深く静かに牽制せよ
『最初に一つ。どんなに強い連中を集めても、それを束ねられる指揮官がいない事には集団として弱い。逆に、どんなに弱い連中の集まりでも、指揮官がそれなりならそれなりに動いてくれる』
三代目の言葉を聞きながら、俺は計画書の方を作成していた。執務室では、朝から机の上に置いた空になったカップから白い湯気が立ち上っていた。
暖まりきっていない部屋の空気のおかげか、眠気が吹き飛んでしまう。七代目が三代目の言葉を引き継ぎ。
『しかし、集団とは面白いものでな。指揮官として有能なものが、必ずしも強いという訳ではない。だが、強さがなければ、兵たちは指揮官に従わない。勇将の下に弱卒なし、というのは頼りない指揮官では兵たちが動揺するという意味でもある訳だ。……まぁ、なにが言いたいか、ライエルも分かっているだろう?』
モニカが俺の身支度を調え、朝食の用意のために部屋から出ており今は部屋の中に一人きりだった。
「実績ですね」
三代目が嬉しそうに返事をする。
『そう。実績があるというのはそれだけ大きな力だ。周囲が認める実績を持つ指揮官を育てる。僕の場合は小規模な集団しか経験がない。だから、今回は七代目が中心に計画を立ててみた』
七代目は少し声が嬉しそうだった。他の歴代当主たちと違い、更に大きな万単位の軍勢を指揮していたために自信があるのだろう。
俺は七代目の言葉を待ったが――。
『ふっ、ハッキリ言おう。……即席の指揮官など育てるなどほとんど不可能だ』
――いきなり全否定してきた。
「……そういう冗談とかいらないです」
『お、おい! ちょっと待ちなさい、ライエル! いいか、規模が大きくなればそれだけ覚えるべき事が多いんだぞ! 集団のルールに加えて、上の人間は他の事も……数十人規模の兵を率いる者と、数千の規模の兵を率いる者が同じ感覚でいい訳がないのだよ!』
「あれ? 基本は同じじゃないんですか?」
俺は部屋が暖かくなってきたのを感じながら、椅子の背もたれに体を預けた。
『基礎の基礎は同じだ。だが、圧倒的に時間が足りないからな。育てている暇がない。だから、それなりの規模を率いていた小隊長格を引き連れて迷宮に入る。迷宮内ではライエルはあくまでもサポートだ。命令を出し、各小隊には伝令を出して対応する。ウォルト家のやり方を迷宮内で実行し、ついでに体に覚えさせる』
迷宮内に入れば俺はあくまでもサポートに徹し、他はスキルのサポートなしでも戦えるようにする、という事だろう。
俺は口元に右手を持ってくると。
「それだけやって、勝率はどの程度上がるんでしょうね」
三代目が飄々とした口調で。
『さぁ? でも、やらなければ確実に負けるだろう。何しろ、ライエルはスキル特化。マイゼル君は真逆の地力で勝負というタイプ。しかも相手にスキルを使わせないとか……結構不利な状況だからね』
七代目もそれを危惧していた。
『ウォルト家が積み上げてきた歴史もある。兵士も体に染みついたような戦い方をしてくるからな。加えて、マイゼルの戦い方に特化している軍勢……付け焼き刃でも実行しなければ、確実に押し込まれる』
迷宮での訓練をしなければ、まともに戦える状況にもならないという事らしい。
「……バルドアは残すとして、ブロア将軍には同行して貰いましょうか」
それは二人も考えていたのか、三代目が更に条件を出してきた。
『色々と話しておくのもいいだろうね。それと、連れていった全員が何かを得られるとは限らない。最悪、一割から二割が成功。それ以外はただ迷宮に入っただけ、という事になっても仕方がないね』
七代目はその意見に対して。
『明確な目的を持たせればいいのですよ。ある程度の基礎の確認が出来、迷宮内での目標を達成した者は昇進させてやると言えばいいのです。騎士や兵士を問わず、競争させましょう。個人としてではなく、小隊ごとの評価をすれば協力的になりますよ』
三代目がその意見に。
『個人としてではなく、小隊ごとに競争させる、か。うん、それがいいだろうね。小隊をいくつか管理させる連中も用意して、そいつらはそいつらで競争させようか。うん、面白くなってきたね。これでかなり不利な状況が、不利な状況、ってくらいまで持ち込めそうだ』
