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第64話 楽しかった高二の夏休み

「んじゃ、頼んだぞ葵」


「ふーい」


 メインイベントである夏祭りキャンプファイヤーも終わり、キャンプ場は消灯時間を迎える。

しかし俺たち運営の仕事は夜まで続く。


 俺はこれから緊急事態が発生した時、いつでも飛び出せるよう舎営の事務室へコットーーキャンプ用の簡易ベッドーーを展開し、床につく。まぁ、緊急事態なんて滅多に起こらないけど、こうするのがこのキャンプ場の運営上のルールらしい。


「なぁ、葵よ……」


 ふと、事務室の扉を閉めようとしていた高橋さんが呼んでくる。


「なんすか?」


「念の為に言っておくが、これは仕事だからな? くれぐれもそのことを忘れないように。まぁでも……鍵はきちんとしめて、声には気をつければ、俺はやぶさかじゃないからな?」


「はぁ?」


「葵よ、俺は嬉しいぜ。お前がちゃんと立ち直ってよ。じゃあな!」


 高橋さんは謎の言葉を最後に事務室を去ってゆく。


 ゲームとかはしてても良いけど、ちゃんと仕事はしろってことでしょ。

んなのわかっているって。

 さぁて、じゃあ言われた通り事務室の鍵を閉めに……


「や、やっほー!」


「っっっっっ!!!???」


 扉が勝手に広いて、そこには花音の姿が。


 しかも肩には長いバックを下げている。


 ひょっとしてというか、これって完全に……!


「わ、私ねっ! 一度、コットって使ってみたかったんだぁ!」


「お、おい、まさか……」


「私もここでご一緒しようかなぁって……ダメ? 一応、高橋さんからオッケーもらってるんだけど……」


 そうか、だから高橋さんはさっきあんなことを……って、あの人、何か勘違いしてないか!?


「やっぱ、ダメかなぁ……?」


「い、樹は良いのかよ? 相部屋だろ?」


 せめて樹がいれば多少はマシだと思って問いかける。するのと花音は苦笑いを浮かべた。


「あはは……逆に邪魔しちゃダメだと思って」


「邪魔?」


「絶対に知らんぷりしてよね?」


「あ、ああ……」


「樹ちゃん、今夏休みの課題やってるの。なんかずっと部活が忙しかったみたいで、全然追いついてなかったみたいで……今回も、葵くんのお願いだからって、頑張って来てくれてたみたいで……」


