派閥
――ベイムの東支部は、冒険者ギルドの本部として機能していた。
もっとも、アデーレは会議室を借りてそこでベイムの復興などを行なっており、ほとんど泊まり込みで仕事の毎日だ。
ギルドには銭湯も宿泊施設もあるために、働ける環境にあったのも大きな要因だった。同時に、高級な宿泊施設を使わない理由は職場としての機能性もあるが日々の面会者に対する対応のためでもあった。
アデーレは革張りのソファーに座り、ローテーブルを挟んで元ギルドの幹部と話をしていた。相手は北支部――かつては港関係の冒険者たちを仕切っていた幹部だった。
「港はベイムが今まで管理してきた! それを一方的に奪うとはどういう事か!」
アデーレは目の下に薄らと隈を作りながらも、カップに注がれた苦みのきついお茶を飲んで意識を保っていた。
(もう、本当に帰ってくださいよ。こっちは忙しいのに……もう、あんたらの席なんか残っていないんですよ)
ベイム陥落。そうなった時、上層部はいち早く撤退した。そのため、ベイム内部での感情はライエルたちの印象操作もあって最悪である。事実、本部にしている東支部には名を偽って入ってきた。
ソファーの後ろにはマクシムが控えており、それ以外にも女性の騎士が数名控えている。四ヶ国連合から借りているのだが、ヴァルキリーズも控えておりアデーレは安心していた。
「……すでに貴方がたも理解されていると思いますが、最早ベイムは貴方たちを認めませんよ。だから名を偽って面会を求めて来たんですよね?」
アデーレは相手の表情が悔しそうに歪むのを見ていた。気を遣っている余裕がないというよりも、時間の無駄だったのだ。
ライエルが欲しいのはギルドのノウハウであり、巨大な権力を持った――それを行使していたギルドの幹部は不要だった。
「……ベイムの発展に協力して来た一部商人、そしてギルドの幹部の受け入れをお願いしたい。サウスベイムでも結構だ。こちらも手ぶらというわけではない。ベイムが管理してきた迷宮に関する情報は必要だろう?」
相手もアデーレたちがノウハウを欲しているのを予想しており、管理ノウハウを提供すると申し出てきた。しかし、アデーレは興味がなさそうにお茶を飲む。
「結構です。既に資料は押さえてあります。サウスベイムにいた迷宮専門のパーティーもこちらに来て貰っていますし。それに、冒険者ギルドは国の管理下に置きますので。四ヶ国連合は既にそういった方向で話を進めています。カルタフスにジャンペアも、緩やかにそちらの方向にシフトしていきますね。ファンバイユもこちらの意見に同調しています」
「そ、それとこれとになんの関係が!」
アデーレはお茶を飲み干したので、カップをテーブルに置いた。
「ありますよ。ハッキリ言って貴方たちは不要――いえ、邪魔です」
幹部は立ち上がった。髪は乱れており、服だって少し汚れている。逃亡してまともな生活を送れていなかったのが丸分かりだ。ベイムに来たのも、かなり追い詰められての事だったのだろう。
「まさか、港で私たちの財貨を奪うようにしたのも……」
アデーレは表情を変えずに。
「そうですね。今回の協力のために報酬が必要でしたから、貴方たちの財産で手を打ちました。港への受け入れや店を構えさせるというのを理由に随分と搾り取られた人が多いようですね」
「お、お前らは」
ここで、アデーレは相手に種明かしをするのだった。
「全てが思い通りに事が運んだ、なんて事はありません。ですが、貴方たちはライエルさんの手の平の上で思うように動いてくれました。もう用済みです。ただ――」
相手が悔しそうにしているのを見ながら、アデーレは言う。
「――管理ノウハウを売り渡してくれるのなら、それなりの報酬を支払いましょう。ベイムからの追放処分と合わせて受け入れると言ってくだされば……手荒なまねをしなくて済むのですけどね」
周囲の女性騎士たちが剣を抜く。そして、マクシムも槍を構えた。
「ふ、ふざけ――」
アデーレは立ち上がった。
「先に私たちを追放したのは貴方たちでは? それと、貴方以外の幹部数名はお金を受け取ってベイムから出て行ってくれましたよ。早めに有益な情報を渡さなければ、こちらもそれなりの報酬しか支払いませんので」
元幹部だった男は、両手で自分の髪を握って俯いていた。悔しく、だがこの段階で自分の持っているノウハウを売りつければ資金が手に入ることも考えながら――。
――タニヤは、元幹部となった上司の見送りに来ていた。
同じようにベイムを去る一団と共に、家族と田舎へと引っ越すことにした上司。見送りに来たのはタニヤだけだった。
上司はいつものように笑っていた。
「律儀だね。見送りなど来なくても良かったのに。ベイムで私たちがどんな扱いを受けているか分かっているだろ?」
タニヤは俯く。
「私を拾い上げて貰った恩もあります。それに、最後までベイムに残ってくださったのに……」
上司は力なく笑っていた。
