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9 黒幕から見た世界とフォンの条件


 深くため息をついた国王がアウラ王妃に目を向ける。


「結婚生活とは夢を見るものではなく、現実を淡々と歩むものだと、頭ではずっと理解していた。

 だが、若いころの我は、好いても好かれてもいない相手と時間を共にせねばならぬ苦行から目を背け、先延ばしにして遠征に明け暮れ……」


「お待ちくださいませ、グラジオ様」

 一人語りに入りかけた国王を王妃が驚いたように止めた。

「『好かれてもいない』とは、よもやわたくしのことではありませんわよね……?」


「何を言うておるか。互いに家が決めただけの婚約者であった、アウラ以外に誰がおる?」

「なぜそうなられたのですか?! 裏切られてからは憎みもしましたが、それすら愛していたからに他なりませんのに!」


 アウラ王妃が怒りをあらわに叫ぶ。

 フォンの出生云々以前に、もっと根本的なところからズレていたらしい。


「……初耳であるが?」

「そんなはずっ……! あなたのような方とつきあえる女性なんて他にいないのだから、そばにいてあげるって言いましたわよね?!」

「……『そばにいてあげる。しかたなくよ? おわかり?』と怒られた記憶ならあるが」

 アウラ王妃が絶句する。


(待ってくださいませ。アウラ様、不器用すぎますわ……)

 彼女の好きはまったく伝わっていなかったのだろう。


「話を戻すと……、遠征先で征服下に置いた国でクロガネ・サクラ……、ニゲラの母となる女性に出会い、心が欲した。彼女を口説き落とすのには苦労したが、政治的には連れ帰るのは容易であった」

 征服国の王が属国の姫を連れ帰る。それ自体は珍しい話ではない。問題になったのはその先だ。


「アウラは公爵家に不満がありそうではなく、王家への執着も感じておらなんだ故、他の公爵家に嫁いだとしても問題はないと思っていた。婚姻で得られる以上の便宜をはかることを条件にオスマンサス公爵家へ婚約破棄を申し入れたのであるが、頑なに聞き入れられず、あまつさえ我が両親や他の公爵家と共謀し、アウラが正妻となることと、正妻の懐妊がわかるまでサクラには会わないという条件を飲まされたのだよ」


 アウラが呆れたように深くため息をつく。

「お言葉でございますが、グラジオ様。異国の姫君が正妻として迎えられるのは、通常、同等かそれ以上の国の場合でございます。それでありましたら政治的にも意義があり、みなは納得されたでしょう。それが武力でくだした属国の姫君となれば、めかけや後妻が普通でございます」


「当時もそう言って押し切られたな。我はサクラの国を勝ち取ったことを後悔し、以降遠征に行くのをやめ、内政に力を入れることにしたのだ」

「あまりに内政をかえりみていらっしゃらなかったことを反省されたのだと思っておりましたわ……」

 アウラのため息が重なる。


「魔道具によりアウラの懐妊が確定した時には、これでやっとサクラに会えると浮かれておった。それが我が子ではない疑いを抱いたのは、何者かによってサクラが亡き者にされた時であった」

「……聞くに耐えませんわ」

 アウラ王妃が両手で顔を覆う。


「聞くのを望んだのはそなたらであろう? フォン。我の中ではそなたの命には2つの意味があった。

 まず、表向きには存在してはならないマガイモノをなるべくそうと知られずに抹消すること。しかし、おそらくはもうひとつの意義が大きかろう」


「うん」

 フォンが笑顔のまま話を受ける。顔は笑っているのに、自分には泣いているように見える。

「ここまでわかったらもう簡単だよね。母様に失わせたかったんでしょ? 大事なものを。あなたが失ったのと同じ痛みを刻むために」

「母上の復讐……」

 フォンとニゲラの言葉に、国王が不気味に口角を上げた。


「今回はアウラがまだ起き上がれもせぬ状態で王宮を出て別邸に行ったのが予想外であった。見舞いに戻ってきたところをアウラの目の前で刺客に、と思っておったが」

「……サクラはあなたの隣に立っていた時に、あなたの目の前で首を半分切られたのでしたか」

「一瞬の出来事であった。風が通り抜けたかと思った次の瞬間には血飛沫が上がっていたのだ」


 もし自分が国王の立場だったらと思うとゾッとする。そんな光景は一生のトラウマになるだろう。それすらも正妻になれなかった彼女の、国王とこの国への復讐だったのだとすれば、本当に壮絶だ。


 ニゲラがまっすぐに国王を見据える。

「経緯と状況は把握した。たとえ一国の国王、父上であったとしても、正規に立てられた王太子の暗殺の教唆及び監禁は大罪である。ここに集いし者の証言によりしかるべき措置を……」

「待って、ニゲラ兄様」

「フォン?」

 フォンがもうケロッとした様子で、ものすごくニコニコしている。


「父上も人間だからさ、間違えることもあるのはしかたないじゃん? 僕だって、もしアリサに何かされたらって思うと、相手を殺しても殺し足りないから生かさず殺さずで死ぬまでいたぶり続けて、死んでからも後悔させると思うんだよね」

 キラッキラな王子スマイルで何を言っているのか。


「だからさ、父上がもう思い込みで突っ走らないで母上とちゃんとやり直すのと、もうひとつの条件を飲んでくれるなら、いったん内々の話にしておいてもいいかなって思ってるよ」

 一番の被害者の提案に、反対できる者はいない。


 国王が何を言われるのかという顔でフォンを見る。

「もうひとつの条件……?」


「うん。僕らの世代への発言権を放棄すること。正確には、僕とニゲラ兄様双方が納得していることには、それがなんであれ全面的に賛成して後ろ盾になること。僕一人のワガママじゃなくて、ニゲラ兄様も納得の上ならいいでしょ?」

 年相応の子どもが普通に親と交渉するかのような軽さでフォンがねだる。


「……それだけでお前は我を許すと?」

「許す? まさか。一生許さないよ? それだけのことをしてきた自覚はあるでしょ?」

 いい笑顔でバッサリと切り捨てるのが、なんともフォンらしい。


「許すとか許さないとか僕の感情的な話じゃなくてさ、もっとビジネスライクな話だよ。どうする? 父上は僕らが今すぐ父上を告発しない条件を飲めそう?」

 フォンの言葉を受けて、国王が場の全員の顔を見ていく。最後にもう一度フォンに視線を戻して、「約束しよう」と頷いた。


 蚊の鳴くような声が続く。

「……すまなかった」

「別に謝らなくていいし、謝られても許さないからね? 約束を違えたらいつでも父上を告発して引きずり降ろせる証拠を残しておくから、よろしくね」


 フォンがすごく生き生きして見える。

 一番敵に回してはいけないのはフォンなのかもしれない。


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