているようだ。


 それをライエルも聞いている気がする。


(あの玉、なんなのかしら?)


 アリアの赤い玉は、こんな現象を起こしていない。四つの光は見えたが、静かに存在しているだけだった。


 自己主張などしていない。


 ライエルの青い玉は、まるで騒がしい感じがする――。






 ――お昼。


 台所を死守したポヨポヨが用意したお昼を、ノウェムと二人でシャノンは食べていた。


 今日も疲れた。


 掃除、洗濯、そして買い物――。


 これなら嫌でも使用人を屋敷において置くべきだったと、今更ながらにシャノンは後悔する。


「シャノンちゃん、食べ方が下品ですよ」


「いいじゃない。私、目が見えないのよ」


 すると、ノウェムがシャノンを見つめる。


「ヒッ! ちゃんとするわよ! すれば良いんでしょ!」


「そうです。やれば出来るんですから、ちゃんとしないと」


 今では逆らう事もできない。


 以前は相手の魔力を触れて乱すという事が出来たのに、ノウェムに触れて恐怖を覚えてから怖くて出来なくなった。


 精神的にやる気が――触れるのが嫌になっていた。


「ちゃんと食べてください。チキン野郎のために作れないけど、命令なら心を込めて作りますよ、この野郎」


 ポヨポヨが作った食事は美味しかった。


 とてもオートマトンが作ったものとは思えない。


 普通の人間――一般女性でも、ここまで作れるのか怪しいレベルである。


 ただ、口は凄く悪い。


 シャノンは聞いてみる。


「それ、心が絶対にこもってないわよね? あんた、そんなにライエルが大事なの」


 すると――。


「ば、馬鹿じゃないの。あいつの事なんか、好きじゃないわ。ただ、頑張っている姿が眩しいとか、無邪気に寝ているところが可愛いとか……とにかく、そんなんじゃないの!」


 いきなり演劇の台詞でも言うような感じで、演技し始めたオートマトンを見てシャノンは壊れたのではないかと驚いた。


 ただし、ノウェムは普通だ。何も言わない。


 ポヨポヨは言い終わると、スッキリした顔で言う。


「ふっ、最近は言ってみたかった台詞集を順調に消化していますね。この分だと、ラストシーンはハッピーエンド間違いなしです。どんな台詞を言ってやりましょう」


 シャノンは思った。


(こいつ面倒臭い……やっぱり、古代人はどこかおかしかったのね)


 悦に浸っているオートマトンを放置して、シャノンは食事を再開することにした――。





 ――夜。


 全てが終わって後は眠るだけになると、シャノンはベッドに入って口を開く。


「はぁ、疲れた……」


 今まで使用人やミランダに頼り切っていたので、慣れないこの生活がとても辛く感じている。


 初日から二日目は筋肉痛が酷く、とても大変だったのだ。


 今まで目の見えない儚そうな少女を演じてきたのに、筋肉痛でベッドの上でうめき声をあげてしまった。


 ミランダがそれを見て、笑っていたのが腹立たしい。


 しかし、今までやってきた事を全て許して貰った手前、逆らえないのである。


 日増しにトラップ関係の技術を習得し、まるで天性の才ではないかと思うようなスピードで上達を見せている。


 そんな姉に逆らえば、どんな目に遭わされるか……怖くて逆らえなかった。


「というか、あいつのどこがいいのかしら?」


 毎日のように疑問に思うのだ。


 ライエルのどこが良いのか? と。


 顔の善し悪しだけでミランダが相手を選ぶとは思えなかった。


 冒険者として優れているのも分かる。何しろ、最低でもスキルを八つは持っているのだ。


 それに、アリアもライエルの前では猫をかぶる。バレバレだが。


 ポヨポヨなど隠そうともしていない。


 そして、ノウェムだ。


 あのノウェムが、ライエルだけには魔力の揺らぎを見せるのである。


「……どこか良いところがあるのかしら?」


 最近になって、そればかり考える自分がいた。


 このままでは、姉がライエルに看過されどんどん取り返しがつかなくなるレベルまで強くなりそうだったのだ。


 それを止めようとするのだが、手段が思いつかない。


「見てなさい。今に仕返ししてやるんだから、ライエル!」


 そう言って、寝付くまでライエルの事を考えるシャノンだった――。


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[良い点] 神回 [一言] 読ませて戴き、ありがとうございました。
2022/06/11 23:47 退会済み
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