ファインズ・ウォルト
そこは六代目の記憶の部屋。
修行をつけて貰っていた俺は、合格を言い渡されると六代目の記憶を見せられた。
一人の女性――六代目の腹違いの妹が、泣きじゃくって自分の実母に抱きついていた。
五代目――フレドリクスを見ると、俯いて更に泣き始める。
記憶の中の六代目――ファインズが。
『親父、辛い目に遭ったんだ。ソッとしておいてくれ』
妹を庇う兄であるファインズだが、フレドリクスは違う。泣きじゃくる娘を見て、自身の妾であり、女性の母に。
『……連れて帰るぞ。支度をする』
すると、女性が。
『……あんたがあんなところに私を嫁に出すから! ものみたいに扱われて……どうせ血筋だけの家の娘だから、って!』
フレドリクスに、そのまま罵詈雑言を浴びせる女性を実母が抱きしめて部屋から連れ出していく。
そして、ファインズは我慢が出来なかったのか、フレドリクスの胸倉を掴み上げた。
『そんなに子供より畜生が大事か! あんな扱いを娘が受けて、腹も立てないのかよ、あんたは!』
すると、フレドリクスが少しだけ笑っていた。
そのまま、ファインズを投げ飛ばすと床に押さえつける。部屋に駆け込んできたのは、正妻のファインズの母だった。
『ファインズ!』
自分の子供が床に押さえつけられている光景を見て、ファインズの母は慌てていた。そして、フレドリクスが小さく呟く。
『そうだ、お前たちはそれでいい……合格だ』
そう言ってファインズを解放すると、フレドリクスは大声で。
『武具の用意だ。早馬を出せ! ファインズ、お前にも出て貰う。いや……お前が先頭に立て』
笑っている父の姿を見て、ファインズは驚いていた。
そう言って部屋をフレドリクスが出ると、家臣たちが部屋の前に集まっていた。次々に指示を飛ばすと、家臣たちが大慌てて動き始めた。
だが、どこか嬉しそうにしていた。
ファインズは、実の母に抱き起こされると嬉しそうな父の姿を見て呟く。
『なんなんだ。あんなに無愛想な親父が……』
すると、ファインズの実母が。
『昔はよく笑う人だったらしいわ。優しかったのよ。貴方もお婆さまから聞いたことはない?』
ファインズは。
『……聞いたが、嘘だと思った』
そう言って、ファインズは実母から離れると部屋から出て行く。
その様子を見て、六代目はアゴに手を当てていた。嬉しそうで、そして懐かしそうにしていた。
場面は変わる。
そこは外だった。
集落の中央には、丸太で壁を作って囲んだ街があった。畑が広がり、川が流れていた。だが、のどかな光景ではない。
騎士が馬に乗り、そして兵士たちが隊列を作って歩いていた。
装備、そして数――どこか決まりがあるように見えた。旗を掲げ、そこに終結を目指しており、集落を武装した集団を歩いて行く。
「なんです、これ? 普通、ここまですれば抵抗とかされますよね!」
すると、六代目が笑っていた。大笑いをして、ある場所を指差した。
『抵抗が無意味ならどうだ』
振り返ると、後方からも続々と騎士や兵士たちが歩いてくる。集まってくるのは、その道からだけではない。
街を目指して周囲から集まってきていた。
六代目は、懐かしそうに。
『俺たちの親父がウォルト家の軍法を考えた。だが、それを実行するには各地に軍法を学んだ者を配置する必要があった訳だ。敵味方区別なく教える事もできない。だから、俺たちが必要だった……教育し、そして鍛えた俺たちを各地に配置する。娘にも教え、その子供にも伝えるように言い聞かせていたな』
「そんな事をしたんですか?」
『あぁ。でも、当時はそれがどこの家でもやっていると思っていたからな』
俺がそこまでする必要があったのかと思っていた。七代目の時代、それは更に広がっていたに違いない。
『兵の数、武器、伝令、軍規……それらを守る精鋭が出来上がったのはこの頃だ』
装備に規則性が見えたのはそのためだろう。
そして、六代目は言う。
『見ろ。壁に上って見ている兵士たちが慌てているだろ。大急ぎでかき集めたからな!』
領内というのもあるが、これだけの数をすぐに動かせる状況にしたのが五代目と言うことだろう。
それだけ、周囲の領主たちに苦しめられてきたから、必要を感じたのかも知れない。
