ミレイアさん
依頼を達成した帰り。
俺はポーターの荷台でボンヤリと天井を見ていた。
今回依頼されたのは、ヒッポグリフの討伐であった。その帰り道というか、回り道をして、雑用系の依頼を片付けた帰りである。
ポーターの荷台では、アリアが涙目でランタンの明かりを頼りに紙に今回の報酬から利益を計算していた。
見張っているのはミランダであり、ザインで書類地獄を経験していないアリアに色々と教え込んでいた。
以前、出来るようになるまで教えるといった約束を、律儀に実行しているのだ。
(なんて楽しそうに教えているんだろう。というか……)
「駄目よ、アリア。ここが間違っているじゃない。単純な計算ミスよ」
最初の方で計算ミスをしており、全てやり直しという状況だ。それを聞いて、計算をやり直すアリアが。
「なら、最初の方で注意してよ!」
ミランダは、木箱を机代わりにしているアリアを相手に微笑んでいた。
「え? どうして? 私、言ったわよね。終わったら確認してあげる、って。やり方は教えたし、途中で注意するとは言ってないわよ」
ガタガタと軽く揺れたポーターの荷台は、以前よりも随分と揺れが少なくなった。そんな荷台で、ミランダはアリアに簡単な計算をさせていたのだ。
簡単だが、複雑で間違えると計算が合わなくなる。アリアは、そんな事をポーターの荷台で延々と繰り返していた。
内容は――今回の報酬、そこから純利益を算出し、更に仲間でいかに分配するのか?
パーティーの金銭面に疎いのはアリアを始め、メイにシャノンだ。エヴァは旅をしていたこともあり、金銭面では意外にしっかりしたところもある。
歌い手として色々と苦労してきたようだ。
だが、書類仕事はできない。
涙目のアリアに、笑顔を向けるミランダを見た俺は思う。
(……ミランダの性格は、絶対にミレイアさんに似ているな)
そう思っていると――。
『……ライエル、ミランダを見て私と似ていると思ったわね?』
からかうネタを見つけたと言わんばかりの声で、宝玉内からミレイアさんの声が聞こえてきた。
ハッとなった俺は、周囲を見て静かに宝玉を指先で転がした。否定を示すのだが、ミレイアさんは確信があるのか。
『いいのよぉ。ひ孫と似ているとか言われて嬉しいし。でも、ライエルが私をどう見ているか気付いてショックだわ』
それに乗っかるように、三代目が。
『あ~あ、ミレイアちゃん可哀想』
四代目も暇なのか。
『酷いじゃないか、ライエル』
ただ、五代目と七代目だけは俺の味方だった。いや、ミレイアさんの性格を理解していると言った方がいいだろう。
『お前の腹黒さを考えれば、ライエルがそう思っても仕方ないだろ』
『叔母上が泣いたところで可愛くありませんね。宝玉内では若くなるからと、心まで若くなったつもりですか? 止めて下さい、寒気がします』
すると、宝玉に衝撃が走った。
(……え?)
三代目が、俺に状況を教えてくれる。何故か少し震えた声だった。
『……七代目はしばらくすれば復帰するから』
『さて、では今回もセプテム様に色々と質問しに行くわよ。前回は宝玉を作ったのがセプテム様、そしてスキルについて聞いたわね』
いつもと変わらない笑顔を俺に向けてくるミレイアさんを前に、俺はドアの前でチラチラと七代目に視線を向けた。
椅子に座り、グッタリしている七代目はこちらを見ないようにしていた。
ニヤニヤした三代目が、七代目をからかっている。
宝玉内は今まで男臭かったのだが、ミレイアさんの登場で少しだけ違った雰囲気を出していた。
「今回は何を聞きに行くんです?」
ミレイアさんは俺を指差す。
『ライエルについて、よ』
「俺? あの、セプテムさんとは生きた時代が違いすぎるんですが?」
すると、ミレイアさんはヤレヤレと肩をすくめると首を横に振った。
『分かっていないわね、ライエル……宝玉は誕生してから常に外の情報を記憶してきたのよ。そして、セプテム様は宝玉を作り出した張本人の記憶。きっと色々と教えてくれるわ。それに、貴方の半身の話は気になっているんでしょう?』
笑顔を向けてくるミレイアさんに、俺は頷くのだった。
以前、セプテムさんは、俺に封じられた半身が目覚めようとしていると言っていた。そして、向き合うときが来るのだと。
それがいったいどんな意味を持っているのか、俺も知っておきたかった。
『では行きましょうか』
ドアを一緒にくぐる。だが、そこにはいつもと違う光景が広がっていた。
大都市ではあったが、まるで寂れていた。
