ワープ
夜中。場所はカルタフス城門近くの林の中。
時間にして三時から四時という時間を狙い、計画を実行していた。
「ちょっと行ってきます」
ラウノさんが用意してくれたカルタフスの兵士が着用している装備を身に纏い、城門の方へと向かう俺は、騎士や兵士たち、そして仲間にそう言って立ち上がるのだった。
使い込まれた装備には、傷が入っており破れている箇所もあった。
心配そうにしているマクシムさんだが、ダミアンの方は手を振ってきた。
「本当に大丈夫なんですかね? 一人が入り込んだくらいでどうにかなるとは……」
「大丈夫じゃない? だって、アレもあるし」
アレ、というのは俺が手に持った書状だ。
ラウノさんが、カルタフスの命令書を偽造してくれたのである。形式は歴代当主が見ても整っており、不自然なほどによくできていた。
どこでこんなものを用意したのか聞こうとしたが、ラウノさんは答えなかった。教えられないということだろう。
そんなラウノさんも、装備を身に纏って隠れている面子の中にいた。
「一人入り込めばいいんだ。別に中からこじ開けて貰う必要もない。ラルクの場合は中の女に書類を作って貰って正式な書類を用意したようだがな」
面会を求めても断られ、城の中にいる女性を魅了して徐々に勢力を広げて正式な手続きを装って侵入したようだ。
それでいいのか、カルタフス? などと思ったが、書類が正式に認められるまで時間を有し、それが許可されれば実行するのがカルタフスだ。
良く言えば真面目、悪く言えば責任や思考を放棄しているとも言えた。そんなカルタフスにより、バンセイムが苦しめられている大きな理由はその真面目さにあった。多少の無理は「命令だから」と実行してしまうのだ。
こいつら頭おかしい。
スキル―― ディメンションとリアルスペック ――を使用した。立体的な周囲の地形を把握し、スペック以上に詳細な情報が頭の中に入り込んできた。
兵士がどこにいて、どこを見ているのか……。
そういった情報を得ながら、俺は死角となっている城壁の部分へと進む。そして、城壁へと辿り着くと、そこで七代目のスキルを使用した。
宝玉からは懐かしそうな七代目の声がする。
『そう、こうやってよく砦に侵入したものだ。中から爆薬を放り投げて門を破壊する。外からの攻撃には強くとも、中からの攻撃には強くない場合が多いからな。それでも壊せない場合は、中に入って爆薬を仕掛けて回ったものだ』
城内や砦の至る所に爆弾を仕掛け、武具の破壊や施設の破壊をして回っていたようだ。慌てる城内や砦からゆっくりと逃げだし、七代目は混乱する城や砦を攻め落としていたらしい。
一番簡単なのは、門番を倒して城門を開け放って味方を引き入れることだったようだ。
意外と知らないもので、俺も七代目が爆弾魔であるのは初耳だった。
銃を取り扱う過程で、火薬にもそれなりの入手ルートを持っていたらしい。
「ふぅ……【ワープ】」
城壁を見ていた俺は、スキルを使用すると酷い疲労感が襲ってきた。耐えると、目の前の景色が一瞬にして変る。
すぐに身を隠すと、周囲の兵士の動きを見ながら隊長格を探すのだった。
「……いた」
武器は使用しない。隊長らしき人物に焦った様子で駆け寄った。
「隊長殿! た、大変です!」
焦って息を切らす演技をした。実際、スキルを使用して疲れているのだ。このワープ、連続で使用すれば、今の俺では二回が限度だ。休憩を挟んでも、戦闘中なら三回から五回だろうか? とにかく疲れる。
その様子を宝玉内で見守るミレイアさんが言う。
『ライエル、今の演技は少し残念よ。そこは青い表情をするくらいしなさい。人間、本気になればなんだってできるのよ』
駄目出しを受けながら、俺はなんだか怪しいと思っている隊長格の男に言うのだった。
「お前、うちの部隊の人間じゃないな? いったいどこの所ぞ――」
「侵入者です! 城の中に侵入者が入り込みました!」
ボロボロの俺の姿。そして、侵入者がいるという情報に、隊長格の男は俺の所属を確認するよりも、情報を求めるのだった。
「どういう事だ! 賊の侵入を許すなど、このカルタフスの城が――」
ミレイアさんが、クスクスと笑っていた。
『嫌だわ。堅牢な城でも意外とどうにかなるものなのに。それに、ラルクを侵入させておいてその反応はおかしいわね』
そして、外にいる面子が動き出した。松明を掲げ、林の中から存在をアピールし始めたのだ。
城門の周りが一気に騒がしくなった。
