ファンバイユの復讐者
ファンバイユ王国。
その中心地である首都は、バンセイムに近い場所にある。
元は国の中心部近くにあったのだが、ファンバイユの東部。バンセイムの西部は、ウォルト家によって大きく削られていた。そのため、首都はバンセイムよりになっているように感じるのだ。
ファンバイユの王宮。
バンセイムほどではないが、大陸では大国に分類される国だ。王宮は華やかで、そして機能的でもあった。
軍事力はたいした評価を受けていないが、それはウォルト家の責任でもある。予想としては十万の軍勢を動かす事が出来る国だ。バンセイム王国と戦うためには、どうしても押さえておきたい国だった。
そんなファンバイユ王国の謁見の間で、仲間を代表して一人で参加した俺は周囲の殺意のこもった視線に晒されるのだった。
赤い絨毯の上に立ち、そして国王と王妃を前にして重鎮たちに囲まれる俺は、背中に嫌な汗が流れている。
なのに、宝玉内では、七代目が懐かしそうに。
『おや、この中の数名は見かけたことがありますね。もちろん、戦場で追いかけ回していた時や、捕虜として捕らえたときに見かけましたが』
ウォルト家のファンバイユに対する問題は、六代目と七代目の時代で起きていた。六代目と七代目の言葉を信じるのなら、バンセイムにも非があったらしい。そして攻め込んで来たファンバイユを、六代目と七代目が二代にわたって追い返し、そして領土を奪ったのだ。
ミレイアさんは、クスクスと笑いながら。
『もうお爺ちゃんになったけど、昔の屈辱を覚えている世代がいるのね。きっと、腸が煮えくりかえっていますよ』
三代目は、真剣に考えている様子――。
『ここは積極的に煽るか、それともネチネチと古傷を抉るか……くそっ、どっちでも面白い事になりそうで困るね』
――だめだ。いつもの三代目だった。歴代当主の中で、実は三代目が一番質が悪いのではないか? 俺はそう思うようになって来た。
ファンバイユの国王陛下が、俺に対して口を開く。
「さて、ファンバイユにいかなる用件で訪れたか、その口から聞かせて貰おうか。ウォルト家の小僧よ」
いきなりの無礼な物言いだが、七代目が思い出したように発言する。
『思い出した! 此奴、わしが捕らえた王太子です! 初陣でわしにボロクソに負けた王太子が国王……そうなると、四十代半ばか後半ですね。あの時の泣き虫が、立派になったものですな』
五代目がつまらなそうに。
『なんだよ、俺たちからすればあっちの方が小僧じゃないか。おい、ライエル……煽ってやろうぜ』
だが、ミレイアさんがここでまさかの言葉を発した。
『煽ってはだめですよ。話が進みませんし、この方と話しても意味がありません。どうやら、本命は裏で見ているようです』
ミレイアさんが本命と言った人物。六代目のスキル―― スペック ――で、表示されたその人物は、玉座の脇でこちらをうかがっている様子だった。舞台袖のようなその場所から感じる視線は、殺気を込めているわけでも恨んでもいない。ただ、値踏みをしているような視線だった。
「……バンセイム国内において、不穏な動きがあるのはご存じかと思います。周辺諸国はバンセイムに危機感を抱いている様子。東部のベイム近くにある四ヶ国連合、そして北部のカルタフスからの書状を確認して頂いたかと思いますが?」
俺の言葉に、陛下は鼻で笑っていた。
「ハッキリと言えばどうだ? ウォルト家の娘が国内を荒らし回っていると。本当に迷惑な一族だよ、ウォルト家というのは。そして今度は、周辺国をたぶらかして兄妹で戦争をしようとしている。これが迷惑と言わずしてなんと言うのか」
ハッキリ言ってくる。確かに、外から見ればこれは大陸を巻き込んだ兄妹での覇権争いだった。だが、これには大陸の未来もかかっている。
「ならばファンバイユ王国は見て見ぬフリをすると? 既に南部はジャンペアを中心に協力を取り付けています。残るは西部方面でしたが……ファンバイユは協力してくれない様子。では、私は他を頼るとしましょう」
別にお前たちに無理に参加して欲しいわけではないよ、という立ち位置で会話をしている。それというのも、本当に必要ないからだ。最悪、干渉しないで貰えれば問題ない。
バンセイムが混乱しているときに攻め込むならば、辺境伯に頑張ってもらう事になるだけだ。
相手はジャンペアの名を聞いて少し驚いていた。ジャンペアが協力するという情報は、まだ入ってきていなかったのだろう。
「南部まで味方につけたか。ジャンペアの国王は男だったが……女ばかりか、男まで魅了したか? 兄妹揃って迷惑な連中だよ」
相当恨まれているのか、ファンバイユの国王陛下は俺に対してかなり冷たい。すると、クスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。
その声を聞いて、俺は玉座の横――カーテンが用意されている場所を見た。少し顔を出していたのは、ピンク色の髪をした細身の女性だ。以前よりも凜々しくも見えるが、どこか影があるようにも見えた。
場の雰囲気が急に落ち着くと、陛下がわざとらしく咳払いをした。そして、どこか王妃様も緊張しているように見える。
「……協力の件はこちらも考えていた。バンセイムが我々にした仕打ちは許しがたい。細かい事は後で話をさせる」
陛下が今までネチネチと俺に対して攻撃的だったのが、ここに来て急に素直になる。元から、バンセイムを放置出来ないと国内で話し合いが進んでいたのだろう。だが、どうしてここまで急に態度が変ったのか?
