絵日記
――シャノンは、自室で絵日記をつけていた。
目の見えないシャノンだが、魔力の流れを見ることは出来た。そんなシャノンにとって文字や絵は基本的に意味がない。
ただし、最近になってモニカたちが用意したインクや色つきのものを使用して絵日記をつけるようになった。ミランダが、何もしないのでは読み書きや計算も衰えるからと、半ば強制的につけるように言いつけていたのだ。
そのため、ヴァルキリーズのサポートを受けつつだが、シャノンは絵日記をつけている。
○月×日。
『今日はライエルがフィデルさんに追いかけ回されていました』
『なんでも、ヴェラさんを忘れていたとかなんとか言って追いかけ、ライエルは謝り続けていました』
『解放されたライエルは、居場所を教えたエアハルトに復讐を誓っています』
『実は、居場所を教えたのは私です。ライエルの勘違いです』
『でも、おかげでフィデルさんからはお菓子を沢山貰いました』
『悪いと思ったので、エアハルトにはお菓子をあげました。首を傾げていたけど、これで許して欲しいです』
そこまで書かれた日記の上には、お菓子の絵やライエルがフィデルに追いかけ回されている絵。それに、エアハルトの絵が描かれていた。
ただ、シャノンはサポートを受けているといっても、絵心はあったのかある程度の形になっている絵が描けていた。魔力の流れを読み、ものの形を把握できるので形などは掴めている。
しかし、色となると少し微妙なのと、細部に関してはヴァルキリーに手伝って貰っていた。余談だが、手伝っているヴァルキリーはサークライ姉妹派だ。
「はぁ、終わった~」
背伸びをするシャノンに、ヴァルキリーが言う。
「手が汚れているので先に拭き取ってください。それにしても、以前より随分と上達しましたね。これなら、絵日記自体をもう少し良い物を用意しましょうか」
シャノンは机の上に顔を乗せながら。
「嫌よ。前は三行くらいで良かったのに、今は分量も増えるし絵までしっかり描け、って言われるのよ」
ヴァルキリーはシャノンの絵日記を乾かしながら。
「ミランダさんも嬉しいのでは? それにしても、絵心があるとは意外でしたね」
シャノンは髪をかき上げた。ヴァルキリーが「あ、髪にインクが……」などと言っているが、本人は気にしない。
「やっぱり、私って才能があるのよね。ほら、才女? だから」
見栄を張っているシャノンを見ながら、ヴァルキリーは微笑ましい気持ちになっていた。
「その自信とか、駄目なところが最高ですね。シャノンさんのヒヨコ様は、ご主人様とのハイブリットで駄目な部分を受け継いでくれる事を祈ります」
シャノンも流石に馬鹿にされていると思ったが、聞きたいのは後半だ。
首を傾げながら。
「普通、駄目な部分とか引き継いで欲しくないわよね?」
すると、ヴァルキリーが大げさに動いた。表情は動いていないので、なんとも微妙な感じである。
「そんな事はありません! 駄目であれば駄目である程に尽くし甲斐があるではありませんか! ちなみに、シャノンさんはヴァルキリーズの中では一番人気ですよ」
シャノンは思った。
(なんだろう、まったく嬉しくない評価よね)
そう思っていると、部屋にミランダが戻ってきた。疲れている様子なのは、サウスベイムで開かれている会議が連日続いているせいだろう。
大きなせいかもないまま、あまり進まない会議が続いていた。疲れるのも無理はない。
「あら、絵日記が終わったところ? 見せて」
ミランダがシャノンの絵日記を手に取ると、読みながら。
「……ライエルがエアハルトを自由騎士とかいうものに任命するとか騒いでいたけど、まさかこれが原因かしら?」
シャノンはミランダに絵日記を返して貰いながら。
「自由騎士?」
自由騎士――騎士は分かるが、自由の部分が理解できなかった。すると、ミランダが部屋の中で服を脱ぐ。ヴァルキリーがその服を回収すると、ミランダは下着姿で用意していた部屋着に着替えていた。
「騎士階級を持つけど、主君を持たない騎士、かな? ほら、ギルドは完全にライエルの支配下でしょう。だから、信用のおける冒険者パーティーや傭兵団には、そうやって騎士の称号を与えるとかいう話を出してきたのよ」
シャノンはソレが不思議だった。
「復讐するのに、褒美を上げるとか意味不明よね。それとも、実は酷い立場とか?」
ミランダはニヤリと笑いながら。