街の方を見ると、慌てて交渉のための使者が飛び出して来た。
景色はフレドリクスとファインズのいるテントの中に変わった。そこには、武具を着込んだ男たちがいる。
使者が青い顔をして、椅子に座るフレドリクスを見ていた。
フレドリクスの隣には、村娘の恰好ではない女性がいた。実母に付き添われ、そして座って俯いていた。
その様子を見て、同じ母を持つ兄弟が立ち上がって使者を殴ろうとする。すると、周囲の他の兄弟たちが止めていた。
『離せ! こいつら、俺の妹に何したか聞いただろうが! ここで首を跳ねて、それを返答にしてやる!』
暴れ回る兄弟に、ファインズが。
『使者は殺すな! それが俺たちのルールだ。殺す時は戦場かその後だ』
使者は青い顔をしていた。
『子爵! 我々は貴方の庇護下に入ると誓いました! この対応はあんまりです!』
すると、フレドリクスは隣で俯く娘に視線を向けた。
『……何をされたか、そこの使者に言え。後の事はお前の家族が全て面倒を見る』
すると、女性は俯きながらポツポツと語り始めた。
『……お前は男の子を産めば後はいらない、って』
使者が青い顔をして、誤解を解こうとした。
『ち、違います! それは我が家のルールを教える際に、少し言い過ぎたかも知れませんが、それは厳しく教えようと』
周囲の鋭い視線に、使者が黙ると女性はまた口を開いた。兄弟の後ろには、他の寄子である貴族たちもいる。
『……お母様のくれた家具が、金貨で何枚だ、って。貧乏人の頼りない家だって』
泣きながら、手で涙をぬぐう女性を見て、周囲の反応は冷めたものになっていた。すると、フレドリクスが笑い始めた。
『そうか、俺は貧乏貴族か! 悪いな。子供が多くて金をかけてやれなかったんだ。それで?』
使者が女性に視線を送っており、その目からは涙が流れていた。今までしてきた事を思い出し、後悔しているのかも知れない。
『……ウォルト家の人間は奴隷だって。どうせ裏切ってまた略奪をするから、お前は貴族の血だけを渡せばいい、って。そのまま息子を取り上げられて……私、まともに抱いたこともないのよ!』
それを聞いて、テントの中は殺気だった。この近隣の寄子がおり、使者を見て怒鳴りつける。
『やはりそのつもりだったか! 同じ寄親を持つから、禍根は水に流せと言っておきながら……子爵! 先陣は我が家にお任せ頂きたい! 同じように子爵の娘を迎えた家として、このような奴らは許せません!』
すると、ファインズの兄弟たちが。
『妹を奴隷扱いだ? ふざけんな! 帰って戦の支度でもするように伝えてこい! だからこんな家を寄子にしたくなかったんだ! 落ち目の男爵様に媚びでも売ってこいや!』
六代目が笑っており、状況が飲み込めない俺は首をかしげた。
「落ち目? あの、何があったんですか?」
『ん? あぁ、この時期、隣の男爵家が落ち目だったんだ。まぁ、散々ウォルト家の領地で暴れていた訳だが。ほら、そこは五代目が淡々と入り込む賊を潰して、傭兵団も叩きつぶしてきた。結構酷い手段も取ったらしいが、そうなると略奪にきた男爵家がな……騎士は殺され、略奪も出来ない上に馬や装備がなくなる訳だ! しかも負け続け、信用もなくなる!』
それを聞いて、なんとなく理解した。五代目が耐えきったのだ。
攻め込む賊を叩きつぶし、傭兵団や略奪に来た他家の寄子などを潰してきた。そうなると、相手からすればウォルト家は厄介な存在だろう。
「まぁ、同じ国同士なのに、略奪を繰り返すとか信用ないですよね」
だが、六代目は。
『結構多いんだがな。こっちは反対に内政に力を入れていたし、俺たちの婚姻外交で味方を増やしたからな。本物の貴族の血だ。どこも欲しがったんだぞ』
魔法使い。そう呼ばれる貴族の血は、同じ貴族でも持たない家も多かった。だから、それを五代目が利用したのだろう。
使者は必死に弁明を繰り返すが、既に流れは変わらなかった。
フレドリクスは立ち上がると。
『もういい。帰って伝えろ。武具の用意をしろ、とな』
使者がその場に座り込み、泣いている女性に助けを求める。
