11 お帰りなさいませ、姉様
フォンが「ウィステリアにも安心して家に帰ってもらったら」と言ったら、自分の卒業までここにいるつもりだと進み出て答えた人物がいた。
「ウィスリーさん……?」
ガーベラの付き人としてこの一年近くをずっと一緒に過ごしてきたウィスリーだ。
ウィスリーがにこりと笑って、大きな丸メガネを外す。
(あ……!)
メガネひとつで姉の顔がわからなくなる、なんていうことは普通はありえない。けれど、自分は認識できなかった。原因はわかる。
「認識阻害の魔道具……!」
「ごめんなさいね? アリサ。ずっと騙しているようになってしまって」
「いいえ、いいえ、姉様! ご無事で何よりですわ! お帰りなさいませっ!!」
嬉しすぎて姉様に飛びついた。ずっとここにいたならお帰りというのも変かもしれないけれど、自分の気持ちとしては帰ってきた感じだ。頭を撫でてもらえるのが嬉しい。
少し落ちついたところで、抱いた疑問を口にする。
「けれど、なぜガーベラさんの付き人に?」
問いに答えてくれたのはガーベラだ。
「私の兄が、ずっとウィステリア様に横恋慕しておりましたの」
「え」
「国外追放というお話になった時に、何かがおかしいと思って、追いかけて実家のアステラセ侯爵領に連れて来られて」
「その時にはトゥーンベリからの支援金を持った使用人と合流していたので、そのお金をもって一緒にアステラセの世話になることにしましたの。
私から実家に接触を持とうとすると、フォン様の敵に勘づかれる可能性があったため何も連絡できず、けれどアリサが学舎で巻き込まれないかは心配だったので、ガーベラさんに協力していただいて、付き人としてもぐりこませていただいたのですわ」
「それならそうと早く言っていただければ……」
「ごめんなさいね? あなたのそばのシノビが敵か味方かわからなかったし、話したらアリサは顔に出ることがあるでしょう? それはあなたを危険にすると判断していましたの」
ガーベラが続く。
「私からも、申し訳ありません、アリサ様。アリサ様に、お兄様からウィステリア様のことを聞いていないかと聞かれた時、ウソを申し上げました。もし聞かれた時にはそう答えるようにウィステリア様から言われておりましたので。
それと、意図的に、フォン様よりニゲラ様に近づくように立ち回らせていただいておりました」
「え」
前者はいい。姉様の説明で理解した。けれど、後者はどういうことだろうか。姉様とガーベラの顔を交互に見ると、姉様が苦笑する。
「フォン様の周りが不穏だから距離を取らせたかったのと、フォン様って、昔からアリサへの執着が異常でしょう? その時だけ周りが見えなくなるくらいに」
「姉様にはそう見えていらっしゃったのですね……」
当事者の自分はまったく気づいていなかった。
「ええ。だから、アリサがつきあっちゃダメだと思っていたのですわ。王家からの打診も、私で本当によかったと。
フォン様がアリサを手に入れたら、他の男に会わせないために軟禁するくらいしそうなのですもの。だからアリサには、安全なニゲラ様と幸せになってほしくて、ガーベラさんにも協力していただいていたのだけど」
「安全……」
言われた方のニゲラは複雑そうだ。
フォンが声を上げて笑う。
「ははは。いくら僕を助けようとしてくれていたウィステリアでも、それはいただけないなあ。ペナルティ1で、いろいろなことと相殺してプラマイゼロにしていいかな?」
「本当に恐ろしい方ですわね。認識阻害の魔道具を身につけている私に、会った翌日には『無事でよかった』と書いた紙を握らせるのですもの。背筋が凍りましてよ?」
「フォン様はそんなに早く気づかれていたのですか……?」
「うん。認識阻害の魔道具って、扱い慣れてると『つけてるな』くらいには気づけるんだよね。学舎内では学生と教員は禁止で。付き人は主人が申請して学舎が許可すればオーケーなんだけど、普通はしない。
ガーベラ嬢がその必要性を感じて、許可を出す教員を説得できて、僕らに近づきたい女性なんてウィステリアくらいでしょ?」
「アリサ、今からでも別れておいた方が身のためだと思いますわよ?」
「ひどいなあ、ウィステリアは」
「申し訳ありません、ウィステリア姉様。わたくし、フォン様に軟禁されるのでしたら本望ですわ」
思ったままに言ったら部屋の空気が固まった。
沈黙を破ったのはフォンの本気の笑い声だ。
「ははは! それならなんの問題もないね」
抱き寄せられて頬にキスをされる。嬉しくて、甘えるように頬を寄せると、甘い音で囁きが落ちた。
「やっぱり僕のかわいいマシュマロちゃんは最高だよ」
姉様が深くため息をつく。
「それならもう、私に言うことはございませんわ」
それから向きを変えて、ニゲラの方に足を向ける。
「ニゲラ様? 私にあなた様のそばに立つことをお許しくださいませんこと?」
「ウィステリア嬢に?」
「あの2人に挟まれているのには限度がございましょう? アリサがフォン様を支えるのなら、私はあなた様を支えますわ」
「それは、ありがたい話ではあるが……」
ニゲラが視線を送ったのはこちらではなく、ガーベラだ。
「バートンお兄様のことでしたらお気になさらないでくださいませ。侯爵家のうだつが上がらない次男よりも、王子殿下の方がいいに決まっておりますもの。何よりニゲラ様はお美しくて、お側にいたいと思われるのは当然ですわ」
どことなくうっとりとしている。ニゲラ様推し同盟と言っていたガーベラのニゲラ様推しはウソではなかったらしい。
フォンと、ニゲラと、ウィステリア姉様。3人の顔を見ていたら、誰からともなく笑みがこぼれた。
この先、どちらがこの国を継いでどちらが公爵家に降りたとしても、きっとこうして笑いあえる未来になるだろう。
fin.




