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研究の合間に盗人稼業

 今日も朝から研究室で術式を組んでいる。

何とか先が見えて来た気がする。

羊皮紙に術式を整理して描いていく。


「フゥー!何とかなったな」


 僕がひと息ついたとき、研究室にフィリッポス先生が入って来た。


「フィリッポス先生、お疲れ様です」

「ハイ、お疲れ様。何とか形になったみたいですね」

「ハイ、お陰様で何とか」

「それで、この後の予定はどうなってます?」

「今回は流用できる部分が少ないのでドノバンさんに手伝ってもらって鍛治仕事です。暫く工房に籠ることになると思います」

「そうですか、でも鍛治仕事はドノバンに任せてユキト君にはやって貰いたい仕事があります」


 家に帰ろうとするユキトをフィリッポスがとめる。


「僕に仕事ですか?」


 何だろう?僕に仕事?


「随分乱暴な話ですが、ノブツナとアイザックが攫われたエルフや獣人の奪還に出掛けてますよね」

「はい、昨日爺ちゃんが追加の転移用魔石を取りに帰って来て直ぐに行っちゃいましたから」


 何だろう?やな予感がする。


「順調なようですね、それでユキト君はスニーク系のスキルを持ってましたね」

「はい、ヴォルフさんに言われて盗賊系のジョブは上級職まで獲得しています」


 なんだかおかしな話になってきたぞ。


「そこでユキト君にお願いがあります」

「なんだか悪い予感しかしないんですが」

「実は一人のエルフの少女が攫われました。既に買い手の所へ輸送中です」

「何故、攫われたのをフィリッポス先生が知ってるんですか?流石にロンドバルで攫われた訳じゃないですよね。エルフの集落はかなり距離があると思うんですけど、偶々転移でフィリッポス先生が集落に居た時に攫われた訳ないですよね、そもそも先生が居れば人攫いなんかさせませんもんね」

「私達エルフには精霊が見える事は知ってますね。精霊魔法は精霊の力を借りて魔法を使います。精霊はとても身近な存在です。その精霊が同胞の危機を教えてくれたのです。精霊には距離は関係ありませんから私はロンドバルに居ながらにして少女が攫われた事を知る事が出来たのです。そこでユキト君の出番です」


 やっぱり厄介な話だった……。


「……僕が逆に攫うんですか?なんか僕が盗賊みたいですね」

「今更でしょう、ユキト君はロンドバルで違法奴隷商を襲撃してるでしょう」

「……そうでした。それで何処へ行けばいいんですか?」

「イオニア王国のフォルムバッハ子爵領です」


 フィリッポスから告げられた場所に、ユキトが首をかしげる。


「ブランデン帝国じゃないんですね」


 イオニア王国ってマリアやヒルダの国だよな。


「ヘリオスに転移で跳んでから北へと向かって貰いますが、タイミング的にはギリギリだと思います。出来れば酷い目にあう前に助けてあげたいですが、こればかりは少女の運次第ですね」

「それで、詳しい場所は分かってるんですか」

「少女を買ったのは、ゲッペルト・フォン・フォルムバッハ子爵本人です」


 そこまで分かるんだ。ユキトは感心していたが、そこで少しひっかかる。


「あれっ?……フォルムバッハって聞いた事ありますよ。何処でだったかな?」

「ユキト君、少しは他人に興味を持った方が良いですよ。クラスは違いますが同じ学年にゲルト君が居ますよ。しかも貴方、ゲルト君に絡まれたことがあるじゃないですか」


 ユキトはフィリッポスに、そう言われて思い出す。


「あぁ思い出した。確か軽く威圧したら白目剥いて失神した奴ですね」

「嫌な覚えられ方ですね、まぁそのゲルト君です。彼は氾濫から避難して領地にある実家に帰ってますから、ひょっとするとゲルト君用に奴隷を買ったのかもしれませんね」

「それじゃあ急いだ方が良いですね、ルドラに乗って空から行けば二日で行けると思います」

「ルドラは、随分大きくなりましたからね。ヘリオスから飛べば二日あれば着くでしょう」

「じゃあ、今日はこれで帰ります」

「では、お願いしますね」






 漆黒の翼を広げグリフィンが空を駆ける。

 ユキトは、今空を高速で北へ向け飛んでいる。


「クルルルーーッ!」


 ルドラも空を思う存分飛ぶことができてご機嫌だ。

ユキトは、闇に紛れる黒いローブを羽織り風魔法で障壁を作り出し、風の影響と寒さを防ぎながら北を目指す。途中休憩を挟んで二日目の夜にイオニア王国のフォルムバッハ領の上空に辿り着いた。


 ユキトは一番大きな領主の館らしき建物の上空にルドラを向かわせると、建物の上空でルドラを送還する。ユキトは音も無く建物の屋根に降り立つと建物全体の気配を探る。


「エルフらしき気配はないな。まだ着いてないのかな」


 その時、建物に馬車が近づいて来た。

やがて屋敷の裏に馬車が付けられると檻付きの馬車から華奢な体型の10歳を少し超えたくらいの少女が下される。


「御依頼のエルフを仕入れました。いやあ、エルフを手に入れるのに苦労致しました。最近奴隷狩りが何者かに襲われる事が増えまして、おかげで余分な経費が掛かりまして」

「分かった、色を付けてやるからエルフをよこせ」

「毎度ありがとうございます」

「お父様、メイドに洗わせても良いですか?汚いまま僕の部屋には入れれません」

「うむ、奴隷契約を早く済ませろ」


 少女の奴隷契約が完了すると、屋敷の中にメイドに連れられて行った。



 あれ、ゲルトじゃないか。あんな子供相手に何する気だよ。


 ユキトは奴隷商人の馬車が去って行くのを確認してから、気配を消してフォルムバッハ邸に忍び込む。

隠匿スキルを最大限に発揮して、少女の居る場所まで真っ直ぐに進む。


(誰にも分からず攫ったら、メイドさんが責められても可哀想だな。)


