友達?弟子?
学院の廊下を歩いている時に、ユキトを背後から呼び止める声が聞こえた。
「ユキト!」
聞き覚えのある声に、振り向いてみると。
「やあ、マリア、ヒルダ、久しぶりだね」
イオニア王国貴族令嬢のクラスメイト、マリアとヒルダがユキトを呼び止めた。
「あの……久しぶり、魔物の氾濫で活躍したんだって?」
「あぁ、聞いたんだね。恥ずかしいからそっとしておいて欲しいんだけど、気軽に街を歩けなくなっちゃた」
「それでね、……ユキトにお願いがあるの」
マリアが、言いにくそうに言って来る。
「……あの……剣術を教えてください。」
マリアがユキトに頭を下げる。
「良いよ!」
「……駄目だよねって、……えっ、良いの?」
マリアはことわられると思っていたのか、ユキトがあっさりと承諾するとは思わなかったようだ。
「僕は人に教えた事がないから、上手く教えれるかわからないけどね」
よその国の人間だけど、クラスメイトだし剣術くらい教えても、問題ないよね。
マリアはイオニア王国の貴族だが、一人や二人鍛えても大勢に影響ないだろうと思うことにした。マリアもきっと、以前の事があるから頼み難いのを、それでも強くなりたい強い意志があるから、勇気を出してユキトに頭を下げたのだろうとユキトは理解した。
「それでどうする?朝か放課後に学院の格技場を借りてする?」
「本当に教えてくれるの?……私、イオニア王国の人間だよ」
「うーん、マリアとヒルダ二人を鍛えるくらい大丈夫でしょう。それにクラスメイトだしね」
「あぁ、私は剣術なんて出来ないわよ。マリアだけでお願い」
「そう?剣術を学んでおくのも良いと思うけど、気が向いたら一緒においでよ」
ユキトがそう言うと、マリアがあらためて頭を下げる。
「有難う、これからよろしくお願いします」
「頭をあげてよ、それでどうする?」
学院の廊下で美少女と言えるマリアに、頭を下げさせている現状に、さすがにまずいと思ったユキトが聞く。
「さっそく今日の放課後からお願い出来ない?」
「うん、じゃあ放課後に一番小さい第10格技場に行くよ」
マリアと別れて、何時もの研究室で何時ものように過ごして放課後になる。
ユキトが格技場に行くと、マリアが一人で木剣を素振りしながら待っていた。
「ごめん、待たせちゃたかな」
「ううん、大丈夫。待ってないよ」
マリアが首を横に振り微笑む。
あらためてマリアの美しさに気づき、ユキトも思わずドキッとしてしまう。気持ちを落ちつけた所で、格技場にユキト達しかいないのに気付く。
「ひょっとして貸切りにしたの?」
「ええ、変な噂がたつとユキトが困るでしょ」
マリアが微笑みながら言う。
「イヤイヤ、困るのはマリアのほうだろ。貴族なんだから許婚とか居るんでしょ」
「私のほうは大丈夫よ、さっそく始めましょう」
マリアが木剣を構える。
ユキトもアイテムボックスから木刀を出して、正眼に構えた所で思わずマリアに話しかける。
「マリアって両手剣を使うの?!」
ユキトはてっきり細剣と盾を使うものだと思っていた。
「女の子が両手剣を使うのは珍しいでしょ。でも私は小さい頃から、お父様に憧れてこのスタイルにしたの。変かな?」
「イヤ、構えも堂に入ってるし、変じゃないよ」
ユキトがそう言うとマリアが頬を染めてはにかむ。
「じゃあ、何処からでも好きにかかって来て」
ユキトとマリアが対峙する。
ユキトの隙のない姿と構えにマリアは動けなくなってしまう。そこでユキトがわざと隙を見せて誘ってあげる。
「イヤーーーーッ!!」
マリアが気合いを入れて、上段から斬りつける。
ユキトは襲いくる木剣をふわりと鎬で受け流す。受け流されたマリアの身体が、バランスを崩してたたらを踏む。次の瞬間、マリアの首筋にユキトの木刀が優しく当てられていた。
再び間合いを取り対峙するユキトとマリア。
「ドンドン掛かっておいで」
ユキトが言うと、マリアが間合いを詰め横薙ぎに木剣を振る。ユキトは半歩斜めに間合いを詰めると、ふわりと上から木刀でマリアの木剣を押さえる。
マリアがユキトの胴を狙った、横薙ぎの一撃を放った木剣が、ユキトの木刀で押さえられると急激に勢いを殺されてそれ以上動かせなくなる。
