ブロードとマイゼル
それは七代目である祖父と父であるマイゼル――八代目の記憶だった。
ゼノアお婆さまの子である八代目は、とても優秀だった。ブロードが父のハルバードを選ばず、銃を選んで自分のスタイルで戦うのを選んだ。それは父である六代目と比べられたくないという思いから来ていた。
俺の記憶に最も近いウォルト家の屋敷では、ブロードがマイゼルに向かって言う。
『銃は良いぞ、マイゼル。引き金を引くだけで遠くの敵を狙えるからな。それに、弓と違って最近は威力も――』
銃の魅力を語るブロードに、首を傾げたのは幼い少年のマイゼルだ。
『そうでしょうか? 弾数制限に加えて弾薬の補充はとてもお金がかかります。それに、容易に防ぐことも可能です。兵士相手にはともかく、騎士が相手では効果が薄いと思いますが? それならまだ弩を持った方がいいです』
『……え?』
マイゼルのために銃を買っていたブロードだが、そんな事を言われてはプレゼントを渡せないようだ。背中の後ろに隠しており、困った顔をしていた。
ブロードは少し困ったような顔をしながら笑うと、片方の手で身振り手振りを加えだした。
『そ、そうか? だが、今はデザインも良いからな。お前も一つくらい――』
マイゼルは十歳にはなっていないだろう。その位の年齢だが、それでもしっかりしていた。父であるブロードを見上げており。
『いえ、結構です。既に自分にあった武器を選んでありますので。武芸の先生と相談して、私はサーベルを選ぶ事にしました。魔法の得意な私には遠距離を攻撃する手段も万全ですので』
俺はいたたまれない気持ちになりながら、横に立つ七代目に視線を向けた。記憶の中のブロードも、肩を落としていた。
『……そ、そうか。それではサーベルで良いものを』
『いえ、既に製作を依頼しております。少々値は張りますが、母上が少し良いものの方が長持ちすると言ってくださったので』
俺は七代目を見る。今までとは違い、なんとも言い難い視線で。
すると、七代目が片手で顔を隠しながら。
『う、うん。実に優秀だった。マイゼル自身、わしを軽んじている訳ではない、と思う。いや、思いたい。実際、礼儀もしっかりしていたからな。だが、わしとしてはもっと甘えて欲しいというか、ここまで優秀でなくとも、などと色々と思うところが』
自身が当主として相応しくなれるのか苦悩した幼少時代。それを息子には経験させないように、などとしていた七代目は見事に空振りをしていた。
俺は幼い姿の父を見た。
「よく考えてみればそうですよ。父だってセプテムの血を引いていますから」
七代目が溜息を吐いた。もう少し可愛げがあれば良いのに、などと思っているに違いない。優秀過ぎて、七代目的には余計にプレッシャーが大きくなったのかも知れない。
『贅沢な悩みだというのも分かってはいるのだ。だが、わしが色々と教えなくとも、マイゼルはよく学んでいた。家庭教師も褒め称えていたよ。まぁ、セプテムの記憶というものは引き継いでいなかったらしいがな』
父は優秀だった。それは理解しているつもりだったが、どんな人間だったのかよく思い出せずにいた。
そうして周囲の景色が変わると、ブロードは自室のベッドに座って肩を落としていた。手にはプレゼントするつもりだった銃の入った箱を持っている。
そんなブロードを見て呆れていたのが――。
「ゼノアお婆さま」
――七代目の妻であり、セプテムの血をウォルト家に伝えたゼノアお婆さまだった。赤いドレスを着ており、ブロードを見て呆れていた。
『なんですか、そんなに落ち込んで。ウォルト家の当主が情けない』
『そ、そうは言うが、わしはセントラルから戻ってきたばかりなのだぞ。今回は少し領地を離れすぎた。だから、マイゼルも寂しい思いをさせたと思って』
そう思ってプレゼントを用意したと思えば、まさかの受け取り拒否……いや、本気で欲しくなさそうにしていた。流石にブロードも渡せなかったようだ。
ゼノアお婆さまが言う。