どちらにしても、不利であるというのは変わらないらしい。
――ライエルが忙しく迷宮へ向かう準備をしている頃。
ノウェムはルフェンスの領内。村の開発や、領内整備をするための集団が野営をしている場所……そこにある一つの天幕に客人を招いていた。
本来ならサウスベイムにいるノームのイニスが、物資の運搬についてきてノウェムのところにやってきたのだ。
「イニスさんが私のところに来るとは思いませんでした。ラウノさんは別件で仕事を依頼していますからね」
ノウェムは天幕内で、イニスを椅子に座らせて飲み物を用意していた。ルフェンス領内には色々と問題も多く、魔法が得意なノウェムが部隊を率いて復興を急いでいた。
軍を動かすにも街道を整備しなければ移動にかかる時間が増える。休憩できるような場所も確保する必要があった。
そのための工兵部隊を、ノウェムが率いていたのだ。
イニスはノウェムから飲み物を受け取りながら。
「サウスベイムで用意した輸送部隊の訓練もあったので、それに同行させて貰いました。誰に頼むか悩んだのですが……やはり、ノウェムさんにお願いするのが一番だと」
ノウェムも椅子に座ると、表情を変えずにイニスを見ていた。微笑んでいるが、イニスは内心で恐ろしかった。怖いからではない。ノウェムを見ていると、どうしても安心してしまうからだ。
(理由もなく、相手に好かれる……そんなスキルを持っているとは思えないし)
イニスが持つスキル【インフォメーション】は、手に入れた情報から未来予測を行なうスキルだ。その精度は高く、今までもラウノがイニスのスキルを頼ってきたことは何度もあった。
そのスキルを使用した結果、イニスの願い――いや、ラウノを騎士にするためには、ノウェムの助力が必要だと判断したのだ。
他にもライエルに近い女性たちが沢山いる中で、イニスはノウェムを選択した。
微笑むノウェムに、イニスは言う。
「あの……ラウノさんのことです。ラウノさんは元騎士で……カルタフスの騎士でした。でも、嫌な仕事を担当していて、最後にはカルタフスを追い出されて……」
イニスはもっと言うべき事を考えていたが、ノウェムの前に出ると急に言葉が出なくなった。いや、嘘を吐くのに抵抗が出たのだ。
「そうですか。情報屋にしては立ち居振る舞いにどこか芯がありましたからね。そういう事ですか。それで……イニスさんが私に求めるものはなんでしょう?」
イニスはノウェムを見ると、視線が外せなくなった。
「あ、あの……ラウノさんを騎士にしてください! ラウノさん、口では気にしていないとか言いますけど、まだ心残りがあって時々愚痴も……だから、ライエルさん……ライエル様に口利きをして欲しいんです!」
ノウェムは飲み物を一口だけ飲み込むと、微笑んだままイニスに言う。
「それがどういう意味か理解していますか? イニスさんのお願いを聞いて私がライエル様に口利きをしたとしましょう。私に言えばなんでも叶うと、厄介な輩も引き寄せてしまいます。ライエル様の周りには他の女性もいますからね。私の行動を警戒して人を集める人も出てくる可能性が出て来ます」
……つまり、ノウェムは現状のバランスを崩したくないのだ。イニスもそれは理解していた。だからこそ、ノウェムを頼ったのだ。
「私とこうして会っているだけで、噂は出ます」
「でしょうね。ですが、私は口利きをしません。ライエル様が必要だと判断するなら、そうするだけです」
イニスは表情を変えないノウェムに――。
「私にはスキルがあります。特殊なスキルで、発展する事もないスキルです。戦う力はありません。でも、私のスキルは凄く厄介ですよ」
ノウェムは微笑みを消すと無表情になった。イニスは冷や汗をかきながら、ノウェムに言うのだ。
「インフォメーション。未来予知にも似たスキルです。使い方は――」
イニスがスキルの名前を言っただけで、ノウェムは即断した。
「いいでしょう。そのスキルをライエル様のために使用するのなら、ラウノさんの件は私が責任を持って実行します」
まるでイニスのスキルについて知っているような態度。そして、ノウェムは立ち上がると、イニスに近付き耳元に顔を寄せた。