「そうでもないわよ。冒険者にしてみれば、これ以上はない信用の証だもの。国が認めた騎士なのよ。仕官するにも有利だし、仕事をするにも信用が違うわ。まぁ、ライエルからすれば、騎士に任命したんだから、しっかり世のため人のために働け、って事らしいけどね。どんな報酬を用意するかも決まっていないけど、確かに割と面倒かも知れないわね。私なら拒否するわ」
シャノンは思った。
(どうせライエルの事だし、メリットばかりじゃないわよね。はぁ、エアハルトにちゃんと謝っておこうかな)
「でも、ライエルの居場所を教えたのは私なんだけど?」
シャノンが気まずそうに言うと、ミランダは手を振りながら。
「あぁ、いいのよ。エアハルトも実はフィデルさんに協力したらしいから。ほら、前に女性冒険者を押しつけられたじゃない。その仕返しでフィデルさんにエアハルトが協力したらしいのよ。それが許せないんだって。確か……『俺も頑張っているんだから、お前も頑張れ』とか前に言っていたような。まぁ、仲間同士のじゃれ合いよ」
シャノンは思った。エアハルトもエアハルトだとか、ライエルが怒っている理由が分からないとか、そういう事ではなく。
(お菓子をあげなくても良かったわね。絵日記は書き直しておくわ)
悔しいので、絵日記は書き直すことにするシャノンだった――。
「俺も頑張っているんだ。お前も頑張れ。それと、おめでとうと言わせて貰うよ、エアハルト」
「てめぇ、ふざけんじゃねーぞ!」
サウスベイム冒険者ギルド。
その狭いギルドの中、俺は職人に用意させた小さな勲章を持ってエアハルトの下を訪れていた。わざわざギルドに呼び出して貰っていたのだ。
ただ、話をするとエアハルトが憤慨しだした。
「どうして怒るのか理解できないな。こっちはお前を評価して、それなりの待遇を約束しているだけだ。まだ詳細は決まっていないが、主君を持たない騎士としての地位を用意したんだ。ついでに報酬もあるぞ」
革袋に入った報酬は、金貨だ。多いとは言えないが、それでも他の冒険者たちからすればきっと大金だろう。
「余計な事をするんじゃねーよ! お前、分かってやっているだろうが!」
「なんの事かな? でも、これでまたモテるね。出会った時の目標は達成したようなもの。まったく、羨ましいよ」
本当は羨ましいなどと少しも思っていない。嫌がらせが出来て楽しいだけだ。女性問題で頭を悩ませているエアハルト――それが分かってやっているのだから。
宝玉内の三代目も楽しそうに。
『世の中、復讐は相手の嫌がることをしないとね。ライエル、やっぱりその人個人がもっとも嫌がることをしないと復讐じゃないよね。素晴らしい報酬だ!』
俺も三代目の意見に同意だ。
フィデルさんに追い回され、それを手助けしたエアハルト――この野郎、ハーレムが欲しいとか言っていたくせに、俺がハーレムを用意してやると逆ギレしやがった。
しかも、仕返しまでしてきたのだ。恩を仇で返された。
「まぁ、これで将来は安泰だよね。流石はサウスベイム一の冒険者だ。これからも期待しているよ。あ、そうそう……受け取りを拒否するのは出来ないから。これ、自由騎士を輩出したギルドにも恩恵が出るようなシステムなんだ。ギルドも大喜びだから」
笑顔でエアハルトに勲章をつけてやった。
いくつか試作品として用意して貰っており、その中で相応しい物を選んで持ってきたのだ。今後、これが自由騎士の証明になるだろう。
主君を持たないが、国を超えて力なき者たちを守る自由騎士。是非ともみんなの憧れになって欲しい。
三代目が真面目な雰囲気で。
『まぁ、冒険者を締め付けるだけでも駄目だからね。こうやって、希望があると見せておくのは重要だ』
エアハルトは、ギルドのカウンターの奥を見ていた。そこには、エアハルトの憧れであるマリアーヌさんが俺たちの方を見ていた。
嬉しそうに手を小さく振っているのは、エアハルトが勲章を貰って認められたからだろう。ついでに、色々とギルドにも恩恵があって経営者の意見として嬉しくもあるはずだ。
断れない雰囲気を作った三代目の提案だが、エアハルトの悔しそうな表情を見て成功したと思い嬉しくなる。
……まぁ、皆が憧れるような騎士という立場。しかも、今後が安泰というから、周囲の冒険者たちも食い入るように見ていた。
エアハルト的には、これ以上は目立ちたくないとでも思っていたのかも知れない。
