勝ち馬
――街道から少し離れた場所にある村は、朝から騒がしかった。
大人たちが農具を持って家に入り、何事もないように祈っている。
村から飛び出した一人の少年が見た光景は、今までに見たような軍隊ではない。
「なんだ、あれ……」
まるで砦が移動していた。周囲には兵士が途切れることなくセントラル方向を目指しており、朝の冷たい空気がいつもとは違った。
見た事もない大軍勢の移動に口を開けた少年は、砦の上に立つ青い髪の男を見た。砦の上には白い旗に青い丸が描かれていた。そこには灰色で装飾が描かれ、軍勢を示す旗なのは分かる。
だが、そんな旗は見たことがない。
少年は、家族が家から連れ戻しに来るまで、その光景を見ていた――。
街道を進む兵士たちを見ながら、朝の冷たい空気を感じていた。
「空気が悪いな。土が乾燥していたら砂埃も酷い。かといって、雨になると体力を奪われる」
砦の屋上から周囲を見てみれば、近くで白い煙が上がっていた。どこかに村でもあるのだろう。
バンセイムの直轄領に入り、そして進軍を続ける俺たち。抵抗らしい抵抗もなく、敵がセントラルから出てくることもなかった。
周辺国に攻め込まれ、兵を集められないわけではないはずだ。セントラルに誘い込んでいるのは明白だった。
それでもセレスと戦うために、セントラルを目指さなくてはいけない。
屋上には、上着を着たヴェラが上がってきた。
「盟主が護衛もつけないで外にいていいの?」
そう言って屋上に出ると、風が吹いてヴェラの黒髪を揺らしていた。ツインテールの部分が風に流されている。ヴェラは、手で押さえると屋上から見える煙突の方を見ていた。
白い煙を立ち上らせる煙突を見て、何度か頷くと俺の方へと顔を向け。
「他もセントラルを目指しているとは聞いているけど、決戦はセントラルで間違いないのよね? 各個撃破とかされてない?」
心配そうなヴェラに対し、俺は首を横に振った。
「その心配はない。セントラルを開けてどこかを狙った場合も考えている。守りを手薄にするとは思えないし、セレスならセントラルを決戦の場とするよ」
「妹の性格を理解している、って感じでもないわね」
俺の表情が優れないのを見て、ヴェラは素直な感想をぶつけてきた。少し笑う俺は、ヴェラに説明する。
「確実に待ち構えている。やりようによっては、文字通り死兵の軍団でどこかを狙ってもいいのに、それをしないのは面倒だからだろうさ」
面倒と言うよりも、今のセレスに勝ち負けなどどうでもいいのだ。自分が贅沢な暮らしを出来れば、自分の下の者たちがいくら死んでも構わない。
いや、それを見て笑うことくらいするだろう。
「勝てるのよね?」
ヴェラの問いかけに、俺は真っ直ぐ見つめると。
「戦争には勝てる。間違いない。それだけの準備をしてきた。それに、吸収した軍勢のおかげで更に余裕も出来たよ」
協力を申し出た領主も多い。逆に、領主は協力しないと言ったが、領民が参加してくれた場合も多かった。
現在のセントラル――バンセイムから抜け出すなら、協力するという事だろう。もしくは、生きるために食糧を持つ俺たちに協力しているのかも知れない。
「戦争には、ね。それで、一番大事な部分は?」
セレスとの直接対決のことを言っているのだろう。俺は頷いておいた。
「だから仕掛けた。悪いが、勝てなくても挑むという考えはないんだ。現状がもっとも戦力が充実していると思ったから、俺は進軍を決めたよ」
事実だ。
ノウェムを筆頭に、今まで冒険者として一緒に旅をした仲間。そして、グレイシア、エリザ、ルドミラ――戦力は揃っている。一対一なら負ける可能性が高いが、一対一などに持ち込まなければ良いだけの話しだ。
「妹だろうが、女の子だろうが関係ない。囲んで叩くさ」
ヴェラは肩をすくめて見せた。
「最低な台詞だけど、それがもっとも無難よね。兄妹の関係とか、男としての意地とか、情を出さないのは安心したわ」
俺の判断に、ヴェラは賛成のようだ。ただ、俺個人としては情けない話である。妹に勝てないから、恋人と一緒に戦います、と言っているようなものだ。
「俺としては、そう言って一人で解決したいけどね」
個人的な意見として言えば、俺の手で――俺の手だけでセレスを止めたかった。だが、実力的にそれは不可能だ。
「そんな事を言って負けたら、一生恨むわよ。勝てる戦いを私情で捨てるなんて馬鹿のする事よね。まぁ、そういうのも嫌いではないけど」
ただし、自分がその立場になるなら絶対に嫌だとヴェラは言う。
「勝たなきゃ明日なんてないんだし、手を抜くのは許さないわよ。妹さん、このままなら生きていてもいい事がないわ。サクッ、って終わらせる方がまだ情があるわよ」