「そのスキルをライエル様のために使用する限り、私が貴方たちを保護します。ただ、他の方にそのスキルの使用を求められても、決定権は私にあると思いなさい。それを対価に、ラウノさんには相応の地位を約束します」
イニスはまるで強大な見えない手に掴まれたような。体が全く動かなくなった。恐怖を感じるが、それでも必死に何度も頷こうとした。
ノウェムはそんなイニスを見て、少し離れる。イニスは、それによって解放されたように荒い呼吸をするのだった。
「……そのスキルを絶対に他者に教えてはなりません。悪用されるのも厄介ですが、敵の暗殺対象になりかねませんからね。イニスさんは、このまま私と一緒にルフェンスの王城へ行きますよ。それから」
イニスはノウェムの顔を見た。少し心配している様子だった。
「……もう、このような事は止めなさい。ラウノさんは優秀です。黙っていてもライエル様は取り込みにかかりましたよ」
イニスはそんなノウェムに言うのだ。
「でも、表には出ない仕事を専門でするんですよね? それが悪いとは言いません。ラウノさんも、自分のスキルを活かせるならいいと思っています。ただ、そういったラウノさんは、立場も……それに、後ろ盾がないのは」
ノウェムはイニスの言いたい事を理解したのか、それ以上はなにも言わなかった――。
――ルフェンスの王城に到着したノウェムは、ライエルの部屋にイニスを連れて向かっていた。
出来るだけ人通りの少ないルートを選んだが、ライエルのところに向かえば当然だが護衛もいる。ヴァルキリーズに加えて騎士や兵士。そして、慌ただしく王城内を動き回る文官たちも多かった。
更には、厄介な相手とも出会ってしまった。
ノウェムとイニスと出会ったのは、リアーヌである。
「あら、これは珍しい。ノームのイニスさんでしたね? サウスベイムにいたと思っていたのですが?」
イニスのことを知っており、そして当然だがラウノと繋がりがあるのもリアーヌは調べている様子だった。
リアーヌも、ライエルの周囲にいる人物の情報を集めているのだろう。
「……ライエル様に面会を求められたので、私が王城まで案内しました」
ノウェムがそれだけ言うと、リアーヌは理解したようだ。少し残念そうに。
「そうですか。そうなると、ラウノさんもノウェムさんの……残念ですね。優秀な方だったのに。忙しくなければ、直接お会いできたのですが」
取り込むことを考えていたのだろう。イニスはなんと言っていいのか分からない――そういった表情をして困っていた。
その様子を見て、リアーヌはクスリと笑った。
「なにかあれば私も頼ってくださいね、イニスさん」
そう言ってリアーヌはノウェムたちから離れて行く。ラウノがノウェムの傘下に入った事を知りながらも、何かあれば受け入れると言ったようなものだ。
ノウェムはそんな歩き去るリアーヌの背中を見ながら。
(実に優秀ですね。ただ、イニスさんを傍に置けば厄介な事になりそうです)
リアーヌは正妻の座を狙っている。狙っていない者も多いが、露骨に狙っているのはリアーヌやルドミラだ。ミランダは一歩退いた形だが、それでも隙ができれば正妻の座を狙って行動を起こすだろう。
そこまでは考えていないが、グレイシアやエリザも同じだ。人数が増えた事で、バランスを取るのが非常に難しくなっていた。下手に人材の囲い込みを開始すれば、ライエルの足を引っ張る事に繋がってしまう。
ギリギリのところで、全員がそれを警戒していた。リアーヌも、ノウェムがイニスを連れているのを見たが、特にそれ以上は関わってこない。
(……ロルフィスの王女殿下。アレの婚姻を阻止したのは助かりましたね。王城内にいなかったので、どうなるか心配でしたが)
ライエルが情にほだされて、などというのは少ないだろう。しかし、国同士の繋がりを考え、妥協するのも十分に考えられた。
(いや、宝玉内の歴代当主の方々が……)
そこまで考えると、イニスがノウェムに声をかけてきた。いつの間にか、リアーヌの姿も見えなくなっていた。
「あの、ノウェムさん?」
「……失礼しました。さぁ、ライエル様のところに行きましょう」
ノウェムは歩き出し、そして思う――。
(このような事に、ライエル様を煩わせる訳にもいきませんね。さて、どうしたものか……)




