失恋
フィデルさんに商人会議での交渉を依頼し、俺はアリアと共にベイムを移動していた。
何か言いたそうなアリアだったが、今は我慢して貰っている。
右手を耳に当て、スキルを使用して周囲を探し回る。
スキル―― ディメンションとリアルスペック ――が、ベイムという巨大都市で動き回る人々の情報を俺に集めてくる。
情報量の多さを処理するために、俺は宿にいたモニカを頼っていた。
俺の魔力をエネルギーに動いているモニカとは、基本的にラインが繋がっている状況だ。
それは、常にコネクションを利用しているようなものだった。
アリアと共に足早に歩きながら、俺は呟く。
「モニカ、どうだ?」
しばらくしてから返事があった。それは、モニカが俺の指定した人物を割り出した事を意味していた。
『時間的にギルドから出て帰る所でしょう。東支部から目標が移動しています。周辺で妙な動きをする敵は――八人ですね。動きから情報通り、スイーパーと判断します』
他とは動きが違う存在が八人。
巧妙に周囲に溶け込みながら、目標であるマリアーヌさんの命を狙っているようだった。
アリアが隣で言う。
「マリアーヌさん、無事なのよね? 利用しておいてなんだけど、殺されると寝覚めが悪いわよ。あの人――」
言われないでも分かっている。職員でありながら、末端の冒険者を助けるために、色々と無理をする人だ。
以前、好きになった人が冒険者で、命を落としたと聞いている。それがトラウマなのか、エアハルトたちを人質に取ると、こちらに協力してくれたのだ。
「分かっている。モニカには他の仲間にも声をかけて貰った。すぐに救援に来る。俺たちは時間稼ぎでいい」
アリアと共にマリアーヌさんがいる場所へと向かう近道――裏路地へと入り込むと、表通りとは違って人通りが少なかった。
「アリア」
「なによ? って!!」
アリアを壁に追い詰め、キスをした。壁に手を置き、逃げられないようにして舌をねじ込んだ。
意外に乙女なアリアは、事情を説明するにも時間がかかる。そんな時間がないために無理やりキスをすると、口を離した。
俺のスキル―― コネクション ――のラインがアリアと繋がった。
アリアは口元を拭いながら。
「……やる時は先に言いなさいよ」
「時間がない。スキルを使うけど、あんまり覗くなよ。ノウェムやミランダでもきついんだ。必要最低限だけ情報を得られるようにしていろ。行くぞ」
宝玉が淡く光り始めた。
四代目のスキル―― スピード ――が発動すると、俺たちは裏路地を駆け出す。以前よりも移動速度の上昇を感じるのは、俺が成長したからか、それともスキルの使い方が上手くなったのか?
それを考える暇もなく、マリアーヌさんのいる場所を目指した。
頭の中に思い浮かぶマップ上で、マリアーヌさんの動きに変化があった。
それにアリアも気が付いたようだ。
「なんで自分から人気のない場所に行くのかしら? ちょっとおかしいわね」
俺はアリアに言う。
「前もって調べていたんだろうさ。道を塞ぐなんて簡単だろ? 危険とか張り紙でも貼っておけば、簡単に誘導出来る」
アリアと併走しながら、俺はマリアーヌさんがいる場所に急ぐのだった。すると、路地裏にある店から黒い大剣をかついだ冒険者仲間と共に出てくる。
――ミランダはベイムの屋根の上を走っていた。
エヴァもついてきているが、先頭を走っているのはモニカだった。
時間的に夕暮れに染まっているベイムは、これから一気に暗くなる時間帯だ。
ライエルがマリアーヌの危機を知らせてきて、それを救出するために宿屋にクラーラとシャノンを、ヴァルキリーズの護衛を残して飛び出したのだ。
エヴァが屋根の上を駆けながら。
「これ、絶対に後で苦情が来るわよ!」
酷い状態の屋根もあり、三人が走ると屋根の一部が壊れる事もあった。ミランダは建物と建物の間を飛び越えながら、エヴァに言う。