「隊長、外に少なくとも千人規模の武装した集団がいます!」
それを聞いた隊長格の男は、訓練通りに対応しているようだった。
「落ち着け! すぐに寝ている連中を叩き起こせ! 他のものは配置につけ! そこのお前!」
「はい!」
指を指され、俺は返事をした。
「すぐに自分の部隊に戻って指示を仰げ! 侵入者がいるという情報は伝えたか? 数は、恰好は?」
俺はすぐに用意していた侵入者の姿を言うのだった。
「髪や容姿は覆面をしており不明です。ですが、侵入者の上着はタンクトップで、大剣を持っておりました! 追い返すのが精一杯で、すぐに知らせようと追跡はしておりません。申し訳ありません!」
隊長格の男は、その姿に相手を賊だと思ったようだ。侵入するのに大剣を担ぐと聞いて、有り得ないと呟いていた。
「問題ない。お前が殺されれば、侵入者に気が付かなかった。すぐに知らせてこい。持ち場につけ! 訓練通りに対応するんだ!」
訓練どおりの動きに関しては手慣れているのもあって、素早く配置へと着いていた。緊張しているようだが、動いているだけマシだろう。
五代目がそういったカルタフスの兵士の姿を見て。
『……集団戦で苦労する相手だな。取り乱さないで訓練通り動こうとする。融通は利かないが、これは北の領主共が苦労する訳だ』
意外なカルタフスの優秀な面を見る事が出来たが、俺という侵入者を見逃してしまっていた。
「さて、俺の方も動きますか」
混乱する城内を駆けて、俺は地下牢を目指すのだった。
――ダミアンたちは、木の棒に松明をくくりつけていた。
数を多く見せるために、騎士や兵士は前に出して後ろの方には松明だけを用意したのだ。
これで少しでも相手が自分たちの規模を多く見誤ってくれると助かると思いながら。
「さて、問題は時間だね。城塞都市だから、下手をするとすぐに周辺から兵士たちが集まってくるわけだけど。というか、数を見て出るかでないか決まっているとか、そこまで決めると情報が出回ると厄介だよね」
五百しかいないと分かれば城から打って出られた。だが、それ以上に見せれば城内の兵士の数からして出ないとラウノに説明されたのだ。
ダミアンが眼鏡を指で押し上げ、レンズを光らせるとマクシムが槍を担ぎながら周囲を見て言うのだ。
「簡易な砦を作ってよく言いますね」
ゴーレムとも呼べない板に車輪のついたものを操作し、ダミアンは急ごしらえの砦を用意していた。
隙間は補強して、これで少しは耐えることができる仕組みだった。
「ライエルの策だよ。魔法が飛んでくると耐えるしかないけどね。しかし、上手くいっているのかな?」
ライエルが中に入って、更に混乱させるように侵入者の情報を流したのだ。これにより、ラルクも女王の下へ行くと判断したからだ。
侵入者の存在を知れば、ラルクが守りたい者は現状では女王だ。財宝など後でも手に入るが、地位を得るためには女王が必要だった。
ラウノは、呆れた表情をしながら。
「あんな顔をして、考える事がえげつないんだよ。侵入者が、侵入者がいますとか触れ回るとか頭おかしいだろ。女王のところに向かったところを叩くとか……確かに逃げられる確率は少ないが、相手の数が多いと大問題だぞ」
近くでその話を聞いていたエアハルトは、首を横に振っていた。
「……あいつ、そんな事をする奴だったの? もっと、スマートな戦いをするタイプだと思っていたんだが?」
エアハルトの他の仲間たちも、同じように頷いていた。そんなエアハルトたちに、ダミアンは言うのだ。
「なにを言っているんだい? ライエルだよ? あの、ライエルがまともに戦う訳ないじゃないか。今頃、偽情報をばらまきつつ城の内部を混乱させているよ。それぐらい笑いながらやる男だからね」
マクシムも、頷きながらライエルを評する。
「確かに、それぐらいやってこそのライエル殿ですね。ま、俺たちはここで待機をしておきましょうか。本番はもっと後になるはずですからね」
エアハルトは、これ以上の何かがあるのかと頭を抱えるのだった――。
命令書を持った俺は、地下牢へと向かう通路に配置された兵士たちにそれを見せて回った。
「すぐに侵入者の排除に回れとのご命令です!」
だが、ラルクに魅了された女性の兵士たちは、俺の意見など聞いていないのか首を横に振った。
「我々に命令出来るのはラルク様だけだ。それ以外の命令を聞く理由はない。ラルク様の命令があるまで動か――」