 そういえばこのバイトに誘った時、樹のやつ一瞬躊躇った様子を見せていたと思い出す。

まさかそんな状態だったとは……無理をしなくてもよかったのにと思う。


「でもね、樹ちゃんは樹ちゃんなりに考えて、来るって決めたんだから、葵くんがとやかく言っちゃダメだからね?」


「わかった」


「で、私はどうかなぁ……?」


 樹を1人にしてやりたいし、キャンプコットを使ってみたいと花音も言っているし。

まぁ、俺と花音が一緒に寝るのはいつものことだし……


「じゃ、じゃあ、コット組み立てようか」


「うんっ! ありがと、葵くんっ!」


 俺たちは早速、コットを組み立てることに。

 コットには開くだけのものもあるが、これはフレームを組んで、幕を張るタイプ。

これの方が小さくまとめられて、持ち運びが楽なのだ。


「わぁ! これがコットかぁ! なんか寝心地、ハンモックに似てて好きかもっ!」


 花音はコットに身を沈めて、とても満足な様子だ。


「これがあるとキャンプ快適なんだよな。でも幕が薄いから冬場は下にマットとか敷かないと、冷気が直接通ってきて寒いんだよ」


「夏は逆に通気性がいいから快適だね!」


「だな……」


 突然、そこで会話が途切れてしまった。

 いつもなら、うまく会話のキャッチボールができるはずなのに、ちょっとおかしい。


 その原因はおそらく、さっきのキャンプファイヤーだ。


 花音は火の神様のナレーションに乗じて、俺のことをたぶん励ましてくれていたのだ。

その気持ちが嬉しくて、でも同時に恥ずかしくて……


「ねぇ、葵くん。この夏、どうだった?」


 不意に隣のコットで寝転がっている花音が、青い瞳に優しい光を宿しながら、穏やかに問いかけてくる。


「あ、暑かったかな……?」


 気恥ずかしい俺がそう答えると、


「もう、そういうこと聞いてるんじゃないの!」


「ぐっ……」


「楽しかった?」


 花音の問いに、俺は迷わず首肯を返す。


ーーこの夏は中1の時以上に楽しかったと感じていた。


 グランピングに始まり、そこから花音と毎日"おやようとおやすみ"のRINEをするようになって。


 樹とは懐かしい湖上祭に行って花火を見物して。


 花音とはハンモックで一緒に寝転んだり、彼女の口から昔のことを知れて、花火をしたり。


 そして、今こうやって、樹と、花音とキャンプ場のアルバイトへ来ている。


 本当に充実した夏だった。


「もしかしたら……この夏が俺の人生での最高潮、なのかもな……」


「そんなことないかな」


 俺のちょっと弱気な発言を、花音はあっさり一蹴してくれた。


「これから、葵くんはどんどん楽しくなってゆくはずだよ? だってさ、ふふ……」


「な、なんだよその笑い……?」


「なんかね、タネちゃん、葵くんのために新学期へ向けての色々と仕込みをしているみたいでね。新学期をお楽しみ〜って言ってたよ?」


 そういえば、夏休み前に種田さんがそんなことを言い置いていたような……嬉しい反面、結構人使いの荒そうな彼女のことだから、気をひきしめなかればいけないのだろう。


「新学期から、学校でも遠慮なく私に声かけてね? してくれないと、怒っちゃうぞ?」


 花音は冗談なのか、本気なのか、微妙な線の声色でそう告げてくる。


「わ、わかってるって……」


「うんっ……期待してる……」


 ふとそれっきり言葉が止まってしまった。

それでもなぜか花音は青い瞳に俺を写したままで。

俺自身も花音から視線が外せなくて。

そのためか、突然胸が大きく高鳴り出して、頬が熱を持ち始めて。


 とてもとても懐かしいこの感覚。


 この感覚って、もしかして……


「な、なぁ、花音、一つ聞きたいことが……」


 この胸の高鳴りを、今はまだ気づかれたくないと思い、花音へ声をかける。


「なに?」


「なんでさ、花音と樹は急に仲良くなったわけ?」


「あーそのこと? えっとね、私、お礼を言ったんだ」


「お礼?」


「葵くんと仲直りして、また友達になってくれてありがとうって。そしたら樹ちゃんも、ありがとうって言ってきて。で、葵くんの話になって

盛りに盛り上がっちゃってさ。なんかもう、私、彼女のこと"木村さん"だなんて呼べなくなっちゃってね!」


「俺のことってなんだよ……?」


「ひーみつ♩ でも、うん、全然悪い話じゃないから安心して♩」


 そうは言われても無茶苦茶気になる……これで眠れるのか、俺?


「ぐっ!?」


「わわっ!?」


 と、突然事務室に灯りが灯り、ジリリとベルが鳴り響く。

これはキャンプ場に何かがあったことの合図だ。


「葵緊急事態だ! すぐに支度しろ!」


 高橋さんが飛び込んできたので、飛び起きる俺と花音。


「な、なにがあったすか!? 小火ですか!?」


「いや、たぬきだ!」


「たぬきって、あのポンポコポンの!?」


 どうやら元都会っ子の花音にとっては驚きのワードだったようだ。


「出るんだよな、キャンプ場ってたぬき。たぶん、テントの外に食べ物を置きっぱなしにしたお客さんがいるんだろうよ。放っておくと、全部のサイトが襲われちゃう……」


「そ、そうなんだ……じゃあ、急がないとね!」


「ああ! 行くぞ、花音!」


「うんっ!」


 俺と花音は高橋さんや、職員さんと一緒にサイトへ繰り出し、ライトの光で照らすといった手法で、夜通したぬきを追っ払う羽目になった。まぁ、花音は初めて生で見るたぬきをひたすら"かわいい!"と連呼していて、ご機嫌な様子だった。



ーー結局、このたぬき騒動と、樹が夏休みの宿題を終えていなかったとのことで、俺たちは予定より早くこのバイトを終了することとなった。

 ほとんど眠っていなかった、俺たちは帰りの電車の中をほぼ寝て過ごす。


でもその中で、


「しゅ、宿題が僕を……! ああ、コーチっ……ちゃんと結果出しますからぁ……おい、くん助けてぇ……!」


 左の樹は俺の肩を枕にしてうなされていた。樹、ほんとすまん……。


 対して右にいて、同じく俺に寄りかかっている花音はとても穏やかな寝息をあげている。


「葵くんっ……新学期、楽しいね……私、葵くんが楽しそうで、嬉しいよっ……」


 きっとこれから始まる新学期の夢でも見ているのか、とても楽しそうだ。

そして夢の中でも俺のことを見ていてくれているらしい。

とても嬉しい。とても嬉しいのだが……


「ね、寝れん……」


 乗り換えが2回もあるので、寝過ごしてはいけないと思い、俺は花音と樹の枕になりつつ1人必死に眠気に耐えているのであった。


ーーこうしてめちゃくちゃ楽しかった高二の夏休みは終わりを告げる。


そしていよいよ、種田さんが色々と計略を張り巡らせているという、2学期が始まる!


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