多くの店では誰かが店番をしているが、並んでいる商品を売ろうとしていない。人が通っても声すらかけないのだ。
そして、周囲の建物はボロボロで、修繕をしていない様子だった。
「これは」
『あら、今日は酷い光景が広がっているわね』
ミレイアさんがそう言いながら歩いて行くと、俺はその隣を歩く。三度目とあって、どこに行けばいいのか理解しているのでついていかなくてもいいのだ。
不意に、前を着飾った男が周囲を無視して歩いてきていた。
前に出てミレイアさんを庇うように歩くと。
『あら、随分と紳士的ね。一年前とは大違い』
「……一年前を知っているんですか?」
『一年前じゃないわ。言ったでしょ? 私は案内人として宝玉が選んだ、って。色々と知っていないと、案内なんかできないわよ』
金色の瞳は、どこか遠くを見ているように見えた。そして、着飾った男が通行人とぶつかった。
「……どういうつもりだ! 俺は魔法使いだぞ! お前ら屑共が俺の道を塞ぐな!」
「お、お許しくだ――」
ぶつかった男性に右手を向けた着飾った男は、そのまま右手から魔法を放った。
「ま、待って――」
飛び出そうとした俺を、ミレイアさんが止める。
『ライエル、これは記憶よ。触れる事も反応もあるけど、ここでは何も変わらないの』
すると、ぶつかった男性が火達磨になった。
周囲では怯えるようにそんな光景を見ている人ばかりで、着飾った男性をだれも止めようとしていなかった。
『……行くわよ』
俺は手を引かれてその場を後にする。焦げた嫌な臭いや、断末魔は現実感がありすぎた。
そんな光景が広がっているのが、宝玉の記憶とでもいうのだろうか?
セプテムさんの部屋に行くと、そこは前と違っていた。
ベッドの上で上半身を起こしているセプテムさんだが、部屋は蜘蛛の巣が張っており手入れがされていない。
屋敷にはゴーレムもいなければ、人もいなかった。
『あら、こんなタイミングで来たの?』
少し困ったようなセプテムさんの表情は、何とも言えない物だった。恥ずかしいような、そして悲しいような。
埃をかぶった椅子を取り出し、手で払うと俺はミレイアさんの分まで用意した。
二人して座ると、セプテムさんと話をする。
「今日は俺の事を聞こうとミレイアさんが――。あの、俺の半身、ってどういう事ですか?」
セレスによって封じられた半身。
その事が気にかかっていた。
セプテムさんは、ベッドから差し込む光を浴びながら口を開く。ボロボロになったカーテンを見ていると、どうしても少し悲しい気持ちになった。
『半身――ライエルの記憶よ。よく思い出せないのではなくて? ライエル、過去の自分を思い出せる? そして、セレスの顔を――今ではない、過去のセレスを』
俺は何を馬鹿なことを――そう言おうとして、記憶が曖昧であることを思いだした。強烈な十歳以降の記憶に全て塗りつぶされたと思いながら、左手で頭を押さえると……。
ミレイアさんが窓の外を見た。
『あら、幸せそうね』
家族が外で遊んでいる声がした。俺は急いで立ち上がると、窓の外を見た。そこには、木の陰でシートを敷いて楽しそうにしている家族がいた。
周囲には護衛の騎士たちがおり、両親が子供を見守っている。
中でも一番はしゃいでいたのは男の子だ。
両親も男の子を見ており、近くにいた女の子も男の子――兄を見ていた。
冷や汗が出て来た。妙に懐かしく、それでいてどうしても思い出せない。
窓に手を伸ばすと、後ろを向いていた少女がこちらを向く。しかし、すぐに窓の外は寂れた屋敷の庭が広がった。
今までの記憶が消え、窓を開けても何も聞こえてこない。
「今の記憶は」
俺が困惑していると、セプテムさんが言う。
『ライエルの記憶ね。言ったでしょう……もう目覚めようとしている、って。周囲がセレスに従うのは、スキルのせいではないの。ライエル、覚えておきなさい。セレスのスキルは奪う事。ライエルから魔力と経験、そして両親の愛を奪った。最後に奪えなかったライエルの記憶は、こうして封印されてしまったのよ』
セレスのスキルが、他者から何かを奪う事だと初めて知った。そして、周囲に影響を与えているのは、スキルではないのだと。
『正確に言うのなら、セレスのスキルは相手の模倣。そして封印と続いて強奪ね。ライエルが生かされていたのは、きっとセレスが磨き上げたライエルの魔力を奪っていたからよ。でも、当然だけどセレスにも限界があった』
ミレイアさんが、立ち上がって俺の両肩に手を置いた。知らない間に、俺の呼吸は乱れ、冷や汗が止まらない。