ヴェラなりの激励なのだろう。
「……そのつもりだ。約束もあるからな」
宝玉を握りしめると、ヴェラが俺と宝玉を交互に見ながら。
「ご先祖様の声が聞こえたんだっけ? 今はいないのよね? そう言えば、前に船の上で声を聞いたわ」
「あぁ、そう言えばヴェラは聞いたんだったな」
船の上でヴェラは聞いたのだと思いだし、俺はなつかしいと思ってしまった。
「アレがご先祖様たちの声だとは気が付かなかったけどね。そのご先祖様たちとの約束?」
それもある。だが、一番は違う。
「いや、兄貴みたいなものかな? 俺としては認めていないんだけど」
宝玉を手から離して、俺はセントラル方面に視線を向けた。
――セントラルに近付くライエルの軍勢。
そこに続々と勝ち馬に乗ろうとやってくる貴族たちもいた。お家復興を目指す者。セントラルから逃げ出した者。
貴族として認められたい者。更には、冒険者や傭兵たち。
そんな彼らは、ライエルへの面会を求めていた。だが、ライエルは基本的に兵力をこれ以上は求めていない。
参加するだけで恩に着せるというのは、とても難しいことである。
そんな中で、ラルフ・サークライは娘であるミランダに接触していた。
機動要塞近くの天幕に足を運び、ミランダを呼び出したのだ。
機動要塞から降りてきたミランダが、護衛を連れて天幕に入ると父であるラルフと面会をした。
「久しいな、ミランダ」
「そうね。あの時の倉庫以来かしら? グリフォンとヒッポグリフを間違って購入した誰かさんに捨てられて以来よね」
ミランダの嫌味に表情一つ変えないラルフは、ミランダに対して要求を突きつけた。
「セントラルから逃げ出した宮廷貴族の一団を保護して欲しい。私も世話になったが、お前も昔世話になった家がいくつもある。それと、彼らも兵力を持っている。戦列に加えてくれれば出来るだけの働きを――」
ただし、ミランダは笑顔でその要求を拒否した。
「今更、そんなろくに戦ったこともない兵士とかいらないのよね。実戦経験豊富でもやっぱり問題があるし。命令系統も問題なら、私の部隊に関しても同じよ。どうしても、って言うなら最前線で使い潰すくらいはしてあげる」
娘の態度に表情を崩さないラルフは、ミランダに対して真剣な表情をしていた。
「協力して貰えるのであれば、お前にもメリットがある。ろくに後ろ盾もないお前の事だ。盟主殿の女だからと言っても立場が弱いだろう。新たに国を興すにしても文官は必要になってくる。バンセイム出身であれば、盟主殿の役にも立てる。他の国から文官を呼び込むわけにはいくまい?」
つまり、文官を用意してミランダの立場を強固なものにしろ、と言っていた。事実、ライエルの弱い部分でもあった。
ミランダにとっては大きなメリットがある。文官も手に入れ、文官たちと協力すれば、ライエルが無視できない存在のできあがりだ。
武力重視の多いライエルのハーレムにおいて、一歩も二歩も先を行く事が可能だろう。
「そうね。魅力的よね。でも、駄目」
ただ、ミランダはそれでも拒否を示した。
「……お前は頭の良い子だと思っていた。感情を優先して、利益を失う真似をするか」
ミランダは、笑顔で言う。
「感情? 憎いから取り立てない訳じゃないわよ。実際、文官とか喉から手が出るほど欲しいし、リアーヌに対抗だってしたい。今後は文官も必要だからね。でも、私は利益を計算して、不要だと判断したわ」
ラルフが少し眉を動かしたのを見て、ミランダは父であるラルフが困惑しているのを察した。
「私の利益が分かっていないわね。私の利益は、ライエルの利益よ。ライエルに取って、それが利益になるのかしら? 私を後ろ盾に、バンセイムのやり方を引き継ぐような文官連中……面倒な存在よね」
ライエルが目指しているのは、大陸統治である。そのため、色々とバンセイムのやり方ではまずい部分もあった。
そして、ライエルは色々と出来ると言ってもまだ若い。文官として生きてきた貴族たちに、手玉に取られる可能性があったのだ。
書類上で誤魔化して私腹を肥やす者がいないとは言えない。そういう連中が出た場合、ミランダの派閥というものが出来てライエルも簡単に手が出せなくなる。最悪、ミランダの知らないところで問題を起こす可能性もあった。
そうした事情もあるが、一番のデメリットは。
「私、実家だからって優遇はしないわよ。この大事な基礎作りの時期に、コネで文官を選ぶとかしたくないのよね。性格や能力重視でいきたいの」
重要な役職があったとして、それをコネで埋められるのはライエルに取ってとてもデメリットだ。