俺は周囲に顔が見えないようにしてから、エアハルトの両肩を掴んだ。
暖かくなってきたが、やはりタンクトップなので肩はむき出しだった。
「これからも期待しているよ、自由騎士エアハルト・バウマン君」
笑顔――自分でもきっと嫌な笑顔をしていると思うが、笑うのが押さえきれなかった。
小声で。
「俺の仕返しは気に入ってくれたかな?」
エアハルトは引きつった笑みで答えてきた。
「あぁ、気に入ったよ。絶対に忘れないからな。いいか、絶対だぞ」
周囲でエアハルトを見てキャーキャーと声を上げる女性たち。サウスベイムで活躍している事もあって、やはり人気なのだろう。
これからもっと人気が出るはずだ。
三代目が笑いながら。
『いい事をすると気分が良いね』
俺もそう思った。
数日後。
サウスベイム上空で、俺は港から出て行く船を見ていた。
麒麟姿のメイの背中から、サウスベイムを見下ろしていた。
「ライエル、ノウェムと喧嘩したけど仲直りはまだなんだって?」
心配したメイが声をかけてくるが、俺は空の上で冷たい風を受けながら頷く。
「喧嘩以上だよ。どうすればいいのか分からない」
すると、メイはしばらく考えてから、少しだけ首を振った。
「人間は面倒だよね。僕たちなら強いオスに種を貰って終わりなんだけど」
「……そういうサバサバしたというか、ドライな関係を人間に求めるな。それでいいなら、俺はハーレムで悩まなくて良いはずだ」
そうだ。そんなにサバサバした奴ばかりなら、俺はハーレムで人間関係に悩まなくていいはずなのだ。
物語では、ハーレムと言えばもっと優しいというか、甘い感じのはずだ。なのに、俺のハーレムは、苦みがあるではなく、明らかに一歩間違えば血の味がしそうだ。いや、宝玉内だからと本気で殺し合った事もある。
一歩間違えれば血の海だ。
「押し倒せば解決するのに」
「……お互いに納得したいと思ったら駄目なのか?」
そんな胸の内を、メイに語る俺はしばらく空の上で考えを巡らせるのだった。
――シャノンの絵日記。
そこには、ジュールと酒を飲んで顔を赤くしているライエルの絵が描かれていた。
『酒盛りをすると言い出して、ライエルがみんなの引き留めを無視してお酒を飲みました』
『案の定、一杯目を飲み終わる前に倒れました』
『ジュールは笑っていました』
『次はもっと弱い酒を持ってくる、と言っていました』
『ルドミラもいて、倒れたライエルに膝枕をしていました』
『友達のエリザは複雑そうでした。でも、お姉様に止められました』
『グレイシアとルドミラが睨み合っていて、怖かったです』
絵日記を乾かしていたシャノンは、前の絵日記を読み返していた。
「こんな事もあったわね」
今ではもっと細かく書くようになり、絵の方も上達している。少し恥ずかしい気もするが、それでも毎日つけており大事な宝物になっていた。
窓の外を見ると――いや、顔を向けると日差しを肌で感じた。
暖かい、ではなく暑い日差しにゲンナリしてしまう。
季節は移ろい夏になっていた。
バンセイムに対抗するために開かれた大会議。
それから二ヶ月が過ぎるともう夏だ。食糧確保を最優先に動いている今のライエルたちは、ルフェンスやベイムで忙しく働いていた。
シャノンはルフェンスの王城で働いており、主に雑用をする毎日だった。
「夏が終われば秋が来て収穫、そしたら――」
そしたら、ついに決戦の時だ。
バンセイム最強のウォルト家を下したのだ。連合に参加する国々の多くは楽観視している部分もあった。それでも、バンセイムが何十万という軍勢を持っているのには変りがない。
マイゼルの墓を建てて以降も、セレスはバンセイムで非道を続けていた。
目を塞ぎたくなるような光景がバンセイムでは日常になりつつあった。
味方からも、すぐに行動を起こすべきと言う声も強まっている。
ただ、動けるだけの食糧がないのも事実だ。加えて、荒廃したベイムの復興も急務だった。
シャノンは、乾いた絵日記を確認すると閉じる。そして、開いている窓から顔を出し、外を見た。
魔力の流れによって、周囲の状況を知ることはできる。
以前よりも準備が整ったライエルの陣営を眺めていた。ウォルト家の軍勢を解体し、再編成したことで最初は問題も多かったが今はバンセイム打倒でまとまっている。
準備が整い始めていた――。