『すぐに渡してしまえば良かったのです。そうすれば、変に気を遣わず渡せないなどという事もないでしょうに。それに、貴方がセントラルに入り浸るから悪いんですよ。マイゼルだって、貴方が嫌いなわけではありません。ただ、憧れが強いのです。陛下の相談役になどなるから』
陛下、というあたりでゼノアお婆さまの口調が少し忌々しいと感じさせた。ゼノアお婆様もバンセイム王家と色々とあり、何かと思うところが多そうだった。
ブロードは肩を落としながら。
『そうか。わしに憧れてくれるのか。ならば、もっと頑張らないといけないな』
『貴方! いい加減にしてください。あんな王家に忠義など尽くして……ウォルト家が私の実家に協力していれば、今頃は相応の地位にいたというのに』
そんなこと言い出したゼノアお婆さまを見上げ、ブロードは言う。
『……いや、その時は出会っていなかったからな? それに、わしは今の地位でも手に余っているんだが? 正直言って、マイゼルの子か孫のあたりで侯爵か公爵になれればいいかと思っているし』
普段、外では堂々としているブロードだが、内心では疲れていたような感じだった。ゼノアお婆様が言う。
『もっと覇気を持って! 貴方が本気なら、バンセイムだって今頃はウォルト家の手の中にあったのですよ! それこそ、マイゼルかマイゼルの子の世代では大陸の再統一だって!』
ブロードは笑っていた。
『ゼノア、わしは正直に言って……そんな事に興味がない! お前が傍にいればソレでいい』
凄く良い笑顔だった。そんな笑顔で大陸の再統一に興味がないと言われ、ゼノアお婆様が叫び始めた。
『私の実家の夢なんですよ! それがどうして……ウォルト家と言えば、バンセイム最強ではないですか! もっと自信を持ってください! あの外道のバンセイムを玉座から追い落としたいのに、貴方は相談役など引き受けるからぁぁぁああぁぁぁ!!』
七代目が、アゴに手を当ててその様子を見ていた。柔らかい表情をしており、ゼノアお婆様を見ては懐かしそうにしている。
そして一言。
『ゼノアもいれば、ライエルが大陸の再統一を目指すと聞いて狂喜乱舞しただろうな。というか、今見ても可愛いな』
叫んでいるゼノアお婆様は、ウォルト家の家訓にピッタリの女性だ。外見の容姿も整っており、確かに美人だ。だが、叫んでいる女性を可愛いと言うのはどうだろう? 俺は俺のハーレムメンバーが叫びだしたら、その場から逃げることだけを考えて行動するだろう。
全力だ。全力で逃げにいく。
すると、七代目の微笑みが少し悲しそうになる。
『いや、いればライエルがマイゼルと戦う光景を見ることになる、か。それは流石に駄目だろうな』
やはり、俺が父と戦うのを気にしているようだ。だから、俺は七代目に言う。
「七代目。いえ、お爺様――」
目を覚ますと、ポーターの荷台は暗かった。
少し肌寒く感じるのは、俺より先に目を覚ましたモニカがポーターの窓を開けて換気をしているからだろう。急激に寒くなり、毛布の外側に冷たい空気が触れているのを感じた。
内側の温かさを奪われている気分になりながら、上半身を起こすと寒くなって毛布に包まり身を縮めるクラーラの姿を見た。
可愛らしいと思う。
「おや、もう起きてしまいましたか。私のチキン野郎を起こすという仕事を奪っておいて、そんな眠い顔をしているのは許されませんね。さぁ、一度横になりなさい。私が添い寝をして、起きたチキン野郎が驚くところからスタートですよ!」
「なんだよ、その面倒な起こし方は? もっと普通で良いんだよ。どいつもこいつも……少しはダミアンのところのオートマトンを見習えよ」
すると、モニカは俺の方を向いてツインテールの片方をかきあげ、腰に手を当ててポーズを作っていた。やたら様になって見えるから腹が立つ。
「騙されていますね。あいつらが普通だと思っているなら大間違いです。他の劣化品と同じように、あいつらがどれだけえげつないか。チキン野郎にこれ程までに真心をもってお仕えしているのは、このモニカだけですよ」
