ベストオブライエル
三代目の記憶の部屋。
そこはかつてウォルト家が治めた領地が広がっていた。のどかな景色が広がっており、そんな景色の中を三代目と一緒に歩く。夕暮れ時の領内は、どこか寂しさもあるが綺麗に見えていた。
三代目は、そんな領地を見ながら。
『ベイムとか大都市とかも見て、凄いとは思うんだけどね。実際、アラムサースとか住みたいよ。毎日図書館で時間を潰すのはきっと夢のような時間だろうね』
読書が好きで、どちらかと言えば義将という印象のない三代目は歩きながら微笑んでいた。
『でも、何もないけど僕はこの土地が好きだった。本来なら兄さんが継ぐはずだったんだけどね』
二代目の長男であるデューイ・ウォルトは、幼い時に三代目を守るために行動して魔物に殺されていた。そのため、三代目はスレイ・ウォルトが継いだのだ。
「三代目は後悔していますか?」
すると、三代目は笑顔で頷いた。
『後悔なら何度もしたよ。でもね、ある時に気が付いたんだ。後悔して前に進まないのは、デューイ兄さんに悪い、ってね。老衰で死んでやるつもりだったから、暇になってから沢山後悔するつもりでいたんだよ。だけどさぁ、余計な事をする連中が多くてね』
三代目は溜息を吐くと、空を見上げた。オレンジ色の空には雲が浮んでいた。
周囲では、畑仕事を終えた領民たちが家路についている。
「良いところだったんですね」
俺がそう言うと、三代目は嬉しそうに。
『あぁ、良いところだったよ。初代が切り開いて、二代目が整えて――僕に出来た事は少ないけどね』
そして、三代目は俺にゆっくりと振り返った。
『戦死した時は、もう悔しくてさ。マークスに色々と教えてやらないといけなかったし、孫も見たかったんだ。早くにマークスに代替わりを済ませて、僕は陽気な先代になりたかったよ。困っているマークスを見て読書をして過ごす。最高の老後の計画がみんな狂ったんだから』
本当にそんな事を考えていそうで、ただ実は色々と考えてもいそうで、掴み所のない三代目は笑いながら。
『だけど、マークスも立派になったところが見られた。五代目、っていう問題の多い孫も見られて良かったよ』
「問題が多い、ですか。まぁ、否定できませんけど」
色々と苦労の多かった五代目は、自分を捨てて復讐を決意していた。おかげで、家族関係がズタボロになっている。ただ、もしも三代目が生きていれば、もっと違った結果になっていたのかも知れない。
「三代目が生きていれば、五代目は苦労をしなかったかも知れませんね」
しかし、三代目の意見は違う。
『それはどうかな? 五代目が苦労をした結果、ウォルト家は強固な家臣団を得る下地が出来た。そして、強力な軍勢も得られ、周囲に恐れられるようになった。僕がいたらノラリクラリと誤魔化して、今のウォルト家はなかったかもね』
三代目の意見を聞きながら、俺は首を傾げた。
「そうですか? 三代目と、四代目に五代目……揃っていると、なんだか色んな事が出来そうなんですけど」
三代目が笑う。
『それはないよ。それに、僕がいたら五代目はもっと違った道を選んだだろうし、あんなに立派になったかどうか。まぁ、私生活は幸せになっていたかも知れないね。そう思うと、本当に悪い事をした。……いや、僕のせいじゃない! あの野郎のせいだ! くそっ、もっと強く殴れば良かった。はぁ、また殴りたいな』
義将と呼ばれているのに、バンセイムに恨みを持っている。事実とは、こういう物かも知れない。
再び歩き出した三代目の後を追うと、次第に周囲が暗くなった。空を見上げると星がチラホラと見え始める。
『世の中、思い通りにはならないものさ。五代目は僕がいたら自分が強くならなければ、って思わなかったかも知れない。マークスも同じだ。もっとお坊ちゃんだったかも知れないよ』
