第三章エピローグ
「もう止めろぉぉぉ!! 止めてくれぇぇぇ!!」
宝玉内の会議室、そこで俺は床にふさぎ込んで両耳を押さえている。
叫びながら懇願しても、終わることがない俺への仕打ち。
そこには六人の悪党がいた。
いや、五人だ。
五代目は呆れた様子で、他の五人を見ている。
『やっぱりさ、一番は『眠り姫にキッス!』だと思うんだよ』
三代目が、黒板の前に立って今回の成長で面白かった行動を選んでいる。
書き出されたいくつもの行動の中から、今回の最優秀賞を決めるために二代目から七代目が熱い議論を交していた。
四代目が、その意見に同意する。
『そうですね。ファーストキスをオートマトンにくれてやった今回のライエルの行動は、どう考えてもブッチギリですね』
二代目は反対意見を述べる。
『ノウェムちゃんへの愛している発言も捨てがたいな。あの微妙な表情でライエルをスルーするノウェムちゃん……良いと思わないか?』
六代目が言う。
『俺としては塀を跳び越えてスライディングからの虫に手を噛まれる、までもなかなかかと』
三代目があの時の俺を思い出して笑い出す。
『今回は大豊作だよ。何が同じ失敗はしない、だって? もう、これからは『ベストライエル賞』とか毎回決めようか』
七代目が俺を見て言う。
『ライエル、ここまで“成長”で笑わせてくれる逸材はなかなかいないぞ』
慰めているつもりだろうが、まったく慰められていない。
俺が思うに、こいつら絶対に楽しんで黙っていたのだ。
どうして俺は、あんな行動を連発してしまったのか……考えても答えが出せなかった。
「もう嫌だ。今度は絶対に外に出ないぞ。絶対にだ!」
そう言うと、呆れた五代目が言う。
『笑われる程度で大げさだな。それより本題に入らないか?』
すると、三代目が五代目を止める。
『待ってくれ! ベストライエル賞を決めるまで、もう少しで良いから!』
四代目も眼鏡を光らせながら言ってくる。
こいつら嫌いだ。
『最後のシャノンを食べちゃいたい発言も捨てがたいですね。ま、これは五代目と六代目が気にしすぎていたという事もありましたけど』
四代目の視線が、五代目と六代目を見る。
すると、五代目は平然とし、六代目は腕組みをしてばつが悪そうだった。
ミランダさんの方も、戻ってきてから変化はない。
シャノンのことに関しては、自分に任せて欲しいと言ってきた。
姉妹で熱く語り合いたいという事で、任せる事にした。
俺としても、目を潰すなどという行動に出なくていいのなら問題などない。
「食べたいとかそんなつもりじゃ……」
俺が抵抗すると、二代目と三代目が――。
『へぇ、ならどんな気持ちだったんだ?』
『教えて欲しいよね、その時の気持ちを』
『『さぁ、言ってごらん、ライエル!!』』
「お前ら最低だよ! 気が付いていたら止めろよ! というか、止めてよ、お爺さま! いや、爺!!」
七代目を見ると、口元を押さえてテーブルをバンバン叩いていた。
何かツボに入ったのだろうが、見ていてイライラしてくる。
しかし、俺自身も今回の行動は自分が起こした結果なので、言うに言えない。
溜息を吐いた五代目が、流石にこの流れを止める。
(というか、だいぶ時間が過ぎたんだけど? こいつら、俺を二時間もいたぶりやがって……)
もっと早くに止めろ、などと思いながら、俺は五代目に向き直る。
『気が済んだか? まぁ、ベストライエル賞でも好きに決めて良いが、まずはあのオートマトンだ』
そう。
俺がキスをしてマスター登録をした、あの口の悪いメイド型オートマトン。
今はダミアンの研究室で色々と聞き取り調査をしている。
何が嫌かと言えば、俺との会話を克明に記録していて、それを公式記録として扱うというのが決定したからだ。
ダミアンの野郎……一言一句聞き逃せないと、俺とオートマトンの会話を論文や研究発表の場で伝えると息巻いていた。
ハイテンションの俺は、それを許可してしまったのだ。
今はきっと、資料としてまとめられているに違いない。
(明日にやっぱり駄目です、とか絶対に通じないよな)
研究室に集まってきた生徒や教授の数は、半端ではなかった。
ダミアンなど、研究費が増えるとしか思っていないが、よく考えれば大発見だ。
古代のオートマトンが起き上がったという事実を、俺は軽く考えすぎていた。
ダミアン・バレ……変態だが、まさしく天才である。
『まぁ、ノウェムに頼りっぱなしというのも駄目だろうし、お手伝いが増えたと思えば問題ない。問題なのは、あれをどうやって維持するか、だ』
ダミアンに聞いたのだが、基本的にメンテフリーだと言っていた。
しかし、その基本的に、という部分が気になる。
そして、真面目な表情に戻った七代目が、俺に告げてくる。
(遅えよ、爺)
『実はな、ライエル……お前の魔力が、我々以外にも奪われているようだ。初代のスキル【フルバースト】を使用するためにため込んでいる魔力とは別に、何か新しいラインが出来ている』
「新しいライン?」
俺の魔力が奪われているという事実に、俺は首をかしげた。
そういった感覚がないのだ。
二代目が言う。
『基本的に魔力も増えたから今は良いんだろうが……これが常に一定の量を奪い続けている。お前への負担が増えた訳だ。それで、俺たちなりに色々と考えた結果』
三代目が説明を引き継いだ。
『あの毒舌メイドが怪しいという結論に達しました! いや~、増えた側から魔力を奪われていくライエルには、ある種の才能を感じるよね』
六代目も同意している。
『これまでよりも魔法を使用できるだろうが、多用するとすぐに魔力切れを起こすぞ』
四代目がまとめる。
『常に一定の量を奪われるのか、それとも波があるのか……今後も大変だよね』
どうやら俺は、とんでもない毒舌メイドを手に入れてしまったのかも知れない。
せっかく増えた魔力を消費して、あんなオートマトンの面倒を見るのか?