当然だが、ラルフはミランダの立場を利用して文官の大きな派閥を持とうと考えている。それを、ミランダは見抜いていた。
「この時期に地盤を持たなければ、お前は一生日陰者だぞ」
ラルフの言葉を聞いて、ミランダは笑う。
「それがライエルの利益なら、私はそれでもいいわよ」
ラルフはミランダを睨み付け、説得に乗り出す。
「知識や経験不足で問題が起きることもある。長い歴史を持つバンセイム王家で文官をしてきた者たちが役に立たないわけがない」
「そうね。でもね……滅ぶじゃない。そんな滅んだ国のやり方を後生大事に引き継ぐ理由があるのかしら?」
「……伝統を軽視するのか?」
「軽視はしないわよ。でも、後から来て美味しいところを渡せ、なんて言う人たちを推薦できないのよね。まぁ、肉親だからそれなりに口利きはしてあげるわ。選びなさい……このまま放り出されるか、サークライ家を一応は貴族として残すのか」
ミランダの言葉に、取り付く島がないと思うとラルフが立ち上がった。
「どこに行くのかしら?」
ミランダの問いかけに、ラルフは返す。
「お前だけではない。頼りないが、シャノンを担ぐ。アレも盟主殿の女なら、神輿にはなるだろう。お前ほどの才能はないだろうがな」
ミランダで駄目なら、シャノンを担ごうとしていた。ミランダは、手をひらひらとさせ。
「そう、頑張ってね、お父様」
笑顔で見送るのだった――。
「はぁ、毎日毎日、なんで俺が相手をしなきゃいけないんだよ。今忙しいのに、ご機嫌いかがですか、って……見れば分かるだろ。空気読めよ」
セントラルに近付くにつれ、大軍勢を前にして俺に媚びを売る連中が増えてきた。傭兵団も近づいて来て、冒険者なども集まってくる。
俺が元冒険者という事も影響してか、取り立てて貰うつもりのようだ。
自室で、毛布をかぶりながらベッドに座っていると、シャノンが部屋に入ってきた。
「ねぇ、ご飯だって」
立ち上がると、肌寒く感じた。機動要塞の中は、工房があって火を使っているので外などより断然暖かい。
だが、それでも寒く感じる。暖かい場所にいすぎて、感覚がおかしくなっていた。
「分かった、今行く。あれ?」
思いだした俺は、シャノンに聞いてみた。
「お前、今日は呼び出されてなかったか?」
俺ほどではないが、仲間に面会を求める者は多かった。アリアですら、かつて世話になった、世話をした親戚を名乗る者が押し寄せている。
エヴァもそうだ。エルフの代表と言うだけではなく、亜人代表という形で面会を求められていた。
クラーラも、特に学者関係からアラムサース出身と言う事で面会を求められている。多くの場合が、取り立てて欲しいというものだ。
そんな中で、姉であるミランダがいるため、面会を求められないシャノンが珍しく面会を求められていた。
「……あぁ、なんか色々と言われたけど、分からないから『パス』って言っておいたわ」
こいつらしい返事だと思いつつ。
「相手に恨まれるような返事をするなよ。やんわり断ってやれ」
「それ、結局断るんじゃない」
「変に逆上されるよりもマシだろうが。だいたい、ここに来るまで時流を読めない奴とか、何をするか逆に分からないから怖いんだぞ。なのに無駄に口は回りやがるし……はぁ、時間の無駄だよな。なんだよ、援軍に駆けつけたとか。しかも食糧がないとか、ただのたかりだろうが」
面会するのも大事な事だと分かってはいるのだが、愚痴をこぼさずにはいられない。本当にどうでもいい長話をする奴がいるのだ。
それがアピールになると信じているから質が悪い。勝ち馬に乗ろうと必死なのも分かってはいるのだが……。
「面会に金を求める王族の気持ちが分かるな。制限かけないと陳情とかとんでもないわ。……どうした?」
シャノンはいつもより元気がなかった。話をしているが、少し悲しそうと言うか、疲れた感じが出ている。
「なんだ、今日は嫌いなものでも出てくるのか? デザートは譲らないぞ」
俺の顔を見るシャノンは、呆れる表情をしているが首を横に振りながら。
「知らない、って幸せよね。まぁ、代わりに今日のプリンは貰うわね」
「待て! なんでお前は俺のプリンを狙うんだ。止めろよ。俺のプリンより、他のプリンを狙えよ!」
すると、シャノンが本気で怒ってきた。本気の表情で。
「ふざけないでよ! ライエルは冗談で済むけど、他のプリンに手を出したら戦争じゃない! 嫌よ、私はいくら美味しくてもプリンに命は賭けられないわ!」
「俺のプリンならいいのかよ!」
ギャーギャーと騒いでいると、少しシャノンの表情に元気が戻ってきた気がした――。