「三代目がいないからあれだけ頑張れたと? なんか悲しいですね」
『そうかな? それが正しいとも言えるけどね。いつかは独り立ちをしないといけない。まぁ、親としては甘やかしたいというか、気になってどうしても口を出す部分もあるんだろうけどね。そういうの、子供からすると五月蝿いときもあるけど』
三代目は、自分の考えを語り始める。それは、二代目との関係だった。
『二代目は立派な人だった。でも、それは村一つを治める立場なら、だ。初代のことを野蛮だとか言っていたけど、騎士である二代目が堂々と弓や鉈を使うのは正直言って周りからすれば不評なんだよね。でも、土地柄的にそんな事も言っていられない。余裕がなかったし。ただ、余裕が出て来ても二代目は実用性重視だったんだ』
それが悪いとは言えない。ただし、デメリットもあった。貴族社会。特に、周囲との交流を持つ時に、侮られる傾向にあったらしい。
それでも、二代目は弓を手放さなかった。
『初代の背中を守るために弓を選んだとか、本人がいれば色々というかも知れないね。けど、領地の規模が大きくなるとデメリットの部分が大きくなったんだよね。だから、僕は二代目の指示に従わなかったよ。剣を取ったのは、僕の代ではしっかり貴族をしています、ってアピールもあったから』
俺は腕を組みながら、首を傾げ。
「そういうものなんですか? それで周囲との関係とか変わるんですかね?」
『見た目は大事だからね。実用性重視なら、僕だって弓を持つよ。まぁ、陪臣騎士も増えて、兵士も増えたからね。弓を持つ必要性がなくなったのも理由の一つだけど』
俺は、三代目がどうしてこんな話をしているのか気になった。無駄なことをしているようで、そうでもないのが三代目だ。何か意味があるのではないか?
そう思っていると。
『……人はね、状況に合わせて変化できる。でもね、歳を取ると意固地になってなかなか難しい。だから、やっぱり代替わりは大事なんだ。いつまでも口出しをしていたら、次の世代が育たないし』
周囲の景色が暗くなる。だが、月の光が強くて周囲は暗くなかった。満月が綺麗だった。
『ライエル、僕は宝玉に関していくつか仮説があるんだ』
月を見上げた三代目が、宝玉について語り出す。
「仮説ですか」
『そうだよ。まぁ、妄想と思ってくれていい。宝玉を作りだしたセプテムさんはそんなつもりがなかったかも知れない。だけど、らいえる君が言っていたね。ライエルに体を返せ、って』
らいえるが言っていた事を思い出す。最後まで分からない奴だったが、自分の体だから返せと言ってきた。実際、それが出来たのかどうかは分からない。
『歴代当主のスキルを記憶するのは分かる。実際、玉はそういうものだし。ただ、宝玉になって僕たちの記憶まで精密に再現する、って意味があるかな? 最悪、意志なんか必要ない。使っている光景を見せて説明させればそれで事足りる』
「言われてみれば確かに。でも、そうなると三代目の仮説は――」
『――記憶や意志、そして当時の全てを記憶して、持ち主の体を奪う事じゃないかと思っているんだ。玉はその能力を制限されたものじゃないか、って思っている』
俺が立ち止まると、三代目も立ち止まった。
「それが事実なら、歴代当主たちが消える理由が――」
『宝玉が取り戻したかったのは、本来のライエル。そして、僕たちからは本当にスキルの継承だけをさせたかったのかも知れない。まぁ、宝玉に意志があれば、の話だけどね。あるとは思うけど、その辺はハッキリしないからさ。今更どうでも良いことではあるけどね』
俺は俯き、そして顔を上げた。三代目は、真剣な顔つきだった。
「なら、セレスは」
『アグリッサは、セレスの体が欲しいのかも知れないね。いや、器かな? 血縁者に反応しやすいのも、もしかしたらそちらの方が都合は良いからかも知れない』