「仕方がないさ。だから追放処分でもベイムの――いや、ノースベイムの都市部、という条件を引き出せた。あまり遠くや異国では暮らしていける自信もないから、これで良かったと思っているよ」
タニヤは顔を上げると真剣な表情をしていた。握り拳を作り、そして上司に提案する。
「能力を考えれば今後のベイムに必要です。アデーレさんに頼めば――」
「――様をつけなさい。もう、彼女は実質的にベイムの支配者代行だ。それに、私がいてはギルドの職員が私を頼ってしまう。私のやり方ではまた元のギルドに戻りかねない。根本的に、私と彼らとは目指しているものが違う。だから、いずれ亀裂を生む。……それに、もう疲れたよ。報酬で開拓団を組織したんだ。ノンビリと過ごす事にしようと思うから、邪魔をしないでくれるかな、ターニャ」
ターニャとはタニヤのもう一つの名前だ。スイーパーの時の呼び名。上司が嫌な仕事を押しつけるのは、タニヤではなくターニャの名前を使っていた。
「……すみません」
「悪いね。でも、ここには残れない。それに、田舎暮らしも悪くない。というか、ノースベイムの復興が本当に出来るのかどうか……タニヤの方が大変だよ」
二人は軽く笑い合うと、そのままベイムの門で別れるのだった――。
「……は?」
間抜けな声を出したと思う。
ルフェンスの城にある執務室で、俺はベイムから到着したノウェムの報告を聞いて呆れてしまった。
「いえ、ですから侍女の件です。現状、ライエル様の侍女と呼べるような立ち位置にいるのは、シャノンちゃんだけですので。ただ、お世話をすると言うよりも……」
俺の方がお世話をしているような感じになっている。流石に色々と一人で出来るようにはなってきたが、シャノンは基本的に戦闘向きではない。
モニカやノウェム、またはミランダに従って手伝いをするのが精一杯だ。魔眼を持っていたとしても使いこなせないポンコツぶり。そんなシャノンが俺の侍女枠だったのにも驚きなのだが……。
「いや、モニカとかヴァルキリーズとか、下手な侍女より優秀だし」
すると、ノウェムの優しい笑顔が急に怖くなった。
「それでは困ります! ライエル様、現状でも人手不足だというのを理解してください。モニカさんもヴァルキリーズにも仕事があるんです。侍女に出来ることは侍女に任せなければなりません。それに……侍女の押し込みが始まっています。私のところにもエヴァさんを通じて何件か話が来ているんです」
「え、俺は聞いてない」
すると、三代目が宝玉内から何か感心したように。
『僕の時代だと、侍女とか才女とか村の名士の娘とかだったね。数年間教育する感じで預かった事もあったよ。まぁ、戦争で働き手を失った家の娘も預かったこともあるけど』
七代目は三代目の意見に興味深そうにしていた。
『領地規模が違うので、わしの時代では教育という側面はあっても後は仕事とする侍女を雇っておりましたね。家臣の娘などは数年ウォルト家で仕事をさせ、それが花嫁修業になっていました。ですが……ライエルの目指す地位を考えると、アレですな』
『アレだね。侍女という名の妾候補や、妾の補佐役じゃない? うわぁ、本で読んだことがあるよ。あれ、かなりドロドロするんだってね』
三代目は嫌そうな声を出しているのに、どこか楽しそうだった。七代目も同じだ。
『女性はあの手の物語が好きですから、女性向けの本でそういうものがいくつも出ていましたね。男からすれば笑えないものばかりですが……そうか、ライエルはそんなドロドロとした後宮を抱えるのか』
いや、抱えたくない。俺としてはそんなのは拒否したい。
「お、お手伝いさんみたいな感じでいいんだよな? その、侍女の候補、ってどんな感じなんだ?」
ノウェムは真剣な表情のままで。
「現状では勝敗がついたとは言えませんので、限られていますね。貴族の娘となると、カルタフスから伯爵家などからも長女や次女が希望しております。エルフの一族も、狩人、芸人一座――エヴァさんの世話もあるとして、名乗りを上げました。ドワーフ、ノームからも話が来ています。現状、ライエル様は亜人種を差別しておりませんし、これを機会に地位向上、あるいは現状維持を狙いたいものと考えられますね」
バンセイム対策に追われていたのに、いつの間にか味方の方から問題を持ち込んできていた。
「……それ、確実に派閥とか色々と絡んでない? 俺、ドロドロとした派閥争いとか嫌いなんだけど」
すると、三代目が笑いながら。
『小さな村にだって派閥が出来るんだよ? 人間、三人いれば派閥が出来るんだから、諦めなよ。そういうのも上手くコントロールしないとね。というか、前にもそんな話をしたじゃない!』
七代目も同じだった。
『まぁ、どうしても出来ますからね。意図せずに出来上がっていることも多いですし。ただ、ライエル……もう、宝玉内だけには皆を集めるなよ。わしらも前のアレで懲りた。というか、今後は絶対に拒否する! ……やはり、妻は一人が良いな。うん』
俺だって一人が良かったよ。なのに、色々と口出ししてきて、雪だるま式に増えていったのは俺だけの責任じゃない! ……はずだ。