慌ててバックステップで間合いを取るマリアを同じだけユキトが間合いを詰める。
「くっ……」
マリアが剣を押し込もうと力を入れた瞬間、ユキトの木刀からスッと力が抜けてユキトがふわりと回り込み、何時の間にかマリアの首筋にユキトの木刀が当てられていた。
「悪くないと思うよ。ちょっと動きが直線的過ぎる感じはあるけど」
ユキトが木刀を引き離れる。
「もう一本お願いします」
マリアが気合いを入れてユキトへ向けて駆け出す。マリアが繰り出す攻撃を全て躱すか、木刀でふわりと受け流されてしまう。
「はぁはぁはぁ……」
ユキトと一時間程みっちり稽古をして、格技場に座り込み息を整えるマリアに、ユキトが近寄り話しかける。
「大丈夫?今日はこれくらいにしようか」
「……大丈夫。……有難うユキト、色々勉強になったわ」
「もう少しスタミナをつけた方が良いね」
「フゥ~、他には何かアドバイスあるかな?」
やっと息が整い、立ち上がりながらマリアがユキトに聞いて来る。
ユキトは少し考えてから気になった所を指摘する。
「そうだね、対人戦に関してはまだ虚実を含むかけ引きなんかも色々と足りない部分が多いけど、魔物を相手にする場合は、このまま先の先をとるスタイルで良いと思うよ」
「有難う。それと少し気になった事があるんだけど、ユキトと対峙してた時、私はユキトの目を見ていたんだけど、ユキトと目線が合ってなかったみたいだけど、相手の目を見てないの?」
マリアが疑問に思った事を聞いて来る。
「僕は相手の目を見る事はないよ」
マリアが不思議そうにしている。
「マリアは人を相手の実戦経験がないんだね。相手が魔物でも人間でも、殺し合いの中で相手の目を見ると相手の殺気に当てらて身体の動きが阻害されるかもしれないから、自分より格上相手だと特にね。だから僕は、相手の目や剣先なんかの一部を見るんじゃなくて、全体を観るようにしてる。爺ちゃんには、最終的には相手の考えている事を観れるようになれって言われてるよ」
まあ、人を相手の実戦経験なんかない方が良いんだけどね。ユキトがそう言うとマリアが少し落ち込んで頭を横に振る。
「差が測れない位遠いね、私も小さな頃から今まで、厳しい鍛錬を重ねてきたつもりだけど、きっと剣術の先生も貴族の子女相手に遠慮して教えていたのね」
「大丈夫だよ、鍛錬の方向性は間違ってないし伸びしろもまだまだあるよ」
落ち込むマリアにユキトが言う。
「ユキト師匠、これからも時々相手してくれる?」
「あぁ、また声を掛けてよ。でも師匠は、勘弁してよ」
握手を交わして二人で格技場をあとにする。
ユキトは、三年目にして友達を通り越して弟子が出来てしまった。
家に帰って玄関に入ると、何時ものごとくアメリアがユキトに跳びついて来る。
「「「お帰りなさいませ、ユキト様」」」
「ただいま、みんな」
サティスとティアとイリスが直ぐに迎えてくれた。
「こら!アメリア、先ずはお帰りなさいでしょ」
イリスがアメリアに注意する。
「ユキトお兄ちゃん、お帰りなさい」
「ただいま、アメリアちゃん」
アメリアを抱きあげてリビングに向かう。
「お帰り、ユキト」
ユスティアがソファーでゴロゴロしながらお菓子を食べている。
「ユスティアちゃん、お行儀悪いよ。」
ユキトが苦笑いして言うと。
「せっかくお父さんが居ないんだから、伸び伸びしたいの!」
「いゃ、伸び伸びし過ぎだと思うよ」
見た目が美少女なだけに、残念感がひどい。フィリッポス先生に注意してもらおうと思うユキトだった。
「ユキト様お茶をどうぞ」
ユキトが空いているソファーに座ると、イリスがお茶を淹れてくれた。
「有難う、イリス」
「ユキト様、今日は何時もより少しお帰りが遅かったですね」
サティスがユキトの隣に座り、帰りが遅くなった理由を聞いて来たので、同じクラスのマリアに剣術の稽古を頼まれて、これからも時々相手をする約束をして、早速稽古をしてきた事を話した。
「ユキト様にも御学友が出来たのですね」
サティスは感激してるけど、三年目でやっと友達らしきものが出来た自分に少し落ち込んだ。
「アメリアがユキトお兄ちゃんのお友達になってあげる」
膝の上に上って抱きついて来て無邪気に笑うアメリアちゃんにトドメを刺されるユキトだった。




