最終章 プロローグ
――バンセイム王国首都セントラル。
王宮にある謁見の間では、セレスが新しく用意した玉座に座って足を振りながら楽しそうにしていた。鎧を着た重鎮たちが整列する中で、正面にある大きなドアが開くと伝令が駆け込んでくる。
「伝令! 賊軍がセントラルを包囲。その数、およそ六十万!」
それを聞いて、セレスの隣にいたバンセイム王家の者たちがオロオロとしだす。他は無表情で報告を聞いているだけだ。
セレスが、その報告を聞いて口元を歪め、笑った。そんなセレスに、夫であるルーファスが不安そうに。
「な、なぁ、セレス。大丈夫だろうか? セントラルに兵力を集中したが、それでも各地で攻め込まれ、こちらの数は二十万にも満たない。も、もしも負けてしまえば……」
すると、セレスは立ち上がった。ルーフェスに顔を向けると。
「負ける? この私が? 有り得ない。絶対に有り得ないわ。何しろ、ここまで私の計算通りだもの。生者の軍勢がいくら粋がっても、死兵には勝てないわ。それに、こっちの兵力は二十万じゃないわよ」
ルーファスが少し首を傾げた。
「いや、セレス……セントラルには二十万の兵力が」
セレスは微笑みながら、ルーファスに言うのだ。
「百万を超える民全てが、今は私の兵力よ。みんな戦ってくれるわ。だって、もう生も死も、関係ないから」
ルーファスが要領を得ないでいると、セレスはクスクスと笑っていた。そして、そのまま謁見の間から移動する事になる。護衛である燕尾服を着た執事のバート。長い黒髪を床に引きずるルメル――セレスのお気に入りを引き連れ、バルコニーへと向かった。
それについていくルーファスが見たものは、想像を絶するものであった。
広場を埋め尽くしているのは、間違いなく兵士たちだ。ただ、首都と言っても男手ばかりではない。老若男女がいて当然の首都で、広場を埋め尽くしていたのは兵士たちだけだった。
「老人から赤ん坊まで……全てが私のために命を捧げてくれたわ。だから、セントラルの民全てが兵士になったのよ」
ルーファスが驚いて後ずさりをすると、背中がぶつかった。
「マ、マイゼル殿……いえ、義父殿に義母殿まで」
マイゼルとクレアは、バルコニーに完全武装の姿で現われていた。そして、虚ろな目をしており、ルーファスなど見てはいなかった。
「セレス、こんなところにいたのか? 総大将はしっかり構えておくものだ」
「そうよ、セレス。早く中に入りなさい。何かあっても、貴方は私たち二人が守ってあげるわ」
両親の言葉に、セレスは振り返って笑顔を向けた。白いドレスのスカートが広がり、セレスの金髪が同じように揺れる。
「は~い。でも、これだけの規模の戦いになると、流石にワクワクするわね」
無邪気に笑うセレスを見て、マイゼルは微笑んでいた。
「流石はウォルト家の娘だ。その血には、領主貴族の血が流れているな」
クレアは、頬に手を当てながら小首を曲げ。
「もう少しお淑やかになってくれればいいのに。まぁ、セレスは今でも可愛いからそれでいいけれど」
二人に囲まれ、嬉しそうなセレスは王宮内へと戻っていく。その後ろ姿を見たルーファスは。
「あぁ、なんて頼もしいんだ、セレス」
頬を染め、セレスの後を追うのだった――。
「機動要塞は固定! 大砲を城門に向けて! セントラルの壁は、そう簡単に崩れないわ。一箇所を集中して狙いなさい!」
機動要塞がゆっくりと前進し、止まるとその場にドシリと座り込んで杭が地面に打ち込まれた。
曇り空の中、機動要塞はセントラルの正門前に堂々と構えている。
機動要塞を操作する室内では、ヴェラが次々に指示を出していた。
「動力炉、止まっているからって火を消さないように! 工房にはいつ動くか分からないからすぐに対応できるように言っておいて」
椅子に座ってヴェラが指示を出している光景を眺めていると、ブロア将軍が俺に声をかけてきた。
「さて、こちらも指揮をしやすい場所に向かうとします。ライエル殿、突撃の時にはちゃんと声をかけてくださいね」
頷き、そして右手を小さく上げて応えると、俺は前を見ていた。
「さて、初日から相手がどう出るか」
大きな戦だ。
手の内をいきなり晒してくるか……。
近くにいたモニカが、俺に対して報告をしてきた。
「城壁の上に人影を確認しました。ただし、チキン野郎のスキルに反応がありません。既に死者です」
城壁の上に旗が掲げられ、そして向こうも迎撃の準備が進んでいた。静かな立ち上がりに口元に手をやる。
「……攻城兵器の準備は?」
モニカが即答する。
「七割の準備が整っております。ですが、連合の立ち上がりも差がありますね。準備が整っていない軍勢も多いようです」