『お助けください! このままでは我らが領地は根絶やしにされます! もう二度とこれまでのような事は繰り返しません! ですから、何卒!』
そして、フレドリクスは――。
『ならば孫を返せ。こちらで教育する。それから、当主の首は差し出して貰うぞ。死体は晒させて貰う』
その後も、主だった家臣の家は、現状を見逃したとして取り潰すことが告げられた。
「……これ、納得したんですか?」
六代目は。
『する訳ないだろう。だが、簡単だったぞ』
すると、映像は燃え上がった街を見せた。街の中央にある屋敷が燃えており、女性の手の中には赤ん坊が抱かれていた。
「……周囲は燃えていないのに」
周りを見れば、燃えているのは屋敷だけ。そして、地面には騎士や兵士たちの死体が転がっていた。
六代目が言うには。
『使者が帰って事情を説明すると、戦争の準備が始まった。だが、領民が従わなかった。万に届く軍勢だぞ。囲まれて恐慌状態だ。ま、ここからウォルト家が攻勢に出たから、その狼煙みたいなものだな』
こうして、ウォルト家に逆らうとどうなるのか――それを、寄子たちに知らしめたという。
この後、寄子たちの反応は違ったらしい。
燃え上がる屋敷を見ていたファインズに、フレドリクスが歩み寄った。
そして――。
『覚えておけ。他人事じゃないぞ。少しでも判断を誤れば、これがウォルト家の未来だ』
ファインズが振り返ると、フレドリクスは青い玉を手渡した。
『お、親父』
『俺の仕事はここまでだ。後はお前が引き継げ。俺は隠居する。もう疲れたよ……あとはお前に任せた』
そう言って疲れた笑みの五代目は、その場から歩き去ってしまった。
映像が灰色に染まり、時間が止まると六代目が言った。
『周りは敵だらけ、周囲は敵か味方か分からない。頼れるのは……そうだな、フォクスズ家だけだったかな? そんな親父が、俺たちの代でなんとか形を作った。今でもそのやり方が正しかったとは認めたくないが』
五代目は、子供を沢山作った。だが、同時にそれは大きな問題があった。家族同士、つまり兄弟同士で争うことだ。
「五代目は、もしかして……自分に家族の敵意が向くようにしたんじゃ」
家を継ぐ六代目よりも、自分に敵意が向くようにして家族をまとめたように俺は見えたのだ。
『分からん、というのが正直なところだ。聞いてないが、そうだったんじゃないか? 絶対に言わないからな。ま、確かに兄弟喧嘩は多かったが、殺し合うまではなかった。何かあればこうして集まり、敵と戦ったからな。俺も母たちから、後になった聞かされた事も多い。後から考えれば、全てを否定する事も出来なかった』
周囲の景色が消え、そして屋敷の庭が見えてきた。六代目は、腕組みをすると俺に声をかけてきた。
『俺はな、ライエル……五代目が用意した軍勢を動かしただけだ。周囲の連中と戦って勝利したのも、五代目が全部用意していたからだ。勝つ準備が整い、そして勝つべくして勝っていた。それだけだ』
六代目が大きくウォルト家の支配地域を広げた。だが、それには五代目の下地があったからだと、俺に教えてくれた。
俺は六代目に。
「そんな事は。六代目も強いですし、それに頼りになります」
俺がそう言うと、振り返った六代目は笑っていた。笑って、そして――。
『そうだと良かったんだがな。色々と失敗して、ブロードにも迷惑をかけた。あれはどこかで俺と距離を取っていたからな』
六代目と七代目の関係を、俺は良好だと思っていた。だが、歴代当主のように表面に出ないだけで、何かあったのだろう。
深く溜息を吐いた後、六代目は俺の顔を真剣に見て。
『ライエル、スキルを教えてやる。……【リアルスペック】。これが俺の三つ目のスキルだ。今まで以上の情報を得られるようになる』
聞けば、相手がどういった状態なのか。それを更に詳しく知ることができるようだ。だが、俺が思ったのはスキル以上に。
「なんで……別に今でなくても」
俺のすがるような声を聞いて、六代目は首を横に振った。最後のスキル――六代目の三つ目――最終段階のスキルを教えられるということは、別れを意味していた。
『いや、今だからだ。俺がお前にしてやれるのはここまでだ。後は残りの連中がお前をサポートしてくれる。俺よりも頼りになるからな』