ミレイアさんが、俺に優しく言う。
『ライエル、貴方は奪われ続けてきた。でもね……本来、怪物となるのは、ライエルだったのよ』
俺はミレイアさんに振り返ろうとすると、後ろから抱きつかれる。何を言われているのか分からなかった。
同時に、少しだけ――直感めいたものを感じた。
「俺は……セレスと同じだと?」
セプテムさんは頷いた。だが、同時にこうも言う。
『次代のセプテムとなり得るのは、ライエルとセレスだった。だけど、それを許さなかったのがセレスよ。だから、ライエルから奪うだけ奪った。今のライエルは、セプテムの記憶もなければ力もない存在。私からすれば羨ましいけど、今のライエルはただの人なのよ。だからこそ、ノウェムは貴方に味方したのでしょうけどね』
俺はどう言えばいいのか分からなかった。自分がセレスと同じ怪物だと知り、そして今まで奪われ続けていたのだと聞かされ――。
「あ、あれ? でも、前に会ったときは奪われた感覚がなかったんですけど? というか、これでセレスのスキルは俺に効果がないと?」
――そう言うと、ミレイアさんが俺から離れて笑い出す。
『言ったじゃない。セレスにも限界はある、って。それに、もうセレスは奪っても自分で保持出来る余裕なんかないわ。セレスはすでに完成してしまったのよ。それにしてもライエル、良い意味で歴代当主に毒されたわね』
首を傾げると、セプテムさんも微笑んでいた。ここで俺が絶望すると思ったのか、嬉しい誤算のようだ。
セプテムさんは言う。
『ライエル、自分を知りなさい。そうすれば今よりもっと先へ進めるわ』
俺は頷き、そしてセプテムさんに確認を取る。
「あの、それでなんですが……セレスのスキルは分かりました。でも、そうなるとセレスの持つ宝玉の中にあるスキルはいったい――」
セプテムさんは俺を見て真剣な表情で言うのだ。
『発動するスキルは一つだけ。でもね、セプテムはスキルを作った女神よ? いくらでもスキルを用意出来るわ。それがスキルとも言えなくないわね』
俺は思った。
(意外とショボいな。女神だから、もっと凶悪だと思ったのに)
ただ、ショボいと分かっても、相手が凶悪なことには変りがない。事実、俺はセレスに手も足も出なかった。
「なら、今は周囲を魅了するスキルを使用しているわけですか」
すると、セプテムさんもミレイアさんも首を横に振るのだった。
ミレイアさんが言う。
『よく聞きなさい、ライエル。セプテム様――女神であるセプテム様は、人間に最も尊敬されるのよ。ノウェムを見て思い出さない?』
ノウェムの事を急に言われ、俺は首を傾げた。セプテムさんは「細かい事はノウェムがいつか話すときにお聞きなさい」と言うだけだ。
そして、セプテムさんは言う。
『かつて人を作ったのが女神であるセプテムだからよ』
俺はそれを聞いて疑問に思った。確かに女神が人を作り出したと聞いて育った。だが、人に関係する女神は【セクス】だ。
六番目の女神である。
「あの、作り出したのはセクス――六番目の女神では?」
ミレイアさんが、溜息を吐きつつ言うのだ。
『それは間違いよ。でも、仕方のない間違いね。実際、セプテム様は知恵の女神扱いだし。というか、知恵の部分はあくまでもセプテム様のサービスよ。本来、セクス様は人を呼び覚ます者として役割を担っていたの』
俺は意味が違うのか疑問に思った。だが、作り出したなら呼び覚ますという言い回しは確かに少し違う。
そして、話が少しファンタジー過ぎて、俺にはどうしていいのか分からなかった。
(そんな過去の話をされても……その、困ります)
ミレイアさんが続ける。
『ノウェムが亜人から好かれるのも同じよ。かつて亜人や神獣、そして魔物を生み出したのがノウェムだから。その記憶を色濃く受け継いだノウェムには、そういった影響が出ているの』
セプテムさんが窓の外を見ながら、呟いた。
『人を作ったのはセプテム。そして、呼び起こす役割を持ったセクスは……ノウェムによって殺されたのよ。あの子は……ノウェムが全ての計画を破壊したの』
どうしよう。
(ま、まずい。どうしたらいいんだ……)
話しについて行けない。
とりあえず、ノウェムはセプテムさんたちを裏切ったのは理解した。
(あ、そう言えば……オクトーさんも裏切ったんだったか? これ、セプテムさんに聞けば、本当にオクトーさんに色々と聞かないでいいな)
少しだけ可愛そうな気もしたが、俺はオクトーさんとは縁がなかったと思うことにするのだった。