これだけの規模の戦を経験したことがないのは当然だが、普段から数百。多くても千を超えるくらいの規模で戦争をしていた国も多い。尻込みしているのだろう。
「準備を急がせろ。最悪、柵だけは丁寧に作らせればいい」
セレスが好む戦いは、セントラルから派遣された軍勢と戦って分かっていた。セプテム――アグリッサの影響か、両軍に甚大な被害が出る戦いを好んでいる。
消耗など最初から考えていない戦いをするのだ。
「……早い内に出てくるぞ」
攻城兵器による投石、そして魔法の撃ち合いが始まると周囲で派手な爆発が起きた。立ち上がりは普通だが、相手が静かすぎる不気味な雰囲気を出している。
モニカが飛んできた魔法による攻撃が、目の前で障壁に遮られ爆発するのを見ながら口を開いた。
「正面、門が開きます」
――ライエル本軍。
ブロアは、敵が城門を開けたのを見て周囲に指示を出す。周囲では、魔法による撃ち合いで騎士や魔法使いたちが大忙しだった。
「味方の損害を気にせずに打って出てくる。死兵とは心情をなくせば、使い勝手が良い兵隊だね。まぁ、自分の部下には欲しくないけど。……何も考えずに直進するだけなら、対処も出来る」
伝令たちが急いで指示を伝えに行くと、ブロアは魔法を撃ち合う両軍を気にせず突撃する敵を見た。
雄叫びも上げてはいるが、なんとも不気味に見える。
「……死者の軍団。笑えないね」
すると、ライエルの本陣を目指して突撃を行う敵は――敵味方から放たれる魔法の撃ち合いの中を突撃してきた。
正面、そして後ろから放たれる魔法により被害を出しながら、それでも振り返ることもせずに突撃してくる。
ブロア将軍は、右手で顔を覆った。
「確かに突破力なら我々は及ばない。だが、ただ突撃するだけなら、魔物の軍勢の突撃に劣る」
すると、ライエルの軍勢が動きを見せた。左右に大きく分かれていくと、突撃をする敵を懐深くに誘い込んだのだ。
後方に配置した攻城兵器が、次々に火薬の詰まった樽を投擲し始めた。
かつて、ライエルが魔物の軍勢と戦った時に行った作戦の一つだ。
「人らしく戦えば、もっと苦戦したんでしょうけどね」
ブロア将軍がそう言うと、目の前に迫った騎馬隊が罠によって次々に転び、すぐ後ろの味方も巻き込んで倒れていく。更に後ろは、倒れた味方を踏み越えて前進してきた。
まさに、魔物の軍勢の突撃とそっくりだった。
「これを考えた人は性格が悪い。下には油、加えて空からは火薬……更に、十字砲火とは」
考えたのはライエルだが、主にミランダの提案で細部を詰めていた。
突撃で前衛が崩れたところに、左右に分かれた部隊から弓矢、そして銃による攻撃が次々に行なわれる。
しかし、突撃した部隊の後ろを見て、ブロア将軍は溜息を吐きたくなった。
「……無尽蔵と言われても信じてしまいそうですね」
続々と敵が出てくる光景を見ながら、味方は淡々と距離を取って戦う作戦を続けていた――。
――バルドア・ランドバーグは、設置した柵で守られた銃を装備した部隊を率いていた。
弾薬は問題ない。銃の整備も問題ない。銃の数も揃っている。
しかし。
「放て! 容赦をするな!」
銃弾を受けながら、鎧ごと腹部を銃弾が貫通しているというのに歩みを止めない敵兵士たち。
血の流れ方もおかしい。まるで生きているようには見えなかった。
バルドアの近くにいた部隊は、エヴァの率いたエルフたちだった。弓矢を持ち、ブレストアロー……爆発する矢を空に向かってはなっている。
山なりに矢が飛んでいき、敵部隊に降り注ぐと爆発――そして、油に引火して敵は火の海に包まれた。
矢が突き刺さり、体の半分が吹き飛んだ敵も多い。なのに、歩みが止まらない。
下半身が吹き飛ばされても、上半身だけで先に進もうと火の海の中を進んでいく敵兵士の姿も見えた。
兵士たちが動揺する。
「なんだよ。なんなんだよ、アレは!」
「……嘘だろ」
「火の中に自分から飛び込んで」
火の海となった場所に自ら飛び込む敵兵士たちは、最早正気とは思えなかった。
バルドアは、声を張り上げる。
「狼狽えるな! これが敵の姿である! だからこそ、我々は戦わねばならんのだ! 敵をこれ以上先へ進ませるな!」
セレスに魅了されているだけではない。いや、最早魅了ではなく、操られていた。死者を人形のように操るセレスに、バルドアは恐怖した。
(……ここで戦わねば、確かにまずい事になっていた)
セレスの異常性を再認識しながら、バルドアは部下たちに指示を出す――。
――王宮では、セレスが玉座に座って報告を受けていた。
「セレス様、突撃した五万の兵はことごとく撃退されました。全滅でございます」