宝玉から声が聞こえた時、歴代当主は俺が血縁者であると気が付いていた発言をしていた。俺は三代目を見る。
「三代目は――他のみんなは、体を乗っ取ろうとか思わなかったんですか?」
『僕たち? まさか。今更外に出てやる事なんて……いや、今の時代の本とか沢山読みたいけど。もう、アラムサースの図書館に住み着く感じで読みあさりたいけど、流石にそこまではしないよ。だって、僕たちの時代じゃないし』
笑う三代目は、また歩き出す。慌てて俺もついていくと三代目は微笑んでいるように見えた。
『それにしても、女神様っていうのはアレだね』
「アレ?」
『女神と言いつつ、面倒事をまき散らしてくれたものだよ。セプテムさんの話とか、明らかに与えすぎて住人を逆に駄目にしているし。アグリッサもセプテムさん系列だよね? いや~、本当にやってくれたものだよ』
女神に対して、敬う気持ちが一切ない三代目。まぁ、俺としても色々と事実を知ると首を傾げたくなってしまう。
そして、次第に空が明るくなり始めた。記憶の部屋らしく、時間など関係ないのか朝日が昇ろうとしていた。
三代目は言う。
『まぁ、嫌な予想が的中しない事を祈ろうか。ライエル、もしもセレスがアグリッサに乗っ取られそうなら、その前になんとしてでも倒すんだ。セレスが簡単に体を乗っ取られるとも考えにくいけどね。それと、どうしても負けそうなときは――』
俺は頷いた。
「分かっています。そうならないように努力しますよ。まぁ、勝てない戦はしない主義です。勝てると思うから、セレスに戦いを挑んでいる訳ですし」
三代目は嬉しそうで、それでいて悲しそうにも見えた。
『そうだ。無謀な戦いをするのは馬鹿だ。まぁ、馬鹿でも良いんだけどね。本当の英雄は大概馬鹿だったりするし。初代のお爺さんとか、そのタイプじゃないかな?』
アグリッサに勝利し、そしてバンセイムに殺された先代のライエル――俺たちのご先祖様だ。確かに、その手のタイプだった。
三代目は、肩をすくめ溜息を吐いた。
『まったく、物語みたいに英雄が出てこないかな。悪逆非道のセレスを倒す馬鹿で強くて恰好いい英雄様が。そうすれば、ライエルはもっと楽な道を選べたのにね』
「そうですね。俺もそんな人がいたら、すぐにでも今の立場を譲りますよ。サポートに徹して、戦後はノウェムと二人でどこか遠くの土地で畑でも耕して……いや、村でも興そうかな? きっと荒廃しているでしょうし」
三代目も頷きながら「そういう生活はいいよね。責任が少ないから」と言って、俺の意見に同意してくれた。
本当に――英雄が出てきてくれないだろうか。きっと俺より上手くやって、そして多くの人を助けてくれるに違いない。
『さて、ならスキルを教えようか。まぁ、難易度の割に扱いも難しいし、それでいて悪用できるというなんとも言えないスキルだけどね。二段階目【コントロール】――そして、三段階目の【ドリーム】だ。今のライエルになら、条件が整えば使用できるはずだ』
三代目の顔を見ながら、俺は頷いた。
そして、スキルの継承が終わると空が一気に明るくなる。
『夜明けだね。ライエルに取って、これが夜明けになる事を願いつつ僕は消えるとしようかな。……あ!』
急に三代目が叫ぶと、俺は驚く。
「な、何ですか急に。何か忘れていることでも?」
三代目は真剣な表情で、右手で口元を覆うと汗をかいていた。目を見開き、それから天を仰いで右手で顔を覆った。
『なんという事だ。ベストライエル賞がまだ決まっていない。いくつかノミネートはしているんだ。だけど、どうしても選考委員が僕しかいなくて……こんなに心残りを残すなんて……僕はなんて……なんて駄目な男なんだ!』