「まだ何も終わっていません。始まったばかりじゃないですか。それに、俺は六代目も頼りにしているんです!」
六代目は指先で頬をかいた。苦笑いをしていた。
『いや、もう終わりだ。これで勝てないならお前はそこまでだ。だが、俺はお前が勝つと信じているからな。もうここでいい。いや、ここでないといつまでも居残ってしまいそうだ。俺も引き留められるのは悪い気はしない。だがな、ライエル……俺たちの目的はスキルをお前に託すことだ。それが少し……いや、だいぶ伸びたな。俺のスキルを使って見ろ。使用方法はもっと知りたいと思うだけだ』
言われるまま、俺はスキルを使用して見た。情報量が、サーチやスペックとは桁違いだ。
『五代目のスキルと同時使用でもいいが、こいつ単体でも凄いぞ。ま、情報量が多すぎて使いこなすのが大変なんだが』
俺はスキルを使用すると、急激に増えた情報量に左手で頭を押さえた。
六代目は笑って見ており。
『あまり長時間使えないが、色々と便利だ。ま、お前なら使いこなせるから安心だな。これで思い残すこともない』
俺は何かを言おうとして、ただ――初代や二代目の時の後悔も同時に思い出す。情けない姿を最後まで初代に見せた。
二代目の時は、俺が拒否をしてちゃんと別れを言えなかった。
俺は、無理矢理笑顔を作る。
「あ、ありがとうございました。俺、六代目は凄い人だって思います。その、駄目なところもありますけど、その……色々と教えて貰いましたから!」
六代目は、優しそうに微笑むと。
『本当はもっと教えてやりたかったんだがな。酒、それに賭博……悪い遊びもな! ま、俺もライエルに色々と教えて楽しかったぞ。ついでに、ミランダとシャノンは頼む。幸せにしてやってくれ』
「最後までそれですか。分かっています。出来うる限りの事はします」
冗談を言う六代目。それに合わせる俺。
そして、周囲の景色が光の粒子になって消えていく中で、六代目は頭をかきながら。
『あ~、やっぱり嘘だ。実は心残りがあった』
そう言った。笑っているが、少し寂しそうにしている。
「なんですか?」
六代目は、俺の肩に手を置いて。
『お前の晴れ姿が見られない事だな。馬上でハルバードを振り回し、初陣を飾るお前を見たかった。いや、違うな……セレスに立ち向かうお前も見たかった。まったく、ただスキルを教えるだけなのに、どうしても面倒を見たくなる』
「だったら、もう少し見ていけば良いじゃないですか」
俺の気持ちを言うと、六代目は首を横に振った。
『言っただろうが。それではいつスキルを託せば良いのか分からなくなる、ってな。……胸を張れ、ライエル。お前ならできる。お前は俺の失敗だらけの人生で、数少ない自慢だからな。俺の方が感謝を言いたいくらいだ』
俺が口を開くと、六代目の姿が消えていく。
『ライエル、ありがとう……それと、俺はお前なら出来ると信じているよ』
「俺の方こそ……俺も六代目が自慢です! 俺の自慢のご先祖様です!」
俺の言葉が届いたのか、それとも届かなかったのか――六代目は、微笑んで消えていった。
目を覚ますと、涙がこぼれた。
頬を触ると、やはり泣いていたようだ。
「我慢したのに。やっぱり俺は駄目だな……きっと泣いている姿を見られた」
上半身を起こし、そう呟くとベッド脇のある台の上に置いた宝玉から声が聞こえてきた。
五代目だ。
『……いいさ。別に怒るわけでもない』
七代目は、俺にお礼を言ってきた。
『礼を言うぞ、ライエル。わしは、六代目にどこか距離を置いていたからな。ハルバードを勧められても断った。あの時の父上の寂しそうな姿を今でも思い出す事があった。お前に教えている時は、本当に楽しそうだった。ありがとう、ライエル』
俺は隣のベッドで眠るミランダを見た。窓の外はまだ暗い。
(立ち止まっている暇はない。でも、今だけは)
俺の中に後悔があった。もっと、六代目に色々と教えて貰えばよかったと。もっと、話をしておけば良かったと。
そう言えば――。
(そう言えば、六代目は最初から俺よりだったよな。フォローとかしてくれたし。また、寂しくなるな)
宝玉を手に取り、俺は握りしめるのだった。