「もう関係ないでしょ。それに、いずれは壊れるわよ」
エヴァも建物の間を飛び越え、モニカを追いかける。
先頭を走るモニカは、方向を急激に変更した。
「目標が予定していたポイントを通りませんね。このまま先回りします。ついてきてください」
ヒラヒラとした動きにくそうなメイド服を着ているのに、モニカの動きはとても素早い。成長を何度か経験したミランダやエヴァでも追いかけるのが精一杯だった。
しかも、全力を出しているわけではないようだ。
ミランダたちを現場に連れて行くために、スピードを調整しているのだろう。
「道を変えた? 変えられたんじゃないの?」
「そうかも知れません。ベイムは彼らスイーパーの庭みたいなものですからね」
ミランダは厄介な存在が動いたと思っていた。
(冒険者キラーのスイーパーか。スキル持ちであるのは確実よね。まったく、同じ職員を殺すとかどういうつもりよ)
目に余る冒険者を処分するのが彼らの役割で、普段はギルド内で仕事をしているという噂をミランダは聞いていた。
もしかすれば、見た事のある顔がスイーパーをやっているかと思うと、職員に対してきつく当たれない。そういった心理を利用するデマかと思っていたが、動き出した事を考えると確認出来る機会だとミランダは思った。
エヴァは心配そうに。
「間に合うんでしょうね? 間に合ったとしても、ライエルや私たちで五人よ。相手が退いてくれるかしら?」
三人が少し高い建物に跳び上がり、そしてそこから低い建物に向けて跳ぶ。
モニカは言う。
「このまま行けば、チキン野郎たちの方が先に現場に到着します。相手が逃げるなら、その時点で逃げるかと。まぁ、戦って負けるとも思えませんが」
ライエル以外には割と冷めた対応をするモニカは、淡々とエヴァの質問に答えたのだった――。
――マリアーヌは、いつも使用していた帰路に看板が立てかけられ通行止めになっていたので、少し遠回りをしていた。
看板には丁寧にこの道を使ってください、という地図まで書かれていたためだ。ベイムに生まれて、そんな道を使った事がなく少し不思議な感じだった。
ギルドでの仕事が終わり、いつも通り更衣室で着替えて私服でギルドの裏口から外に出た。
誰かと一緒に帰る事もあったが、今日に限って他の面子が上司に少し呼び出されてマリアーヌだけが先に帰る形になったのだ。
バッグを持ち、薄暗い通りを歩くと首を傾げた。
「道を間違えたかしら? でも、ここまで分かれ道もなかったわよね?」
地図に書かれた通りに歩いてきたはずだが、行き止まりになっていた。周囲に立ち並ぶ建物が作り出した細いスペースが、道となったような場所だ。
行き止まりの場所だけ妙に広い。
引き返そうと振り返ると、そこには白い面をつけた黒装束の女性が立っていた。
マリアーヌは驚いて一歩下がると、上を見上げた。少しデザインは違うが、黒装束で白い面をつけた共通の恰好をした集団がこちらを建物の上から覗いていた。
マリアーヌもギルドの職員だ。
色んな噂を聞いており、その中でスイーパーの噂も聞いていた。冒険者に対する抑止力のため、嘘の中に真実も含めて噂を流すのがギルドのやり方だった。
そして、その恰好を見てマリアーヌは彼らがスイーパーだと理解した。バッグを落とすと、俯く。
「……身に覚えがない、訳でもないのよね」
エアハルトを人質に取られ、マリアーヌはライエルたちに襲撃をかける冒険者の情報を渡したのだ。それは、明らかにギルドに対する明確な裏切り行為だ。分かっていてやっていた。
もしかしたらバレないかも、などと甘い考えがなかった訳ではない。しかし、相手の方が優秀だったようだ。
マリアーヌは目の前に立つスイーパーを見た。白い面から見える覗き穴からは、赤い瞳が自分を見ていた。マリアーヌは、相手が誰かすぐに理解する。