わざとらしい三代目を見ながら、俺は肩を落とした。青い空が広がり、日差しが暖かい。雲がゆっくりと流れ、周囲にはのどかの光景――そんな場面で、この人はいつも変わらない。
というか、絶対にわざと決めなかったのだ。その理由は何となく理解できた。
「……わざと決めなかったんですよね? 今はその時じゃない、って感じですか」
『……分かってしまうか。流石はみんなが鍛えたウォルト家の秘蔵っ子だ。もう、心配ないみたいだね。まぁ、僕としては色々とありすぎて、ライエルこそがベストオブライエルに相応しいと思っているよ。君こそが、ライエルの中のライエルだ! 例えベストライエル賞にドレを選ぶかで意見が割れたとしても、これだけは満場一致で決定だよ!』
君こそが、などとキメ顔で言っているが俺以外のライエルってなんだろう? 本当に、最後までこの人は。そう思っていると、三代目が微笑んでいた。
『今のが僕がライエルに贈る言葉だ。もう少しだけ、相手の言葉から真意を探ってごらん。おっと、どうやら本当に時間が来たみたいだ。ライエル、ノウェムちゃんの事は頑張るんだよ』
直後、俺はハッとした。
気が付けばそこは円卓の間だった。
円卓の上には、かつて椅子があった場所に銀色の武器が七つ浮かび上がっている。残っている椅子は俺のものと、その後ろには記憶の部屋への入口であるドアがあるだけだ。
他の椅子は全てなくなり、入口であるドアもなくなっていた。
天井を見上げれば、大きな青い球体が輝き、その周りに二十四の小さな青い玉が全て輝きを放っていた。
全てのスキルが揃った。
全ての武器が揃った。
ただ、歴代当主全員がいなくなった。
それだけなのに、俺は涙が出て来た。
――誰もいなくなって寂しくなった。祖父として、親代わり、兄のように、友人のように、時には師として接してくれた歴代当主たち。全員がいなくなった。
ただ、そんな彼らに認めて貰ったと思えれば、嬉しくもあった。それでも、胸からこみ上げてくるのは悲しい気持ちだ。
あんなに五月蝿かったのに。
あんなに嫌だったのに。
あんなに……楽しかったのに、全てが終わってしまった。
ゆっくりと椅子に座る。いや、崩れ落ちた、に近い。両手で顔を覆い、そして泣いている自分の顔を隠した。誰から? 自分でも分からない。
セレスによって奪われ、結局は記憶も帰ってこなかった。今の俺には、家族らしい付き合いをしてくれたのは歴代当主との思い出しかない。
完璧な人たちではなかった。
誰もが問題があった。
それに、駄目な部分も多かった。
それでも、頼りになった。知識やスキルで俺を支えてくれた。
「ノウェムの事だってあるのに、もう考えられないじゃないですか。なんでこんなに胸が苦しいんだよ。今まで何度も別れだって経験してきたのに」
一つ一つ消えていく度に、何かを得てきた。だが、失うものがなくなった時、俺はとても悲しかった。
そして、俺は三代目の言葉を思い出す。
「三代目のあの言葉――」
ライエルの中のライエル――この言葉は、三代目なりの励ましではなかったのか? 記憶を奪われる前の俺、そして先代であるノウェムが固執するライエル。それらを一纏めにして、本物は俺なのだと……自分たちが本物だと認めるのは、俺なのだと。
顔を上げ、三代目の席を見た。そこには飄々とした三代目の姿がない。代わりに浮いているのは、刃のない剣だった。手を伸ばすと、柄がこちらに浮んでくる。
握ってみると、薄らと刃が見えた。
掴み所のない三代目らしく、見えず、しかも長さも自由に調整できる厄介な剣だった。握りしめると、三代目が言いたかったことがようやく分かった。
左手で涙を拭うと、俺は右手に持った剣の柄を手放す。
「……見ていてください。俺はみんなの秘蔵っ子ですから。必ず……やり遂げて見せますから」
俺は、宝玉内から現実へと意識を戻すのだった。