(いや、面倒を見て貰うのか? アレに?)
本当に仕事をするのかも怪しいが、それ以上に魔力を奪われるのが問題だ。
これから魔法を駆使して戦おうと思っていただけに、計画が狂ってしまう。
「当分は今まで通りのスタイルで戦うと言うことですか? これだけ恥ずかしい成長を経験して、俺は魔法の制限も解除されないなんて……」
落ち込んでいる俺に、五代目が言ってくる。
『あ、ついでに言うとな、ライエル……お前、しばらくスキルの使用は禁止だから』
「え?」
俺は顔を上げると、五代目の顔を見た。
冗談を言っている雰囲気でもない。
そして、六代目が続ける。
『お前のスキル【エクスペリエンス】は、常時発動型で仕方ないとしても、他のスキルは全面的に使用禁止だ』
「え、ちょっと……」
七代目も同意する。
『こちらから使用制限をかける。しばらくスキルは本当に使えないからそのつもりでいるように。おっと、初代のスキルも、だぞ。あの大剣は……』
二代目が言う。
『大剣も使用禁止だ。しばらくは本当に自分の力だけで冒険者として頑張れ』
「あ、あの、何が何だか……」
俺は、何が起こったのか分からないでいると、笑顔の三代目が継げてくる。
それは俺がスキルを使用するための条件だった。
『地下三十階のボスを攻略して、ギルドまで戻ってくる……これを出来たら、僕たちはまたライエルにスキルを使用させるよ。おっと、アドバイスくらいはするから安心してよ』
お前らのアドバイスより、スキルを使用させて貰えた方が――などという言葉を呑み込み、俺は全員を見る。
全員が真剣な表情だった。
四代目が説明する。
『今のライエルは、どう考えてもスキルの使用で一流冒険者を超える実力を持っている。それこそ、たったの六人で迷宮の地下四十階を攻略する程に、ね』
通常、五十人規模のパーティーが挑んで、ようやく攻略した階層を、俺たちは六人で攻略したのだ。
「それがまずいと?」
七代目が言う。
『スキルの使用も問題ない。持っている才能を使うのは悪くない。だが、このままでは、な』
二代目が俺に言う。
『地力が全く成長しない。今回のような成長でなく、本当の意味での成長だ。何かあればスキルに頼ることになる。そうしていつか魔力が切れる、または成長が起こってライエルが戦線を離脱する。そうなるとどうなる?』
簡単に想像がついた。
俺が動けなくなった時点で、パーティーが動けなくなるのだ。
最悪、待ってるのは全滅だ。
俺のスキルに頼り切ったパーティーでは、俺がいないだけでそれだけの危険が発生する。
三代目が言ってくる。
『スキルを使用するのも良いよ。けど、これだけ多いといつか必ず問題を起こす。地力以上の依頼を受けるようになって、困る事も増えるだろうね。そういうことが起きる前に、ライエルもノウェムちゃんもアリアちゃんも、自分を磨く時だと思うよ』
先程まで俺をからかっていたご先祖様たちが、真剣に俺の事を考えていた。
(ダミアンが言っていたのは、こういう事だったのか)
俺は頷くと、地下三十階をスキル無しで攻略することを誓うのだった。
それまで、スキル使用は俺自身のものに限定される。
そして三代目は――。
『さて、本題も終わったけど、ここからが重要だ……ベストライエル賞は、眠り姫にキッス! で異論はないかな?』
二代目が言う。
『異議あり! 愛しているからのスルーまでの流れを忘れている!』
四代目は。
『どれも甲乙付けがたいんですが、やはり眠り姫でしょうね』
五代目が――。
『インパクトもあったからな。アレを超えるのは難しいぞ』
六代目……。
『スライディングからの虫に手を噛まれる、までも忘れて貰っては困ります!』
クソ爺……。
『流石ウォルト家の麒麟児……わしらをここまで悩ませるとは!』
全員が――。
『『『ウォルト家の麒麟児さんの成長が、今後も楽しみだね!!』』』
笑顔で言ってきた。
「楽しみ方の意味が違うだろうがあぁぁぁぁ!!」
叫んだ俺は、絶対に悪くないと思う。
――深夜。
宝玉内から解放された俺は、庭に出てベンチに座り夜空を見上げていた。
台所で水を飲んだ時、鏡に映っていた俺の顔は憔悴しきっていた。
「ここまで追い詰めるのかよ……ちくしょう」
忘れたい過去が、学園の重要資料になってしまった事実。
自分に惚れてしまうと何度も思ったが、どうしてあんな風に思ってしまったのだろう?