宝玉内からは、ミレイアさんの声が聞こえてきた。
『ライエル、本命の登場ですよ。この空気、昔を思い出しますね。曖昧でしかないけれど、確かに覚えています。裏から操られていると言ってもいいですね。さぁ、ここからが本番ですよ』
――俺は息をのむ。だが、七代目は息を吐くようにミレイアさんに楯突く。
『同じように裏から支配していたんですね、分かりま――』
最後まで発言出来ないまま、七代目は今日も宝玉内で撃ち抜かれていた。発砲音を聞きながら、俺は少しだけ姿を見せた女性――【リアーヌ・ファンバイユ】の事を考えていた。
謁見の間から退出し、案内された部屋は会議室や話し合いをするような場所ではなかった。
いや、話し合いをする場所ではあるが、大事な話をするのには不釣り合いな場所だ。
丸いテーブルには椅子が向かい合うように配置されていた。テーブルの上にはお菓子が数種類用意され、周囲には人の気配がない。
案内をしてくれた男性が、部屋を退出すると俺は一人でその部屋に取り残された。
「なんだか少し違和感が」
そう呟くと、部屋の奥に人の気配がした。カーテンの裏に気配を感じたのだが、今までそこにはスキルでも人の気配を感じなかった。
「悪趣味ですよ、リアーヌ様」
俺が隠れていた人物の名前を言い当てると、カーテンから姿を現したのはピンク色の髪をして、以前よりも雰囲気が増した女性だった。以前は悲しんでいた印象が強いが、今は王族としてのオーラだけではない。何か相手を威圧する雰囲気を持っていた。
「あら? すぐに気付かれたのはこれがはじめてですよ。それにしてもお久しぶりですね、ライエル・ウォルトさん」
クスクスと笑うリアーヌ様は、テーブルに近付くと一つの椅子に自ら座った。給仕や使用人たちがいない部屋で、用意されたポットからお茶を注いでいる。
とてもお姫様のする行動には見えなかった。
「随分となんというか……」
リアーヌさんは、俺に座るように言うと椅子の背もたれに寄りかかって天井を見上げた。
「言いたい事は分かるわよ。でもね、今は全て自分でしているの。私を怖がって暗殺なんて手段に出た兄がいてね。だからお茶を煎れるのも食事も準備は自分でやっているのよ」
五代目が驚いていた。
『食材なんかに毒が仕込んであったら意味がないだろうに』
「食材に――」
俺の言葉を聞き終わる前に、リアーヌさんはお茶を飲みながら説明してくれた。
「自分で買いに行くわ。便利なスキルがあってね。【トリック】というのだけど、その発展系である【マジック】に【マジシャン】……とても便利よ。制約は多いけど、城から抜け出して買い物に行くくらい簡単なの」
城の警備を容易にすり抜けるスキル――これは、確かアルバーノさんと同じスキルだったはずだ。
悪戯程度の事しかできないと、アルバーノさんも言っていた。そして、目の前のリアーヌ様もそうだ。以前会った時は、カップの持つ部分を破壊するという悪戯を仕掛けてきた。
「……恐れられている理由を聞いても?」
リアーヌさんははしたなくテーブルに両肘を乗せ、手の上にアゴを置いて少しだけ傾けながら微笑んで俺を見ていた。
「簡単よ。出戻ってきた不出来な娘と言ってくる兄や弟、それに妹たちがいてね。両親も扱いが冷たかったから、少し悪戯をしてあげたの。そうすると日に日にやつれてきて、最後には謝罪をしに来たわ。でも、兄の一人が私に暗殺者を送り込んできてね。怖いから兄上には遠くでヒッソリと暮らして貰う事にしたの。今は田舎で静かな暮らしをしているはずよ」
実の兄を辺境に追いやったようだ。
クスクスと笑うリアーヌ様は、以前のような可憐なお姫様ではないようだった。
だが、別に問題ない。これ以上に怖い面子に囲まれているので、俺はこの程度では驚かないのだ。
ただ、三代目は唸っていた。
『重いなぁ。この子は凄く重いよぉ。この子を入れたとして、ライエルが耐えきれるかどうか……うん、いける! ギリギリいけるよ!』
五代目が三代目の意見に全力で否定してくれている。
『駄目。この子は危ない。どれくらい危ないか、って言うと、六代目の妻と張り合うくらい危ない。ライエルの胃が絶対に酷いことになるから止めた方がいい!』
七代目は少しノンビリした意見を言っていた。
『確かに母上は怖かったですね。ですが、ルドミラと並ぶ血筋です。血筋的には申し分ないですし、わしとしては問題ないと思うのですが?』
ミレイアさんは楽しそうに。
『ブロード君の意見は本当に役に立たないわね。でも、兄上の奥さんですか……強敵でしたね。まぁ、私は敵対しませんでしたが』
六代目の奥さんと言えば、告白されて嫁いできた女性だったはずだ。ハイライトの消えた目で、六代目に近くにあった物を鬼気迫る表情で投げつける光景は実に怖かった。
そんな曾お婆さまと同レベルというと、かなり危険なのではないだろうか?