命令書の一部を指差した。ラルクの筆跡は、ラウノさんがギルドで確認していた。それを写して使用しているのだ。
「そのラルク様からの命令なんです! 急いでください!」
「し、失礼した! おい、行くぞ!」
「はい!」
「すみません、奥の方々にも命令を伝えないといけないので通して頂けませんか?」
「鍵ならそこにある!」
三人の女性兵士たちが駆け出していく。その後ろ姿を見送り、鉄格子が急遽取り付けられた場所にある小さなテーブルから鍵を取り出した。
三代目が言う。
『う~ん、なんというか恋は盲目、って奴かな? ま、楽でいいけどね。これもカルタフスの気質、って奴かも知れないね』
俺は鍵を開けて廊下を進むと、周囲の配置を確認するのだった。前に感じたラルクの反応はない。以前は気配をスキルの探知からも消していた。不自然な消え方をしていたが、今回はそんな様子もない。
「まだ情報が伝わっていないのか?」
ラルクの動きが鈍いように感じる中で、俺は地下牢へと進むのだった。途中、同じように配置された女性兵士や騎士には、命令書を見せて通して貰った。ついでに侵入者を捜すように命令までしている。
それぞれに違った情報を与えるのも忘れない。
先へと進み、反応がある場所へと向かうと俺は鍵を使用して扉を開けるのだった。カルタフスの女王との面会である。
ミレイアさんが、木製の分厚いドアを開ける前に言うのだ。
『ライエル、相手は囚われの身。酷い状況でも優しく対応するのですよ。北の大国カルタフスには、頑張って貰わないといけませんからね。例え汚物まみれでも抱きしめなさい。酷い臭いでも笑顔を絶やさないように。腕の見せ所ですよ』
俺を一体なんだと思っているのか? ミレイアさんには、一度しっかりと確認するべきだと思った。
七代目が少しドン引きしつつ。
『まぁ、拷問を受けて姿形が分からない、という事もないだろうからな。もっと綺麗な状態である事を祈ろうか』
ラルクにとっては大事な女性だ。
下手に傷をつけることもないはずだ。そう願いながら、俺はドアを開けたのだった。
――エアハルトは、背中の大剣【グラム】を抜いて目の前の敵と戦っていた。
簡易の要塞に飛び込んできた一団は、城ではなく街の方から侵入してきたのである。
周囲ではエアハルトの仲間が、一人の大剣を持つ剣士を取り囲んでいた。他にも侵入してきたローブ姿の冒険者たち。
ベイムとは違った雰囲気を出しており、地元の冒険者であるのはエアハルトにも理解出来た。
黒い大剣を持つ相手は、名ばかり立派なエアハルトの体験とは違い、本物の魔具であるようだ。エアハルトの大剣がかなり欠けている。
「お前ら、俺の邪魔をする気だな。ここでぶっ潰してやるぜ」
騎士や兵士が黒い大剣を持つ剣士に斬りかかろうとするのを、マクシムが止めに入った。強引に押しとどめると、全員を下がらせたのである。
ダミアンがゴーレムを剣士に突撃させると、ゴーレムが紙切れのようにズタズタにされてしまった。
ダミアンは肩に杖を担いで。
「まさかここで出会うとは思わなかったよ。え~と、誰だったかな? ほら、マルクだっけ?」
ダミアンのメイドである三号が、訂正を入れた。
「ご主人様、ラルク、でございます」
二号はダミアンを慰めるのだった。
「今回はもう少しでしたね、ご主人様」
すると、マクシムのところには二人の女性冒険者が襲いかかる。それを槍で受け流し、マクシムは周囲の騎士や兵士たちに下がるように言うのだった。
「敵は少数だ! 俺たちで相手をする! 下手に手を出すな!」
持っている装備に魔具がチラホラ見えた。それだけで、相手が厄介な冒険者だとマクシムは判断したのだ。ガレリアから借りた騎士や兵士を無駄には出来ず、自分たちで相手をする事にしたのだった。
エアハルトは、目の前の剣士――ラルクを睨み付け、大剣を構えた。ダミアンがラルクの相手をしようとするが、他の冒険者に足止めを食らう。
「まったく、君も護衛対象なんだけどね」
ダミアンの呟きをエアハルトは聞き流しており、目の前の剣士に全神経を向けていた。
ラルクは、そんなエアハルトを見て鼻で笑う。
「なんだ、その装備? 剣は鉄の棒みたいじゃないか。装備はバランスが悪いし、なによりもタンクトップだけ? 馬鹿にしてんのか?」
ラルクが笑っているが、エアハルトは構えを解かずに返事もしなかった。
(こいつ、俺よりも強いな)
スタイルも大剣を使用するために似ていた。体つき、それらを見ればエアハルトも負けていない。