「絶対違うだろ」
朝のモニカとのどうでもいい会話をしながら、俺は涙がこぼれたので左手の甲で拭った。
「欠伸もしていないのに涙ですか?」
そう聞かれ、俺は頷いておいた。
「そうだよ。……欠伸だよ」
――行軍しているマイゼルの下に、部下が馬に乗ってやってきた。
伝令であり、何か重要な知らせがあるのだろう。マイゼルは近くに呼び寄せると、報告を聞く。
「どうした」
馬上で姿勢を崩さず、慌てることのないマイゼルは部下の報告を待つ。
「はっ! 偵察に出ていた部隊が、国境付近で賊軍を発見いたしました。その数は七万。こちらよりも多いとの事です。既に待ち構えており、回り込むことは難しい地形です」
マイゼルはその報告を聞くと、頷く。
「籠城ではなく打って出たか。まぁ、アレにも領主の心得くらいあったようだな。だが、私たちに野戦を挑むとは……やはり追い出して正解だった」
マイゼルの隣で馬に乗っていたのは、ベイルだ。鎧を着ており、兜は脱いでいた。
「マイゼル様、このまま正面から戦うおつもりですか?」
すると、マイゼルは表情を変えずに。
「回り込めないならば、本隊はこのまま進むとしよう。籠城をされるよりも楽でいいからな」
ただ、本隊が回り込めないだけで、別に少数の部隊なら回り込めるのだ。マイゼルは伝令である騎士に伝える。
「遊撃部隊を回り込ませろ。敵も警戒しているかも知れないが、油断していれば奇襲が可能だろう。ウォルト家の精鋭から――」
「――マイゼル様、その役目、このジェラードにお任せくださいませんか」
マイゼルの言葉を中断させたのは、男爵だった。ベイルが不快感を示してその老人【ジェラード・フォクスズ】を睨み付けていた。白髪混じりの長い髪と髭を持つ男は、フォクスズ家の現当主だった。
マイゼルは、ベイルが何か言いたそうにしているのを手で制した。
「珍しいではないか、ジェラード殿。私が記憶している限りでは、そんな事を言われたのははじめてだ。何か気になる事でも?」
すると、我慢できなくなったベイルが、マイゼルの制止を無視して口を挟む。
「マイゼル様、そやつの娘はライエルに付き従っています。我々を騙すつもりやも知れません」
本来なら、ベイルはウォルト家の陪臣だ。そして、ジェラードは男爵であり、バンセイム王国の直臣という立場の領主だ。どちらの立場が上かと言えば、ジェラードだ。しかし、ジェラードはそんな事は気にしない。
これが、ウォルト家の犬と言われる理由でもあるが、ジェラードもマイゼルを主君のように扱っていた。本来なら、バンセイム王国にとってかなり不敬な態度でもあった。
「だからこそ、です。娘であるノウェムは一族の中でも魔法の才能は天賦のもの。フォクスズ家の人間が押さえるのがよろしいかと」
すると、マイゼルは顔を前に向けてしばらく時間を空け、それから答えるのだった。
「……ノウェムがどこにいるのか分からない。戦場にいるかどうかもだ。発見次第向かって貰おう」
「はい」
ジェラードが頭を下げ、マイゼルの指示に従うとベイルは不満そうにしていた。そんなベイルに、マイゼルは少し笑ってみせる。
「そう怒るな。フォクスズ家が認める魔法の才能だ。脅威には違いない。しかし、そうなるとアレの婚約者にしたのは勿体なかったな。ジェラード殿、生け捕りに出来たらそうするがいい。必ず殺す必要もあるまい」
マイゼルなりに気を遣ったのだろうが、ジェラードはそんなマイゼルに言い返した。
「いえ、お気遣いは不要です。娘を――ノウェムと戦うのならば、手加減など出来ません。殺すつもりで戦う事をお勧めします」
周囲の騎士たちが少し驚いたが、マイゼルが代表してジェラードに言う。
「そこまでか? しかし、そんな才女が、よくアレについていったものだな。アレの婚約者として認めた私にも責任はある。発見次第、ジェラード殿に報告させよう」
自身の父からかなり警戒されているノウェム。
そして、両軍の激突はすぐそこまで迫っていた。