 ユキトは少女がメイドに連れられて、風呂場から二階にある一室へ入るのを見とどけ、メイドが退室するタイミングで部屋に忍び込む。


「おい!早く服を脱げ!」


 命令に奴隷契約で逆らえない少女が怯えながら服を脱ごうとする。


 その瞬間、ユキトがゲルトに認識出来る様に意識してスピードを落とし気配を漏らしながら跳び出してゲルトの意識を刈り取る。


「だ、誰ですか……」

「心配しなくても良いよ君を助けに来たんだ」

「でも、私……首輪を付けられてしまいました」

「何も心配しなくて良いよ直ぐに解呪してあげるからね」


 ユキトは、そのまま解呪する。


「うそっ!」

「もう首輪を外して大丈夫だからね」

「ここから、どうやって逃げるのですか?」

「ちょっと手を繋ぐね」


 ユキトは少女の手を繋ぐと、ロンドバルの自宅の裏庭へ転移する。一瞬で違う場所に転移した少女は戸惑いと不安に押し潰されそうになるが、そこにユキトが転移で戻った事を察知したサティスが出て来ると、安心したのかポロポロと涙を流し泣き出した。


「怖かったですね、でももう大丈夫ですからね」


 サティスが優しく少女をなぐさめる。

そのサティスの首にも既に首輪はない。サティスの実力が上がり攫われる心配が少なくなった事と、ユキトの従者として知られる事で、より危険は少なくなった事を受けて解呪して奴隷から解放したのだ。


 当初サティスはユキトの奴隷という立場に固執したが、解放しても生涯一緒に生きて行くことをユキトが約束すると納得してくれた。


「サティス、彼女に何か食べさせてあげて」

「分かりました」

「僕は明日の朝一でフィリッポス先生に報告して来るよ」

「フィリッポス叔父様がいらっしゃるのですか?」

「君、フィリッポス先生の知り合いかい。僕はフィリッポス先生に頼まれて君を助けに行ったんだよ」

「私はフィリッポス叔父様の姪でユスティアと言います」

「そう言えば名乗ってなかったね、僕はユキト、彼女がサティス、他にも紹介するから中に入ろうか」


 家に入り皆んなに紹介して食事をとって貰った。

ユスティアも安心したのかお腹が膨れて眠そうにしていたので今日はサティスと一緒に寝て貰った。



 翌朝、ユスティアを連れて学校の研究室へ転移するとフィリッポス先生が待っていた。


「叔父様!」


ユスティアが、フィリッポスの元に走り寄り抱きつく。


「無事で何よりです。ユキト君もご苦労様です」


 ユスティアを抱きとめて無事を喜ぶ。


「ユスティアちゃんはどうするんですか?」

「エルフは子供が生まれ難い種族ですから子供を非常に大事にします。サティスの時とは違い集落にも受け入れられるでしょう」

「叔父様!ユスティア帰りたくない!」


 話を聞いていたユスティアが頬を膨らませ言う。


「どうしたんですか、アウグストと喧嘩でもしたんですか?」

「あれもダメ、これもダメ、何でもダメダメうるさいの、嫌になっちゃう!」

 

ユスティアがますます頬を膨らませてる。


「どちらにしても、一度帰って無事を確認して貰わないとダメですよ」

「そんなの精霊さんが教えてくれてるよ!」

「私が送りますから、アウグストを安心させてあげて下さい」

「集落に帰ったらもう出れないじゃない」

「貴方も今回怖い思いをしたでしょう。ユキト君が助けに来てくれたから偶々助かったんですよ」

「叔父様が私が攫われたこと、精霊さんに聞いてユキトさんに頼んで助けてくれたんでしょう」


 フィリッポス先生が困ってるなんて珍しいな。


「ユスティアちゃん、僕も一度お父さんとお母さんに顔を見せてあげた方が良いと思うよ」

「そうだよユスティア、いま私が作っている街は種族間差別もないから、エルフの閉鎖的な風習さえ変えていけばユスティアが外に出ることも出来る様になりますよ」

「じゃあ、一度帰ってお父さんに会ったら直ぐに帰って来る!叔父様、今から帰って直ぐに戻れるなら良いよ!」

「貴女、私にアウグストを説得させようとしないで下さいよ」

「叔父様は、街で住んでるじゃない叔父様だけズルイわ」

「はぁ、分かりました。一応アウグストに話はしてみますから一度帰りましょう」

「分かったわ、叔父様の顔を立ててあげる」

「……ユキト君、ちょっと出掛けて来ます。帰る時に鍵だけお願いします」


 そう言うとフィリッポス先生は、ユスティアを連れて転移して行った。


「フィリッポス先生も大変だな」


 ユキトは机に向かい、地龍から取れた大きな魔石に術式を描いていく。慎重に細かい作業を続け日が暮れる頃にようやく完成した。




 後は複数の魔石と連結する仕組みを作らないと。

サンドワームもまた狩りに行かないと。ドノバンさん頼みっぱなしも良くないよな。


 フィリッポス先生大丈夫かな、ユスティアちゃんに振り回されるフィリッポス先生もレアで面白いんだけど、ユスティアちゃんのお父さん頑張れ。


「今日はもう帰ろう」


 ユキトは鍵を閉めて家へと転移する。鍵の意味無いよな、なんて思いながら。

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