相手の体つき、そして雰囲気に赤い瞳。
「……そう、貴方だったの。そんな気がしていたのよ。上司のお気に入り、ってだけじゃ説明できないことも多かったから」
白い面をつけたスイーパーは、ナイフを手に取ると声を出した。ターニャ――タニヤの声だと、マリアーヌは思った。面をかぶっているために普段と違う声に聞こえるが、それでもタニヤの声だと分かった。
「残念です、マリアーヌ。貴方の事は嫌いではなかったのに。ギルドへの裏切り行為……今回は見逃せません」
周囲のスイーパーは、他の支部の者たちだろう。ターニャが確実に仕留めるのを見張っている様子だった。
「……あの看板も貴方たちが?」
スイーパーたちが看板を用意し、自分をここへおびき寄せたと考えるとマリアーヌは少しだけ可笑しかった。少し笑っているマリアーヌを見ながら、ターニャは頷く。
「ここで強姦にあった事になります。犯人も用意していますよ。普段から粗暴な冒険者が一人犠牲になります」
マリアーヌは自分を抱きしめるように、自分の腕を掴んで震える体をなんとか立たせる。
「……そう。早くして。怖くて醜態を晒す前に終わらせて」
スイーパーから逃げ出す事は、マリアーヌに不可能だった。そして、目を閉じるとターニャの刃が自分を殺す瞬間を待つ。
だが――。
「何してやがる!」
乱暴な叫び声、そして目を開けると目の前のスイーパーに斬りかかるエアハルトの姿をマリアーヌは見るのだった。その後ろには、エアハルトの仲間たちが、手に武器を持ってエアハルトとターニャを通り過ぎてマリアーヌを囲んで武器を構えた。背を向けるかつて面倒を見てきた冒険者たちに、マリアーヌは叫んだ。
「何をしているの! 逃げて! この人たちは――」
すると、蹴り飛ばされたエアハルトが、ターニャの一撃を黒い大剣で受け止め力任せに吹き飛ばした。
ターニャは身軽に空中で回転し、壁に足をついた。そして、壁が地面であるかのように、立ち上がる。まるで重力を無視した光景に、エアハルトも困惑していた。だが、マリアーヌに言うのだ。
「知っているよ。スイーパーだろ? それがなんだってんだ。こっちはあんたにまだお礼を言ってないんだよ」
マリアーヌは、その言葉を聞いてきっとライエルたちが話したのだろうと想像した。
「……聞いたの? でも、それでも貴方たちは間違っている。ただの冒険者が、ギルドに逆らっても勝てるわけが」
そして、ターニャが動き出そうとした瞬間だった。
凄いスピードで飛び込んで来た赤い髪をした女性が、槍を構えて誰もいないマリアーヌたちの後ろの壁に突撃した。
アリアだった。アリアが飛び出し、誰もいない場所に槍を突き立てて壁に突き刺したのだ。すると、何もなかった場所に一人の黒装束の男が出現し、周囲に血をまき散らす。
その手にはナイフを持っており、マリアーヌたちを殺そうとしていたようだ。
建物に囲まれたその場所に、ゆっくりと歩いてくる人物がいた。こちらは青い髪をしており、ベイムで話題の人物――ライエルだった――。
マリアーヌさん救出だが、間に合ったようだ。
二代目のスキルで存在を確認した見えない敵は、アリアによって壁に槍で縫い付けられている。腰から剣を抜いたアリアは壁に立っているスイーパーを警戒していた。
俺は、スイーパーが誰なのか見当がついていた。
「タニヤさん、随分と物騒な恰好をしていますね。でも、壁に立てるスキルですか? 意外と便利そうですね」
すると、返事もないままタニヤさんは俺に斬りかかろうと壁で屈んだ。しかし、上からスイーパーが一人落ちてきた。
周囲が驚く中で、俺とアリアは驚かない。
「いつまでも降りてこない事を警戒しましょうよ」
上では戦闘が始まったのか、ガチャガチャと建物の天井を破壊しながら争う音が聞こえていた。