ノウェムは笑顔になると。
「諦めてください。私も出来るだけライエル様の負担になるような事には気を配るつもりです。ただ、侍女だけではなく……」
「なに?」
「……軍全体でも派閥が出来つつあります。マクシム殿はアデーレさんに忠誠を捧げていますし、純粋にライエル様に忠誠を誓っているのはバルドア殿、そしてブロア殿になります。ただ、ブロア殿はバンセイム兵に担ぎ上げられ、それ以外はバルドア殿というような構図が出来つつあります」
「え、バルドアがそんな事を?」
三代目が呆れた声で。
『だ、か、ら! 対抗馬が必要だから、ライエルの側近であるバルドア君に近付いたんだよ。バルドア君も望んではいなかったんじゃない?』
ノウェムが俺の方を見ながら。
「それと、四ヶ国連合内部でロルフィスに少し問題が」
「まだあるのか!?」
「四ヶ国連合の内、ロルフィスだけがライエル様に近しい女性を出していません。おかげで、四ヶ国連合内部での貢献度も低く、士気も低い状況です。周囲をこちら側の国に囲まれているので、脱退は出来ないと思いますが……」
なんなの? なんでこの忙しいときに、変な事で揉めるの? そう思った俺は悪くないだろうし、実際間違っていないと思う。しかし、七代目が俺の様子を見て気が付いたのか。
『ふむ、ライエル。規模が大きくなればこの手の問題はどうしても出てくる。諦めろ』
「分かった。何とかする。……あれかな? 色々な場所で人手が足りないと?」
ノウェムは笑顔で頷いた。その笑顔が可愛いから許すことにした。
「はい。正直な話ですね……勝っても大陸を維持できるだけの人材がいません。兵士の数はそれなりに揃いつつありますが、やはり後方支援に加えてライエル様のお世話なども……モニカさんも物理的な限界がありますからね」
まだ勝ってもいないのに、なんでこんなに悩む必要があるのだろうか? もう少し、戦争の方に意識を集中させて欲しい。
――クラーラは、バンセイムから奪った量産型のポーターを見ていた。
魔法使い。それも、下位に位置するような者たちを集め、ゴーレムの魔法を教えているのだ。練習用の量産型ポーターは、本当に荷馬車に馬がいないだけの作りだった。
簡易で丈夫。だが、使い手に技量を求める仕様になっている。
同じように木箱の上に座り、その様子を見ていたダミアンは欠伸をしていた。ヴァルキリーズのデータを集めており、その解析にまた徹夜でもしたのだろう。
サウスベイムに戻ってきたクラーラは、ポーターを動かす人材の育成を行なっていた。そのためのアドバイスが欲しいと、ダミアンを引っ張り出したのだ。
だが、当の本人は。
「――駄目だね。これはゴーレムの方を改良しないと使えないよ。期間が短いし、作り直して操作しやすいのを作った方がいいんじゃないかな?」
クラーラはずれた眼鏡を元の位置に戻した。
「やはりですか」
「分かっていたら聞かないでよ。君はポーターを操作して結構な経験を積んだし、元から才能があったんじゃないかな? だから今のポーターも操作できる。ポーターに関して言えば、僕以上の操作も可能なんじゃない?」
ゴーレムの魔法を完成させたダミアンに言われ、クラーラも嬉しかった。だが、その事実は、クラーラにとって嬉しくない現実を突きつけるのだ。
「……つまり、使えるようにするには、ゴーレム自体を作り直して操作しやすいものにする、と?」
ダミアンは自分の世話をするオートマトンの三号に、肩を揉まれながら。
「というか、作りが悪いんだよ。大量に作ろう、っていうか……急いで作らせた感じ? 荷物もあんまり乗せると壊れるんじゃないかな?」
クラーラは、せっかく回収したバンセイムのポーターを見る。自分たちのポーターとは違い、機能だけを求められた姿に愛着がわきにくかった。
「……どうしましょう。アデーレが予算の追加なしで後方部隊の増強が出来ると喜んでいたのですが」
ダミアンはクラーラを見ながら。
「あ~、誰だっけ?」
三号は笑顔でダミアンに教える。
「ノースベイムでライエル殿の代行をしている女性ですよ、ご主人様」
「あの子か! お金関係に五月蝿いよね。というか、君が呼び捨てとは珍しいな」
クラーラがアデーレを呼び捨てにしているのを聞いて、ダミアンは珍しいと感じたようだ。
「私、アデーレは苦手なんです。はぁ、追加で予算とか申請したら通るかな?」
そんなクラーラに、ダミアンは笑顔で。
「お金があっても無理なんじゃない? だって、ラタータ爺さんもだけど、サウスベイムの職人とかかなり忙しいからね。そっちの予定を押さえられないと思うよ」
クラーラは真顔で。
「……あの人、本当に内政関係の得意な人なんでしょうか?」
ここにはいないアデーレに文句を言うのだった。ダミアンも首を傾げながら。
「なんだろう? お金関係は得意じゃない? あのピンク色の髪の――」
「リアーヌさんです」
三号の助言を受けたが、ダミアンは興味がないのか話を続けた――。
「そう。その人の方が凄かったかな」