だが、装備の質が違いすぎた。着ている衣服は高級品。手に握っている大剣は魔具だ。
装備に関しても金がかかっているのは見れば分かる。
「そこの君たち。僕かそこの……槍を持った人が助けるまで死なないでね」
ダミアンはそう言って自分を取り囲んだ三人の女性冒険者を見ていた。
槍を持った人、と呼ばれたマクシムも、二人を相手に槍を構えてすぐには動けそうになかった。
エアハルトの仲間たちが言う。
「エアハルト、このままだと厳しいぜ」
「分かってる! だけど、ここで逃げたら背中を斬られて終わりだ。それに、格上と戦わないと俺たちは先に進めないだろうが!」
格上との戦いは、大きな経験となる。エアハルトたちのように真面目に冒険者をするのも間違いではないが、ある程度まで“成長”を経験するとそこからは伸び悩んでしまう。時間をかけるか、博打に出るか……。
エアハルトは、後者を選択したようだ。
「もう、馬鹿にされるのは嫌だってみんなで言っただろうが。見返してやるんだよ……あの女に!」
あの女とはマリアーヌだ。自分たちを騙していたギルド職員だ。それを口にすると、ラルクは大笑いをした。
「なんだよ、お前ら。まさか、女を見返すために頑張っているの? 本当に馬鹿だな。女なんてどうにでもなるのにさ」
その口調に腹立ちを覚えながら、エアハルトは柄を握り直した。すると、ラルクが踏み込んで大剣を片手で振るう。
「雑魚のくせに粋がりやがって! 俺の邪魔をする奴はみんな死ね! お前ら、さっさと周りの連中も殺せ! すぐに味方が出てくるぜ! たったこれだけの数だ。城からすぐに部隊が――」
そこまで言ったところで、エアハルトは大剣でラルクの大剣を弾き飛ばした。エアハルトの大剣からは火花が飛び散り、削られて形が変化していた。
そして、オートマトンに守られ、ゴーレムで三人の冒険者を押え込んだダミアンがラルクの前に出るのだった。
「残念だけど、城から兵士が打って出る事はないよ。君たちの決まりでは、最優先は王族の警護だろ? しかも、数が同じか少し上回る程度では打って出ないんだってね」
槍の柄で女性をたたき伏せたマクシムは、同じようにラルクの前に出るのだった。女性に容赦のない攻撃をする姿は、アデーレをお嬢様と慕っている姿とは違って見えた。
「武器を持てば女子共でも戦士! と思っていたが、なんとも覇気のない相手だ。これが魅了されている者の実力か。ライエル殿とは逆だな。ライエル殿の恋人たちなら、やる気を見せて怖いくらいだったのに……やはり、女性はアデーレ様のようにあるべきだな」
ラルクが周囲を見回した。
城から味方が出てこない。五百名程度ならすぐにでも城から打って出れば勝てる数だった。しかし、出てこない。
「どういう事だ。それに、お前ら何をしてやがる! 立って戦え!」
女性冒険者たちが立ち上がれずにいると、ダミアンは杖を担いで溜息を吐いた。
「ガッカリだよ。君にはガッカリだ。きっと苦戦すると思って、策を練ってきたのにそれを披露する暇もなかったじゃないか」
ラルクが行なったら困る行動も考えていたライエルたち。女王が捕えられているのは、ラルクの魅了に抗っているからだと予想していた。
なので、他の女性を盾にされては困ると考えていた。城の中を混乱させたのも、その対策のためだったのだ。
いくらダミアンたちでも、女中などが前に出てくれば攻撃をためらってしまう。今後を考えれば、出来るだけ人死には最小限に留めておきたかった。
さっさと終わらせようとすると、エアハルトが前に出た。
「俺にやらせてくれ。こいつ……仲間を道具みたいに扱いやがった。そんな奴は許せないんだよ……俺もそうだったからな」
マクシムはエアハルトを止めようとするが、ダミアンが止めた。
「別に興味はないけど、個人的に納得したいならすればいいよ。ただ、駄目だと思えば僕らでラルクは倒させて貰うよ」
周囲を囲まれたラルクは、騎士や兵士を斬り捨てて逃げだそうと考えていた。しかし、マクシムに回り込まれて目の前のエアハルトと戦うしかなくなってしまった。
ダミアンはオートマトンに木箱を用意させると、そこに座って言うのだ。
「まったく、興ざめもいいところだ。僕も城の中に入りたかったよ。ライエルならきっと楽しませてくれるだろうに」
そう言って投げやりに「ほら、はじめなよ」などと言ってエアハルトとラルクを戦わせるのだった。
その手にはしっかりと杖を握りしめ、いつでもラルクを殺せる体勢を維持しながら――。