リアーヌ様は、俺を見て微笑んでいた。
「貴方の噂は聞いていますよ。ベイムではかなり活躍されましたね。カルタフスの騒動に絡んでいるという情報も聞きましたけど、そちらも本当だったようですね。本当にセレスと戦うつもりですか?」
リアーヌ様が真剣な表情になると、俺は頷いた。ここで曖昧な返答をするつもりはない。
「戦います。もちろん、勝つつもりです。そのための準備をしていますからね」
「その一つが我が国ですか。確かにバンセイムの西部を押さえる必要がありますね。北はカルタフス、南はジャンペアを中心とした国々……東部はどうされるおつもりですか?」
俺は姿勢を正すと。
「東部方面は俺の方でなんとかしますよ」
リアーヌさんはそれを聞いて「そうですか」というだけだった。
「謁見の間での雰囲気――まるでリアーヌ様が支配しているような感じですね」
俺の言葉に、リアーヌ様は笑った。
「リアーヌと呼び捨てで結構よ。同じ復讐者ですものね。私はね……貴方に期待しているの。いつか私を捨てたルーファスに――そして、セレスに復讐するためにファンバイユだって裏から操るわ。そのために、必要な物があるなら言いなさい。全て用意して上げますよ。どんな犠牲を払ったとしても」
リアーヌ様――いや、リアーヌの目は本気だった。そして、そんなリアーヌは、復讐する相手として最初に名前を出したのは、婚約者を奪った相手であるセレスではなく、婚約者の【ルーファス】。バンセイムの王太子だった。
ただ、俺はそんな復讐に燃えるリアーヌが、五代目の後ろ姿と重なって見えた。それは五代目も気が付いていたのだろう。
『ライエル、この女は本気だ。本気でバンセイムを――いや、王太子やセレスに復讐するつもりだ。何を犠牲にしても……自分を犠牲にしてでも、だ。止めてやれ。まだ間に合う』
俺は五代目の意見を聞いて、宝玉を握りしめて肯定を示した。
「全てを犠牲にしても、ですか?」
リアーヌの瞳は本気だった。
「全てを犠牲にする必要があれば、実行するだけよ。私にはもう復讐しか残ってないの。貴方にはこの気持ち、分かるわよね? セレスに復讐してやりたいでしょ? 拷問にかけて許しを請うさまを見たいでしょう? 私はその姿が見たいの。セレスは譲って上げる。だけど、ルーファスは譲ってね。何ヶ月もかけてジワジワと殺して上げるの。そのために色々と勉強したのよ。もしも必要なら、いくつか面白い拷問を教えて――」
俺はリアーヌに言うのだった。
「悪いんですけどね。俺は別に復讐が目的じゃないんですよ。セレスを拷問にかける事は考えていません」
すると、宝玉が少しだけ暖かくなった気がした。
ただ、リアーヌの瞳は俺を拒絶するような――呆れ、そして信じられないものを見たような……とにかく、俺を否定する瞳をしていたのだった。
「……そんな事で、周りが納得するのかしら? ウォルト家のお家騒動に大陸中が巻き込まれただけだと思うわよ。今度は貴方に納得出来ない者たちの刃が向かうことになる」
それでも、俺が目指しているのはセレスへの復讐ではなかった。
もう、終わらせる時が来たのだ。セレスだけではない。アグリッサやセプテムだけでもない。
「悪いんですけどね、俺は救うために戦っているんですよ。別に家族の命を守るとはいいませんよ。それだけの事をしてきましたし、助命は無理だと思っています。でも、俺たちに必要なのはその先――未来なんですよ。復讐で終わりの貴方とは違う」
リアーヌの瞳が怒りに染まるのを、俺は見た。だが、俺に対して暴言を吐くようなリアーヌでもない。
「そう、同じと思っていたのは私だけのようね。でもいいわ。協力する条件はルーファスの身柄を引き渡すこと。セレスに興味がないなら私に渡してくれる? それでファンバイユは、協力をするわよ。貴方の帝国構想だって受け入れるわ。私にとってはどうでもいいもの」
ただ、俺にとってはそれでは困る。
「それでは困りますね。ファンバイユには周辺を押さえられる力を持って貰う必要があります。今のままでは力不足だ。西部方面をまとめられる力をファンバイユには持って欲しいんですよ」
リアーヌは興味がなさそうだ。
「バンセイムの領地は貴方が貰うんでしょう? なら少しでも広い方がいいわよ。それにね、私はそんな事に興味がないのよ。どうやってあいつらをすり潰すか……それだけが生きがいなのよ!」
狂ってしまったリアーヌを見て、俺は本当に救えるのかと不安を覚えるのだった。




