あらたな予兆
ブランデン帝国の帝都に次ぐ規模の都市、交易都市ハンブルド。その都市の側にも小規模ではあるが、魔物の領域があった。
森の中で魔物除けの結界を張り、黒づくめの男達が黙々と作業をしている。
「この規模の魔物の領域で大丈夫でしょうか?」
作業している部下らしき男が、作業を指揮していたリーダー格であろう男に確認する。
「あゝ問題ない、あくまで実験だ。今回は魔素の濃度がどれだけ早く出来るか分かれば良い。魔物の氾濫を起こすことが目的ではないからな、それに本番はまだまだ先だ」
「わかりました。あと2時間程で作業は終了します」
リーダー格の男にそう言うと、手分けして魔法陣の間違えがないか、チェックしながら作業を急ぐ。その周りでは、大量の武器が、黒づくめの男達によって運ばれている。
「実験終了後、魔法陣や魔道具の回収を含めた証拠隠滅は、念入りにな」
リーダー格の男は、部下に指示を出してその場をあとにする。
黒づくめの男達が、立ち去ってから3日目の魔物の領域。男達が設置した魔法陣の真ん中には、一体のオークが入れられた檻が置かれていた。魔法陣の上に置かれたオークに、魔物の領域から魔素がどんどん集まっていく。やがて、檻に入れられたオークの身体の色が黒く染まり、大きくなっていく。
「ヴゥモォーーーー!!!!」
檻が壊れて中から3メートルを超えるオークキングが立ち上がる。檻の側に用意されていた、巨大な大剣を拾うとオークキングが咆哮する、すると、周りに集まっていた魔素から、約200体のオークが現れる。
「ヴゥモォー!!」
眷属を召喚したオークキングは、オークの軍団へと号令をかけると、周りに用意された武器を拾ったオーク達が街の在る方向へと動き出し、その最後尾にオークキングが続く。
その日、ハンブルドの帝国守備隊と近隣に駐屯していた騎士団と、街へ押し寄せるオークの軍団が衝突して、ハンブルドの街は、甚大な被害を出す事になる。
帝都の宮殿にある皇帝の執務室に、諜報部からの緊急の報告がはいる。
「何事だ!」
「はっ!ハンブルドの街に、オークキング率いるオークの軍団約100体が侵攻し、守備隊とたまたま近郊に駐屯していた青竜騎士団でこれを迎撃、オークキングとオークの軍団を殲滅しましたが、青竜騎士団は2000人近く、守備隊においては、5000人を超える犠牲が出ました。また、ハンブルドの街の被害も大きく、治安維持と街の復興の為に、一刻も早く騎士団を派遣する必要があると思われます。」
「なっ……、7000人だと……精鋭の青竜騎士団が2000人?……ほぼ全滅ではないか」
あまりの被害の大きさに、言葉をなくすマインバッハ三世。そこに諜報部員からの追加の情報が入る。
「閣下、死者は7000人ですが、復帰に時間のかかる重症者と軽症者を併せますと、その人数は三倍にのぼります。しかも兵士や騎士以外の犠牲者も、まだ集計出来ていませんが相当数居ると思われます」
「黄竜騎士団と赤竜騎士団から、二個大隊を派遣しておきます。」
一緒に報告を受けていた、宰相のシイツが指示を出す。
「何故そこまで被害が大きいのだ?オークキングは別にして、200体程度のオークの群れで、そこまで被害が拡がるものか?」
余りの被害の大きさに、惚けていたマインバッハ三世が、やっとの事で心を落ち着けて諜報部の部下に聞く。
「どうやらオークキングは、ユニーク個体だったようです。オークキング一体を葬る為に多くの犠牲が出ました。さらに、200体のオークの中には、上位個体も複数混じっていたようです」
部下からの報告に、顔をしかめるマインバッハ三世。
「くっ、せっかくイオニア王国への侵攻が叶うと思っていた矢先に、こう被害が大きくては動けんではないか!」
「閣下、如何致しましょう」
机を叩きつけ激昂するマインバッハ三世に、宰相のシイツが指示を仰ぐ。
「……今はハンブルドの復興を最優先に、オークキングが何処から現れたのか調査も忘れるな!」
なんとか気持ちを落ち着けて指示を出すと、椅子の背もたれに身体を預けるマインバッハ三世。
(俺の大陸統一の夢が……どうしてこうなった?)