無表情で並んでいる重鎮たちは、朝から夜まで同じ体勢で立ち尽くしているだけ。本当に人形のようだった。
「そうなの? 大変よね、初日に五万も失ったわ。でも……それでも数の優位は揺るがないのだけど」
セレスにしてみれば、兵の命などゴミ以下だ。自分を敬っている分だけ、他のゴミよりも上等というだけである。
すると、マイゼルがセレスに口を出した。
「セレス、どうやらアレはお前と戦うために準備をしてきたようだ。このまま兵をぶつけて消耗させてもいいが、アレの思惑に乗ることもあるまい」
マイゼルの説明を、クレアが続けた。
「そうね。主力は準備できているとしても、他はどうかしら? 六十万を超えていると言っても、その中でどれ程が本気で私たちと戦おうと思っているか……」
セレスは、二人の意見を聞いて笑顔で。
「そうね! なら、明日はあの糞野郎を無視して、他に戦いを挑みましょうか。それにしても、周囲の領主たちは不甲斐ないわね。私たちが戦っているのだから、後ろから攻撃を仕掛ければいいのに。もしかして……裏切り?」
セレスは、裏切られたと感じても笑顔だった。そして。
「預かった人質がどうなってもいいのかしら? 見せしめに色々とやって、城壁に晒してあげましょうか」
笑うセレスに声をかけたのは、バートだった。無表情で。
「それは無理ですね」
「……あ?」
セレスが、気分がいいのを邪魔されバートを睨み付けた。だが、バートはそのまま続ける。
「人質で生きておられる方がいません。全員、殺して兵士の材料になるか、それとも――」
バートの視線が向いた先には、謁見の間に並んだ重鎮たちの後ろに控える魔物たちだ。失敗した魔物の姿もあるが、どれも不気味だった。
セレスは手を叩き。
「あ、そっか……実験で使ったんだった。はぁ、流石に今から死体を用意して色々とやるのも面倒よね。ま、あの糞野郎を片付けたら暇つぶしに殺しに行きましょうか」
笑顔のセレスは、領主たちの事を放置して目の前の戦いだけに集中することにした。ライエルが後方を突かれる事を考え、地道に制圧してセレスの魅了から解放していた行動には意味があった。
セレスにとって、ライエルの後方を脅かすものがいないのは不満だ。だが、不満だけだった。
何しろ。
「ねぇ、こちら側に来た傭兵団とか多かったわよね?」
バートが綺麗にお辞儀をしながら。
「はい。連合軍では雇って貰えなかった様子で、こちらに流れてきましたね」
セレスはニヤリと口を歪めて笑うと、隣に立っていたクレアが注意をした。舌を出してごめんなさい、などと可愛らしく言うと、クレアも溜息を吐きながらセレスの行動を許す。
「……怒られちゃった。けど、材料ならあるのよね? そいつら殺して新しい兵士の材料にしましょう。どれくらいの人数がいるの?」
バートは正確な人数をセレスに伝えようとして。
「集まったのは戦える人数が――」
「違うわ。どれだけ集まったのか、と聞いたのよ。女子供なんか関係ない。みんな等しく私の兵士になる栄誉を与えてあげるの」
バートは「失礼しました」などと言いながら。
「バンセイム中がこの戦いに。いえ、大陸中が注目している事もあって五万を超える数が揃っています。傭兵団を支える後方――裏方の人数まで確認はしていませんが、それだけの数はいるかと」
セレスは杖を持って立ち上がった。
「いいじゃない。今日失った兵士たちの代りには十分よ。戦えば戦うほど、私たちは兵士の材料が手に入るのだから、あの糞野郎も絶望するといいわ」
どんだけ無駄な突撃返り討ちにする事を繰り返しても、セレスにとってはいくらでも取り返せるだけの勝利でしかないのだ。
「さぁ、この戦いを楽しみましょうか。あいつの顔が絶望で歪むのを早く見たいわぁ」
セレスの笑い声が謁見の間に響くと、それまでまったく動かなかった重鎮たちがセレスを称え始めた。まるで、最初から決められた行動を繰り返している様子だった――。
――笑うセレスを、黄色の宝玉内からアグリッサは見ていた。
玉座に座って足を組み、楽しそうにセレスの姿を見ていた。
「可愛いセレス、私の愛おしいライエルと殺し合うといい。生き残った方を可愛がってやろう。もっとも、私はどちらかといえばライエルの方が好みだが」
妖艶に微笑むアグリッサは、油断しているセレスを見ていて楽しかった。
そして、セレスに挑むライエルが愛おしかった。
「ライエル、お前はセレスを倒せるか見ものだよ。だが、ノウェムが後ろについているとはいえ……セレスは容易に倒せないぞ。もっとも、それを乗り越えた時、お前は私が愛する存在に相応しくなる。楽しみだな」
そう言って微笑むアグリッサは、セレスの笑い声を聞いて自分も笑うのだった――。