落ちてきたスイーパーは、矢が頭部に突き刺さっていた。エヴァが仕留めたのだ。時折、建物が酷く揺れてパラパラと砂や埃、破片が落ちてきた。
モニカがハンマーを振り回しているからだ。
状況を見て、タニヤさんは撤退を開始した。壁を走ってそのまま逃げ出していく。そんな中で、俺はモニカに命令するのだった。
「モニカ、今逃げたスイーパーは見逃せ。東支部の人間だ。これで駄目押しになる」
すると、戦闘を続けながらモニカが返事をしてくる。
『分かりました。ところで、毒のついたナイフを突き刺された私に、大丈夫か? という言葉はかけないのですか?』
「……お前、毒とか関係ないじゃないか」
『ふっ、チキン野郎も分かってきましたね。ま、心配されても、ツッコミをされてもどちらでも私は嬉しいのですけどね』
勝ち誇ったモニカに一番有効なのは、無視だというのを理解した。上では、ミランダが二人を粘ついた糸で捕え、そのままワイヤーで首を絞めていた。
誰もが厄介なスキルを持っていたようだが、モニカが相手の攻撃を引き受けている間に、ミランダとエヴァで相手の数を減らしているらしい。
アリアが溜息を吐いた。
「ライエル、独り言を言っているようにしか見えないわよ」
俺は上の様子に気を取られており、この場の状況を見て苦笑いをした。周囲から見れば、独り言を言っているだけだ。
エアハルトたちが微妙な表情をするわけだ。
マリアーヌさんが、その場に座り込む。
「……最低ね。彼らを巻き込んで」
マリアーヌさんが俺を睨んできた。それも理解出来る。エアハルトたちを守りたかったのに、結果的に俺は引き返せないレベルまで巻き込んだのだ。
すると、エアハルトが黒い大剣をしまってマリアーヌさんに言う。
「違う。俺が言ったんだ。助けたい、って。俺……いや、俺たちはあんたに……マリアーヌさんにお礼を言ってない。俺たちを助けるために危ない事をやっているなんて知らなかったんだ。だから――」
そう言って周囲がマリアーヌさんにお礼をいう中で、マリアーヌさんは首を横に振るのだった。
「――お礼なんていらないのよ。私は自己満足でやっただけ。だから、貴方たちはそのままで良かったのに」
座り込み、膝を抱えるマリアーヌさん。俺は空を見上げた。音が聞こえなくなっており、戦闘は終了したようだ。
そして、この場所でエアハルトは言う。
「マリアーヌさん、俺……マリアーヌさんの事が好きだったんだ。俺たちみたいな馬鹿に色々と丁寧に教えてくれて。励ましてくれて。だから、俺は――」
マリアーヌさんは立ち上がるとエアハルトに笑顔を向けていた。ただ、少し悲しそうで、首を横に振っていた。
「ありがとう。貴方たちが立派になったのは嬉しいわ。でもね。私はもう決めたの。冒険者は好きにならない、って。だから、貴方たちは新しい人を探しなさい」
かつて、冒険者を好きになり、そして失ったマリアーヌさんの出した結論は冒険者を好きにならない、というものだったのかも知れない。
周囲が涙ぐむ中、エアハルトは涙を流しつつ笑っていた。
「……そっか。なら、仕方ない。仕方ないよな!」
その場面を見ていた宝玉内のミレイアさんが、嬉しそうにしていた。
『あら、随分と青春をしているわね。ライエルにはない清い関係よね』
俺がこうなったのは、主に宝玉内の歴代当主たち――そして、一番はあんたのせいだと思いながら、俺は指先で宝玉を転がすのだった。
アリアが俺の側に寄ってくると、頷いて言う。
「スイーパーの面を回収しよう。ギルドの呼び出しで利用する」
アリアは俺を見ると呆れながら。
「本当にあんたは……あんたを敵に回したギルドが可哀想になってくるわよ」
エアハルトたちが青春をしている中で、俺たちはギルドとのドロドロとした交渉に挑むためにカードを手に入れるのだった。