窓のない暗い部屋で、僅かな灯りで辛うじてそこに黒づくめの男が二人いる事が分かった。
「魔素を集める速度は、想定通りでした。小規模な魔物の領域だった為に、オークキングが呼び出した眷属の数は少なかったようですが……」
膝まづいて報告するのは、魔物の領域で作業を指揮していた、リーダー格の男。
「ふむ、一回目の実験では、魔素を集める事で魔物の氾濫を起こし、二回目の実験で、ただのオークに魔素を集める事で、王種に変異させることができたわけだが、本番の前に、もう一つの大陸統一の野心を持った国、パルミナ王国の力を削いでおく必要があるな」
椅子に座り、黒いフードを目深に被った男が言う。
「パルミナ王国周辺の適当な魔物の領域で氾濫か、もしくは王種を産み出しますか?」
部下の男が、伺いを立てる。
「帝国で王種が現れたあとに直ぐ、パルミナで王種が現れると、何かを探りだす輩が現れると厄介だ。今回は、魔物の氾濫で充分だろう。少し時間を掛けて魔素を集めれば、人為的なものを疑う者も少なかろう。……それと、もう一度帝国にも小規模で構わん、場所を変えて小規模な魔物の氾濫を起こしておけ」
部下の問いに、暫く考えたあとニヤリと口元を歪めて指示を出す。
「かしこまりました。早速、作業に入ります」
部下の去った後、男は暗い部屋で一人椅子に背を預けると独り呟く。
「これで大陸統一などと夢を見るバカどもの心も折れるだろう。もう直ぐだ……、まっているがいい、異教徒創世教のなまぐさ坊主共よ、お前達には、我らが神への供物となってもらおう。我らの神のもとでの新世界の為に……クックックックッ」
暗い部屋の中に、男の笑い声が何時迄も響いていた。
ケディミナス教国 教皇私室
「チッ、舌を噛み切りよったか」
肥った身体を煩わしそうに動かし、机の上のベルを鳴らす。ベッドの上には、服をビリビリに破られた少女が、口元から血を流して横たわっていた。
コンコン!「御呼びですか?」
ドアが叩かれ教皇が、部屋に入って来るように促すと、部屋の外で控えていた部下が部屋に入って来た。
「かたずけておいてくれ」
部屋に入って来た部下は、ベッドの上で息絶えた少女をひと目見ると、溜息をつき教皇へ諫言する。
「教皇様、お遊びになるのであれば、出来れば奴隷を買うようにして頂けませんか。」
流石に信者や一般の市民を対象に、何度もこういう事が在ると流石にまずい。
「ここの所、ロンドバル都市同盟のせいで、奴隷の仕入れが滞っておるからの。忌々しいことじゃ」
部下の諫言を聞き流し、教皇は部下に少女の遺体をかたずけるよう指示すると、豪華な椅子に座りワインを飲みながら、なんとか性奴隷の仕入れが出来ないか思案する。最近になって、違法奴隷を仕入れていた犯罪組織が、幾つも潰されて、奴隷を仕入れる事が出来ないでいた。
「汚れ仕事をする輩を、見つける必要があるのう。エルフの集落でも襲わせて攫わせるか……」
グラスに残っていたワインを飲み干すと、ベッドに肥った身体を投げ出し、どうにかして奴隷を手に入れる方法がないか思案しながら、厭らしい笑みを浮かべて眠りについた。
その身に破滅が近づいて来ていることを知らずに……。