考えても答えは出せなかった。
「過去に戻れたら良いのに」
そう口に出すと、ベンチの隣にノウェムが近づいていた。
「どうしました、ライエル様? 眠れないのですか?」
心配しているノウェムは、寝間着姿だ。
可愛いと思ってしまったが、同時にあの毒舌メイドとのキスを思い出してしまった。
ファーストキスは、ノウェムとがよかった。
「もう、消えてしまいたい……」
「あ~、今日の事ですか。仕方ありません。誰しも高揚してしまいます。ライエル様は、それが顕著に出てしまうだけですよ」
慰めて貰っても、ファーストキスを失ったことに変わりはないのだ。
「二度と戻らないんだ……」
「え?」
「俺のファーストキスは、二度と戻ってこないんだ! あの時の俺を殴り飛ばしてやりたい!」
そう言うと、ノウェムは困った表情をする。
ノウェムを困らせるのは、俺くらいではなかろうか? そう思うと、余計に落ち込んでしまうのだ。
「ノーカウントにはできませんか? ほら、人形だとお聞きしましたし」
「滅茶苦茶に人間っぽいの。だからそう考えられないし、あの毒舌は絶対に俺の心を折りに来るよ。あんなテンションでなかったら、絶対に心が折れてた」
思い出しても恐ろしいあの古代のオートマトン。
どうして古代人は、あんな恐ろしいメイドを作り出したのか?
(ダミアン以上の変態が、古代にもいたのかな? ……あんまり考えたくないな)
「それに俺……しばらくスキルは使えないんだよね。なんかこう、色々あってもう心が折れそうだよ」
そう言うと、隣に座ったノウェムが俺の手を握ってくる。
空を見上げて言うのだ。
「スキルが使えない理由は聞いても?」
「え? あぁ、その……このままだと駄目になるし、一回くらい地力で三十階層のボスを倒せるようになりたい、って」
ご先祖様に駄目と言われました、などと言えるわけもない。
心配したノウェムが、俺を病気と思ってベッドにくくりつけて看病……それもいいかな?
いや、駄目だ。俺は稼ぎ頭になって、ノウェムと静かに暮らす……暮らせれば、いいな。
弱気になる俺は見て、ノウェムが言う。
「少し――」
「ん?」
「少しだけ、私は嫉妬しました。ライエル様のファーストキスを、オートマトンに盗られたと聞いて……おかしいでしょうか?」
それを聞いて、俺は立ち上がってノウェムの両肩を掴んだ。
「お、おかしくない! 嬉しい! 嬉しいよ、ノウェム!」
「そ、そうですか?」
興奮した俺を見て、ノウェムが困惑している。
俺は、ノウェムが嫉妬したという事は、きっと俺の事が気になっているからだと自分に言い聞かせた。
大丈夫……まだ俺は、ノウェムに呆れられていない、はず?
「俺……ノウェムにキスしたい」
そう言うと、ノウェムが頬を染める。
そして静かに目を閉じてアゴを少しだけ上げてキスのしやすい体勢を取るのだった。
俺は、興奮して心臓がバクバクと音を立てる。
綺麗な月夜に、俺はノウェムと――。
『嬉しいよ、ノウェム!』
『心が折れる~』
『俺のファーストキッスは、二度と戻ってこないんだぁぁぁ!!』
『……プッ』
『過去に戻れたら良いのに、も流石でしたな』
『素の状態であのレベルか……流石に末恐ろしいな、ライエル』
「ふざけんな、お前らぁぁぁ!!」
後日、その時の出来事をしっかりと俺をからかうネタにしたご先祖様たちによって、俺は精神をボロボロにするのだった。
どうしよう……宝玉を投げ捨てたくなってきた。




